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第百五十八話
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「マルレーヌ殿下はどちらにお輿入れあそばされるのですか?」
さきほどの質問に答えてもらえなかったので、奈々実はもう一度同じ質問をしてみた。リディアーヌが自分を呼びつけた真の目的がわからないので、当たり障りのない事柄しか話題が無いのだ。
「シエストレムの北側にコリドルードという国があるのはわかるかしら。シエストレムから国体を守る努力を怠るわけにはいかないのは、我が国と同じなの。隣接しているぶん、我が国よりも必死よね。現在の国王陛下はダクシニアから王妃を迎えられてジョグラムへの対決姿勢を明確になさったけど、シエストレムとは表面上は友好を保っているわ。マルレーヌがお輿入れするのは第二王子で、王太子ではないけれど、王位につく可能性がゼロではないわ。マルレーヌは王妃として迎えられるのではないっていうだけで激昂しているけれど、コリドルードの王太子は弟と違って病弱なのよ。第二王子が王位につく可能性は、むしろ高いとわたしは思っているわ」
この場合の『弟』は、第二王子の意味か、それとも自分の弟、すなわちリシャールか、どちらだろうと思う。
「さきほどのリシャール殿下は、どなたですか?」
聞きようによっては不敬罪かもしれないような失礼な質問だ。しかし、奈々実の質問にリディアーヌの眸がヴェールの奥で光る。
「フェザンディエ百人隊長は本当に貴女を大切に想っておられるのね。リシャールが影武者をおいて外遊していることは、わたしにすら教えてもらえなかったのよ」
なるほど影武者か。カリスマ性とか人間的魅力は微塵も感じられなかったけれど、顔だけならまあよく似た人がいるものなんだな、と奈々実は感心する。
「偶然でリシャールにそっくりな同じ年ごろの人物なんて、そうそういるはずないじゃないの。作り物よ、あれは」
「作り物?」
どういう意味だろう。美容整形手術なんて、この世界にあるのだろうか。
「マルレーヌなんていまだに本物のリシャールだと思い込んでいて、つゆほども疑っていないのですもの、自分の弟が影武者と入れ替わってもわからないような子に、一国の王妃が務まるとは思えないわよね」
雰囲気とか全然違うのに、弟と他人の見分けがつかないのか、と呆れてしまう。ああいう人がいるから、巨乳は胸にばっかり栄養がいって頭が空っぽだとか失礼極まりない偏見が流布されるのだ。この世界でも、そういう偏見はあるのだろうか。奈々実がそれを言うと、リディアーヌはめずらしく、声を上げて笑った。
「貴女の生まれ育った世界には、そんな偏見があったの? ずいぶんと突飛な発想ね。マルレーヌが聞いたらどんな顔をするかしら。ああ可笑しい!」
笑い過ぎて涙がにじんだのか、リディアーヌはヴェールの中に手を入れて、眦をちょっと拭った。その際、ちらりと見えてしまったのだけれど、リディアーヌは決して不美人ではないと、奈々実は思った。痩せすぎているので女性的な丸みには欠けるけれど、修道女とかみたいなストイックな感じの、すっきりと鼻筋の通った清潔で理知的な横顔だった。
「ナナミ嬢。今日はお会いできてうれしかった。貴女はとても魅力的ね。また遊びにいらしてちょうだい。お待ちしているわ」
え、もう帰っていいということか。じゃあ、今日呼ばれた理由はなんだったんだろう。奈々実がきょとんとしていると、モニークが言葉を添える。
「ナナミにお願いしたいお仕事の材料は、イネスがすべて馬車に運ばせましたよ」
さきほどの質問に答えてもらえなかったので、奈々実はもう一度同じ質問をしてみた。リディアーヌが自分を呼びつけた真の目的がわからないので、当たり障りのない事柄しか話題が無いのだ。
「シエストレムの北側にコリドルードという国があるのはわかるかしら。シエストレムから国体を守る努力を怠るわけにはいかないのは、我が国と同じなの。隣接しているぶん、我が国よりも必死よね。現在の国王陛下はダクシニアから王妃を迎えられてジョグラムへの対決姿勢を明確になさったけど、シエストレムとは表面上は友好を保っているわ。マルレーヌがお輿入れするのは第二王子で、王太子ではないけれど、王位につく可能性がゼロではないわ。マルレーヌは王妃として迎えられるのではないっていうだけで激昂しているけれど、コリドルードの王太子は弟と違って病弱なのよ。第二王子が王位につく可能性は、むしろ高いとわたしは思っているわ」
この場合の『弟』は、第二王子の意味か、それとも自分の弟、すなわちリシャールか、どちらだろうと思う。
「さきほどのリシャール殿下は、どなたですか?」
聞きようによっては不敬罪かもしれないような失礼な質問だ。しかし、奈々実の質問にリディアーヌの眸がヴェールの奥で光る。
「フェザンディエ百人隊長は本当に貴女を大切に想っておられるのね。リシャールが影武者をおいて外遊していることは、わたしにすら教えてもらえなかったのよ」
なるほど影武者か。カリスマ性とか人間的魅力は微塵も感じられなかったけれど、顔だけならまあよく似た人がいるものなんだな、と奈々実は感心する。
「偶然でリシャールにそっくりな同じ年ごろの人物なんて、そうそういるはずないじゃないの。作り物よ、あれは」
「作り物?」
どういう意味だろう。美容整形手術なんて、この世界にあるのだろうか。
「マルレーヌなんていまだに本物のリシャールだと思い込んでいて、つゆほども疑っていないのですもの、自分の弟が影武者と入れ替わってもわからないような子に、一国の王妃が務まるとは思えないわよね」
雰囲気とか全然違うのに、弟と他人の見分けがつかないのか、と呆れてしまう。ああいう人がいるから、巨乳は胸にばっかり栄養がいって頭が空っぽだとか失礼極まりない偏見が流布されるのだ。この世界でも、そういう偏見はあるのだろうか。奈々実がそれを言うと、リディアーヌはめずらしく、声を上げて笑った。
「貴女の生まれ育った世界には、そんな偏見があったの? ずいぶんと突飛な発想ね。マルレーヌが聞いたらどんな顔をするかしら。ああ可笑しい!」
笑い過ぎて涙がにじんだのか、リディアーヌはヴェールの中に手を入れて、眦をちょっと拭った。その際、ちらりと見えてしまったのだけれど、リディアーヌは決して不美人ではないと、奈々実は思った。痩せすぎているので女性的な丸みには欠けるけれど、修道女とかみたいなストイックな感じの、すっきりと鼻筋の通った清潔で理知的な横顔だった。
「ナナミ嬢。今日はお会いできてうれしかった。貴女はとても魅力的ね。また遊びにいらしてちょうだい。お待ちしているわ」
え、もう帰っていいということか。じゃあ、今日呼ばれた理由はなんだったんだろう。奈々実がきょとんとしていると、モニークが言葉を添える。
「ナナミにお願いしたいお仕事の材料は、イネスがすべて馬車に運ばせましたよ」
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