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第九十七話
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セヴランはユベールの話を直接、聞いたわけではない。だからユベールが会った謎の美女についての具体的な容貌なども聞いていない。西の森に入ってしばらく進んだところでふいに現れた、グリニーダスの人々とは全く違う、抜けるような白い肌の美女を見て、馬の歩みを止めた。マルセルも馬を制し、その妖しげな美貌に瞠目している。
「失礼・・・、数日前に馬を探していた少年に伝言を託されたのは、貴女か?」
セヴランが慎重に声をかけると、美女はちょっと驚いた様子を見せた。
「あの少年の父親にしてはお若いようですけど・・・?」
「父親ではないが、あの馬は私の愛馬だ。返していただきたいのだが・・・」
「お返しいたしますけど、その代わりにと言ってはなんですが、わたしどもの主を、助けていただけないでしょうか?」
「主?」
「はい」
美女は、リュドミラと名乗った。額にマジカル・スターが無いので、魔力は無いということだから必要以上に警戒する必要は無いだろうが、気を許すには尚早だ。
「ベルチノアにいらした理由と人数を伺いたい。あまりに大勢であられる場合、私たちの一存では対処ができない」
「なに言ってんだセヴ。俺が責任者だぜ?」
筋肉山脈がセヴランを押しのけて前に出る。いや、お前はグリニーダスの移民担当だろう、とセヴランは思ったが、黙っていた。
「お嬢さん、それとも奥様か? 主ってのは、あんたの父親か旦那か。ベルチノアは東の果てだ。通りすがりってことはありえねえってことだ。目的如何によっては、主都防衛軍で身柄を預かる」
マルセルに威嚇されても、リュドミラは全く怯む様子は無い。
「主は十日ほど前から体調を崩して臥せっております。わたしどもは中央山岳帯の北側から参りました。ベルチノアではなくシエストレムを目指していたのですが・・・、ここはベルチノアなのですね? ということは、方角を間違えたのでしょうか? シエストレムは、ここからどう行けばいいのでしょうか?」
セヴランはマルセルと顔を見合わせる。
「そりゃあまたずいぶんと派手に方角を間違えたもんだな・・・。北東へ向かうつもりが南東に向かっちまったってことになる。なにをどうやったらそんな間違いをするんだ?」
リュドミラは少し逡巡していた。その眸には深い苦悩の色があったが、意を決したように口を開く。
「主が、母君さまからいただいた指輪をされているのです。その指輪に導かれた方角に進んでまいりました。もう一年になるでしょうか、母君さまがシエストレムの手の者に連れ去られて、主は失意にしばらくは臥せっておりましたが、母君をシエストレムから取り返すと決意され、家や財を処分して旅費に変え、兵を雇って旅をしてまいりました」
「単純に方角で言えば、ここからだと北へ行けばシエストレムだ。しかしこことシエストレムの間には中央山岳帯の人々でも越えるのは難儀であろう険阻な深山幽谷がある。ベルチノアはシエストレムの人攫いの脅威にさらされているが、それは常に海からだ。陸路では、ベルチノアとシエストレムの行き来は直線では全くできない。来た道をもどられる形で、北西へ大きく迂回してダクシニアやイルナスタを経由するか、ベルズポート・タウンから船に乗るしか、シエストレムに行く手段は無い」
セヴランが地面に簡単な地図を描いて説明した位置関係に、リュドミラは茫然とした。
「その、方角を示す指輪ってのはなんなんだ? そんなものを頼って人を探すなんざ、聞いたこともねえ。それにシエストレムに連れ去られたのなら、連れ帰るのはまず不可能だろう。酷なことを言うようだが、諦めたほうがいい。アドルフ王は、あれは悪魔だ。人の命と虫の命の区別がつかないような狂人だ。シエストレムになんか行ったら、あんたらも生きては帰れない」
マルセルの言に、リュドミラの顔の苦悩の色が濃くなる。
「存じております。指輪は、おそらくは母君さまの形見と思うべきなのでしょう。ですが、主は・・・、若様はなんとしても母君さまを取り返すのだと固い決意で、故国での身分もなにもかもお捨てあそばされた上での決死の旅なのです。アドルフ王と刺し違えてでも母君さまを取り返すおつもりなのです」
刺し違えるより前に、首尾よくシエストレムにたどり着けたとしてもアドルフ王にあいまみえることなど、不可能だろうと思うし、それよりまず、方角を間違えている段階でその決意は虚しいだろうと思ったが、言っても無駄であるらしいので、セヴランは言わなかった。
「若君とやらの、御容態は?」
「高熱が続いていたのですが、昨日から少し下がってきていますわ。ただ、手持ちの薬と魔石を使い果たしてしまって・・・、薬が買えるところと魔力を充填していただける伝手があれば、ご紹介願えないでしょうか?」
「そのくらいなら可能だ。若君というのが移動可能な状態なのであれば、宿を紹介しよう。ただ、武装した者があまりに大人数な場合は、街の宿に泊まることは遠慮していただきたい」
「そうだな。臨時収容所のほうが、問題は起きないな。何人くらいなんだい?」
セヴランとマルセルの問いかけを受けて、リュドミラがわずかに躊躇したのを、セヴランは見逃さなかった。
「若君とわたくしと、護衛に雇った傭兵が一人、それから雑用に働いてくれる女が一人です」
「四人なら、宿で大丈夫だろう。マルセル、ティエリーのところを紹介してやってくれないか?」
「そうだな、あそこなら、静かに身体を休めるにはちょうどよさそうだ」
「失礼・・・、数日前に馬を探していた少年に伝言を託されたのは、貴女か?」
セヴランが慎重に声をかけると、美女はちょっと驚いた様子を見せた。
「あの少年の父親にしてはお若いようですけど・・・?」
「父親ではないが、あの馬は私の愛馬だ。返していただきたいのだが・・・」
「お返しいたしますけど、その代わりにと言ってはなんですが、わたしどもの主を、助けていただけないでしょうか?」
「主?」
「はい」
美女は、リュドミラと名乗った。額にマジカル・スターが無いので、魔力は無いということだから必要以上に警戒する必要は無いだろうが、気を許すには尚早だ。
「ベルチノアにいらした理由と人数を伺いたい。あまりに大勢であられる場合、私たちの一存では対処ができない」
「なに言ってんだセヴ。俺が責任者だぜ?」
筋肉山脈がセヴランを押しのけて前に出る。いや、お前はグリニーダスの移民担当だろう、とセヴランは思ったが、黙っていた。
「お嬢さん、それとも奥様か? 主ってのは、あんたの父親か旦那か。ベルチノアは東の果てだ。通りすがりってことはありえねえってことだ。目的如何によっては、主都防衛軍で身柄を預かる」
マルセルに威嚇されても、リュドミラは全く怯む様子は無い。
「主は十日ほど前から体調を崩して臥せっております。わたしどもは中央山岳帯の北側から参りました。ベルチノアではなくシエストレムを目指していたのですが・・・、ここはベルチノアなのですね? ということは、方角を間違えたのでしょうか? シエストレムは、ここからどう行けばいいのでしょうか?」
セヴランはマルセルと顔を見合わせる。
「そりゃあまたずいぶんと派手に方角を間違えたもんだな・・・。北東へ向かうつもりが南東に向かっちまったってことになる。なにをどうやったらそんな間違いをするんだ?」
リュドミラは少し逡巡していた。その眸には深い苦悩の色があったが、意を決したように口を開く。
「主が、母君さまからいただいた指輪をされているのです。その指輪に導かれた方角に進んでまいりました。もう一年になるでしょうか、母君さまがシエストレムの手の者に連れ去られて、主は失意にしばらくは臥せっておりましたが、母君をシエストレムから取り返すと決意され、家や財を処分して旅費に変え、兵を雇って旅をしてまいりました」
「単純に方角で言えば、ここからだと北へ行けばシエストレムだ。しかしこことシエストレムの間には中央山岳帯の人々でも越えるのは難儀であろう険阻な深山幽谷がある。ベルチノアはシエストレムの人攫いの脅威にさらされているが、それは常に海からだ。陸路では、ベルチノアとシエストレムの行き来は直線では全くできない。来た道をもどられる形で、北西へ大きく迂回してダクシニアやイルナスタを経由するか、ベルズポート・タウンから船に乗るしか、シエストレムに行く手段は無い」
セヴランが地面に簡単な地図を描いて説明した位置関係に、リュドミラは茫然とした。
「その、方角を示す指輪ってのはなんなんだ? そんなものを頼って人を探すなんざ、聞いたこともねえ。それにシエストレムに連れ去られたのなら、連れ帰るのはまず不可能だろう。酷なことを言うようだが、諦めたほうがいい。アドルフ王は、あれは悪魔だ。人の命と虫の命の区別がつかないような狂人だ。シエストレムになんか行ったら、あんたらも生きては帰れない」
マルセルの言に、リュドミラの顔の苦悩の色が濃くなる。
「存じております。指輪は、おそらくは母君さまの形見と思うべきなのでしょう。ですが、主は・・・、若様はなんとしても母君さまを取り返すのだと固い決意で、故国での身分もなにもかもお捨てあそばされた上での決死の旅なのです。アドルフ王と刺し違えてでも母君さまを取り返すおつもりなのです」
刺し違えるより前に、首尾よくシエストレムにたどり着けたとしてもアドルフ王にあいまみえることなど、不可能だろうと思うし、それよりまず、方角を間違えている段階でその決意は虚しいだろうと思ったが、言っても無駄であるらしいので、セヴランは言わなかった。
「若君とやらの、御容態は?」
「高熱が続いていたのですが、昨日から少し下がってきていますわ。ただ、手持ちの薬と魔石を使い果たしてしまって・・・、薬が買えるところと魔力を充填していただける伝手があれば、ご紹介願えないでしょうか?」
「そのくらいなら可能だ。若君というのが移動可能な状態なのであれば、宿を紹介しよう。ただ、武装した者があまりに大人数な場合は、街の宿に泊まることは遠慮していただきたい」
「そうだな。臨時収容所のほうが、問題は起きないな。何人くらいなんだい?」
セヴランとマルセルの問いかけを受けて、リュドミラがわずかに躊躇したのを、セヴランは見逃さなかった。
「若君とわたくしと、護衛に雇った傭兵が一人、それから雑用に働いてくれる女が一人です」
「四人なら、宿で大丈夫だろう。マルセル、ティエリーのところを紹介してやってくれないか?」
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