異世界ダイエット

Shiori

文字の大きさ
3 / 200

第二話

しおりを挟む
 人が手入れをしなければ、田畑も住宅の庭もあっという間に雑草に覆われた原野のようになってしまう現実に呆然とする。
 大きな地震の後、過疎化してしまった町。
 バスの窓から見たのは、雑草が生い茂ったまま、放置された大地。かつて人々の生活があったはずの、けれど今はなにもかもが失われた、テレビの画面で見るより荒涼とした北の町は、学校や家のある街とはあまりにも違っていて、どこか別の国のようだ。バスから降りたのは駐車場だけれど、荒野のような風の強さが理由もなく不安にさせる。紺色のジャージの中で棒切れのように細い手足がかろうじて頭の重さを支えている江里香を見ると、後ろでひとつに縛ってある長い髪が強い風に巻き上げられるとそのまま飛ばされてしまいそうだ。奈々実の頭の中では宮沢賢治の名作の、風が駆け抜けていく様子を力強く表現した朗読のリフレインが、がんがん鳴り響いている。
 「そこー! 喋ってないで歩けー!」
意味もなく怒鳴り散らすのは、体育の教師で陸上部顧問の金田だ。他校での指導実績を買われ、引き抜かれたということだが、生徒を自分の出世のための道具としか思っていないような名誉欲の権化で、勝つためには手段を択ばないような鬼畜指導者であるらしい。金田が顧問になってから陸上部は確かに目に見えて強くなっているが、その割には陸上部の生徒たちは楽しそうではなく充実している様子でもなく、部活をやめたがっている生徒も多いと噂されている。
 江里香と対照的に、ジャージのズボンのお尻も大腿部もパンパンではちきれそうな奈々実は、男子が言うように雪だるまがジャージを着ているようにどっしりと重々しく、ちょっとやそっとの風では揺らぐでもない。陸上競技になど一切縁の無い体型の奈々実のことなど、金田は見えてすらいないだろうと思う。
「地震ってさ、起きた時と直後は派手に報道されるけど、復興の様子はわりとわからないよな。日本はともかく海外のなんか、その後どうなったとか、全然報道しないじゃん」
「海外のも報道すべきだよな」
前を歩く男子の会話を聞くともなしに聞いていた、その時。
 ふいに、大地が唸った。
 地震とはあきらかに違う不可思議な力で、大地が裂け、のみこまれる。
「河島さん!」
どうして自分を呼んだのかわからない。けれど江里香が自分に向かって手をさしのべたのを、確かに見た。反射的に、奈々実も手を伸ばす。
 けれど、そこまでだった。
 手をつないだ、という認識すら無いまま、奈々実と江里香は地球が存在する時間軸とは違う空間へ吸い込まれ、この世界から姿を消した。



 頭が痛い。
 頭だけではない。腕とか背中とか脚とか、身体中が痛い。
 「うー・・・、う、ん・・・」
「奈々実ちゃん?」
「うー・・・」
「奈々実ちゃん! 気がついた?」
江里香の声が耳元で聞こえる。名前で呼ばれるほど仲よくなった記憶も無いのに、河島さんではなく名前にちゃん付けで呼ばれる。
「奈々実ちゃん! 起きて! 大変なの! ねえ! 起きて!」
―――うるっさいなあ・・・。頭痛いのに耳元で怒鳴らないでよ・・・―――
痛む腕を掴んで揺さぶられ、重い瞼を開ける。目の前には頭や腕に包帯を巻き、なにか悲愴な、切羽詰まった表情の、江里香の顔があった。
「奈々実ちゃん! 大変なの! わかる? わたしたち、違う世界にトリップしちゃったんだよ。ここ、地球じゃない、日本でもない、全然違う世界なんだよ!」
―――はあ? なに言ってるの・・・?―――
 美少女はどうせ、異世界行ってもイケメンに見初められてラブラブハッピーな人生送れるでしょうよ。そんなふうにふてくされたことをヤケクソにぼやきながら、重い腕を動かして身体にかけられていた肌掛けらしいうすい毛布をのける。自分にもあちこち包帯が巻かれていることは、なんとなくわかったけれど、服、というものを一切身に着けていないことを認識した瞬間、のけたばかりのうすい毛布をひっつかんでもう一度自分にかけた。
「なっ・・・、なんでわたし、服着てないの!?」
 包帯以外のどんなものも、自分の身体に着いていない。パンツすら履いていない。全裸だ。身体のあちこちに包帯が巻かれているが、包帯は衣服ではない。全裸に包帯。すっぽんぽんに包帯。いったいどんな羞恥プレイなんだ。誰が脱がせたんだ。
 あらためて江里香を見れば、包帯と、あと古代ギリシャとかっぽい民族衣装のようなけったいな服を身に着けている・・・ように見える。ゲームの世界に転移しました系のラノベの挿し絵か、とツッコミを入れたくなるような服だが、美少女は何を着ても似合うからいい。残念なのは痩せすぎて貧乳というよりも超絶壁の胸だけだ。小荷物と揶揄される自分がこんなものを着たら、イタ過ぎてお笑いにすらならない。
 長い髪は邪魔にならないように、後ろでひとつに編んである江里香の顔は蒼白で、絶望的だと顔中で言っている感じで、泣きそうだった。とてもではないが、江里香ちゃんがわたしの服を脱がせたの? 私のパンツを脱がせたの? 江里香ちゃんの脚より太いこの腕に包帯を巻いたの? タヌキみたいな腹を見たの? なんて訊けない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

『出来損ない』と言われた私は姉や両親から見下されますが、あやかしに求婚されました

宵原リク
恋愛
カクヨムでも読めます。 完結まで毎日投稿します!20時50分更新 ーーーーーー 椿は、八代家で生まれた。八代家は、代々あやかしを従えるで有名な一族だった。 その一族の次女として生まれた椿は、あやかしをうまく従えることができなかった。 私の才能の無さに、両親や家族からは『出来損ない』と言われてしまう始末。 ある日、八代家は有名な家柄が招待されている舞踏会に誘われた。 それに椿も同行したが、両親からきつく「目立つな」と言いつけられた。 椿は目立たないように、会場の端の椅子にポツリと座り込んでいると辺りが騒然としていた。 そこには、あやかしがいた。しかも、かなり強力なあやかしが。 それを見て、みんな動きが止まっていた。そのあやかしは、あたりをキョロキョロと見ながら私の方に近づいてきて…… 「私、政宗と申します」と私の前で一礼をしながら名を名乗ったのだった。

気がつけば異世界

波間柏
恋愛
 芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。  それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。  その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。 これは現実なのだろうか?  私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

処理中です...