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11.朝からカツ丼は重い
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好奇心旺盛、猪突猛進の天才美少女、西上コズハ。その女の影であり、幼馴染であり、目つきの悪い俺の名は和唐ナナイ。
俺は昨日、エイリアンと接触した。話してみるとエイリアンは俺と同姓同名の「和唐ナナイ」という人間を探しているらしい。しかし、俺はエイリアンとは完全に初対面。お互いに疑問や誤解を残したまま、前人未到のボーイミーツエイリアンはお開きとなった。
エイリアンとは何者なのか。奴が追い求める「和唐ナナイ」は誰なのか。コズハと会わせて大丈夫なのか。不安は尽きない。
──だが、今はエイリアンのことを忘れなくては。
ちょっと怪奇的な何かに触れただけで、俺はごくごく普通の高校生。昨日は一日エイリアンに付きっ切りだった分、授業をサボってしまったのだ。それも、説明のしようがなかったので学校には無断でだ。このまま無断欠席が続けば、俺はコズハ共々不良生徒の烙印を押されるに違いない。
朝食を済ませ早々に支度を終えた俺は、今日も今日とて国道沿いの歩道でコズハを引きずっている。
「ぬぁぁ……眠いです……おなかいっぱいです……なのでもう少しゆっくり歩いてくださいナナイ君……頭と胃が重くて気持ち悪い……」
コズハは青い顔をしながら、うわ言のように呟いた。
「だから朝からカツ丼2杯も食うのやめとけって言ったんだよ。丼1杯ですらお前の顔くらいあっただろ?朝から食うにはどう考えてもキャパオーバーだ」
「いけると思ったんですよ……今日はとてもお腹がすいてたので……お母さんも4杯くらいペロッと食べてましたから私もそのくらい余裕だと……というかナナイ君が手伝ってくれればこんなことには……」
「俺はもう食ってきたんだよ。それに朝からカツ丼は入らねえ」
「な、ナナイ君の薄情者……うぷっ」
朝から満身創痍のコズハは、そんなことを言いながら俺に右手を引っ張られている。左手で腹をさすっているので、コズハのスクールバックは俺が持っている。流石に二人分の荷物となるとずっしり重く、引っ張っているコズハ本体の分も合わせて結構な重さが両足にかかるのを感じた。
諦観と疑念が影を落とす春の朝、しかし東の空に雲は少なくよく晴れている。放射冷却と言うやつだろうか、空気がつんと肌を刺した。
隣で苦悶の声を漏らす幼馴染が居なければ、なかなか春らしくて良い天気だ。今日はゆっくり歩いていくのも良いかもしれない。
いつもより歩幅を小さくゆっくりと、通学路を歩き始めた。歩くペースを多少変えたところで通学時間に響くことは無い。なぜなら学校までは徒歩5分ほどだが始業までは30分、さらにはコズハという不穏分子がダウンしているので逆方向に進むこともない。だから今日こそは大丈夫なはずだ。
「そ、そういえば……昨日の話ですがナナイ君……」
息を乱しつつコズハは言う。明らかに立っているのも苦しそうだ。昨日を振り返るどころか、今を生きる余裕すらなさそうな気がする。
「なんだ?無理に喋ると吐くぞ?」
「だ、大丈夫です。いざと言う時はナナイ君が持っているだろうエチケット袋に出しますし」
「人の持ち物を頼りにすんなよ」
「でも、あるんでしょう?」
「まあ、あるけどよ……」
「なら、伺いますよ……」
コズハは数度深呼吸して息を整え、俺の方を見た。
「昨日私が気を失っていた時、何があったのですか?」
表情は真剣そのものだ。どうやら弱ってはいるが、オカルトへの好奇心だけは健在らしい。それか昨日の混乱を整理して、自分の身に何が起きていたか聞けるほどの余裕が出たのかもしれない。
さて、俺は一体なんと答えるべきだろうか。エイリアンのことを素直に言ってもコズハは信じるだろうし、協力してくれる可能性が高い。問題は今からエイリアンに会いにいくなどと言った場合、昨日より目も当てられない状況になるのだ。ヨボヨボのコズハは雑木林に無理にでも向かおうとし一日が潰える、力に任せて止めることも不可能ではないだろうがそうなればあわや大惨事だ。
ならば答えは決まりきっている。
「お前は躓いて気を失ってただけだ」
適当な嘘をついて誤魔化す、これに限る。済まないがこれが一番平和に終わる方法なんだ。許せコズハ。
コズハはしばらく黙りこくった後、俺の手を引いた。
「嘘はつかないでくださいね?」
「嘘じゃねえよ」
「本当だったとしたら、なぜ私を長時間にわたって暗く不衛生な雑木林の中で見守っていたのですか?」
「……」
言われてみればそうだ。あの時はコズハが血を出して倒れたから動かさないという手段を取ったが、外傷がなければ外に出て救急車を呼んだほうがいいに決まっている。
「雑木林にいたあの白い子についても存じ上げませんし、なぜあそこにいたのかが全く不明です。私にナナイ君の名前の確認をしていたのかも分かりませんし……というかナナイ君、さぞ仲が良さげでしたけれどあの方とはどういうご関係で?」
「いや、あいつとはあそこで知り合ったっていうか」
「あの雑木林で?平日の昼間から夕方にかけてあんなに目立つ人が?それにいつの間にか居なくなっていましたし、私が目覚めた途端に居なくなるだなんて不自然にも程がありませんか?」
「……それは」
えげつない勢いで詰められた俺は、目を逸らして口を噤む。ドツボにハマってしまった。これ以上何か言えば、自力で真相に辿り着かれかねない。浮気がバレた時の言い訳を考えている人ってこんな気分なのだろうか。もっとも、浮気どころかコズハは俺の幼馴染に過ぎないのだが。
しばらく俺の方を見ていたコズハは、俺が何も答えずにいると前に向き直った。
「まあ言いたくないならば仕方ありませんね。ナナイ君は純粋で嘘が下手ですから、詰めればおいおい分かるでしょう。それに、ナナイ君のことですから何かしらの理由があるのでしょう?」
コズハはくいっとメガネを上げて見せた。
コズハお前……!
そこまでわかってんなら俺が素直に喋れるように普段から言動を改めろよ。叫びそうになる俺を制しつつ、コズハは続けた。
「ご安心を。道端に落ちている財布を届け、高齢者の荷物を持って横断歩道を渡り、怪我をした子供に手当てをするナナイ君が、気を失っている私をさしおいて不純交遊をしているとは微塵も思ってきませんので。その辺りは安心しています」
「……そうか」
コズハの言葉に、違和感を感じつつも飲み下す。とりあえず追求もしないし、納得はしたってことか。普段のコズハなら有無を言わせずエイリアンの情報を引き出そうとして来るはずだが、変に一歩引いたような余裕を感じる。急いで聞くまでもない、そんな冷静さが今のコズハにはあった。
だが、相変わらず口は回る。
「少々穴があったので突いてはみましたが、その方も別に悪い方では無いのでしょう。深くは聞きませんよ。もちろん私は理解ある幼馴染ですので、ナナイ君が危険な思想を持ち合わせている方に騙されて交流しているとは思っておりませんし、むしろそのリスクは理解しつつお会いにになられているということも……」
変なスイッチが入ったらしく、とうとう流れるように語り始めた。回り始めた口が止まる気配はない。
諦めた俺はコズハを引っ張っての登校を再開した。ひとまず理解はしてくれたようだし、状況を飲み込む余裕は持ってくれているようだ。これならば、よほどの事がない限り暴走することはあるまい。
そう、よほどの事がない限りは。
例えるならば、雑木林の中で会ったエイリアンが転校生として自分のクラスにやってきて、うちの学校のセーラー服を身にまとって、自己紹介するみたいな特殊な状況にならなければ。
「はじめまして!転校生だゆー!」
「……は?」
ぼきり、と後ろの席からシャーペンが折れる音が聞こえた。
俺は昨日、エイリアンと接触した。話してみるとエイリアンは俺と同姓同名の「和唐ナナイ」という人間を探しているらしい。しかし、俺はエイリアンとは完全に初対面。お互いに疑問や誤解を残したまま、前人未到のボーイミーツエイリアンはお開きとなった。
エイリアンとは何者なのか。奴が追い求める「和唐ナナイ」は誰なのか。コズハと会わせて大丈夫なのか。不安は尽きない。
──だが、今はエイリアンのことを忘れなくては。
ちょっと怪奇的な何かに触れただけで、俺はごくごく普通の高校生。昨日は一日エイリアンに付きっ切りだった分、授業をサボってしまったのだ。それも、説明のしようがなかったので学校には無断でだ。このまま無断欠席が続けば、俺はコズハ共々不良生徒の烙印を押されるに違いない。
朝食を済ませ早々に支度を終えた俺は、今日も今日とて国道沿いの歩道でコズハを引きずっている。
「ぬぁぁ……眠いです……おなかいっぱいです……なのでもう少しゆっくり歩いてくださいナナイ君……頭と胃が重くて気持ち悪い……」
コズハは青い顔をしながら、うわ言のように呟いた。
「だから朝からカツ丼2杯も食うのやめとけって言ったんだよ。丼1杯ですらお前の顔くらいあっただろ?朝から食うにはどう考えてもキャパオーバーだ」
「いけると思ったんですよ……今日はとてもお腹がすいてたので……お母さんも4杯くらいペロッと食べてましたから私もそのくらい余裕だと……というかナナイ君が手伝ってくれればこんなことには……」
「俺はもう食ってきたんだよ。それに朝からカツ丼は入らねえ」
「な、ナナイ君の薄情者……うぷっ」
朝から満身創痍のコズハは、そんなことを言いながら俺に右手を引っ張られている。左手で腹をさすっているので、コズハのスクールバックは俺が持っている。流石に二人分の荷物となるとずっしり重く、引っ張っているコズハ本体の分も合わせて結構な重さが両足にかかるのを感じた。
諦観と疑念が影を落とす春の朝、しかし東の空に雲は少なくよく晴れている。放射冷却と言うやつだろうか、空気がつんと肌を刺した。
隣で苦悶の声を漏らす幼馴染が居なければ、なかなか春らしくて良い天気だ。今日はゆっくり歩いていくのも良いかもしれない。
いつもより歩幅を小さくゆっくりと、通学路を歩き始めた。歩くペースを多少変えたところで通学時間に響くことは無い。なぜなら学校までは徒歩5分ほどだが始業までは30分、さらにはコズハという不穏分子がダウンしているので逆方向に進むこともない。だから今日こそは大丈夫なはずだ。
「そ、そういえば……昨日の話ですがナナイ君……」
息を乱しつつコズハは言う。明らかに立っているのも苦しそうだ。昨日を振り返るどころか、今を生きる余裕すらなさそうな気がする。
「なんだ?無理に喋ると吐くぞ?」
「だ、大丈夫です。いざと言う時はナナイ君が持っているだろうエチケット袋に出しますし」
「人の持ち物を頼りにすんなよ」
「でも、あるんでしょう?」
「まあ、あるけどよ……」
「なら、伺いますよ……」
コズハは数度深呼吸して息を整え、俺の方を見た。
「昨日私が気を失っていた時、何があったのですか?」
表情は真剣そのものだ。どうやら弱ってはいるが、オカルトへの好奇心だけは健在らしい。それか昨日の混乱を整理して、自分の身に何が起きていたか聞けるほどの余裕が出たのかもしれない。
さて、俺は一体なんと答えるべきだろうか。エイリアンのことを素直に言ってもコズハは信じるだろうし、協力してくれる可能性が高い。問題は今からエイリアンに会いにいくなどと言った場合、昨日より目も当てられない状況になるのだ。ヨボヨボのコズハは雑木林に無理にでも向かおうとし一日が潰える、力に任せて止めることも不可能ではないだろうがそうなればあわや大惨事だ。
ならば答えは決まりきっている。
「お前は躓いて気を失ってただけだ」
適当な嘘をついて誤魔化す、これに限る。済まないがこれが一番平和に終わる方法なんだ。許せコズハ。
コズハはしばらく黙りこくった後、俺の手を引いた。
「嘘はつかないでくださいね?」
「嘘じゃねえよ」
「本当だったとしたら、なぜ私を長時間にわたって暗く不衛生な雑木林の中で見守っていたのですか?」
「……」
言われてみればそうだ。あの時はコズハが血を出して倒れたから動かさないという手段を取ったが、外傷がなければ外に出て救急車を呼んだほうがいいに決まっている。
「雑木林にいたあの白い子についても存じ上げませんし、なぜあそこにいたのかが全く不明です。私にナナイ君の名前の確認をしていたのかも分かりませんし……というかナナイ君、さぞ仲が良さげでしたけれどあの方とはどういうご関係で?」
「いや、あいつとはあそこで知り合ったっていうか」
「あの雑木林で?平日の昼間から夕方にかけてあんなに目立つ人が?それにいつの間にか居なくなっていましたし、私が目覚めた途端に居なくなるだなんて不自然にも程がありませんか?」
「……それは」
えげつない勢いで詰められた俺は、目を逸らして口を噤む。ドツボにハマってしまった。これ以上何か言えば、自力で真相に辿り着かれかねない。浮気がバレた時の言い訳を考えている人ってこんな気分なのだろうか。もっとも、浮気どころかコズハは俺の幼馴染に過ぎないのだが。
しばらく俺の方を見ていたコズハは、俺が何も答えずにいると前に向き直った。
「まあ言いたくないならば仕方ありませんね。ナナイ君は純粋で嘘が下手ですから、詰めればおいおい分かるでしょう。それに、ナナイ君のことですから何かしらの理由があるのでしょう?」
コズハはくいっとメガネを上げて見せた。
コズハお前……!
そこまでわかってんなら俺が素直に喋れるように普段から言動を改めろよ。叫びそうになる俺を制しつつ、コズハは続けた。
「ご安心を。道端に落ちている財布を届け、高齢者の荷物を持って横断歩道を渡り、怪我をした子供に手当てをするナナイ君が、気を失っている私をさしおいて不純交遊をしているとは微塵も思ってきませんので。その辺りは安心しています」
「……そうか」
コズハの言葉に、違和感を感じつつも飲み下す。とりあえず追求もしないし、納得はしたってことか。普段のコズハなら有無を言わせずエイリアンの情報を引き出そうとして来るはずだが、変に一歩引いたような余裕を感じる。急いで聞くまでもない、そんな冷静さが今のコズハにはあった。
だが、相変わらず口は回る。
「少々穴があったので突いてはみましたが、その方も別に悪い方では無いのでしょう。深くは聞きませんよ。もちろん私は理解ある幼馴染ですので、ナナイ君が危険な思想を持ち合わせている方に騙されて交流しているとは思っておりませんし、むしろそのリスクは理解しつつお会いにになられているということも……」
変なスイッチが入ったらしく、とうとう流れるように語り始めた。回り始めた口が止まる気配はない。
諦めた俺はコズハを引っ張っての登校を再開した。ひとまず理解はしてくれたようだし、状況を飲み込む余裕は持ってくれているようだ。これならば、よほどの事がない限り暴走することはあるまい。
そう、よほどの事がない限りは。
例えるならば、雑木林の中で会ったエイリアンが転校生として自分のクラスにやってきて、うちの学校のセーラー服を身にまとって、自己紹介するみたいな特殊な状況にならなければ。
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