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第百九十七話
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それを合図に、洞穴の中は正常な重力の空間に戻ったようだった。噴流が急速に弱まり、小川程度になり、ちょろちょろ程度になり、やがて止まった。できたばかりで波立っていた水面も、静かになった。普通の湖とは違って不自然に蒼く光る水に、やがて、ひとり、ふたり、と、人間が浮いてきた。最初はすべての人間が意識が無いようだったが、しばらくすると、数人が意識をとりもどした。
最初に気がついたのは、マルセルだった。
「・・・しょっぺえ・・・」
塩分濃度が高い水に、顔をしかめる。洞穴の中にあった大量の岩塩が融けこんで、海水よりもはるかに塩分濃度が高くなっている。泳げなくても、勝手に身体が浮いている。
野生の獣のように身体感覚が鋭い大男は、すぐに異変に気がついた。意識を取り戻した者たちの様子が、明確に二種類に分かれているのだ。
片方は朝の目覚めのように覚醒直後でぼうっとしているような様子であるのに対し、もう片方は苦痛に呻いている。苦痛の理由は、すぐにわかった。単純に、濃い塩分が傷にしみて痛いらしい。これだけの高濃度の塩水だ。傷があったら、そりゃあ無茶苦茶にしみるだろう。
ただ、痛みに呻いているのは悪党の下っ端たちだけで、セヴランとマルセルの部下たちは、ただぼうっとしているだけなのだ。彼らも下っ端連中との戦闘でそれなりに傷を負っていたはずだし、すさまじい激流の中で岩にぶつかったりした傷もあるはずなのに、高濃度塩水が傷にしみて苦痛である様子は無い。
「グレースさん?」
マルセルから少し離れた場所で、サシャがまだ意識の無いグレースを見つけて声をあげる。グレースは主犯格の奴らと斬り合ったはずで、肩をざっくり斬られて瀕死の重傷だったはずで、頬とか膝とかあちこちにすり傷とか痣とかいっぱいあったはずだ。
マルセルは自分の身体を雑に動かしてサシャとグレースに近づいていった。汚れてすり傷があったはずのグレースの頬があとかたもなくキレイになっているのを見て、サシャが止めようとするのを振り払い、乱暴にグレースをもろ肌脱ぎに剥いた。
傷は無かった。
戦闘職とはいっても女性だから、男よりもやわらかくてなめらかな肌だ。そのどこにも、傷が無い。肩を斬られて大量に出血していたはずなのに、すり傷や痣がいっぱいあったはずなのに、すべての傷がきれいに消えていた。もろ肌脱ぎに剥かれて剥き出しにされた、あまり大きくはない胸のふくらみが、陽光に照り映えて美しかった。
サシャも、痛かったはずの足が全然痛くなくて、けれどマルセルが剥き出しにしたグレースの肩の傷が消えているのを見て、驚きながらもわかった。この高濃度の塩水は、塩だけではなくて魔力も飽和状態になっているのだ。おそらくは奈々実の魔力が蒼光石に増幅されて、塩湖全体を魔力に満たしていた。その魔力が、人を選んで治癒しているらしい。どうして、どうやって識別しているのかはわからないが、確かに人を選んでいた。
「セヴとあの嬢ちゃんはどこだ?」
広い水面を見渡しても、セヴランのダークブロンドの髪の頭らしきものは見当たらない。
「隊長」
意識がはっきりしてきた者たちが、マルセルの周囲に集まってくる。
「とにかくクソどもをまとめて縛っとけ。ルイとセヴと嬢ちゃんを探せ」
最初に気がついたのは、マルセルだった。
「・・・しょっぺえ・・・」
塩分濃度が高い水に、顔をしかめる。洞穴の中にあった大量の岩塩が融けこんで、海水よりもはるかに塩分濃度が高くなっている。泳げなくても、勝手に身体が浮いている。
野生の獣のように身体感覚が鋭い大男は、すぐに異変に気がついた。意識を取り戻した者たちの様子が、明確に二種類に分かれているのだ。
片方は朝の目覚めのように覚醒直後でぼうっとしているような様子であるのに対し、もう片方は苦痛に呻いている。苦痛の理由は、すぐにわかった。単純に、濃い塩分が傷にしみて痛いらしい。これだけの高濃度の塩水だ。傷があったら、そりゃあ無茶苦茶にしみるだろう。
ただ、痛みに呻いているのは悪党の下っ端たちだけで、セヴランとマルセルの部下たちは、ただぼうっとしているだけなのだ。彼らも下っ端連中との戦闘でそれなりに傷を負っていたはずだし、すさまじい激流の中で岩にぶつかったりした傷もあるはずなのに、高濃度塩水が傷にしみて苦痛である様子は無い。
「グレースさん?」
マルセルから少し離れた場所で、サシャがまだ意識の無いグレースを見つけて声をあげる。グレースは主犯格の奴らと斬り合ったはずで、肩をざっくり斬られて瀕死の重傷だったはずで、頬とか膝とかあちこちにすり傷とか痣とかいっぱいあったはずだ。
マルセルは自分の身体を雑に動かしてサシャとグレースに近づいていった。汚れてすり傷があったはずのグレースの頬があとかたもなくキレイになっているのを見て、サシャが止めようとするのを振り払い、乱暴にグレースをもろ肌脱ぎに剥いた。
傷は無かった。
戦闘職とはいっても女性だから、男よりもやわらかくてなめらかな肌だ。そのどこにも、傷が無い。肩を斬られて大量に出血していたはずなのに、すり傷や痣がいっぱいあったはずなのに、すべての傷がきれいに消えていた。もろ肌脱ぎに剥かれて剥き出しにされた、あまり大きくはない胸のふくらみが、陽光に照り映えて美しかった。
サシャも、痛かったはずの足が全然痛くなくて、けれどマルセルが剥き出しにしたグレースの肩の傷が消えているのを見て、驚きながらもわかった。この高濃度の塩水は、塩だけではなくて魔力も飽和状態になっているのだ。おそらくは奈々実の魔力が蒼光石に増幅されて、塩湖全体を魔力に満たしていた。その魔力が、人を選んで治癒しているらしい。どうして、どうやって識別しているのかはわからないが、確かに人を選んでいた。
「セヴとあの嬢ちゃんはどこだ?」
広い水面を見渡しても、セヴランのダークブロンドの髪の頭らしきものは見当たらない。
「隊長」
意識がはっきりしてきた者たちが、マルセルの周囲に集まってくる。
「とにかくクソどもをまとめて縛っとけ。ルイとセヴと嬢ちゃんを探せ」
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