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第七十五話
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突然、オランド公爵が大きな体を床に投げ出すようにリシャールに向かって膝をついた。
「お許しください、殿下! すべてはこのクリストフ・オランドの不徳の致すところです。国王陛下の寵に甘え、驕り高ぶっておりました。そうした私の思いあがった態度が、妻と娘に道を誤らせました。この場にいるすべての人々に証人になっていただきたい。このクリストフ・オランドはベルチノア国王陛下より賜った栄えある爵位を返上いたします。本日只今より、爵位を持たぬ一市民として、生涯をベルチノアのためにささげ、家族の犯した罪を償いましょう!」
先代国王の最後の腹心、最も忠実にして信頼の厚い片腕であったオランド公爵が、その功績によって賜った爵位を返上すると言い出したのだ。先ほどまでしらをきろう、誤魔化そうとしていた公爵夫人が、さすがに真っ青になった。
「な・・・、何をおっしゃいますの・・・?」
しかし、オランド公爵はもう、最愛の存在であったはずの妻や娘を見ていない。
「殿下。家財は全て没収してくださいますよう、陛下に進言してくださいませ。そして被害者への救済もすべて、陛下のお心のままに」
「人任せにしないで自分でやりなよ。陛下はご多忙だしご高齢でお疲れなんだから・・・、って、ああ、おじさんのほうが高齢でしたっけ」
そう、国王よりもオランド公爵のほうが、ほんの少しだけ、年上だ。王太子であられた頃の現陛下の頼もしい兄のような存在だったのだ。オランド公爵がいたからこそ現国王が名君と称えられるのだと言っても、過言ではない。
社会的に立派な仕事をしたり素晴らしい人格の人でも、家ではなんかおかしい、理想的な親ではなかった、そんな人は別にめずらしくもない。人間は神ではないのだから、完璧でなどありえない。もといた世界ではネットの普及につれて、そういった不完全さに対する許容範囲がどんどん狭くなっていった。何か問題を起こした人間がいた時など、その親が責任を取って子供ともども死ねばいい、というような書き込みが匿名の掲示板には溢れている。完璧でなければ生きている価値が無いかのように、他者の過失を追求する。ネットでそんな例をたくさん見てきた奈々実は、なんだかオランド公爵が可哀想になってしまった。ベアトリスと公爵夫人がやったことは問題があるけれど、オランド公爵が責任を取って爵位まで投げ出さなければいけないのだろうか。なんか納得いかない。
「そうじゃないよ、ナナミ」
奈々実の心の中が見えたように、セヴランが耳元でささやく。
「爵位を返上するくらいでなければ、夫人やベアトリスは自分がしたことの罪深さを理解しないって、公爵は気づいてしまったんだよ。自分が本気を見せなければ、夫人とベアトリスは反省なんかしないし、また同じことを繰り返す。魔力があることを自分はなにをしてもいい存在なんだ、みたいに勘違いしてしまう女性は、結構いるよ?」
魔力があることは、必ずしも優れているということではない。それはとても、難しいことだと思う。
もといた世界では、人は見た目が全てであるかのような言い方がされていて、美人であれば勝ち組、人生イージーモード、みたいなことが言われていた。美貌というのは目に見える要素だから、デブスのモブキャラにしてみればリングに上がる前に勝負がついているものだから、わかり易かった。けれど、自分が可愛いのだ、美しいのだということをわかっていても、それがゆえに身を誤ったり上手く立ち回れなかった美人は、イージーモードどころか天国から地獄に転落した、そんな例がいっぱいあった。魔力も美貌も、結局は使い方次第だ。美人に生まれ、ちやほやされて思いあがって道を踏み外す人生は、デブスの自分には縁の無いものだろうけれど、魔力があることを万能だとか勝ち組だとか間違って認識し、思いあがって道を踏み外す可能性は、ゼロではない。ベアトリス母娘の姿は、他人事ではないと、奈々実は身が引き締まる思いで、公爵を見ている。自分が魔力の使い方を間違えたら、セヴランが今の公爵の姿になるかもしれないのだ。
魔力は、もといた世界の容姿問題に似ているようで、違う。自分のようなデブスでも魔力とそれから偶々、法律を暗記していたからセヴランに好きだなんて言われたけれど、セヴランのような酔狂な男ばかりではないはずだ。男は基本的には可愛くてウエストがきゅっとくびれていて、脚が細い女の子が好きだ。この世界だって、そんなに変わらないのではないかと思う。ユベール達の自分を見ていた目線が、如実に語っていたと思う。いくらゴールド・スターがあったってあんなデブスを選ぶなんて、セヴラン様ってゲテモノ趣味だったんですかね? と言いたいのであろう心の声が、伝わってきていた。大人と違って、子供は正直だから、わかった。魔力がいくらあっても、美貌や身分と等価値ではないということだ。
ベアトリスはイネスのようにものすごく美しいわけではないのだが、それでもユベール達にしてみれば奈々実のゴールド・スターよりも価値があったらしい。魔力ってなんだろう、なんのためにあるんだろう、と、奈々実は考える。
「栄えある爵位なんて言ってるけどさあ、まだこの国はできたばっかりだし、建国の際の功績を讃えて爵位を授けた、ってだけのことだよね。クリストフおじさん。先祖代々、公爵だったとかいうわけじゃない。おじさんの奥さんは、そのことがわからなかったのかな」
リシャールの言葉遣いはざっくばらんでわかり易い。それはいいことだと思うけれど、公爵が爵位を返上すると言い出したからって、いきなりおじさんって呼んじゃっていいのか? と、奈々実は思う。
原告人席で音がして、ちょっとざわついた。見ると、ベアトリスが失神して倒れてしまったらしい。その眦には、涙が流れている。オランド公爵は王太子殿下に向かって膝をついたままだし、公爵夫人は痴呆のようになって自分の夫を見ているだけで、可哀想に、誰もベアトリスを支えてあげなかったらしい。頭打ってたんこぶとかできてなければいいけど、と奈々実は思った。
「お許しください、殿下! すべてはこのクリストフ・オランドの不徳の致すところです。国王陛下の寵に甘え、驕り高ぶっておりました。そうした私の思いあがった態度が、妻と娘に道を誤らせました。この場にいるすべての人々に証人になっていただきたい。このクリストフ・オランドはベルチノア国王陛下より賜った栄えある爵位を返上いたします。本日只今より、爵位を持たぬ一市民として、生涯をベルチノアのためにささげ、家族の犯した罪を償いましょう!」
先代国王の最後の腹心、最も忠実にして信頼の厚い片腕であったオランド公爵が、その功績によって賜った爵位を返上すると言い出したのだ。先ほどまでしらをきろう、誤魔化そうとしていた公爵夫人が、さすがに真っ青になった。
「な・・・、何をおっしゃいますの・・・?」
しかし、オランド公爵はもう、最愛の存在であったはずの妻や娘を見ていない。
「殿下。家財は全て没収してくださいますよう、陛下に進言してくださいませ。そして被害者への救済もすべて、陛下のお心のままに」
「人任せにしないで自分でやりなよ。陛下はご多忙だしご高齢でお疲れなんだから・・・、って、ああ、おじさんのほうが高齢でしたっけ」
そう、国王よりもオランド公爵のほうが、ほんの少しだけ、年上だ。王太子であられた頃の現陛下の頼もしい兄のような存在だったのだ。オランド公爵がいたからこそ現国王が名君と称えられるのだと言っても、過言ではない。
社会的に立派な仕事をしたり素晴らしい人格の人でも、家ではなんかおかしい、理想的な親ではなかった、そんな人は別にめずらしくもない。人間は神ではないのだから、完璧でなどありえない。もといた世界ではネットの普及につれて、そういった不完全さに対する許容範囲がどんどん狭くなっていった。何か問題を起こした人間がいた時など、その親が責任を取って子供ともども死ねばいい、というような書き込みが匿名の掲示板には溢れている。完璧でなければ生きている価値が無いかのように、他者の過失を追求する。ネットでそんな例をたくさん見てきた奈々実は、なんだかオランド公爵が可哀想になってしまった。ベアトリスと公爵夫人がやったことは問題があるけれど、オランド公爵が責任を取って爵位まで投げ出さなければいけないのだろうか。なんか納得いかない。
「そうじゃないよ、ナナミ」
奈々実の心の中が見えたように、セヴランが耳元でささやく。
「爵位を返上するくらいでなければ、夫人やベアトリスは自分がしたことの罪深さを理解しないって、公爵は気づいてしまったんだよ。自分が本気を見せなければ、夫人とベアトリスは反省なんかしないし、また同じことを繰り返す。魔力があることを自分はなにをしてもいい存在なんだ、みたいに勘違いしてしまう女性は、結構いるよ?」
魔力があることは、必ずしも優れているということではない。それはとても、難しいことだと思う。
もといた世界では、人は見た目が全てであるかのような言い方がされていて、美人であれば勝ち組、人生イージーモード、みたいなことが言われていた。美貌というのは目に見える要素だから、デブスのモブキャラにしてみればリングに上がる前に勝負がついているものだから、わかり易かった。けれど、自分が可愛いのだ、美しいのだということをわかっていても、それがゆえに身を誤ったり上手く立ち回れなかった美人は、イージーモードどころか天国から地獄に転落した、そんな例がいっぱいあった。魔力も美貌も、結局は使い方次第だ。美人に生まれ、ちやほやされて思いあがって道を踏み外す人生は、デブスの自分には縁の無いものだろうけれど、魔力があることを万能だとか勝ち組だとか間違って認識し、思いあがって道を踏み外す可能性は、ゼロではない。ベアトリス母娘の姿は、他人事ではないと、奈々実は身が引き締まる思いで、公爵を見ている。自分が魔力の使い方を間違えたら、セヴランが今の公爵の姿になるかもしれないのだ。
魔力は、もといた世界の容姿問題に似ているようで、違う。自分のようなデブスでも魔力とそれから偶々、法律を暗記していたからセヴランに好きだなんて言われたけれど、セヴランのような酔狂な男ばかりではないはずだ。男は基本的には可愛くてウエストがきゅっとくびれていて、脚が細い女の子が好きだ。この世界だって、そんなに変わらないのではないかと思う。ユベール達の自分を見ていた目線が、如実に語っていたと思う。いくらゴールド・スターがあったってあんなデブスを選ぶなんて、セヴラン様ってゲテモノ趣味だったんですかね? と言いたいのであろう心の声が、伝わってきていた。大人と違って、子供は正直だから、わかった。魔力がいくらあっても、美貌や身分と等価値ではないということだ。
ベアトリスはイネスのようにものすごく美しいわけではないのだが、それでもユベール達にしてみれば奈々実のゴールド・スターよりも価値があったらしい。魔力ってなんだろう、なんのためにあるんだろう、と、奈々実は考える。
「栄えある爵位なんて言ってるけどさあ、まだこの国はできたばっかりだし、建国の際の功績を讃えて爵位を授けた、ってだけのことだよね。クリストフおじさん。先祖代々、公爵だったとかいうわけじゃない。おじさんの奥さんは、そのことがわからなかったのかな」
リシャールの言葉遣いはざっくばらんでわかり易い。それはいいことだと思うけれど、公爵が爵位を返上すると言い出したからって、いきなりおじさんって呼んじゃっていいのか? と、奈々実は思う。
原告人席で音がして、ちょっとざわついた。見ると、ベアトリスが失神して倒れてしまったらしい。その眦には、涙が流れている。オランド公爵は王太子殿下に向かって膝をついたままだし、公爵夫人は痴呆のようになって自分の夫を見ているだけで、可哀想に、誰もベアトリスを支えてあげなかったらしい。頭打ってたんこぶとかできてなければいいけど、と奈々実は思った。
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