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第百六十三話
しおりを挟む グレンは相変わらず休日は街に出かけているらしい。
「視察も兼ねているからね。それに街のみんなの顔も見たいんだ」
そんな風に言っていた。
王様なのに、忙しいだろうに。ちゃんと街の空気を感じたいらしい。
そう。街だ。
アンフェールの好奇心がむくりと起き上がる。
アンフェールは現在の街を知らない。古代竜時代の街なんて遥か昔だ。色々変わっているはずなのだ。
精霊の目を通して街を見た事はあるけれど、それはあくまで精霊の目。
見えるビジョンはふんわりぽやんなのだ。
見たい。歩き回りたい。そしてグレングリーズが作った国を、グレンが治める国を知りたい。
ぱぁぁぁぁっ、とアンフェールの夢の情景が花開く。
これは崇高な目的なのだ。
別に美味しいものが食べられるんじゃないかなんて微塵も思っていない。
連れてってくれないだろうか。
王弟だって視察してもおかしくないと思うのだ。
「兄上、私も街に行きたいです」
「駄目だ」
秒で断られた。
もっと、うーん、とか思い悩む間合いを入れてくれてもいいのに。
「私は外の世界を知りません。この国を支える者として、このままではいけないと思うのです」
アンフェールは尤もらしい理由をひねり出した。王族ぶりっこだ。
表情も真面目だ。
こんなに真剣に国の事を考える弟を見たら、グレンも考えを改めると思うのだ。
思った通り、グレンはうっとなった。
グレンは真剣に国の事を考えている。だから弟の高い志を折る事はしないだろう。
策士アンフェールはにやりと笑った。
「……私一人ではアンフェールを守りきれるか不安だ。護衛もつけていいなら相談してみよう」
勝った。
アンフェールの中の小さいアンフェールたちが拳を突き上げ、わ~わ~と勝鬨を上げた。
◇◇◇
「おっ、殿下、可愛いな!」
「ありがとうございます」
エドワードが軽い調子で声を掛けてくる。
離宮の馬車どまりには既にエドワードとロビンが待っていてくれた。
本日の護衛はロビンとエドワードだ。
ロビンはグレンの夜間護衛をしていただけあって、体術に関してはかなりのものらしい。
エドワードも第二王子の閨係を目指した時点から体術を仕込まれたんだそうな。七年、かなり強くなったんだぞ、と自慢された。
アンフェールは素のままだと目立って仕方がない。
なので目立つ髪を隠し、『認識阻害』の魔道具を使って目立たないようにしている。
『認識阻害』の魔道具は眼鏡だ。太古の時代から『認識阻害』と言えば眼鏡だ、という位定番の魔道具である。
アンフェールと親しい者は顔を認識してしまうけれど、知らない者は認識できないという術が仕込まれている。
髪の毛はシンプルにアップスタイルにして、帽子をかぶっている。側仕え達は可愛い髪形にしたいとウズウズしていたが、そこは抑えて貰った。
ファッションは街中にいそうな平均オブ平均の少年の格好らしい。
これでどこから見ても街の子にしか見えないのだ。
「エドワードとロビンの普通の恰好を初めて見ました」
「はは。様になってるだろ? でもロビンは目立つかもな」
エドワードの言葉に、ロビンをまじまじと見てしまう。
普段着を着ている壁だな、って思う。ロビンが側にいるだけで、アンフェールは全然目立たないだろう。
「すまない、待たせた」
グレンがやって来た。
ラフなシャツと簡素なパンツスタイルだ。それでも内側から品の良さがにじみ出ている。番びいきのスパイスを抜いても平民には見えない。
カッコいい。
アンフェールは見惚れてしまう。番はいついかなる時もカッコいいのだ。
そんなアンフェールとは逆に、グレンはこちらを見て早々渋い顔をする。
「アンフェールの可愛さが、隠せていないと思うのだが……」
「兄上、認識阻害の魔道具を付けているのです。眼鏡なのですが」
「認識出来ているが……」
「親しい相手には効かないんですよ。だから兄上には分かってしまうのです」
そう言っただけでグレンは途端に機嫌が良くなった。
弟に親しいと言われただけで喜んじゃうなんて、本当に可愛い兄なのだ。
「本当は護衛であればギュンターに頼みたかったのだがな。今は忙しいらしい」
グレンは今回の護衛が二人であることの説明をしてくれた。
ギュンターが忙しい理由は、アンフェールが渡した証拠資料関係で動いているからだ。
あちらはとても重要な事なので邪魔してはいけない。
ぶっちゃけ何に襲われてもアンフェールは一人で対処できる。『護衛を付けた』というアリバイ用の護衛なら誰でもいい。
「でも、エドワードとロビンとお出かけできるのは嬉しいです!」
アンフェールはギュンターに処々任せてしまっている分、彼をフォローしたくなってしまった。
ギュンターが来られなかった結果、教会時代の仲良し二人と時間を共に出来るのだと、嬉しさを前面に出して伝えた。
「いやあ、そうですね! ダブルデートみたいだなぁ! 勿論俺の相手はロビンですよ!」
何故か急にエドワードが音量高めにロビンとの仲を主張しだした。
なんだろう。二人の仲が良いのは知っている。
エドワードの方を向いていたグレンがこちらを向く。優しい微笑みを浮かべていた。
「……そうか、アンフェールと私がカップルか」
「兄上と仲良しなのは嬉しいです」
ダブルデートごっこでも、カップルごっこでも嬉しい。
グレンと顔を見合わせ、えへへ、と笑い合った。
手を取ってくれる。
アンフェールはグレンにエスコートされ、馬車に乗り込んだ。
馬車は街に向かいガタゴト走る。いつもと違う情景が車窓に流れるだけで随分刺激的だ。
グレンは普段馬に乗り、街に行くらしい。
馬に乗るグレンは精霊時代何度も見ている。絵本の王子様のようにカッコ良くて憧れてしまう。
アンフェールも一回くらい乗ってみたい。
アンフェールは前世でも今世でも馬に乗った事は無い。でも馬に『乗せて』ってお願いすれば乗れる気がする。
しかし一度も乗った事が無い十四歳が急に乗馬が出来るのも不自然だ。
だからいつも大人しく馬車に乗せられている。
「兄上、私も馬に乗ってみたいです」
アンフェールは馬内のグレンに視線を移した。おねだりするよう、上目遣いだ。
「……一人で乗るのは危ない。二人で乗ろう」
グレンはアンフェールの肩に腕を回した。
「いいのですか!」
「ああ。ちょっと先になるが纏まった休暇が取れる。その時に遠乗りをしてみようか」
「はい!」
アンフェールは嬉しくなってしまった。
グレンが纏まった休暇が取れると。しかもその時に遠乗りに連れていって貰えると。
目の前のエドワードが「さりげなく次のデートの約束を成立させる手腕」と小さな声で呟いていた。
「視察も兼ねているからね。それに街のみんなの顔も見たいんだ」
そんな風に言っていた。
王様なのに、忙しいだろうに。ちゃんと街の空気を感じたいらしい。
そう。街だ。
アンフェールの好奇心がむくりと起き上がる。
アンフェールは現在の街を知らない。古代竜時代の街なんて遥か昔だ。色々変わっているはずなのだ。
精霊の目を通して街を見た事はあるけれど、それはあくまで精霊の目。
見えるビジョンはふんわりぽやんなのだ。
見たい。歩き回りたい。そしてグレングリーズが作った国を、グレンが治める国を知りたい。
ぱぁぁぁぁっ、とアンフェールの夢の情景が花開く。
これは崇高な目的なのだ。
別に美味しいものが食べられるんじゃないかなんて微塵も思っていない。
連れてってくれないだろうか。
王弟だって視察してもおかしくないと思うのだ。
「兄上、私も街に行きたいです」
「駄目だ」
秒で断られた。
もっと、うーん、とか思い悩む間合いを入れてくれてもいいのに。
「私は外の世界を知りません。この国を支える者として、このままではいけないと思うのです」
アンフェールは尤もらしい理由をひねり出した。王族ぶりっこだ。
表情も真面目だ。
こんなに真剣に国の事を考える弟を見たら、グレンも考えを改めると思うのだ。
思った通り、グレンはうっとなった。
グレンは真剣に国の事を考えている。だから弟の高い志を折る事はしないだろう。
策士アンフェールはにやりと笑った。
「……私一人ではアンフェールを守りきれるか不安だ。護衛もつけていいなら相談してみよう」
勝った。
アンフェールの中の小さいアンフェールたちが拳を突き上げ、わ~わ~と勝鬨を上げた。
◇◇◇
「おっ、殿下、可愛いな!」
「ありがとうございます」
エドワードが軽い調子で声を掛けてくる。
離宮の馬車どまりには既にエドワードとロビンが待っていてくれた。
本日の護衛はロビンとエドワードだ。
ロビンはグレンの夜間護衛をしていただけあって、体術に関してはかなりのものらしい。
エドワードも第二王子の閨係を目指した時点から体術を仕込まれたんだそうな。七年、かなり強くなったんだぞ、と自慢された。
アンフェールは素のままだと目立って仕方がない。
なので目立つ髪を隠し、『認識阻害』の魔道具を使って目立たないようにしている。
『認識阻害』の魔道具は眼鏡だ。太古の時代から『認識阻害』と言えば眼鏡だ、という位定番の魔道具である。
アンフェールと親しい者は顔を認識してしまうけれど、知らない者は認識できないという術が仕込まれている。
髪の毛はシンプルにアップスタイルにして、帽子をかぶっている。側仕え達は可愛い髪形にしたいとウズウズしていたが、そこは抑えて貰った。
ファッションは街中にいそうな平均オブ平均の少年の格好らしい。
これでどこから見ても街の子にしか見えないのだ。
「エドワードとロビンの普通の恰好を初めて見ました」
「はは。様になってるだろ? でもロビンは目立つかもな」
エドワードの言葉に、ロビンをまじまじと見てしまう。
普段着を着ている壁だな、って思う。ロビンが側にいるだけで、アンフェールは全然目立たないだろう。
「すまない、待たせた」
グレンがやって来た。
ラフなシャツと簡素なパンツスタイルだ。それでも内側から品の良さがにじみ出ている。番びいきのスパイスを抜いても平民には見えない。
カッコいい。
アンフェールは見惚れてしまう。番はいついかなる時もカッコいいのだ。
そんなアンフェールとは逆に、グレンはこちらを見て早々渋い顔をする。
「アンフェールの可愛さが、隠せていないと思うのだが……」
「兄上、認識阻害の魔道具を付けているのです。眼鏡なのですが」
「認識出来ているが……」
「親しい相手には効かないんですよ。だから兄上には分かってしまうのです」
そう言っただけでグレンは途端に機嫌が良くなった。
弟に親しいと言われただけで喜んじゃうなんて、本当に可愛い兄なのだ。
「本当は護衛であればギュンターに頼みたかったのだがな。今は忙しいらしい」
グレンは今回の護衛が二人であることの説明をしてくれた。
ギュンターが忙しい理由は、アンフェールが渡した証拠資料関係で動いているからだ。
あちらはとても重要な事なので邪魔してはいけない。
ぶっちゃけ何に襲われてもアンフェールは一人で対処できる。『護衛を付けた』というアリバイ用の護衛なら誰でもいい。
「でも、エドワードとロビンとお出かけできるのは嬉しいです!」
アンフェールはギュンターに処々任せてしまっている分、彼をフォローしたくなってしまった。
ギュンターが来られなかった結果、教会時代の仲良し二人と時間を共に出来るのだと、嬉しさを前面に出して伝えた。
「いやあ、そうですね! ダブルデートみたいだなぁ! 勿論俺の相手はロビンですよ!」
何故か急にエドワードが音量高めにロビンとの仲を主張しだした。
なんだろう。二人の仲が良いのは知っている。
エドワードの方を向いていたグレンがこちらを向く。優しい微笑みを浮かべていた。
「……そうか、アンフェールと私がカップルか」
「兄上と仲良しなのは嬉しいです」
ダブルデートごっこでも、カップルごっこでも嬉しい。
グレンと顔を見合わせ、えへへ、と笑い合った。
手を取ってくれる。
アンフェールはグレンにエスコートされ、馬車に乗り込んだ。
馬車は街に向かいガタゴト走る。いつもと違う情景が車窓に流れるだけで随分刺激的だ。
グレンは普段馬に乗り、街に行くらしい。
馬に乗るグレンは精霊時代何度も見ている。絵本の王子様のようにカッコ良くて憧れてしまう。
アンフェールも一回くらい乗ってみたい。
アンフェールは前世でも今世でも馬に乗った事は無い。でも馬に『乗せて』ってお願いすれば乗れる気がする。
しかし一度も乗った事が無い十四歳が急に乗馬が出来るのも不自然だ。
だからいつも大人しく馬車に乗せられている。
「兄上、私も馬に乗ってみたいです」
アンフェールは馬内のグレンに視線を移した。おねだりするよう、上目遣いだ。
「……一人で乗るのは危ない。二人で乗ろう」
グレンはアンフェールの肩に腕を回した。
「いいのですか!」
「ああ。ちょっと先になるが纏まった休暇が取れる。その時に遠乗りをしてみようか」
「はい!」
アンフェールは嬉しくなってしまった。
グレンが纏まった休暇が取れると。しかもその時に遠乗りに連れていって貰えると。
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