188 / 200
第百八十七話
しおりを挟む
「ナナミ、起きて! セヴラン様の部隊が来てくれたわ!」
グレースに揺り起こされて、奈々実は意識がもどった。遠くでなにやら騒がしいような音が聞こえる。頭が痛い、怠い、と訴えると、グレースは奈々実の手足の拘束を切り、小さな瓶の栓を抜いて寄越し、飲むように言った。
「意識を奪う毒針が使われたの、わからなかった? 首の後ろがチクチクしたでしょう?」
古くて汚い首輪が当たるからだと思っていたのは、針の刺さった痕だったらしい。
グレースは、首輪をはずそうとした。しかし、古くて亀裂が入っていてぼろぼろなのに、引きちぎることもできないし、金具をはずそうとしても、はずせない。
「貴様! なにをやってやがる!」
どかどかと荒々しい足音が響いて、髭づらの男と中年の男が来る。
「あっ!? 毒使いのジジイが!?」
年配の男がこと切れているのを見て、男たちの血走った目に動揺が走る。
「このアマあ! 裏切りやがったなあ!?」
グレースが奈々実の首輪をはずそうとしているのを見て、髭づらの男はグレースを足蹴にしようとした。グレースは間一髪のところで奈々実を突き飛ばし、自分は反対側に飛びのいて髭づらの男の足を避ける。そこへ、中年の男の刃が襲い掛かった。
「ぐあっ!」
中年男の剣がグレースの左肩を切り裂く。血しぶきが飛び、奈々実にかかったけれど、奈々実はそれどころではなかった。目の前でグレースが斬られたことと、男が叫んだ内容が、一瞬にして思考をぐちゃぐちゃにする。
―――裏切った? って、今、言ったよね・・・?―――
まさか、と思う。グレースは奈々実の護衛をしてくれていたはずで、クロエの薫陶を受けた優秀な戦士のはずで、王族女性の護衛官を目指していた、ベルチノア国家に忠誠を誓った女性兵士のはずで・・・。
混乱して動けない奈々実をチラリと見て、グレースは無事なほうの右手で短剣を構える。ぼたぼたと血がしたたり落ちる左肩の負傷を感じさせない動きで、猛然と髭づらの男に切りかかった。
「くっ!」
短剣なので、大剣ほど重くはないのだろう。グレースは片手だけで髭づらの男の腕や胸に鋭い太刀筋で切りつける。髭づらの男はたちまち傷だらけの血だらけになった。しかし、剣の短さゆえに大きなダメージを与えることはできていない。表面的な、浅い傷がいくつもできた程度にすぎない。
左肩を切られているグレースは、急激に体力を消耗してしまった。出血量はグレースのほうがはるかに多く、息も荒い。
「ナナミ! 逃げて!」
グレースが必死に叫ぶ。けれど奈々実は足が竦んで動けない。ほんのついさっきまで縛られていた身体は、ただでさえ思うようには動かないのに、目の前のリアルの斬り合いの恐ろしさと、グレースが裏切り者と言われた意味を考えてしまう頭で、どうすればいいのかわからない。動くことなんか、できない。
「ナナミーッ!」
遠くのほうで、セヴランの声がする。まだ、かなり距離があるが、確かに聞こえた。
「セヴランさまーっ!」
のどが裂けるかと思うほど必死に、奈々実はセヴランを呼ぶ。
「くそっ!」
グレースの肩を斬りつけた中年の男が走り寄ってきて、いきなり奈々実を担ぎ上げた。ばちばちと火花が散った。
「いやっ! セヴランさまーっ!」
「いてっ、いててっ!」
青白い火花が確かに見えた。しかし、以前にユベール少年の肩に触れた時には奈々実のほうが痛いと感じたと思ったのに、今は奈々実は痛くない。奈々実を担ぎ上げた中年の男は、痛い痛いと言いながら必死に奈々実を担ぎ、洞穴の奥へと向かう。
「てめえの女の始末はてめえでつけろ!」
中年の男はそう吐き捨てて、小柄な下っ端を一人連れて、奥へと走る。
「ナナミーッ!」
セヴランの声が遠くなる。
「逃げる気かてめえ! それは俺のもんだっ」
「うるせえ! 自分の女に裏切られるような奴に、魔力持ち女をあやつれるもんか!」
髭づらの男に怒鳴り返し、中年の男は奈々実を担いで洞穴の奥へ向かう。後を追おうとした髭づらの男の脇腹を、最後の渾身の力で、グレースの短剣が後ろから刺し貫いた。
「ぎゃあああっ!」
「あんただけは許さない! あんただけは!」
グレースは痛かったはずの足で思い切り踏み込み、短剣を根本まで完全に突き刺した。斬られた肩の痛みは、もう、感覚が無かった。
「あんたなんか信じたのがバカだった!」
叫びながら突き刺した短剣を手放し、股間を蹴り上げる。男が絶叫し、その手から大剣が落ちる。とっさにグレースはその大剣を拾った。それは重くて、片腕ではとても振りかぶれなかったが、バックハンドの要領で振り向くように身体を回して、グレースは大剣を横に振って男の身体に叩きつけた。
グレースに揺り起こされて、奈々実は意識がもどった。遠くでなにやら騒がしいような音が聞こえる。頭が痛い、怠い、と訴えると、グレースは奈々実の手足の拘束を切り、小さな瓶の栓を抜いて寄越し、飲むように言った。
「意識を奪う毒針が使われたの、わからなかった? 首の後ろがチクチクしたでしょう?」
古くて汚い首輪が当たるからだと思っていたのは、針の刺さった痕だったらしい。
グレースは、首輪をはずそうとした。しかし、古くて亀裂が入っていてぼろぼろなのに、引きちぎることもできないし、金具をはずそうとしても、はずせない。
「貴様! なにをやってやがる!」
どかどかと荒々しい足音が響いて、髭づらの男と中年の男が来る。
「あっ!? 毒使いのジジイが!?」
年配の男がこと切れているのを見て、男たちの血走った目に動揺が走る。
「このアマあ! 裏切りやがったなあ!?」
グレースが奈々実の首輪をはずそうとしているのを見て、髭づらの男はグレースを足蹴にしようとした。グレースは間一髪のところで奈々実を突き飛ばし、自分は反対側に飛びのいて髭づらの男の足を避ける。そこへ、中年の男の刃が襲い掛かった。
「ぐあっ!」
中年男の剣がグレースの左肩を切り裂く。血しぶきが飛び、奈々実にかかったけれど、奈々実はそれどころではなかった。目の前でグレースが斬られたことと、男が叫んだ内容が、一瞬にして思考をぐちゃぐちゃにする。
―――裏切った? って、今、言ったよね・・・?―――
まさか、と思う。グレースは奈々実の護衛をしてくれていたはずで、クロエの薫陶を受けた優秀な戦士のはずで、王族女性の護衛官を目指していた、ベルチノア国家に忠誠を誓った女性兵士のはずで・・・。
混乱して動けない奈々実をチラリと見て、グレースは無事なほうの右手で短剣を構える。ぼたぼたと血がしたたり落ちる左肩の負傷を感じさせない動きで、猛然と髭づらの男に切りかかった。
「くっ!」
短剣なので、大剣ほど重くはないのだろう。グレースは片手だけで髭づらの男の腕や胸に鋭い太刀筋で切りつける。髭づらの男はたちまち傷だらけの血だらけになった。しかし、剣の短さゆえに大きなダメージを与えることはできていない。表面的な、浅い傷がいくつもできた程度にすぎない。
左肩を切られているグレースは、急激に体力を消耗してしまった。出血量はグレースのほうがはるかに多く、息も荒い。
「ナナミ! 逃げて!」
グレースが必死に叫ぶ。けれど奈々実は足が竦んで動けない。ほんのついさっきまで縛られていた身体は、ただでさえ思うようには動かないのに、目の前のリアルの斬り合いの恐ろしさと、グレースが裏切り者と言われた意味を考えてしまう頭で、どうすればいいのかわからない。動くことなんか、できない。
「ナナミーッ!」
遠くのほうで、セヴランの声がする。まだ、かなり距離があるが、確かに聞こえた。
「セヴランさまーっ!」
のどが裂けるかと思うほど必死に、奈々実はセヴランを呼ぶ。
「くそっ!」
グレースの肩を斬りつけた中年の男が走り寄ってきて、いきなり奈々実を担ぎ上げた。ばちばちと火花が散った。
「いやっ! セヴランさまーっ!」
「いてっ、いててっ!」
青白い火花が確かに見えた。しかし、以前にユベール少年の肩に触れた時には奈々実のほうが痛いと感じたと思ったのに、今は奈々実は痛くない。奈々実を担ぎ上げた中年の男は、痛い痛いと言いながら必死に奈々実を担ぎ、洞穴の奥へと向かう。
「てめえの女の始末はてめえでつけろ!」
中年の男はそう吐き捨てて、小柄な下っ端を一人連れて、奥へと走る。
「ナナミーッ!」
セヴランの声が遠くなる。
「逃げる気かてめえ! それは俺のもんだっ」
「うるせえ! 自分の女に裏切られるような奴に、魔力持ち女をあやつれるもんか!」
髭づらの男に怒鳴り返し、中年の男は奈々実を担いで洞穴の奥へ向かう。後を追おうとした髭づらの男の脇腹を、最後の渾身の力で、グレースの短剣が後ろから刺し貫いた。
「ぎゃあああっ!」
「あんただけは許さない! あんただけは!」
グレースは痛かったはずの足で思い切り踏み込み、短剣を根本まで完全に突き刺した。斬られた肩の痛みは、もう、感覚が無かった。
「あんたなんか信じたのがバカだった!」
叫びながら突き刺した短剣を手放し、股間を蹴り上げる。男が絶叫し、その手から大剣が落ちる。とっさにグレースはその大剣を拾った。それは重くて、片腕ではとても振りかぶれなかったが、バックハンドの要領で振り向くように身体を回して、グレースは大剣を横に振って男の身体に叩きつけた。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる