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第十一話
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「この国は、まだ建国して日が浅いのよ」
軍の官舎に戻るセヴランを見送った後、奈々実と江里香に手伝わせてテーブルを片付けながら、イネスが説明する。イネスの身の回りの世話やこの家の掃除や料理を任されている、クロエという魔力が無い中年女性とアンリも、一緒に片づけている。
「現陛下のお父上、先代の国王が初代ってことになっているけど、初代陛下の祖父に当たられる方はルーディニアという国の地方貴族だったそうなの。魔力が多くてとても美しい最愛の奥方様を当時のルーディニア王に無理矢理に召し上げられて、絶望のあまり故郷もなにもかも捨てて流浪の末にこの地に居を定められたのですって。他にも自国の政権を見限った人や、母国で虐げられて逃げてきた人とかが集まってこの地に住み着いたのが、ベルチノアのはじまりなの。シエストレムから逃げてきた人もいたと思うわ。まだ法律とかも建国の際に急ごしらえに制定したような、便宜上、必要な最低限の条文の羅列しかないの。アドルフ王はこの国のことをまだ国家じゃない、浮浪者や逃亡者の寄り集まった、流民のふきだまりにすぎないって言って、侵略を正当なものだって主張しているのよ」
隣国シエストレムとの間にはもといた世界でいうところのヒマラヤのような、普通の人間にはとても越えられない高い山が続く山脈があり、陸路では幾つかの国を経て迂回しなければならないので、アドルフ王がどんなに望んでも土地そのものを併呑することはできないらしい。現状ではシエストレム船籍の商船が入港して、きちんと国際的に問題の無い交易を、表面上はしている。港湾警備軍の目をかすめて、女性が拉致誘拐される例がゼロではない。隣国が欲しているのは、現状では人的資源、魔力のある女性なのだ。奴隷供給源として植民地化したい、というのが、隣国の本音だろうとイネスは言う。
「このベルズポート・タウンからもっと内陸に入った場所に、主都を建設しているの。できあがるのはまだしばらく先になるでしょうけど、ここはこの地にたどり着いた人々が最初に定住した場所だし、港として整備されているから、セヴラン様の部隊が駐屯しているのよ」
軍部、なんていうから、偉いオジサンの指揮官とかがいるのかと思ったら、まさかセヴランその人が指揮官であるらしい。小さな港町だが、漁業や他国との交易の船がたくさん出入りする、交通の要衝なのだ。そんな重要な場所の、治安面の責任者だなんて、びっくりしてしまう。
「そうね、一つの町を守る警備軍の指揮官としては最年少よ。異例の抜擢だの特別扱いだの陰口を叩く輩も、いないではないけど、セヴラン様はそうした外野を実力で黙らせてきた努力家なの。お父様が先見の明があった方で、国のためにって十歳にも満たない頃にアルヴィーンに留学させて、あちらの士官学校で軍事と法律を学ばせたの。だから百年前のアルヴィーン北部の大地震の話も、向こうで聞いて知っていたのよ。主都が建設されるまでに新憲法の草案を作り上げておくようにって特別なお仕事も任されていて、いずれは宰相として国家の重鎮になられること間違い無しって言われているわ」
若くてイケメンで文武両道の出世頭かー、などと呟いて、奈々実ははあっとため息をつく。法律に携わる者と軍隊を指揮統括するような人が、奈々実の中では一緒にならない。テレビの中にはイケメン弁護士も存在したかもしれないが、リアルでは父のようにうだつの上がらないデブ男や、青白いインテリタイプの弁護士しか、もといた世界では見たことが無かったので。でも冷静に考えれば、この世界では司法試験に合格しなければ法律の専門家になれないわけではないので、机にしがみついて勉強だけしているわけではないのだろう。怖い人なんだなあ、近寄らないようにしよう、という奈々実の心の中のつぶやきを見透かしたように、イネスは意味ありげに笑った。
「ナナミはセヴラン様に気に入られたみたいだから、お忙しいセヴラン様の癒しになってさしあげられるように、頑張ってね?」
「はあ?」
奈々実のことを気に入った? セヴランが?
「だってもともとは冷酷非情って言われている人よ? ご自身が怪我をしてまで女の子を助けるなんて、自分の見ているものが信じられなかったって、アンリが言っていたわ」
奈々実は思わずアンリを見る。イネスと同じヘーゼルの眸を瞬かせて、アンリは笑った。
「ナナミの魔力波で、このへんをざっくり切っちゃったんだけどさ、俺にやらせるとかじゃなくご自身で近づいて首輪をつけて、抱いて運んだんだよ? 自分の目を疑ったよね」
このへん、と言いながらアンリが示したのは、セヴランが包帯を巻いていた肩や腕のあたりと左の頬だ。セヴランがいないと、アンリはくだけたフレンドリーな口調になって、よりいっそう達宏にそっくりに感じる。イネスと仲が良い姉弟である様子が、美冬がいたころの達宏を見ているようで、ちょっとせつない。
軍の官舎に戻るセヴランを見送った後、奈々実と江里香に手伝わせてテーブルを片付けながら、イネスが説明する。イネスの身の回りの世話やこの家の掃除や料理を任されている、クロエという魔力が無い中年女性とアンリも、一緒に片づけている。
「現陛下のお父上、先代の国王が初代ってことになっているけど、初代陛下の祖父に当たられる方はルーディニアという国の地方貴族だったそうなの。魔力が多くてとても美しい最愛の奥方様を当時のルーディニア王に無理矢理に召し上げられて、絶望のあまり故郷もなにもかも捨てて流浪の末にこの地に居を定められたのですって。他にも自国の政権を見限った人や、母国で虐げられて逃げてきた人とかが集まってこの地に住み着いたのが、ベルチノアのはじまりなの。シエストレムから逃げてきた人もいたと思うわ。まだ法律とかも建国の際に急ごしらえに制定したような、便宜上、必要な最低限の条文の羅列しかないの。アドルフ王はこの国のことをまだ国家じゃない、浮浪者や逃亡者の寄り集まった、流民のふきだまりにすぎないって言って、侵略を正当なものだって主張しているのよ」
隣国シエストレムとの間にはもといた世界でいうところのヒマラヤのような、普通の人間にはとても越えられない高い山が続く山脈があり、陸路では幾つかの国を経て迂回しなければならないので、アドルフ王がどんなに望んでも土地そのものを併呑することはできないらしい。現状ではシエストレム船籍の商船が入港して、きちんと国際的に問題の無い交易を、表面上はしている。港湾警備軍の目をかすめて、女性が拉致誘拐される例がゼロではない。隣国が欲しているのは、現状では人的資源、魔力のある女性なのだ。奴隷供給源として植民地化したい、というのが、隣国の本音だろうとイネスは言う。
「このベルズポート・タウンからもっと内陸に入った場所に、主都を建設しているの。できあがるのはまだしばらく先になるでしょうけど、ここはこの地にたどり着いた人々が最初に定住した場所だし、港として整備されているから、セヴラン様の部隊が駐屯しているのよ」
軍部、なんていうから、偉いオジサンの指揮官とかがいるのかと思ったら、まさかセヴランその人が指揮官であるらしい。小さな港町だが、漁業や他国との交易の船がたくさん出入りする、交通の要衝なのだ。そんな重要な場所の、治安面の責任者だなんて、びっくりしてしまう。
「そうね、一つの町を守る警備軍の指揮官としては最年少よ。異例の抜擢だの特別扱いだの陰口を叩く輩も、いないではないけど、セヴラン様はそうした外野を実力で黙らせてきた努力家なの。お父様が先見の明があった方で、国のためにって十歳にも満たない頃にアルヴィーンに留学させて、あちらの士官学校で軍事と法律を学ばせたの。だから百年前のアルヴィーン北部の大地震の話も、向こうで聞いて知っていたのよ。主都が建設されるまでに新憲法の草案を作り上げておくようにって特別なお仕事も任されていて、いずれは宰相として国家の重鎮になられること間違い無しって言われているわ」
若くてイケメンで文武両道の出世頭かー、などと呟いて、奈々実ははあっとため息をつく。法律に携わる者と軍隊を指揮統括するような人が、奈々実の中では一緒にならない。テレビの中にはイケメン弁護士も存在したかもしれないが、リアルでは父のようにうだつの上がらないデブ男や、青白いインテリタイプの弁護士しか、もといた世界では見たことが無かったので。でも冷静に考えれば、この世界では司法試験に合格しなければ法律の専門家になれないわけではないので、机にしがみついて勉強だけしているわけではないのだろう。怖い人なんだなあ、近寄らないようにしよう、という奈々実の心の中のつぶやきを見透かしたように、イネスは意味ありげに笑った。
「ナナミはセヴラン様に気に入られたみたいだから、お忙しいセヴラン様の癒しになってさしあげられるように、頑張ってね?」
「はあ?」
奈々実のことを気に入った? セヴランが?
「だってもともとは冷酷非情って言われている人よ? ご自身が怪我をしてまで女の子を助けるなんて、自分の見ているものが信じられなかったって、アンリが言っていたわ」
奈々実は思わずアンリを見る。イネスと同じヘーゼルの眸を瞬かせて、アンリは笑った。
「ナナミの魔力波で、このへんをざっくり切っちゃったんだけどさ、俺にやらせるとかじゃなくご自身で近づいて首輪をつけて、抱いて運んだんだよ? 自分の目を疑ったよね」
このへん、と言いながらアンリが示したのは、セヴランが包帯を巻いていた肩や腕のあたりと左の頬だ。セヴランがいないと、アンリはくだけたフレンドリーな口調になって、よりいっそう達宏にそっくりに感じる。イネスと仲が良い姉弟である様子が、美冬がいたころの達宏を見ているようで、ちょっとせつない。
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