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第九十一話
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ラガルドはもう何度目になるかもわからないため息をついて、深々と身体を椅子に沈める。王太子の前だということすら失念しているが、リシャールもソファのひじ掛けに斜めに腰かけているような不作法な状態だから何も言わない。
セヴランだけがきちんと姿勢をただし、アルヴィーン滞在中の記憶を探りながら言葉を紡いでいる。
「禁句でしたが、ヴィクトリア王太女殿下の資質を誰よりも正確にご存知なのは、他ならぬパトリシア女帝陛下その人であると囁かれておりました。若くして帝位につかれたパトリシア陛下は、最初の御婚姻でヴィクトリア殿下を身籠られてすぐ、王配殿下を離縁なさいました。永遠の愛を誓った、舌の根も乾かぬうちに、です。王配殿下というのがまあ、悪阻に苦しむ女帝陛下をほったらかして侍女の尻を追いかけているようなどうしようもない人物だったから、というのが表向きの理由ですが、真相は違うようです」
あくまで聞いただけですよ、と前置きして、セヴランは目を眇めて言った。噂話などという不確実極まりないことは、本当は口の端にも上せたくないのだ。
「アルヴィーンの歴代の女帝でも、特に名君と仰がれた方におかれましては・・・、御懐妊の段階で腹の中のお子が男子か女子か、女子であればどの程度の魔力を有しているのか、産む前にわかってしまうのだそうです」
「なっ・・・、まさか・・・」
ベルチノアなど、アルヴィーンの爪の先ほどと言っていいような小さな小さな国だ。鯨の体の神秘を蟻には理解できないように、超巨大帝国を統べる女帝の膨大な魔力の神秘など、東の果ての小国の男達には、窺うべくもない。
「ですから女帝陛下はヴィクトリア殿下をその・・・、産まないために王配殿下を離縁されたのではないかと言われておりました。しかし月満ちてヴィクトリア殿下を御産みあそばされ、数年後に今の王配殿下と再婚されたのです」
「ヴィクトリア王太女殿下は、今、お幾つであらせられたかな?」
「確か・・・、三十五歳になられたかと。エリスタリアの第三王子を婿君に迎えられ、一男三女をもうけられたはずです。第一王女のメイヴィス殿下が、帝位継承権第二位、つまりヴィクトリア殿下の次のお世継ぎに定められたはずです」
「それでもヴィクトリア殿下はイングリッド殿下を警戒されておられると?」
「はい。魔力量、制御力の問題は、恐ろしくデリケートです。男の身にはわかりかねます」
セヴランはベアトリスのことを思い浮かべた。彼女が奈々実を憎んだのは、セヴランを奪われたことよりもゴールド・スターの魔力量への羨望が大きかったからだとセヴランは思っている。魔力があることが勝ち組だと思い込んでいたベアトリスは、魔力が減っていくことに耐えられず、公爵夫人、宰相夫人という身分や肩書を、失われていく魔力の代わりに欲しただけだ。そうしたものを与えてくれる男なら、自分でなくてもいいはずだ。そしてアルヴィーンのヴィクトリア殿下は、おそらくはベアトリスと同じような価値観の女性なのだろうと思う。
セヴランだけがきちんと姿勢をただし、アルヴィーン滞在中の記憶を探りながら言葉を紡いでいる。
「禁句でしたが、ヴィクトリア王太女殿下の資質を誰よりも正確にご存知なのは、他ならぬパトリシア女帝陛下その人であると囁かれておりました。若くして帝位につかれたパトリシア陛下は、最初の御婚姻でヴィクトリア殿下を身籠られてすぐ、王配殿下を離縁なさいました。永遠の愛を誓った、舌の根も乾かぬうちに、です。王配殿下というのがまあ、悪阻に苦しむ女帝陛下をほったらかして侍女の尻を追いかけているようなどうしようもない人物だったから、というのが表向きの理由ですが、真相は違うようです」
あくまで聞いただけですよ、と前置きして、セヴランは目を眇めて言った。噂話などという不確実極まりないことは、本当は口の端にも上せたくないのだ。
「アルヴィーンの歴代の女帝でも、特に名君と仰がれた方におかれましては・・・、御懐妊の段階で腹の中のお子が男子か女子か、女子であればどの程度の魔力を有しているのか、産む前にわかってしまうのだそうです」
「なっ・・・、まさか・・・」
ベルチノアなど、アルヴィーンの爪の先ほどと言っていいような小さな小さな国だ。鯨の体の神秘を蟻には理解できないように、超巨大帝国を統べる女帝の膨大な魔力の神秘など、東の果ての小国の男達には、窺うべくもない。
「ですから女帝陛下はヴィクトリア殿下をその・・・、産まないために王配殿下を離縁されたのではないかと言われておりました。しかし月満ちてヴィクトリア殿下を御産みあそばされ、数年後に今の王配殿下と再婚されたのです」
「ヴィクトリア王太女殿下は、今、お幾つであらせられたかな?」
「確か・・・、三十五歳になられたかと。エリスタリアの第三王子を婿君に迎えられ、一男三女をもうけられたはずです。第一王女のメイヴィス殿下が、帝位継承権第二位、つまりヴィクトリア殿下の次のお世継ぎに定められたはずです」
「それでもヴィクトリア殿下はイングリッド殿下を警戒されておられると?」
「はい。魔力量、制御力の問題は、恐ろしくデリケートです。男の身にはわかりかねます」
セヴランはベアトリスのことを思い浮かべた。彼女が奈々実を憎んだのは、セヴランを奪われたことよりもゴールド・スターの魔力量への羨望が大きかったからだとセヴランは思っている。魔力があることが勝ち組だと思い込んでいたベアトリスは、魔力が減っていくことに耐えられず、公爵夫人、宰相夫人という身分や肩書を、失われていく魔力の代わりに欲しただけだ。そうしたものを与えてくれる男なら、自分でなくてもいいはずだ。そしてアルヴィーンのヴィクトリア殿下は、おそらくはベアトリスと同じような価値観の女性なのだろうと思う。
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