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第五十七話
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そんな話をしている間にもニケは黙々と歩を進めていて、抜け道の行程で最も標高の高い場所に到達した。左右の山は高く、少し前後に重なるようになっているので、この抜け道は意外に人に知られていないのだという。
「わあー!」
開けた視界に見えたものに、奈々実は思わず歓声を上げる。眼下に広がる眺望の彼方、まだ距離はあるが、建設中の主都が見えたのだ。思っていたよりもはるかに規模が大きい。あれが重機など一切無しで、人の手で建設されているのだ。イネスが手伝っていたと言っていたように、魔力が多い女性が魔力を提供していて、それが重機の代わりなのかもしれない。魔石に充填する以外の魔力の使い方などを、是非、学びたいと思う。
主都の手前にはさっき渡った川とは比べ物にならないような大きな水面がひろがっていて、強い陽射しに煌めいている。
「主都の裏手に深い森があって、その地下に巨大な地底湖があるらしいんだ。主都の下を地下の水脈が通ってきて、あの湖になっている。湖に向けて開けた緩やかな傾斜地になっているのがわかるだろう?」
まだ名前も決まっていない、建設中の主都は、湖に臨む緩やかな傾斜の中ほど、小高い丘になっている辺りに王宮をいだき、その周りを公的な建築物が囲み、湖を背にして見た左奥のほうに貴族の館が、王宮からウォーターフロントに繁華街や庶民の住宅が配されていて、右手の奥のほうには軍用地が広がっている。王宮はさほど高い建物ではなく、お城、というと真っ先にイメージする尖塔なども無い。民を威圧しない、好感のもてるつくりだと思う。
ニケはゆっくりとくだっていき、反対にだんだんと主都の風景と手前の木々のほうが上になっていって、湖に近づくにつれていったんは周囲の高い木々の枝葉に隠れてしまう。鬱蒼というほどではなくて、管理された雑木林くらいの明るい木立の中をしばらく進む。やがて湖のほとりに出ると、セヴランは湖の左岸に沿ってニケを歩かせ、さきほど上から見た左側の街区のほうへと近づいて行った。緩やかな傾斜の一番下、湖に近い辺りは公園や庶民の中でも比較的裕福な階層の家があり、登っていくにつれてちょっと高級な食品を取り扱う店や貴族の家に出入りする商家などがある区域になる。
「右側の街はもっと庶民的で、ポート・タウンに近い雰囲気だ。繁華街やマルシェがたつ広場があって、労働者向けの共同宿舎なんかがある」
つまり下町ということか。で、今いるほうが山の手ということか、などと、奈々実は頭の中で整理する。
「あっ! セヴラン様だ!」
声がしたほうを奈々実が見ると、キトンの裾が泥に汚れた、やんちゃを絵に描いたような腕白少年が四、五人、走り寄って来た。まだ小学生くらいに見えるが、びっくりするほど足が速い。
「おかえりなさい、セヴラン様!」
顔も手足も陽に焼けて浅黒く、そこにも泥がこびりついて、白く乾いている。一番先に駆け寄った少年が当然のようにニケの頭絡に手を添えながら馬の口をとって先導につき、ほかの少年たちは一瞬だけ悔しそうな顔をしたものの、すぐに笑顔になって口々にセヴランに話しかける。セヴランの馬の口をとることは、少年たちにとって相当に誇らしいことであるらしい。
「セヴラン様、今日はアンリ様はご一緒じゃないのですか?」
「何日くらい、いらっしゃるのですか?」
「ベアトリス様に会いにいらしたのですか?」
「いつ、お式を挙げられるのですか?」
矢継ぎ早に質問を浴びせられて、セヴランは苦笑する。
「お前たち、まだ学堂の時間のはずだろ? サボリは感心しないな」
学堂、とは学校のことだろうか。セヴランに注意されても、少年たちは蛙の面に水、といった感じで、全く動じない。
「セヴラン様だってサボってばっかりだったって、レオ爺が言ってました!」
自分が学堂をサボって入り浸っていた剣術指南所の爺やの言を出されると、否定はできない。
「レオ爺の膝は治ったのか?」
「まだです。でも自分たちの誰も、レオ爺に勝てないんです」
レオポルドはもうかなりの高齢で、指南所の師範の座は息子のアベルに譲った。しかしレオポルドはやんちゃ坊主たちに、学堂卒業前に自分に勝つことができたら授業料全額免除で指南所の門下生にしてやる、と嘯いているらしい。
「早くレオ爺に勝って指南所に入りたいです」
隠居しようが膝を痛めようが、ベルチノアでも一、二を争う実力者であった剣士に、学堂卒業前の少年が勝てるはずがない。苦笑しっぱなしのセヴランだったが、少年たちに強く慕われているらしいことは、奈々実にもわかった。
「わあー!」
開けた視界に見えたものに、奈々実は思わず歓声を上げる。眼下に広がる眺望の彼方、まだ距離はあるが、建設中の主都が見えたのだ。思っていたよりもはるかに規模が大きい。あれが重機など一切無しで、人の手で建設されているのだ。イネスが手伝っていたと言っていたように、魔力が多い女性が魔力を提供していて、それが重機の代わりなのかもしれない。魔石に充填する以外の魔力の使い方などを、是非、学びたいと思う。
主都の手前にはさっき渡った川とは比べ物にならないような大きな水面がひろがっていて、強い陽射しに煌めいている。
「主都の裏手に深い森があって、その地下に巨大な地底湖があるらしいんだ。主都の下を地下の水脈が通ってきて、あの湖になっている。湖に向けて開けた緩やかな傾斜地になっているのがわかるだろう?」
まだ名前も決まっていない、建設中の主都は、湖に臨む緩やかな傾斜の中ほど、小高い丘になっている辺りに王宮をいだき、その周りを公的な建築物が囲み、湖を背にして見た左奥のほうに貴族の館が、王宮からウォーターフロントに繁華街や庶民の住宅が配されていて、右手の奥のほうには軍用地が広がっている。王宮はさほど高い建物ではなく、お城、というと真っ先にイメージする尖塔なども無い。民を威圧しない、好感のもてるつくりだと思う。
ニケはゆっくりとくだっていき、反対にだんだんと主都の風景と手前の木々のほうが上になっていって、湖に近づくにつれていったんは周囲の高い木々の枝葉に隠れてしまう。鬱蒼というほどではなくて、管理された雑木林くらいの明るい木立の中をしばらく進む。やがて湖のほとりに出ると、セヴランは湖の左岸に沿ってニケを歩かせ、さきほど上から見た左側の街区のほうへと近づいて行った。緩やかな傾斜の一番下、湖に近い辺りは公園や庶民の中でも比較的裕福な階層の家があり、登っていくにつれてちょっと高級な食品を取り扱う店や貴族の家に出入りする商家などがある区域になる。
「右側の街はもっと庶民的で、ポート・タウンに近い雰囲気だ。繁華街やマルシェがたつ広場があって、労働者向けの共同宿舎なんかがある」
つまり下町ということか。で、今いるほうが山の手ということか、などと、奈々実は頭の中で整理する。
「あっ! セヴラン様だ!」
声がしたほうを奈々実が見ると、キトンの裾が泥に汚れた、やんちゃを絵に描いたような腕白少年が四、五人、走り寄って来た。まだ小学生くらいに見えるが、びっくりするほど足が速い。
「おかえりなさい、セヴラン様!」
顔も手足も陽に焼けて浅黒く、そこにも泥がこびりついて、白く乾いている。一番先に駆け寄った少年が当然のようにニケの頭絡に手を添えながら馬の口をとって先導につき、ほかの少年たちは一瞬だけ悔しそうな顔をしたものの、すぐに笑顔になって口々にセヴランに話しかける。セヴランの馬の口をとることは、少年たちにとって相当に誇らしいことであるらしい。
「セヴラン様、今日はアンリ様はご一緒じゃないのですか?」
「何日くらい、いらっしゃるのですか?」
「ベアトリス様に会いにいらしたのですか?」
「いつ、お式を挙げられるのですか?」
矢継ぎ早に質問を浴びせられて、セヴランは苦笑する。
「お前たち、まだ学堂の時間のはずだろ? サボリは感心しないな」
学堂、とは学校のことだろうか。セヴランに注意されても、少年たちは蛙の面に水、といった感じで、全く動じない。
「セヴラン様だってサボってばっかりだったって、レオ爺が言ってました!」
自分が学堂をサボって入り浸っていた剣術指南所の爺やの言を出されると、否定はできない。
「レオ爺の膝は治ったのか?」
「まだです。でも自分たちの誰も、レオ爺に勝てないんです」
レオポルドはもうかなりの高齢で、指南所の師範の座は息子のアベルに譲った。しかしレオポルドはやんちゃ坊主たちに、学堂卒業前に自分に勝つことができたら授業料全額免除で指南所の門下生にしてやる、と嘯いているらしい。
「早くレオ爺に勝って指南所に入りたいです」
隠居しようが膝を痛めようが、ベルチノアでも一、二を争う実力者であった剣士に、学堂卒業前の少年が勝てるはずがない。苦笑しっぱなしのセヴランだったが、少年たちに強く慕われているらしいことは、奈々実にもわかった。
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