異世界ダイエット

Shiori

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第百二十三話

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 ダクシニアはベルチノアの北西の隣国で、両国の関係はいたって良好である。中央部に肥沃な穀倉地帯を有し、それを狙って南下してくる北の隣国ジョグラムと長く紛争を続けている。ベルチノアから傭兵が出向いて加勢しているくらいだから、ダクシニアの民はベルチノア人には友好的で、ダクシニア国内の通過にはさしたる危険は無い。江里香やアンリ達は、穀倉地帯よりも南の丘陵や森林の多い辺りを横断して、さらに西の荒野へと向かうのだと、セヴランは奈々実に説明する。
「ダクシニアの南西部は高原になっていて、牛や豚や羊の飼育が盛んだ。高原野菜や果樹を作っているが、国境を越えたら未開の荒野だ。クタという町で、馬を売って駱駝やガイドを調達することになる。クタまではダクシニアの南部を横断して行く。その辺りは、言ってみればダクシニアの食糧庫だ。北部でジョグラムの侵略から国を守るために、中央や南部で食料などの物資を生産して北部に送る。ダクシニアの軍部には腹黒い戦略家がいてな、イルナスタとかコリドルードの傭兵を使って、ジョグラムに国内の五倍十倍の値段で物資を横流しして、その金でジョグラムやシエストレムの武器を買ってきているらしい」
ジョグラムの武器を買うのは敵の武器を入手して研究するためだからわかる。シエストレムの武器を買う理由が、奈々実にはわからない。
「性能がいい、というのもあるし、ジョグラムに武器を売っているのはシエストレムだから、少しでもジョグラムに流れる量を減らしたい、というのもあるかもな。イルナスタやコリドルードは地理的な事情があって、シエストレムやジョグラムとも、ダクシニアともそれなりに巧くつきあおう、というお国柄だ。ベルチノアは、シエストレムとはもちろん、ジョグラムとも国交が無い。ジョグラムと紛争をしているダクシニアは、もちろんシエストレムを警戒していて、ベルチノアと同じようにアルヴィーンに庇護してもらおうと朝貢している」
ベルチノアとダクシニアはアルヴィーン寄り、ジョグラムはシエストレム寄りで、イルナスタやコリドルードは中立国、ということか。
「腹黒い戦略家さんは、お知り合いですか?」
「オレは会ったことは無い。エリカがサナトリウムで会った、リゼットという女性がいただろう? 彼女とその仲間が、何度か顔を合わせているはずだよ」
奈々実は江里香が可愛がっていた少女の葬儀でちょっとだけ見かけた、背が高くて筋肉質の女性を思い出した。なんでサナトリウムの職員が他国の戦略家と知り合いなのだろうと思う。傭兵稼業に身を投じていた女戦士だとは、奈々実は知らない。カッコイイ女性だなあ、とは思ったけれど、それだけだ。
 「エリカが帰ってくるまでに、どのくらいダイエットを頑張るの?」
アンリとの別れの時以外、なにもしゃべらなかったイネスが、唐突に口を開いた。
「そうね、きちんと計画をたてたほうがいいわ」
と、クロエも相槌をうつ。
「体重を落とすのは一年で十㎏までよ。それ以上は駄目。七㎏痩せて二㎏戻ったんだっけ? そういう変動が一番ダメなのよ? 筋肉をつけて、リバウンドしないようにゆっくり体重を落とすこと。明日から、乗馬を三十分、オルフェとニケにそれぞれブラッシングを三十分でどうかしら。慣れたら乗馬は一時間に増やしましょう」
奈々実一人で血晶石を拾い集めに行かせるわけにはいかないので、そういうことになるらしい。圧縮充填は慣れてきたので、以前は三時間くらいかかっていた量を一時間ちょっとでできるようになった。スマホの充電にあたる圧縮充填もしなければならないし、手があけば掃除もこまめにしている。
 そうやって毎日忙しく過ごして、気がついたら体重が落ちていた、気がついたら一年経って、江里香たちが帰って来た、そんなふうに過ごせれば、江里香がいなくてもなんとかなるだろうか。あらためて、生まれ育った世界ではない世界に一人っきりで放り出されたのだ、という現実が、奈々実の胸中に押し寄せる。
 江里香が何故、奈々実と離れてアルヴィーンへ行くと決め、実行したのか、奈々実はわからない。江里香が奈々実に対していだいている複雑な感情など、知る由もない。どんなにセヴランが大切にしてくれても、イネスやクロエがいてくれても、ここは異世界で、彼らは異世界人なのだ。江里香だけが、自分と同じ世界から来た人間で、一緒に頑張って生きて行こうと思っていたはずだったのに、江里香はそうは思っていなかったのだろうか。そのことがショックだったし寂しいけれど、江里香の決心は固くて、引き留めることなんてできなかった。
 一年、もしくは一年半。頑張ってダイエットをして、身体を鍛えて、魔力操作の鍛錬をして、江里香の帰りを待つしかない。
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