95 / 200
第九十四話
しおりを挟む
イケメン、と一口に言っても、セヴランとエルネストとリシャールではタイプが違う。最初はクール系かと思っていたセヴランが一番、やさしくて真面目でクセが無くてスタンダードだと思う。エルネストとリシャールはアクが強すぎる。リアルで会ったり喋ったりは、デブスの蚤の心臓がもたないからご遠慮申し上げたいと、奈々実は思う。
―――テレビとかで見るだけならおもしろそうだけどなあ・・・―――
リシャールはトップアイドル、エルネストは理系超高学歴のイケメンお笑い芸人。クイズ番組で火花を散らすとか、おもしろいかも、などと変な妄想をしてしまった。
「フライング・ソーサーはもう終わりだよ! もう疲れたの!」
突然、エルネストの大声がしたので見ると、少年が一人立っていた。その顔はひどく憔悴していて、とてもではないがフライング・ソーサーに乗りたいとわくわくしているようには見えない。
―――無理もないか・・・―――
少年はユベールだった。今朝からフライング・ソーサーに乗りたくて並んでいた少年たちの中に、彼はいなかった。自分の母親がオランド公爵邸で雇い主から不当に暴力をふるわれていた、痣だらけの状態を見てしまったのは、例え映像だけでも多感な時期の少年にはたいへんな衝撃だっただろう。
ジャコブ、イアサント、ジョスラン、ケヴィンは、嬉々としてフライング・ソーサーに乗り、歓声をあげていた。
「あ、あの・・・っ」
昨夜、たくさん泣いたのであろう真っ赤な腫れぼったい目。浮腫んだ顔。エルネストはそういうのが見えていないのだろうか、邪険に追い払おうとするのを、奈々実は慌てて止めた。
「どうしたの?」
仔ブタみたいな女、と蔑んだ相手に優しく声をかけられて、ユベールは戸惑う。
「あの・・・、セッ・・・、セヴラン様は・・・?」
「セヴなら王宮に行ったよ」
優しさの欠片も無い口調で、エルネストが言う。ほんっっ・・・とうにこのオタク野郎は無神経だなあ! と、奈々実はイラっとしてしまった。もう少し子供に優しい喋り方ができないのかと、頭をどついてやりたいと思う。やったら百倍になって返ってきそうだから、我慢するけれど。
「ニケは・・・、帰ってきましたか・・・?」
震える声で問われて、奈々実は首を傾げる。あの魔力暴発で玄関が壊れたことに驚いて暴走したまま、ニケは帰ってきていない。
「ニケってなに?」
「セヴラン様の愛馬です。ユベールくん、ニケがどうしたの?」
もとはといえばエルネストのせいで奈々実の魔力が暴発し、玄関が壊れたのだ。少しは責任を感じろ、と、真剣に言いたい。
「あの日・・・、暴走するニケを追いかけたんだけど、追いつけなくて、探したんだけど、見つからなくて・・・」
「そりゃあ人間の足で馬に追いつけるはずがないでしょ。君の責任じゃあないよ。そんなに落ち込まないで。馬なんかのことでセヴは怒ったりしないからさあ」
「違うんです! ボクのせいなんです! だって・・・」
しっかりしているようでもまだ子供だ。ユベールは涙をぽろぽろ零し、鼻をすする。
「最初からちゃんと話してみて。ニケを追いかけて、それからどうしたの?」
エルネストは馬なんか、と雑なことを言うが、セヴランがニケをとても大切にしていることを、奈々実もユベールも知っている。ニケに関することなら、きちんと話を聞いておかなければならないと、奈々実は思った。
落ち着かせてしっかりと話を聞こうとユベールを椅子に座らせようとする。と、肩においた手にビリッと電流のようなものが走った。
「痛っ!」
静電気よりもかなり痛い。びっくりして手を引っ込めた奈々実にユベールはきょとんとし、エルネストは呆れたように言う。
「コショネ、『繋留』の意味をもう少し考えなよ。キミはセヴが命をかけてまでキミを守るって決めた、そのことの重さがわからないの? 迂闊に他の男になんか触ったらダメでしょ」
「え? そうなんですか?」
ユベールなんて、まだお尻に殻をつけたヒヨコ、鼻たれ小僧でしょ? と、奈々実は思う。エルネストに負けず劣らず失礼なことを思った、という自覚は無い。
「ちゃんと男の子だよ。セヴに心配をかけたくなかったら、セヴ以外の男に無闇に触らないこと! わかった?」
―――テレビとかで見るだけならおもしろそうだけどなあ・・・―――
リシャールはトップアイドル、エルネストは理系超高学歴のイケメンお笑い芸人。クイズ番組で火花を散らすとか、おもしろいかも、などと変な妄想をしてしまった。
「フライング・ソーサーはもう終わりだよ! もう疲れたの!」
突然、エルネストの大声がしたので見ると、少年が一人立っていた。その顔はひどく憔悴していて、とてもではないがフライング・ソーサーに乗りたいとわくわくしているようには見えない。
―――無理もないか・・・―――
少年はユベールだった。今朝からフライング・ソーサーに乗りたくて並んでいた少年たちの中に、彼はいなかった。自分の母親がオランド公爵邸で雇い主から不当に暴力をふるわれていた、痣だらけの状態を見てしまったのは、例え映像だけでも多感な時期の少年にはたいへんな衝撃だっただろう。
ジャコブ、イアサント、ジョスラン、ケヴィンは、嬉々としてフライング・ソーサーに乗り、歓声をあげていた。
「あ、あの・・・っ」
昨夜、たくさん泣いたのであろう真っ赤な腫れぼったい目。浮腫んだ顔。エルネストはそういうのが見えていないのだろうか、邪険に追い払おうとするのを、奈々実は慌てて止めた。
「どうしたの?」
仔ブタみたいな女、と蔑んだ相手に優しく声をかけられて、ユベールは戸惑う。
「あの・・・、セッ・・・、セヴラン様は・・・?」
「セヴなら王宮に行ったよ」
優しさの欠片も無い口調で、エルネストが言う。ほんっっ・・・とうにこのオタク野郎は無神経だなあ! と、奈々実はイラっとしてしまった。もう少し子供に優しい喋り方ができないのかと、頭をどついてやりたいと思う。やったら百倍になって返ってきそうだから、我慢するけれど。
「ニケは・・・、帰ってきましたか・・・?」
震える声で問われて、奈々実は首を傾げる。あの魔力暴発で玄関が壊れたことに驚いて暴走したまま、ニケは帰ってきていない。
「ニケってなに?」
「セヴラン様の愛馬です。ユベールくん、ニケがどうしたの?」
もとはといえばエルネストのせいで奈々実の魔力が暴発し、玄関が壊れたのだ。少しは責任を感じろ、と、真剣に言いたい。
「あの日・・・、暴走するニケを追いかけたんだけど、追いつけなくて、探したんだけど、見つからなくて・・・」
「そりゃあ人間の足で馬に追いつけるはずがないでしょ。君の責任じゃあないよ。そんなに落ち込まないで。馬なんかのことでセヴは怒ったりしないからさあ」
「違うんです! ボクのせいなんです! だって・・・」
しっかりしているようでもまだ子供だ。ユベールは涙をぽろぽろ零し、鼻をすする。
「最初からちゃんと話してみて。ニケを追いかけて、それからどうしたの?」
エルネストは馬なんか、と雑なことを言うが、セヴランがニケをとても大切にしていることを、奈々実もユベールも知っている。ニケに関することなら、きちんと話を聞いておかなければならないと、奈々実は思った。
落ち着かせてしっかりと話を聞こうとユベールを椅子に座らせようとする。と、肩においた手にビリッと電流のようなものが走った。
「痛っ!」
静電気よりもかなり痛い。びっくりして手を引っ込めた奈々実にユベールはきょとんとし、エルネストは呆れたように言う。
「コショネ、『繋留』の意味をもう少し考えなよ。キミはセヴが命をかけてまでキミを守るって決めた、そのことの重さがわからないの? 迂闊に他の男になんか触ったらダメでしょ」
「え? そうなんですか?」
ユベールなんて、まだお尻に殻をつけたヒヨコ、鼻たれ小僧でしょ? と、奈々実は思う。エルネストに負けず劣らず失礼なことを思った、という自覚は無い。
「ちゃんと男の子だよ。セヴに心配をかけたくなかったら、セヴ以外の男に無闇に触らないこと! わかった?」
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる