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第三十六話
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『初夜』とか、『後朝』というのは、本来であればもっと情緒に富んだものではないのだろうか。自分の体重を支えることに必死でときめきもへったくれもない初夜(未遂)と、筋肉痛地獄にのたうちまわる後朝。全然ロマンティックではない。
「お前はもう少し身体を動かす習慣をつけたほうがいいな」
やっと起き上がってもよろよろよたよたと足元がおぼつかない奈々実を、セヴランはまたもや軽々と抱き上げてバスルームへと運ぶ。筋肉を盛り上げるのではなく、無駄なものをそぎ落とすように鍛え上げられたセヴランの身体は、細いのに鋼のように強靭で、きれいなのに無尽のパワーを秘めていて、神々しいくらいだ。
「成人するまで不埒なことはしないと神に誓うがな・・・、それより前に俺を受け入れるだけの体力が無いのが問題だ。成人するまでしっかり鍛えて、筋肉をつけろ」
今のままで不埒なことをしたら、三日は寝込むことになりそうだ、と言われて、奈々実は気が遠くなりそうになった。セックスに必要なのは愛じゃない、体力だ、と、生まれ育った世界の作家がどこかに書いていたような記憶がある。愛してもいないのにそういうことをしたがる男は、体力が有り余っている、ということなのだろうか。
軽く身体を洗って身支度をしてドアの外を見ると、昨夜から置きっぱなしだったらしい二人分の夕食がワゴンに乗せたままになっていた。
「イネス殿の心遣いを無駄にしてしまったな・・・、今からでも、これを食べるか?」
「はい・・・」
室内にワゴンを入れると、セヴランは奈々実の首輪を外してコントロール練習用のチョーカーをつけた。
「少しはコントロールできるようになったのだろう? 温められるか?」
「・・・やってみます・・・」
ゆっくりと神経を集中させ、温かくて美味しい料理をイメージする。完全に冷めてしまっていた料理をあつあつにするのはちょっと時間がかかったけれど、カップや皿を割ることはなく、温めることができた。が、奈々実はセヴランに見られているとドキドキして全然食べられないし、筋肉痛が酷くて手に力が入らなくてカップを落としそうでスープもろくに飲むことができない。セヴランは苦笑して、奈々実の口元にスプーンをつきつけてきたが、赤子扱いも介護扱いも断固拒否します! と真っ赤になって言い募る奈々実を面白がって、ハーブティーを口に含んで口づけてきた。
「んぐっ・・・」
筋肉痛で思うように動けない身体は逃げることも捩って躱すこともできないわけで・・・、抱き寄せられるとまたなけなしの筋肉が悲鳴をあげ、がちがちに硬直したまま、喉だけが素直に注がれたハーブティーを飲み込んでしまう。何度も、何度も・・・。その様子は、本人は気づいていないがものすごく淫らで、セヴランの視覚に不謹慎な残像を残しているのだが、奈々実自身は全然わかっていない。
「喉の渇きは治まったか?」
傷を治されたり指だけとはいえ不埒なことをされたり口移しに飲み物を飲まされたり・・・。『繋留者』の意味をもっと詳細に確認してからシエストレムの鎖につながれることを承諾すればよかった。いくら怪我をして意識が朦朧としていたとはいえ、切実に後悔する。
「あの・・・」
「なんだ?」
「この、シエストレムの鎖の効力は、もう、解除することはできないんですか?」
軽い気持ちでした質問が、セヴランには軽くなかったらしい。ブルーグレーの双眸が、鋼鉄のように冷たく剣呑に光る。
「俺が繋留者であることが、嫌なのか?」
「いえ、あの・・・っ」
真顔で訊かれると、その真剣さに慄いてしまう。
「俺が繋留者であることが嫌になったなら、俺に死ねと言えばいい。俺が死ねば、繋留は解除される。お前は俺の屍を踏み越えて、どこへでも自由に行けばいい」
とんでもないことをあっさりと言われて、奈々実はびっくりして息が止まるかと思った。
「それ・・・、どういうことですか・・・?」
「字義のとおりだ。お前は自分で首輪を外すことはできないが、俺は繋留者として、お前のことを未来永劫、愛し守る責務を自分に課した以上、お前よりも先に死ぬことは許されない。首だけになろうが魂だけになろうが、お前を守る。・・・お前に失せろと命令されない限りは。お前が死ねば、俺の命も同時に果てる。だから俺から離れたいのであれば、死ねとでも失せろとでも言えばいい」
思ってもいなかった関係性に肝が冷える。イネスに聞いた、アドルフ王が農家のおかみさんを繋いだケースとずいぶん違うような気がする。それとも、単に解釈の違いなのだろうか。
「じゃあ、もし・・・」
巨大地震などの天変地異とか時空の捻じれ、あるいは磁場の歪みで、奈々実がもとの世界に戻ってしまったら? シエストレムの鎖の効力は切れるのだろうか? セヴランは死なないで、鎖の効力だけを断ち切ることになるのだろうか。
「生まれ育った世界に、戻りたいのか?」
問われても、即答はできない。帰りたい気もするし、別になにがなんでも帰らなくても別に構わないような気もする。そもそも、戻れるのだろうか。
「それは、俺にはわからない。でも、可能性が全くないわけではないと思う。最初にこちらに来てしまった原因を逆に辿れば、戻れるかもしれないと思うのだが、どうだ?」
どうだ、と言われても、どう答えればいいのやら。
「お前はもう少し身体を動かす習慣をつけたほうがいいな」
やっと起き上がってもよろよろよたよたと足元がおぼつかない奈々実を、セヴランはまたもや軽々と抱き上げてバスルームへと運ぶ。筋肉を盛り上げるのではなく、無駄なものをそぎ落とすように鍛え上げられたセヴランの身体は、細いのに鋼のように強靭で、きれいなのに無尽のパワーを秘めていて、神々しいくらいだ。
「成人するまで不埒なことはしないと神に誓うがな・・・、それより前に俺を受け入れるだけの体力が無いのが問題だ。成人するまでしっかり鍛えて、筋肉をつけろ」
今のままで不埒なことをしたら、三日は寝込むことになりそうだ、と言われて、奈々実は気が遠くなりそうになった。セックスに必要なのは愛じゃない、体力だ、と、生まれ育った世界の作家がどこかに書いていたような記憶がある。愛してもいないのにそういうことをしたがる男は、体力が有り余っている、ということなのだろうか。
軽く身体を洗って身支度をしてドアの外を見ると、昨夜から置きっぱなしだったらしい二人分の夕食がワゴンに乗せたままになっていた。
「イネス殿の心遣いを無駄にしてしまったな・・・、今からでも、これを食べるか?」
「はい・・・」
室内にワゴンを入れると、セヴランは奈々実の首輪を外してコントロール練習用のチョーカーをつけた。
「少しはコントロールできるようになったのだろう? 温められるか?」
「・・・やってみます・・・」
ゆっくりと神経を集中させ、温かくて美味しい料理をイメージする。完全に冷めてしまっていた料理をあつあつにするのはちょっと時間がかかったけれど、カップや皿を割ることはなく、温めることができた。が、奈々実はセヴランに見られているとドキドキして全然食べられないし、筋肉痛が酷くて手に力が入らなくてカップを落としそうでスープもろくに飲むことができない。セヴランは苦笑して、奈々実の口元にスプーンをつきつけてきたが、赤子扱いも介護扱いも断固拒否します! と真っ赤になって言い募る奈々実を面白がって、ハーブティーを口に含んで口づけてきた。
「んぐっ・・・」
筋肉痛で思うように動けない身体は逃げることも捩って躱すこともできないわけで・・・、抱き寄せられるとまたなけなしの筋肉が悲鳴をあげ、がちがちに硬直したまま、喉だけが素直に注がれたハーブティーを飲み込んでしまう。何度も、何度も・・・。その様子は、本人は気づいていないがものすごく淫らで、セヴランの視覚に不謹慎な残像を残しているのだが、奈々実自身は全然わかっていない。
「喉の渇きは治まったか?」
傷を治されたり指だけとはいえ不埒なことをされたり口移しに飲み物を飲まされたり・・・。『繋留者』の意味をもっと詳細に確認してからシエストレムの鎖につながれることを承諾すればよかった。いくら怪我をして意識が朦朧としていたとはいえ、切実に後悔する。
「あの・・・」
「なんだ?」
「この、シエストレムの鎖の効力は、もう、解除することはできないんですか?」
軽い気持ちでした質問が、セヴランには軽くなかったらしい。ブルーグレーの双眸が、鋼鉄のように冷たく剣呑に光る。
「俺が繋留者であることが、嫌なのか?」
「いえ、あの・・・っ」
真顔で訊かれると、その真剣さに慄いてしまう。
「俺が繋留者であることが嫌になったなら、俺に死ねと言えばいい。俺が死ねば、繋留は解除される。お前は俺の屍を踏み越えて、どこへでも自由に行けばいい」
とんでもないことをあっさりと言われて、奈々実はびっくりして息が止まるかと思った。
「それ・・・、どういうことですか・・・?」
「字義のとおりだ。お前は自分で首輪を外すことはできないが、俺は繋留者として、お前のことを未来永劫、愛し守る責務を自分に課した以上、お前よりも先に死ぬことは許されない。首だけになろうが魂だけになろうが、お前を守る。・・・お前に失せろと命令されない限りは。お前が死ねば、俺の命も同時に果てる。だから俺から離れたいのであれば、死ねとでも失せろとでも言えばいい」
思ってもいなかった関係性に肝が冷える。イネスに聞いた、アドルフ王が農家のおかみさんを繋いだケースとずいぶん違うような気がする。それとも、単に解釈の違いなのだろうか。
「じゃあ、もし・・・」
巨大地震などの天変地異とか時空の捻じれ、あるいは磁場の歪みで、奈々実がもとの世界に戻ってしまったら? シエストレムの鎖の効力は切れるのだろうか? セヴランは死なないで、鎖の効力だけを断ち切ることになるのだろうか。
「生まれ育った世界に、戻りたいのか?」
問われても、即答はできない。帰りたい気もするし、別になにがなんでも帰らなくても別に構わないような気もする。そもそも、戻れるのだろうか。
「それは、俺にはわからない。でも、可能性が全くないわけではないと思う。最初にこちらに来てしまった原因を逆に辿れば、戻れるかもしれないと思うのだが、どうだ?」
どうだ、と言われても、どう答えればいいのやら。
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