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第六十六話
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「失礼いたします」
とても公判中とは思えない、甘ったるい空気に満たされた部屋に平然と入って来た強心臓が一人。
「ご無沙汰をいたしております、セヴラン様」
入って来たのはほっそりと品の良い初老の女性だった。額には緑色のマジカル・スターが瞬いている。どこか裕福な家の奥様、といった風情の老婦人で、こんな上品な女性の前で男の腕の中にいるなんて、自分がこれ以上無いほど卑しい女のようで、奈々実は消えてしまいたいと激しく思った。身の置き所が無いとは、まさにこのことだと思う。
「お久しぶりです、モニーク殿。この度はお骨折りいただき、誠にありがとうございました」
この気品のあるおばあ様がモニーク様なのか! 奈々実はきちんとお辞儀をして挨拶をしなければと、じたじたと暴れてセヴランの膝から降りようとするが、がっちりと抱きしめられていて動けない。セヴランは自分だけきちんと挨拶をして、奈々実のことは膝に乗せたまま、ペットでも紹介するかのようにモニークに奈々実を紹介する。
「この少女がナナミです。イネス殿からお聞きのことと思いますが」
「ええ、ええ、承知しておりますよ。先ほどの暗唱も拝聴させていただきました。大変貴重なものを聞かせていただきました」
モニークはわたわたしている奈々実を落ち着かせようと思ったのか、セヴランの隣に腰を下ろして両手で奈々実の手を取ってしっかりと握った。手全体はやわらかく温かいけれど、大きなペン胼胝があるのが、見なくてもわかった。学問に精進してきた人生であろうことが、失礼かもしれないが親近感を感じさせた。
「界を超えられた方に、慰労と感謝を捧げます。大変な経験をされた御身に、幸多きことを祈ります。よくぞセヴラン様を受け入れてくださいました。セヴラン様の苦悩を取り除いてくだすったことに、心から感謝いたします」
「え・・・っと、わたし、なにもしてないです! セヴラン様にお世話になってばっかりで・・・、あ、イネス様にもアンリ様にもクロエさんにもですけど、皆様によくしていただいて、こちらこそ感謝しかありません!」
品の良い老婦人に頭を下げられるなんて、恐れ多いというか、もったいないというか。過分なお言葉をいただいて恐悦至極です、とわたわたする奈々実を、モニークはこの上もないほど優しい眸で見る。
「よいお育ちをされたお嬢さんですのね。ベアトリスに爪の垢を煎じて飲ませたいわ。本当にあの子に貴女の謙虚さの半分でもあったら、セヴラン様やエルネスト様のお手を煩わせずに済みましたのにね」
よいお育ちなんてしてないです! 両親は離婚して母はわたしを捨てて出て行っちゃったし、父は六法全書を丸暗記させるだけしか頭にない人で、カップ麺とかスナック菓子とかファスト・フードばっかり食べて育ったから、こんなデブなんです。謙虚なのではなくて、卑屈なんです。デブスが図々しかったら、嫌われて虐められるだけですから。
でも、今の言い方だと、モニーク様はベアトリスさんを憐れんでいらっしゃる?
奈々実の心の声を見透かしたように、セヴランが奈々実の髪を撫でながら言う。
「モニーク殿はベアトリスの伯母上でいらっしゃるのだよ、ナナミ。モニーク殿は諸事情あってお子に恵まれなかったのだ。だからベアトリスを孫のように可愛がっておられたのだよ」
「それが間違いだったのですよ。どんなに可愛くても、溺愛してネコ可愛がりして甘やかしたのでは、本人のためになりません。わたしも弟も気づくのが遅すぎました。いとおしければこそ、きちんと教育し、正しいことを身につけさせなければならなかった。本当はわたし達はベアトリスに謝らなければならない立場なのです。でもただ謝ったのでは、あの娘は道理を理解しません」
一理あるなあ、と、奈々実は感心する。ベアトリスからセヴランを略奪したことにされてしまっているけれど、実際に略奪したわけではないし、そのことを申し訳なく思わなくても大丈夫そうだと思う。ベアトリスには彼女を心の底から大切に思って正しい道に導こうとする、すばらしいご親族がいるということだ。
「で、兄は何をしているのです?」
セヴランの問いに、モニークはいたずら好きな少女のように目をキラキラさせる。
「エルネスト様は人前に出ていらっしゃるのがよほどお嫌なのでしょうね。この年寄りに全部おしつけて高見の見物を決め込むつもりのようですよ」
とても公判中とは思えない、甘ったるい空気に満たされた部屋に平然と入って来た強心臓が一人。
「ご無沙汰をいたしております、セヴラン様」
入って来たのはほっそりと品の良い初老の女性だった。額には緑色のマジカル・スターが瞬いている。どこか裕福な家の奥様、といった風情の老婦人で、こんな上品な女性の前で男の腕の中にいるなんて、自分がこれ以上無いほど卑しい女のようで、奈々実は消えてしまいたいと激しく思った。身の置き所が無いとは、まさにこのことだと思う。
「お久しぶりです、モニーク殿。この度はお骨折りいただき、誠にありがとうございました」
この気品のあるおばあ様がモニーク様なのか! 奈々実はきちんとお辞儀をして挨拶をしなければと、じたじたと暴れてセヴランの膝から降りようとするが、がっちりと抱きしめられていて動けない。セヴランは自分だけきちんと挨拶をして、奈々実のことは膝に乗せたまま、ペットでも紹介するかのようにモニークに奈々実を紹介する。
「この少女がナナミです。イネス殿からお聞きのことと思いますが」
「ええ、ええ、承知しておりますよ。先ほどの暗唱も拝聴させていただきました。大変貴重なものを聞かせていただきました」
モニークはわたわたしている奈々実を落ち着かせようと思ったのか、セヴランの隣に腰を下ろして両手で奈々実の手を取ってしっかりと握った。手全体はやわらかく温かいけれど、大きなペン胼胝があるのが、見なくてもわかった。学問に精進してきた人生であろうことが、失礼かもしれないが親近感を感じさせた。
「界を超えられた方に、慰労と感謝を捧げます。大変な経験をされた御身に、幸多きことを祈ります。よくぞセヴラン様を受け入れてくださいました。セヴラン様の苦悩を取り除いてくだすったことに、心から感謝いたします」
「え・・・っと、わたし、なにもしてないです! セヴラン様にお世話になってばっかりで・・・、あ、イネス様にもアンリ様にもクロエさんにもですけど、皆様によくしていただいて、こちらこそ感謝しかありません!」
品の良い老婦人に頭を下げられるなんて、恐れ多いというか、もったいないというか。過分なお言葉をいただいて恐悦至極です、とわたわたする奈々実を、モニークはこの上もないほど優しい眸で見る。
「よいお育ちをされたお嬢さんですのね。ベアトリスに爪の垢を煎じて飲ませたいわ。本当にあの子に貴女の謙虚さの半分でもあったら、セヴラン様やエルネスト様のお手を煩わせずに済みましたのにね」
よいお育ちなんてしてないです! 両親は離婚して母はわたしを捨てて出て行っちゃったし、父は六法全書を丸暗記させるだけしか頭にない人で、カップ麺とかスナック菓子とかファスト・フードばっかり食べて育ったから、こんなデブなんです。謙虚なのではなくて、卑屈なんです。デブスが図々しかったら、嫌われて虐められるだけですから。
でも、今の言い方だと、モニーク様はベアトリスさんを憐れんでいらっしゃる?
奈々実の心の声を見透かしたように、セヴランが奈々実の髪を撫でながら言う。
「モニーク殿はベアトリスの伯母上でいらっしゃるのだよ、ナナミ。モニーク殿は諸事情あってお子に恵まれなかったのだ。だからベアトリスを孫のように可愛がっておられたのだよ」
「それが間違いだったのですよ。どんなに可愛くても、溺愛してネコ可愛がりして甘やかしたのでは、本人のためになりません。わたしも弟も気づくのが遅すぎました。いとおしければこそ、きちんと教育し、正しいことを身につけさせなければならなかった。本当はわたし達はベアトリスに謝らなければならない立場なのです。でもただ謝ったのでは、あの娘は道理を理解しません」
一理あるなあ、と、奈々実は感心する。ベアトリスからセヴランを略奪したことにされてしまっているけれど、実際に略奪したわけではないし、そのことを申し訳なく思わなくても大丈夫そうだと思う。ベアトリスには彼女を心の底から大切に思って正しい道に導こうとする、すばらしいご親族がいるということだ。
「で、兄は何をしているのです?」
セヴランの問いに、モニークはいたずら好きな少女のように目をキラキラさせる。
「エルネスト様は人前に出ていらっしゃるのがよほどお嫌なのでしょうね。この年寄りに全部おしつけて高見の見物を決め込むつもりのようですよ」
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