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第一章 出発(たびだち)
1-1 はじめはとてもテンプレ
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(ああ、これはダメだな)
迫ってくるトラックを眺めながら、何故か冷静にそう感じる。そして、時間にすればほんの何分の一秒かのはずなのに、一分、二分、いや、それ以上の時間の経過を体感する…。
小学校、中学校、高校、大学、そして会社と、そこそこの努力は、いつもしてきた。そして、いつもそこそこの結果を残してきた。まあ、会社は入ってまだ二年と少しなんだけどね。
高校までバスケットボールをやっていた。そこそこ練習し、いつも不動のレギュラーの次くらいのポジションにいた。スタメンじゃないけど、どこかで必ず試合には出る、っていうかんじだね。○子くんほど役に立たなかったけど。
大学で始めたアルトサックスも、そこそこ練習して、そこそこ上達した。所属していたバンドが、学園祭でまあまあ良い時間帯に出演するレベル。
ゲームも嫌いじゃなかった。そこそこ時間をかけ、ぜったい届かないレベルにいる廃人さんたちを、そこそこのレベルにいるパーティーの仲間とディスりあう程度には。
このまま、そこそこの人生を送り、そこそこの死に方をするんだと思っていた。
永遠の一瞬の後、全身に激しい衝撃を受ける。だが痛みはない。
(痛みを感じるヒマもないってことだな。下手に延命できる怪我よりも、むしろラッキーかも)
そして、すべてが闇に閉ざされた…
…と思ったら、すぐに目があいた。
(あれぇ…?)
見えているのは、白い天井。身じろぎしようとするが、うまくいかない。というか、思うように手足が動かない。
もうすこし頭を動かしてみる。自分自身のスケールの小ささに笑えてきた。赤ん坊だ。力が入らないから、頬をつねることもできやしない。
ガチャリ…と、ドアが開くような音がしたので、首をひねってそちらに顔をむける。あまりこれまでお目にかかったことのない、金色の髪に碧い瞳の女性だ。顔は…うん、かなりの美人だ。歳は、二十代の半ばくらいだろうか。ちょっと歳上の女性が好みだったぼくにとって、ど真ん中のストライクである。
ストライクなのだが、今はそれどころではない。なんとかして、自分の置かれた状況を確かめないと……。
とにかく話を聞いてみようとするが、うまくいかない。そして、口が勝手に言葉を紡ぎはじめる。その言葉は、初めて聞く言葉だった。だが、何故か意味はわかった。
「おかあさん!』
……なんですとぉっ⁇
どうやらぼくは、転生というヤツをしたようだ。
どう見ても大和民族ではない母親の外見、その母親が口にする、まったく聞き覚えのない言語、ぼくが今いる部屋の構造。かなり立派だがなじみのない様式なんだな、これが。とにかく、ここが日本ではないと考えていたほうがいいだろう。
。母親のほかに、いかにもメイド、という装いの女性が、ぼくの面倒を見に来る。というか、部屋に来る回数は、彼女の方が多い。母親は、面倒を見る、というよりは、かまいにきているといったほうが近い。
立派な部屋にメイド。ぼくがまぎれ込んだこの家は、どうやらわりと裕福であるようだ。とりあえず、転生したはいいが極貧で食うや食わず、という展開は避けられそうでうれしい。さすがに、死んですぐまた死ぬのは避けたい。
数日が経過した。あいかわらず、まわりで話されている言葉はわからない。が、何となく意味を感じる言葉が少しずつふえてきた。やはり子供の言語修得能力ハンパない。目覚めてモゾモゾしていると、部屋になかなかイケメンの身なりの良い男が入ってきた。歳は、三十代半ばくらいかな。これも、どう見ても大和民族ではない。そして、またぼくの口が動く。
「おとうさん!」
今度はあまり驚かない。だいたい想像はついたしね。
だが、不思議な点がある。ぼくはここでの母親も父親も知らなかったはずなのに、ぼくは彼らを認識している。また、この赤ん坊は、おかあさん、おとうさん、という言葉を理解している。
どうやら、この赤ん坊の中には、ぼく以外の自我、というか意識が存在しているらしい。ぼくはこの身体で、自分以外の自我と共存していかなければならないのだろうか? 時間がたてば自然に折り合えるのだろうか?
「転生」を自覚してから三年がたった
自分の中のには、あいかわらずもうひとり自分がいる。
言葉を覚える、立ち居振る舞いを覚える、といった、生活に密着した部分は、完全にもう一人のぼくが主導している。そして、こいつは、妙に出来が良い。言葉は、すでに幼児語を卒業している。二本の足で立って動き回れるようになるのも早かった。また、動いてみてわかるが、運動神経も良いようだ。
ただ、もう一人のぼくは、自己主張をまったくしない。ここまで三年弱、むこうからのアプローチを感じたことは一度もない。ただ、ぼくの成長を助けているだけだ。ぼくが自分の意識でできることがふえるに従って、その存在が少し希薄になっている気もする。
身の回りのこともだいぶわかってきた。
まず、最も基本的なこと。ぼくの名前はアンリ、だそうだ。アンリねぇ…。
父親はロベール・ド・リヴィエール。ドルニエ王国伯爵であるらしい。転生先は貴族制の存在する世界、というきまりでもあるのだろうか? 基本、イケメンのナイスガイだが、ぼくがおもちゃの剣を振り回して遊んでいるのを見て、スジがいい、とか言って本格的に教え始めた。二歳だぞ? 早すぎだろ。
母親はマリエール。第二夫人だそうだ。まったく知らない世界がそこにある。知らない世界といえば、ぼくがもっとも長い時間をともにしているのが、メイド。名前はタニアという。どうも、非常にデキる人のようだ。いかなる時も沈着冷静、的確な行動。みごととしか言いようがない。たまにマリエールが厳しく叱られている。
兄弟姉妹は計四名。ぼくより八歳上に姉のカトリーヌ、その二つ下に、これまた兄のフェリペ、さらに一つつ下にまた姉のイネス、その二つ下に、再び兄のジョルジュというラインアップだ。三男、というのもテンプレだな。
この四人で、イネス以外は、第一夫人のシャルロットの子供である。なので、一、二度マリエールに抱かれて本宅に顔を見せた時にあったぐらいで、その人となりは、まだわからない。ちなみにイネスは、お姉さんになったのが嬉しいらしく、よく顔を見せてはぼくを一方的に構っていく。少しストレスだ。かわいい子なんだけどね。いや、ロリコンじゃないよ?
三歳になったぼくは、身体のポテンシャルが高いせいもあるのだろう。いろいろなことをやってみたくなる子供になっている。あるいは、もうひとりの自分の自我が影響しているのかもしれない。家の広い敷地をふらふら歩きまわったり、庭の木にいきなりよじ登ったり。とにかくあまりじっとしていられない。
知識欲も旺盛だ。家庭教師役も務めているらしいタニアがいろいろ教えてくれる(けっこう厳しい教師だったりする)のだが、いろいろ質問を返したくなる。日本では教師に質問をしたことなんかなかったんだが、自分で質問して自分で違和感を感じたり、のくりかえしだ。
そんな「元気で利発な」三歳児のぼくは、その日も日課の散歩に出ていた。タニアはいっしょだが、基本的に後ろからついてくるだけだ。
ちょっとした段差になっているところに来たとき、ぼくはなにを思ったか、下に飛びおりた。高さとしては問題ないはずだったのだが、着地で片足が石の上に乗った。そして石がはずみで動き出し、ぼくは姿勢を大きく崩してあおむけに倒れた。倒れた頭の下にはもうすこし大きな石が……というわけで、ぼくは頭を打って意識を失った。
意識を失う直前、ぼくは、「ああ、これも転生もののひとつのパターン……」とか、どうでもいいことを考えていた。なにも危機感を感じなかったのは、これからの展開を直感していたからかもしれない。ただ、タニアが、生まれてはじめて聞くあわてた声でぼくの名前を呼ぶのが聞こえていた。
そこにはなにもなかった。ただ自分が存在しているだけだった。そもそも、それが空間なのかどうかもわからない。立っているわけでも、座っているわけでも、浮かんでいるわけでもない。空間というものが存在する感触も全くなかった。
「そこになにかいるのかい? ……ああ、きみか。自我がどこかに飛ばされたのはわかったけど、ここに来ていたんだね」
声が聞こえたわけではない。ただ、ぼくの頭の中にだれかの言葉が流れこんできた。
「ええと、あなたは誰ですか? ここはどこですか? なぜぼくは、ここにいるのですか? それから……」
「おちつきたまえよ。きみが望むかぎり、時間は十分にある」
いや、その時間が終わったときにどうなるかがいちばん心配なんですが!!
迫ってくるトラックを眺めながら、何故か冷静にそう感じる。そして、時間にすればほんの何分の一秒かのはずなのに、一分、二分、いや、それ以上の時間の経過を体感する…。
小学校、中学校、高校、大学、そして会社と、そこそこの努力は、いつもしてきた。そして、いつもそこそこの結果を残してきた。まあ、会社は入ってまだ二年と少しなんだけどね。
高校までバスケットボールをやっていた。そこそこ練習し、いつも不動のレギュラーの次くらいのポジションにいた。スタメンじゃないけど、どこかで必ず試合には出る、っていうかんじだね。○子くんほど役に立たなかったけど。
大学で始めたアルトサックスも、そこそこ練習して、そこそこ上達した。所属していたバンドが、学園祭でまあまあ良い時間帯に出演するレベル。
ゲームも嫌いじゃなかった。そこそこ時間をかけ、ぜったい届かないレベルにいる廃人さんたちを、そこそこのレベルにいるパーティーの仲間とディスりあう程度には。
このまま、そこそこの人生を送り、そこそこの死に方をするんだと思っていた。
永遠の一瞬の後、全身に激しい衝撃を受ける。だが痛みはない。
(痛みを感じるヒマもないってことだな。下手に延命できる怪我よりも、むしろラッキーかも)
そして、すべてが闇に閉ざされた…
…と思ったら、すぐに目があいた。
(あれぇ…?)
見えているのは、白い天井。身じろぎしようとするが、うまくいかない。というか、思うように手足が動かない。
もうすこし頭を動かしてみる。自分自身のスケールの小ささに笑えてきた。赤ん坊だ。力が入らないから、頬をつねることもできやしない。
ガチャリ…と、ドアが開くような音がしたので、首をひねってそちらに顔をむける。あまりこれまでお目にかかったことのない、金色の髪に碧い瞳の女性だ。顔は…うん、かなりの美人だ。歳は、二十代の半ばくらいだろうか。ちょっと歳上の女性が好みだったぼくにとって、ど真ん中のストライクである。
ストライクなのだが、今はそれどころではない。なんとかして、自分の置かれた状況を確かめないと……。
とにかく話を聞いてみようとするが、うまくいかない。そして、口が勝手に言葉を紡ぎはじめる。その言葉は、初めて聞く言葉だった。だが、何故か意味はわかった。
「おかあさん!』
……なんですとぉっ⁇
どうやらぼくは、転生というヤツをしたようだ。
どう見ても大和民族ではない母親の外見、その母親が口にする、まったく聞き覚えのない言語、ぼくが今いる部屋の構造。かなり立派だがなじみのない様式なんだな、これが。とにかく、ここが日本ではないと考えていたほうがいいだろう。
。母親のほかに、いかにもメイド、という装いの女性が、ぼくの面倒を見に来る。というか、部屋に来る回数は、彼女の方が多い。母親は、面倒を見る、というよりは、かまいにきているといったほうが近い。
立派な部屋にメイド。ぼくがまぎれ込んだこの家は、どうやらわりと裕福であるようだ。とりあえず、転生したはいいが極貧で食うや食わず、という展開は避けられそうでうれしい。さすがに、死んですぐまた死ぬのは避けたい。
数日が経過した。あいかわらず、まわりで話されている言葉はわからない。が、何となく意味を感じる言葉が少しずつふえてきた。やはり子供の言語修得能力ハンパない。目覚めてモゾモゾしていると、部屋になかなかイケメンの身なりの良い男が入ってきた。歳は、三十代半ばくらいかな。これも、どう見ても大和民族ではない。そして、またぼくの口が動く。
「おとうさん!」
今度はあまり驚かない。だいたい想像はついたしね。
だが、不思議な点がある。ぼくはここでの母親も父親も知らなかったはずなのに、ぼくは彼らを認識している。また、この赤ん坊は、おかあさん、おとうさん、という言葉を理解している。
どうやら、この赤ん坊の中には、ぼく以外の自我、というか意識が存在しているらしい。ぼくはこの身体で、自分以外の自我と共存していかなければならないのだろうか? 時間がたてば自然に折り合えるのだろうか?
「転生」を自覚してから三年がたった
自分の中のには、あいかわらずもうひとり自分がいる。
言葉を覚える、立ち居振る舞いを覚える、といった、生活に密着した部分は、完全にもう一人のぼくが主導している。そして、こいつは、妙に出来が良い。言葉は、すでに幼児語を卒業している。二本の足で立って動き回れるようになるのも早かった。また、動いてみてわかるが、運動神経も良いようだ。
ただ、もう一人のぼくは、自己主張をまったくしない。ここまで三年弱、むこうからのアプローチを感じたことは一度もない。ただ、ぼくの成長を助けているだけだ。ぼくが自分の意識でできることがふえるに従って、その存在が少し希薄になっている気もする。
身の回りのこともだいぶわかってきた。
まず、最も基本的なこと。ぼくの名前はアンリ、だそうだ。アンリねぇ…。
父親はロベール・ド・リヴィエール。ドルニエ王国伯爵であるらしい。転生先は貴族制の存在する世界、というきまりでもあるのだろうか? 基本、イケメンのナイスガイだが、ぼくがおもちゃの剣を振り回して遊んでいるのを見て、スジがいい、とか言って本格的に教え始めた。二歳だぞ? 早すぎだろ。
母親はマリエール。第二夫人だそうだ。まったく知らない世界がそこにある。知らない世界といえば、ぼくがもっとも長い時間をともにしているのが、メイド。名前はタニアという。どうも、非常にデキる人のようだ。いかなる時も沈着冷静、的確な行動。みごととしか言いようがない。たまにマリエールが厳しく叱られている。
兄弟姉妹は計四名。ぼくより八歳上に姉のカトリーヌ、その二つ下に、これまた兄のフェリペ、さらに一つつ下にまた姉のイネス、その二つ下に、再び兄のジョルジュというラインアップだ。三男、というのもテンプレだな。
この四人で、イネス以外は、第一夫人のシャルロットの子供である。なので、一、二度マリエールに抱かれて本宅に顔を見せた時にあったぐらいで、その人となりは、まだわからない。ちなみにイネスは、お姉さんになったのが嬉しいらしく、よく顔を見せてはぼくを一方的に構っていく。少しストレスだ。かわいい子なんだけどね。いや、ロリコンじゃないよ?
三歳になったぼくは、身体のポテンシャルが高いせいもあるのだろう。いろいろなことをやってみたくなる子供になっている。あるいは、もうひとりの自分の自我が影響しているのかもしれない。家の広い敷地をふらふら歩きまわったり、庭の木にいきなりよじ登ったり。とにかくあまりじっとしていられない。
知識欲も旺盛だ。家庭教師役も務めているらしいタニアがいろいろ教えてくれる(けっこう厳しい教師だったりする)のだが、いろいろ質問を返したくなる。日本では教師に質問をしたことなんかなかったんだが、自分で質問して自分で違和感を感じたり、のくりかえしだ。
そんな「元気で利発な」三歳児のぼくは、その日も日課の散歩に出ていた。タニアはいっしょだが、基本的に後ろからついてくるだけだ。
ちょっとした段差になっているところに来たとき、ぼくはなにを思ったか、下に飛びおりた。高さとしては問題ないはずだったのだが、着地で片足が石の上に乗った。そして石がはずみで動き出し、ぼくは姿勢を大きく崩してあおむけに倒れた。倒れた頭の下にはもうすこし大きな石が……というわけで、ぼくは頭を打って意識を失った。
意識を失う直前、ぼくは、「ああ、これも転生もののひとつのパターン……」とか、どうでもいいことを考えていた。なにも危機感を感じなかったのは、これからの展開を直感していたからかもしれない。ただ、タニアが、生まれてはじめて聞くあわてた声でぼくの名前を呼ぶのが聞こえていた。
そこにはなにもなかった。ただ自分が存在しているだけだった。そもそも、それが空間なのかどうかもわからない。立っているわけでも、座っているわけでも、浮かんでいるわけでもない。空間というものが存在する感触も全くなかった。
「そこになにかいるのかい? ……ああ、きみか。自我がどこかに飛ばされたのはわかったけど、ここに来ていたんだね」
声が聞こえたわけではない。ただ、ぼくの頭の中にだれかの言葉が流れこんできた。
「ええと、あなたは誰ですか? ここはどこですか? なぜぼくは、ここにいるのですか? それから……」
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