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第百六十七話
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「訓練して・・・、わたしなんかでもモニーク様やリディアーヌ殿下のお役に立てるのであれば、行ったほうがいいのかな、と思います。モニーク様がおっしゃるには、その・・・、ここはイネス様のお住まいなのですから、そこでわたしがセヴラン様とイチャイチャするのは、イネス様に失礼なのではないかと・・・」
イネスは政治的な事情で、しばらく前に自分の恋を終わらせなければならなかった。顔には出さないけれど、心の傷は、まだ癒えていないはずだ。そんなイネスの家で、奈々実とセヴランがラブラブイチャイチャすることは、確かに失礼だと思う。今まで、イネスやクロエは特になにも言わなかったけれど、それは奈々実とセヴランに気を遣ってくれていただけだ。その気の遣い方は、見て見ぬフリをしてくれているというだけのことで、いいことではない。年長者であるモニークはイネスやクロエが言いにくいことでもきちんと言ってくれる。亀の甲より年の劫ということだ。
「俺に繋留されていることが、嫌になったのか?」
「いいえ! そうではありません! でも・・・っ」
セヴランの腕に力がこもる。抱きしめられて、息が苦しくなる。
「離れているのは、つらいな・・・」
男の人からそんなふうに言ってもらえるなんて、信じられない。映画のヒロインになったみたいだ。自分なんかにそんな、もったいない。うれしいけど、恥ずかしい。心が熱く、けれど切なく痛くなる。セヴランに繋留されていなければ、この異世界でどんな目に遭っていたかもわからない。セヴランには感謝してもしきれない。
だからこそ、しっかりしなきゃいけない。セヴランに守られていなければなにもできない、そんな存在のままでは、申し訳ない。
「セヴラン様、あの・・・」
「なんだ?」
「モニーク様のところで訓練して、もっとちゃんと魔力をきちんと使えるようになって、世間のお役に立てるようになったら・・・、セヴラン様にふさわしい、お荷物にならない女に、なれるでしょうか・・・?」
しばらく前、エルネストとベアトリスの婚姻が正式に決まって、二人がセヴランに会いに来た時のことだ。ベアトリスは外方を向いて徹底的に奈々実を無視して、一言も言葉を交わさなかった。けれど、辞去する時、奈々実以外に聞こえないように捨て台詞を吐いたのだ。『お荷物の分際で、図に乗るんじゃないわよ』、と。
セヴランは確かに離れた場所にいたから、聞こえなかっただろう。でも、エルネストは、聞こえたかもしれない距離にいた。いたのに、何も言わなかった。あの男の性格なら、『コショネをイジメちゃだめだよ』とか、言いそうなものなのに。
「俺はお荷物だなんて、思ってない。ナナミは、自分の存在が俺に迷惑だと思っていたのか?」
「・・・いつもセヴラン様に助けられて、守ってもらってばっかりで、小さい子供みたいです。ちょっと、情けないです」
一足飛びにバリバリ役に立つほどにならなくても、少なくともお荷物ではない存在になりたい。
「法律の口述筆記はどうする。まだ当分終わらないだろう?」
それが遅々として進まないのも、セヴランが詐称ダイエットのほうに熱心だから、と言えなくもない。
この世界の文字は、ちょっと難しい。それでも、この世界でずっと生きていくのであれば、覚えるべきだろう。
「少しずつでも、頑張って文字を覚えて、書いてみます。間違っていたら、指摘してくださいね?」
「そうだな。月に一度や二度は、会いに行く。会えないと、俺のほうが寂しくて仕事に支障が出る」
セヴランはそう言って、奈々実の顔を上向かせ、くちびるをかさねる。強い舌が強引に入り込んできて歯列をなぞる。抵抗できたのは最初だけで、慣らされた身体は奈々実自身の思考とは別に、セヴランの求愛に応えてしまう。
「ん・・・」
身体の中で、熱が疼き始める。まだ未成年でも、身体は大人へと日々、近づいているのだ、急速に。そしてセヴランの愛撫が、それを加速させてしまう。
大きな手が髪を撫でる。キトンの下に入り込んできて、肌の弾力を確かめる。
「俺以外の男になんか、絶対、触らせるなよ?」
「・・・はい・・・」
セヴランのくちづけが長すぎて苦しくなった呼吸を懸命に整える。
「何度も言うが、魔力だけが目的でナナミを『繋留』したんじゃない。魔力以外も全部、ナナミのすべてを大切に想っている。俺自身は、ナナミをお荷物だなんて思ったことは一度もない」
奈々実が勝手に思っているだけだ、とセヴランは思う。ゴールド・スターがあるのだから、もっと自信を持てばいいのに、奈々実はそれができない。ゴールド・スターの魔力を使いこなせない、よく理解していない、そして、容姿のコンプレックスが、奈々実を雁字搦めにしている。少しは痩せたけれど、まだまだ標準的な体重、体型とは言い難いから、奈々実は依然として、コンプレックスから脱却できないで、泥沼の中でもがいている。その泥沼は、誰かに落とされたり嵌められたのではなくて、奈々実が自ら入ってしまったということを、奈々実はわかっていない。
「まさか、明日明後日にはもうモニーク殿の家に移り住む、というわけではない・・・よな?」
「・・・たぶん・・・」
「ならば、しばらくはオルフェで山の近道を行けばいい。それで体力もつけて、ダイエットにもなるだろう?」
モニークの家で魔力の鍛錬に明け暮れる生活をした場合、ダイエットが滞るであろうことを、セヴランは危惧する。奈々実のコンプレックスを軽減してやるには、一にも二にもダイエットだ。モニークには申し訳ないが、今すぐに奈々実をあずけるわけにはいかない。
イネスは政治的な事情で、しばらく前に自分の恋を終わらせなければならなかった。顔には出さないけれど、心の傷は、まだ癒えていないはずだ。そんなイネスの家で、奈々実とセヴランがラブラブイチャイチャすることは、確かに失礼だと思う。今まで、イネスやクロエは特になにも言わなかったけれど、それは奈々実とセヴランに気を遣ってくれていただけだ。その気の遣い方は、見て見ぬフリをしてくれているというだけのことで、いいことではない。年長者であるモニークはイネスやクロエが言いにくいことでもきちんと言ってくれる。亀の甲より年の劫ということだ。
「俺に繋留されていることが、嫌になったのか?」
「いいえ! そうではありません! でも・・・っ」
セヴランの腕に力がこもる。抱きしめられて、息が苦しくなる。
「離れているのは、つらいな・・・」
男の人からそんなふうに言ってもらえるなんて、信じられない。映画のヒロインになったみたいだ。自分なんかにそんな、もったいない。うれしいけど、恥ずかしい。心が熱く、けれど切なく痛くなる。セヴランに繋留されていなければ、この異世界でどんな目に遭っていたかもわからない。セヴランには感謝してもしきれない。
だからこそ、しっかりしなきゃいけない。セヴランに守られていなければなにもできない、そんな存在のままでは、申し訳ない。
「セヴラン様、あの・・・」
「なんだ?」
「モニーク様のところで訓練して、もっとちゃんと魔力をきちんと使えるようになって、世間のお役に立てるようになったら・・・、セヴラン様にふさわしい、お荷物にならない女に、なれるでしょうか・・・?」
しばらく前、エルネストとベアトリスの婚姻が正式に決まって、二人がセヴランに会いに来た時のことだ。ベアトリスは外方を向いて徹底的に奈々実を無視して、一言も言葉を交わさなかった。けれど、辞去する時、奈々実以外に聞こえないように捨て台詞を吐いたのだ。『お荷物の分際で、図に乗るんじゃないわよ』、と。
セヴランは確かに離れた場所にいたから、聞こえなかっただろう。でも、エルネストは、聞こえたかもしれない距離にいた。いたのに、何も言わなかった。あの男の性格なら、『コショネをイジメちゃだめだよ』とか、言いそうなものなのに。
「俺はお荷物だなんて、思ってない。ナナミは、自分の存在が俺に迷惑だと思っていたのか?」
「・・・いつもセヴラン様に助けられて、守ってもらってばっかりで、小さい子供みたいです。ちょっと、情けないです」
一足飛びにバリバリ役に立つほどにならなくても、少なくともお荷物ではない存在になりたい。
「法律の口述筆記はどうする。まだ当分終わらないだろう?」
それが遅々として進まないのも、セヴランが詐称ダイエットのほうに熱心だから、と言えなくもない。
この世界の文字は、ちょっと難しい。それでも、この世界でずっと生きていくのであれば、覚えるべきだろう。
「少しずつでも、頑張って文字を覚えて、書いてみます。間違っていたら、指摘してくださいね?」
「そうだな。月に一度や二度は、会いに行く。会えないと、俺のほうが寂しくて仕事に支障が出る」
セヴランはそう言って、奈々実の顔を上向かせ、くちびるをかさねる。強い舌が強引に入り込んできて歯列をなぞる。抵抗できたのは最初だけで、慣らされた身体は奈々実自身の思考とは別に、セヴランの求愛に応えてしまう。
「ん・・・」
身体の中で、熱が疼き始める。まだ未成年でも、身体は大人へと日々、近づいているのだ、急速に。そしてセヴランの愛撫が、それを加速させてしまう。
大きな手が髪を撫でる。キトンの下に入り込んできて、肌の弾力を確かめる。
「俺以外の男になんか、絶対、触らせるなよ?」
「・・・はい・・・」
セヴランのくちづけが長すぎて苦しくなった呼吸を懸命に整える。
「何度も言うが、魔力だけが目的でナナミを『繋留』したんじゃない。魔力以外も全部、ナナミのすべてを大切に想っている。俺自身は、ナナミをお荷物だなんて思ったことは一度もない」
奈々実が勝手に思っているだけだ、とセヴランは思う。ゴールド・スターがあるのだから、もっと自信を持てばいいのに、奈々実はそれができない。ゴールド・スターの魔力を使いこなせない、よく理解していない、そして、容姿のコンプレックスが、奈々実を雁字搦めにしている。少しは痩せたけれど、まだまだ標準的な体重、体型とは言い難いから、奈々実は依然として、コンプレックスから脱却できないで、泥沼の中でもがいている。その泥沼は、誰かに落とされたり嵌められたのではなくて、奈々実が自ら入ってしまったということを、奈々実はわかっていない。
「まさか、明日明後日にはもうモニーク殿の家に移り住む、というわけではない・・・よな?」
「・・・たぶん・・・」
「ならば、しばらくはオルフェで山の近道を行けばいい。それで体力もつけて、ダイエットにもなるだろう?」
モニークの家で魔力の鍛錬に明け暮れる生活をした場合、ダイエットが滞るであろうことを、セヴランは危惧する。奈々実のコンプレックスを軽減してやるには、一にも二にもダイエットだ。モニークには申し訳ないが、今すぐに奈々実をあずけるわけにはいかない。
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