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第二話
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人が手入れをしなければ、田畑も住宅の庭もあっという間に雑草に覆われた原野のようになってしまう現実に呆然とする。
大きな地震の後、過疎化してしまった町。
バスの窓から見たのは、雑草が生い茂ったまま、放置された大地。かつて人々の生活があったはずの、けれど今はなにもかもが失われた、テレビの画面で見るより荒涼とした北の町は、学校や家のある街とはあまりにも違っていて、どこか別の国のようだ。バスから降りたのは駐車場だけれど、荒野のような風の強さが理由もなく不安にさせる。紺色のジャージの中で棒切れのように細い手足がかろうじて頭の重さを支えている江里香を見ると、後ろでひとつに縛ってある長い髪が強い風に巻き上げられるとそのまま飛ばされてしまいそうだ。奈々実の頭の中では宮沢賢治の名作の、風が駆け抜けていく様子を力強く表現した朗読のリフレインが、がんがん鳴り響いている。
「そこー! 喋ってないで歩けー!」
意味もなく怒鳴り散らすのは、体育の教師で陸上部顧問の金田だ。他校での指導実績を買われ、引き抜かれたということだが、生徒を自分の出世のための道具としか思っていないような名誉欲の権化で、勝つためには手段を択ばないような鬼畜指導者であるらしい。金田が顧問になってから陸上部は確かに目に見えて強くなっているが、その割には陸上部の生徒たちは楽しそうではなく充実している様子でもなく、部活をやめたがっている生徒も多いと噂されている。
江里香と対照的に、ジャージのズボンのお尻も大腿部もパンパンではちきれそうな奈々実は、男子が言うように雪だるまがジャージを着ているようにどっしりと重々しく、ちょっとやそっとの風では揺らぐでもない。陸上競技になど一切縁の無い体型の奈々実のことなど、金田は見えてすらいないだろうと思う。
「地震ってさ、起きた時と直後は派手に報道されるけど、復興の様子はわりとわからないよな。日本はともかく海外のなんか、その後どうなったとか、全然報道しないじゃん」
「海外のも報道すべきだよな」
前を歩く男子の会話を聞くともなしに聞いていた、その時。
ふいに、大地が唸った。
地震とはあきらかに違う不可思議な力で、大地が裂け、のみこまれる。
「河島さん!」
どうして自分を呼んだのかわからない。けれど江里香が自分に向かって手をさしのべたのを、確かに見た。反射的に、奈々実も手を伸ばす。
けれど、そこまでだった。
手をつないだ、という認識すら無いまま、奈々実と江里香は地球が存在する時間軸とは違う空間へ吸い込まれ、この世界から姿を消した。
頭が痛い。
頭だけではない。腕とか背中とか脚とか、身体中が痛い。
「うー・・・、う、ん・・・」
「奈々実ちゃん?」
「うー・・・」
「奈々実ちゃん! 気がついた?」
江里香の声が耳元で聞こえる。名前で呼ばれるほど仲よくなった記憶も無いのに、河島さんではなく名前にちゃん付けで呼ばれる。
「奈々実ちゃん! 起きて! 大変なの! ねえ! 起きて!」
―――うるっさいなあ・・・。頭痛いのに耳元で怒鳴らないでよ・・・―――
痛む腕を掴んで揺さぶられ、重い瞼を開ける。目の前には頭や腕に包帯を巻き、なにか悲愴な、切羽詰まった表情の、江里香の顔があった。
「奈々実ちゃん! 大変なの! わかる? わたしたち、違う世界にトリップしちゃったんだよ。ここ、地球じゃない、日本でもない、全然違う世界なんだよ!」
―――はあ? なに言ってるの・・・?―――
美少女はどうせ、異世界行ってもイケメンに見初められてラブラブハッピーな人生送れるでしょうよ。そんなふうにふてくされたことをヤケクソにぼやきながら、重い腕を動かして身体にかけられていた肌掛けらしいうすい毛布をのける。自分にもあちこち包帯が巻かれていることは、なんとなくわかったけれど、服、というものを一切身に着けていないことを認識した瞬間、のけたばかりのうすい毛布をひっつかんでもう一度自分にかけた。
「なっ・・・、なんでわたし、服着てないの!?」
包帯以外のどんなものも、自分の身体に着いていない。パンツすら履いていない。全裸だ。身体のあちこちに包帯が巻かれているが、包帯は衣服ではない。全裸に包帯。すっぽんぽんに包帯。いったいどんな羞恥プレイなんだ。誰が脱がせたんだ。
あらためて江里香を見れば、包帯と、あと古代ギリシャとかっぽい民族衣装のようなけったいな服を身に着けている・・・ように見える。ゲームの世界に転移しました系のラノベの挿し絵か、とツッコミを入れたくなるような服だが、美少女は何を着ても似合うからいい。残念なのは痩せすぎて貧乳というよりも超絶壁の胸だけだ。小荷物と揶揄される自分がこんなものを着たら、イタ過ぎてお笑いにすらならない。
長い髪は邪魔にならないように、後ろでひとつに編んである江里香の顔は蒼白で、絶望的だと顔中で言っている感じで、泣きそうだった。とてもではないが、江里香ちゃんがわたしの服を脱がせたの? 私のパンツを脱がせたの? 江里香ちゃんの脚より太いこの腕に包帯を巻いたの? タヌキみたいな腹を見たの? なんて訊けない。
大きな地震の後、過疎化してしまった町。
バスの窓から見たのは、雑草が生い茂ったまま、放置された大地。かつて人々の生活があったはずの、けれど今はなにもかもが失われた、テレビの画面で見るより荒涼とした北の町は、学校や家のある街とはあまりにも違っていて、どこか別の国のようだ。バスから降りたのは駐車場だけれど、荒野のような風の強さが理由もなく不安にさせる。紺色のジャージの中で棒切れのように細い手足がかろうじて頭の重さを支えている江里香を見ると、後ろでひとつに縛ってある長い髪が強い風に巻き上げられるとそのまま飛ばされてしまいそうだ。奈々実の頭の中では宮沢賢治の名作の、風が駆け抜けていく様子を力強く表現した朗読のリフレインが、がんがん鳴り響いている。
「そこー! 喋ってないで歩けー!」
意味もなく怒鳴り散らすのは、体育の教師で陸上部顧問の金田だ。他校での指導実績を買われ、引き抜かれたということだが、生徒を自分の出世のための道具としか思っていないような名誉欲の権化で、勝つためには手段を択ばないような鬼畜指導者であるらしい。金田が顧問になってから陸上部は確かに目に見えて強くなっているが、その割には陸上部の生徒たちは楽しそうではなく充実している様子でもなく、部活をやめたがっている生徒も多いと噂されている。
江里香と対照的に、ジャージのズボンのお尻も大腿部もパンパンではちきれそうな奈々実は、男子が言うように雪だるまがジャージを着ているようにどっしりと重々しく、ちょっとやそっとの風では揺らぐでもない。陸上競技になど一切縁の無い体型の奈々実のことなど、金田は見えてすらいないだろうと思う。
「地震ってさ、起きた時と直後は派手に報道されるけど、復興の様子はわりとわからないよな。日本はともかく海外のなんか、その後どうなったとか、全然報道しないじゃん」
「海外のも報道すべきだよな」
前を歩く男子の会話を聞くともなしに聞いていた、その時。
ふいに、大地が唸った。
地震とはあきらかに違う不可思議な力で、大地が裂け、のみこまれる。
「河島さん!」
どうして自分を呼んだのかわからない。けれど江里香が自分に向かって手をさしのべたのを、確かに見た。反射的に、奈々実も手を伸ばす。
けれど、そこまでだった。
手をつないだ、という認識すら無いまま、奈々実と江里香は地球が存在する時間軸とは違う空間へ吸い込まれ、この世界から姿を消した。
頭が痛い。
頭だけではない。腕とか背中とか脚とか、身体中が痛い。
「うー・・・、う、ん・・・」
「奈々実ちゃん?」
「うー・・・」
「奈々実ちゃん! 気がついた?」
江里香の声が耳元で聞こえる。名前で呼ばれるほど仲よくなった記憶も無いのに、河島さんではなく名前にちゃん付けで呼ばれる。
「奈々実ちゃん! 起きて! 大変なの! ねえ! 起きて!」
―――うるっさいなあ・・・。頭痛いのに耳元で怒鳴らないでよ・・・―――
痛む腕を掴んで揺さぶられ、重い瞼を開ける。目の前には頭や腕に包帯を巻き、なにか悲愴な、切羽詰まった表情の、江里香の顔があった。
「奈々実ちゃん! 大変なの! わかる? わたしたち、違う世界にトリップしちゃったんだよ。ここ、地球じゃない、日本でもない、全然違う世界なんだよ!」
―――はあ? なに言ってるの・・・?―――
美少女はどうせ、異世界行ってもイケメンに見初められてラブラブハッピーな人生送れるでしょうよ。そんなふうにふてくされたことをヤケクソにぼやきながら、重い腕を動かして身体にかけられていた肌掛けらしいうすい毛布をのける。自分にもあちこち包帯が巻かれていることは、なんとなくわかったけれど、服、というものを一切身に着けていないことを認識した瞬間、のけたばかりのうすい毛布をひっつかんでもう一度自分にかけた。
「なっ・・・、なんでわたし、服着てないの!?」
包帯以外のどんなものも、自分の身体に着いていない。パンツすら履いていない。全裸だ。身体のあちこちに包帯が巻かれているが、包帯は衣服ではない。全裸に包帯。すっぽんぽんに包帯。いったいどんな羞恥プレイなんだ。誰が脱がせたんだ。
あらためて江里香を見れば、包帯と、あと古代ギリシャとかっぽい民族衣装のようなけったいな服を身に着けている・・・ように見える。ゲームの世界に転移しました系のラノベの挿し絵か、とツッコミを入れたくなるような服だが、美少女は何を着ても似合うからいい。残念なのは痩せすぎて貧乳というよりも超絶壁の胸だけだ。小荷物と揶揄される自分がこんなものを着たら、イタ過ぎてお笑いにすらならない。
長い髪は邪魔にならないように、後ろでひとつに編んである江里香の顔は蒼白で、絶望的だと顔中で言っている感じで、泣きそうだった。とてもではないが、江里香ちゃんがわたしの服を脱がせたの? 私のパンツを脱がせたの? 江里香ちゃんの脚より太いこの腕に包帯を巻いたの? タヌキみたいな腹を見たの? なんて訊けない。
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