異世界ダイエット

Shiori

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第百八十七話

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 「ナナミ、起きて! セヴラン様の部隊が来てくれたわ!」
グレースに揺り起こされて、奈々実は意識がもどった。遠くでなにやら騒がしいような音が聞こえる。頭が痛い、怠い、と訴えると、グレースは奈々実の手足の拘束を切り、小さな瓶の栓を抜いて寄越し、飲むように言った。
「意識を奪う毒針が使われたの、わからなかった? 首の後ろがチクチクしたでしょう?」
古くて汚い首輪が当たるからだと思っていたのは、針の刺さった痕だったらしい。
 グレースは、首輪をはずそうとした。しかし、古くて亀裂が入っていてぼろぼろなのに、引きちぎることもできないし、金具をはずそうとしても、はずせない。
「貴様! なにをやってやがる!」
どかどかと荒々しい足音が響いて、髭づらの男と中年の男が来る。
「あっ!? 毒使いのジジイが!?」
年配の男がこと切れているのを見て、男たちの血走った目に動揺が走る。
「このアマあ! 裏切りやがったなあ!?」
グレースが奈々実の首輪をはずそうとしているのを見て、髭づらの男はグレースを足蹴にしようとした。グレースは間一髪のところで奈々実を突き飛ばし、自分は反対側に飛びのいて髭づらの男の足を避ける。そこへ、中年の男の刃が襲い掛かった。
「ぐあっ!」
中年男の剣がグレースの左肩を切り裂く。血しぶきが飛び、奈々実にかかったけれど、奈々実はそれどころではなかった。目の前でグレースが斬られたことと、男が叫んだ内容が、一瞬にして思考をぐちゃぐちゃにする。
―――裏切った? って、今、言ったよね・・・?―――
まさか、と思う。グレースは奈々実の護衛をしてくれていたはずで、クロエの薫陶を受けた優秀な戦士のはずで、王族女性の護衛官を目指していた、ベルチノア国家に忠誠を誓った女性兵士のはずで・・・。
 混乱して動けない奈々実をチラリと見て、グレースは無事なほうの右手で短剣を構える。ぼたぼたと血がしたたり落ちる左肩の負傷を感じさせない動きで、猛然と髭づらの男に切りかかった。
「くっ!」
短剣なので、大剣ほど重くはないのだろう。グレースは片手だけで髭づらの男の腕や胸に鋭い太刀筋で切りつける。髭づらの男はたちまち傷だらけの血だらけになった。しかし、剣の短さゆえに大きなダメージを与えることはできていない。表面的な、浅い傷がいくつもできた程度にすぎない。
 左肩を切られているグレースは、急激に体力を消耗してしまった。出血量はグレースのほうがはるかに多く、息も荒い。
「ナナミ! 逃げて!」
グレースが必死に叫ぶ。けれど奈々実は足が竦んで動けない。ほんのついさっきまで縛られていた身体は、ただでさえ思うようには動かないのに、目の前のリアルの斬り合いの恐ろしさと、グレースが裏切り者と言われた意味を考えてしまう頭で、どうすればいいのかわからない。動くことなんか、できない。
 「ナナミーッ!」
遠くのほうで、セヴランの声がする。まだ、かなり距離があるが、確かに聞こえた。
「セヴランさまーっ!」
のどが裂けるかと思うほど必死に、奈々実はセヴランを呼ぶ。
「くそっ!」
グレースの肩を斬りつけた中年の男が走り寄ってきて、いきなり奈々実を担ぎ上げた。ばちばちと火花が散った。
「いやっ! セヴランさまーっ!」
「いてっ、いててっ!」
青白い火花が確かに見えた。しかし、以前にユベール少年の肩に触れた時には奈々実のほうが痛いと感じたと思ったのに、今は奈々実は痛くない。奈々実を担ぎ上げた中年の男は、痛い痛いと言いながら必死に奈々実を担ぎ、洞穴の奥へと向かう。
「てめえの女の始末はてめえでつけろ!」
中年の男はそう吐き捨てて、小柄な下っ端を一人連れて、奥へと走る。
「ナナミーッ!」
セヴランの声が遠くなる。
「逃げる気かてめえ! それは俺のもんだっ」
「うるせえ! 自分の女に裏切られるような奴に、魔力持ち女をあやつれるもんか!」
髭づらの男に怒鳴り返し、中年の男は奈々実を担いで洞穴の奥へ向かう。後を追おうとした髭づらの男の脇腹を、最後の渾身の力で、グレースの短剣が後ろから刺し貫いた。
「ぎゃあああっ!」
「あんただけは許さない! あんただけは!」
グレースは痛かったはずの足で思い切り踏み込み、短剣を根本まで完全に突き刺した。斬られた肩の痛みは、もう、感覚が無かった。
「あんたなんか信じたのがバカだった!」
叫びながら突き刺した短剣を手放し、股間を蹴り上げる。男が絶叫し、その手から大剣が落ちる。とっさにグレースはその大剣を拾った。それは重くて、片腕ではとても振りかぶれなかったが、バックハンドの要領で振り向くように身体を回して、グレースは大剣を横に振って男の身体に叩きつけた。
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