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第四十二話
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セヴランの父親は、まだ幼かったセヴランを遥か西方の巨大帝国であるアルヴィーンに留学させたくらいだから、出世欲の強い野心家なのかと思いきや、学者肌の物静かな本の虫だと、セヴランは言う。
「俺も兄貴もあまりにも腕白で手に負えないものだから、母がまいってしまってな。一人減れば多少は母が楽になるだろうと思ったのだそうだ。アルヴィーンへの旅で冒険心を満たしてやった後に巨大帝国の主都でカルチャー・ショックを受ければ、改心して勉強するようになるだろうという打算もあったって言っていたな。人は見た目ではわからないって、陛下にもベアトリスの父君の公爵にもさんざん言われたって、母によく聞かされたよ」
ベアトリスに婚約破棄を告げてから、セヴランは大きな重石を除けられたように朗らかに明るくなって、よく笑うようになった。
毎週末イネスの家を訪れて、みんなで晩餐を楽しんだり、奈々実と例の経過観察室に籠って日本の憲法や資本主義社会について聞き出したり秘密の筋トレ指導をしたりと、日々の生活を充実させて楽しんでいる。経過観察室はセヴラン様の別宅じゃないのですけど・・・、と苦笑しつつも、イネスはそうしたセヴランの変化を喜んでいるし、無表情な冷血漢だと思われていた上官の人間らしい変化を部下達は驚きつつもおおむね好意的に受け止めていると、アンリも喜んでいる。
充実の度合いがマックスを振り切っている奈々実だけが、目が回る寸前の毎日を息も絶え絶えに、それでいながら夢の中とか無重力のようにふわふわと、雲の中で溺れるかのようにもがいて必死で過ごしていた。生まれ育った日本でのデブ活一直線だった怠惰な生活からは想像もつかないような、充実しすぎて倒れそうな忙しさに翻弄され、悲鳴を上げる日々。しかし口から洩れるのは悲鳴ではなく、筋トレと詐称するセヴランの破廉恥な愛撫に堪えきれない、甘狂おしい吐息ばかりだ。
ウィーク・デイはクロエの指導で筋トレをして、血晶石を拾い集めに行くことが日課になったが、これが途方もなく重労働だった。からの背負子を背負って海辺まで下りていくのは簡単なことだが、背負子に半分ほど血晶石を集めて、それを背負ってイネスの家まで登ってくるのが、奈々実にとっては尾瀬の歩荷さんもかくやという過酷さで、もともと体力なんか雀の涙ほどもない陰キャのデブスにとっては、脂肪よりも遥かに少ないらしい貧弱な筋肉が悶絶号泣するような苦行であった。石を運ぶ、というのは、シンプルに拷問だと思う。これを、血晶石を徐々に増やして、背負子いっぱいに入れた状態でも登れるようになるまで頑張りましょう、と言われて、奈々実は本気で生まれ育った世界に帰りたいと激しく思った。
ハードワークであるだけではない。町へ出るようになってすぐにわかったことだが、この世界にはデブがいない。軍人も主婦も、商人も水夫も教師も、老若男女誰を見ても、太っている人がいないのだ。みんな鍛えられたきれいな身体をしている。これは奈々実には大変なプレッシャーだった。歩いているだけで奇異の目で見られてしまうのだ。ゴールド・スターがあって、しかもセヴランに繋留されているから、揶揄されたり嘲笑されるようなことはないが、ベアトリスに言われた蔑みの言葉が不老不死の化け物のように何度も何度も耳に甦って心を蝕んだ。ぶくぶくの醜い身体・・・、目障りな身体・・・。
「俺も兄貴もあまりにも腕白で手に負えないものだから、母がまいってしまってな。一人減れば多少は母が楽になるだろうと思ったのだそうだ。アルヴィーンへの旅で冒険心を満たしてやった後に巨大帝国の主都でカルチャー・ショックを受ければ、改心して勉強するようになるだろうという打算もあったって言っていたな。人は見た目ではわからないって、陛下にもベアトリスの父君の公爵にもさんざん言われたって、母によく聞かされたよ」
ベアトリスに婚約破棄を告げてから、セヴランは大きな重石を除けられたように朗らかに明るくなって、よく笑うようになった。
毎週末イネスの家を訪れて、みんなで晩餐を楽しんだり、奈々実と例の経過観察室に籠って日本の憲法や資本主義社会について聞き出したり秘密の筋トレ指導をしたりと、日々の生活を充実させて楽しんでいる。経過観察室はセヴラン様の別宅じゃないのですけど・・・、と苦笑しつつも、イネスはそうしたセヴランの変化を喜んでいるし、無表情な冷血漢だと思われていた上官の人間らしい変化を部下達は驚きつつもおおむね好意的に受け止めていると、アンリも喜んでいる。
充実の度合いがマックスを振り切っている奈々実だけが、目が回る寸前の毎日を息も絶え絶えに、それでいながら夢の中とか無重力のようにふわふわと、雲の中で溺れるかのようにもがいて必死で過ごしていた。生まれ育った日本でのデブ活一直線だった怠惰な生活からは想像もつかないような、充実しすぎて倒れそうな忙しさに翻弄され、悲鳴を上げる日々。しかし口から洩れるのは悲鳴ではなく、筋トレと詐称するセヴランの破廉恥な愛撫に堪えきれない、甘狂おしい吐息ばかりだ。
ウィーク・デイはクロエの指導で筋トレをして、血晶石を拾い集めに行くことが日課になったが、これが途方もなく重労働だった。からの背負子を背負って海辺まで下りていくのは簡単なことだが、背負子に半分ほど血晶石を集めて、それを背負ってイネスの家まで登ってくるのが、奈々実にとっては尾瀬の歩荷さんもかくやという過酷さで、もともと体力なんか雀の涙ほどもない陰キャのデブスにとっては、脂肪よりも遥かに少ないらしい貧弱な筋肉が悶絶号泣するような苦行であった。石を運ぶ、というのは、シンプルに拷問だと思う。これを、血晶石を徐々に増やして、背負子いっぱいに入れた状態でも登れるようになるまで頑張りましょう、と言われて、奈々実は本気で生まれ育った世界に帰りたいと激しく思った。
ハードワークであるだけではない。町へ出るようになってすぐにわかったことだが、この世界にはデブがいない。軍人も主婦も、商人も水夫も教師も、老若男女誰を見ても、太っている人がいないのだ。みんな鍛えられたきれいな身体をしている。これは奈々実には大変なプレッシャーだった。歩いているだけで奇異の目で見られてしまうのだ。ゴールド・スターがあって、しかもセヴランに繋留されているから、揶揄されたり嘲笑されるようなことはないが、ベアトリスに言われた蔑みの言葉が不老不死の化け物のように何度も何度も耳に甦って心を蝕んだ。ぶくぶくの醜い身体・・・、目障りな身体・・・。
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