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本編

第四節 謁見だって

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 あれから、色々あって疲れがドバっと出てきたせいか、自分の部屋に戻るとすぐにベッドの住人となってしまった。
 気づいたら、朝になっていたんだもの。吃驚してしまうのも無理はない。
 ここの世界では魔族でも、朝型の種族は多くいるらしく、俺が起きた時、すでに廊下や食堂などで行動しているしている気配がした。
 特に、廊下のほうで騒々しくバタバタと足音が聞こえるのはおそらく、これから執務にあたるヒト達が勤務時刻に間に合うよう移動している所なのだろう。俺は、日本にいた時の事を思い出しながらぼんやりと、ここでも世知辛い世の中なんだなあと思いながら、ベッドの中でごろんと寝る角度を変えてみる。

 コンコン、と扉をノックする音に気付く。
「どうぞ」
 そう言って、ノックしてきた相手を招き入れると、そこにはユーリがいた。
「ユカリ様、おはようございます」
「おはよう」
 ユーリが入ってくるのを見て、身を起こそうとする。
「お湯を持ってきますから、そのままいてくださって大丈夫ですよ」
「え?」
 どうやら、ここの朝の身繕いは少し古風のようで、桶にお湯を張ったものを、ベッドサイドまで傍仕えが持ってきて、その湯で顔を綺麗にしていくのが習わしのようだった。
 その習わしの通りにされて、少しむず痒さを感じてしまう。慣れないものってするものじゃないな。まだ着替えはしていないものの、それ以外の身繕いを一通り終えると、ユーリは歯切れが悪そうに今日のやる事をまた復唱しようとしてきた。
「えっと、今日って確か城内を案内してくれるんだったよね。それと、午後に家庭教師のヒトが来てくれるんだっけ?」
「……」
 はあ、とユーリはため息ついていく。なんか腰が重そうだなあ。
 思い切って俺から聞いてみたほうがいいのかもしれない。
「ユーリ、どうした?」
「…すいません、ユカリ様。」
 腹をくくったのか、ユーリはようやく口を開いていく。
「ユカリ様、申し訳ないのですがこれから、魔王様に謁見していただきたく」
「…何かあった?」
 俺がそう言うと、ユーリは少し渋りながら、言葉を選ぶように絞り出していく。
「…実は、ユカリ様がこちらに来られる少し前から、とある村で何者かに襲われ、能力の低い魔族やニンゲンが亡くなるという事件が立て続けにあるのです。ずっとそこの村長から、救援の依頼はあったのですが…何分、魔族では回復治療ができない事が多いのです。自力で行える回復術はあるにはあるのですが、これは再生術と同意のもの。つまり、例えば腕が切断されたとします。その切断された腕は元には戻りませんが、再生術よって生えてくることはあります。皮膚が裂かれれば勝手に直っていきます。しかし、こういったものは本人にしかできないのです。魔力が少ししか持たない者であればあるほど、再生術ですらできません。…つまり、他人を回復治療を行える者が殆どいないのです。しかもそういう事ができる方は、ご高齢の術者の方々で、移動するにも困難を極めます。
…魔王様から詳細を聞くことになると思いますが、ユカリ様にはその事件があった村に同行していただく事になると考えておいてください」
 
 よく異世界ファンタジーなどで見る、盗賊やなんかに襲撃を受けるとかいう事件なのかは解らないけれど、きっと事なのだろう。そして、他人を治療することができる者が殆どいなくて、行動をすぐにできるのが自分自身。
 そりゃ、声がかかりもするだろう。どうやってやるかなんてまだ解らないけれど、きっと実地訓練でやるしかない事でもありそうだ。
 しかし、問題は尽きないものだ。同族によるモノなのか、それとも未確認生物によるモノなのかは解らないけれど、大変な事には変わりがない。そんな処に素人が行くのは危険極まりない。
 俺は、日本にいた時に自衛のための訓練なんて受けた事はない。
 せいぜい、兄貴が自衛隊に所属してるからって偶に帰省してきた時に、簡単な技を教えてもらっていたぐらいだ。ほんの護身術程度。戦う為ではなく、逃げるための技ぐらいしか持ち合わせていない。
 そもそもが護身術を教えてくれる兄弟なんてまず居ないのかもしれないけれど、俺にとっては、これまでそれで充分だと思っていた。だけど、今いる世界では何が起こるか解らない。どこまで通用するかも解らないし不安しかない。
「ユカリ様、私には決定権がありません。魔王様には急すぎるとお止めしたいのは山々ですが…その」
 ユーリは心配そうな顔で俺に様子を伺っていく。どこにでも上下関係はつきものだ。
 俺だって行かなくて済むなら、行きたくないけれど、そうは言っていられない現状なのだろう。ため息をこぼしながら俺はベッドから降りていった。
「ユーリ、ありがとう。でも、魔王さんと話をしないと何にもはじまらないからな。俺がどうするかはそれからでいい」
 そう言って、彼を慰めた、
 ユーリは安心したようで、ホッとして、微笑み返してくれた。結構可愛い奴だなあ。

 
 急いで正装着を身に着けて、魔王さんが居るであろう部屋に向かっていく。
 さすがに、謁見する場所までの道のりはまったく解らないので、ユーリに案内してもらっている。俺の前をユーリが歩いているのは、付いてきてくださいと言ってくれたせいでもある。
 廊下は昨日も少し歩いたけれど、庶民の俺から見れば、かなりの広さを感じる。下手をすれば、自動車一台は普通に走れそうな広さである。この世界に地球のようなテクノロジーがあるとは思わないけれど、豪邸、というか城の廊下の広さって凄いなあと、実感してしまう。
 廊下を10分ほど歩くと、ユーリが「あの扉の奥で猊下がお待ちです」と言った。その言葉に気づいて改めて、目の前の部屋らしき場所では警護で立っている者が二人いる以外に、何か物々しい雰囲気を持った二人の存在に気づいてギョッとしてしまった。
 扉の前には、騎士団長のオスカル・デミアラント卿と副団長のフラウ・ヴェルツァーリ卿が待ち構えていた。
 オスカル様はいかにも騎士です!といったような方だ。二重瞼でありタレ目気味の忠誠心溢れた男気溢れる、男の中の男、といった感じだ。左目の下にほくろがついていて、煽情的な雰囲気はあるけれど。具体的な年齢は解らないけれど、人間でいう年でいうと見た目、40代前後といった、年齢としても今まさに油に乗っている頃だと思う見た目をしている。漆黒髪に、漆黒の瞳は純魔族としては珍しくないが、少し髪に白髪がちらほらと見え隠れする。魔族でも年を重ねるにつれてそう言った老化現象はあるみたいなので俺としては親ぐらいの見た目年齢のため、余計少し緊張してしまう。  
 その横にいるフラウ様の見た目年齢は、二十代後半から三十代前半といった所だろう。
 フラウ様は、能力自体は魔族のモノを持っているものの、魔族としては珍しく隔世遺伝か何かなのか、長い銀髪を後ろで一括りにしていて紫がかった瞳の色は妙な妖しさを感じている。
 理由はまだ聞いたことがないけれど、おそらく両親のどちらか、あるいは二人ともが魔族とのハーフかクオーターなのだろう。
 その血のせいで、ぱっと見はニンゲンとそう変わらないようだ。角はもちろんない。けれど、耳の形は魔族と同じように先が尖っている。そこだけが魔族であると知らしめているので、とても不思議な存在にも見える。それでも、騎士団の副団長になっているのだから、努力は惜しまなかっただろうし、魔力も魔族相当のものがあり、それだけの実力はあるのだと、彼の立ち振る舞いと魔族らしい美丈夫な姿に伝わってくる。
 そんな二人が扉の前で俺を待っていたのだから、緊張しない訳にはいかなかった。

「おはようございます。あの、オスカル様、フラウ様、どうしてここで?」
「おはようございます。ユカリ様…この度は私達が我儘を言ってすいません。王には前もって伝えていましたが、ようやく許可を貰えたので、今回の王との謁見には私たちも同行させていただきたく。」
 
 オスカル様の言葉に俺は納得していく。今回の本来の俺の依頼先が騎士団である事、それに俺が出向いて良いと許可してくれたのが魔王さんである事を。
「わかりました。では一緒に。」
 そう言って、中に入っていった。

 謁見の間となる部屋は、召喚の儀で使われた場所ではなかった。
 元々、この部屋は外交などで使われる事が多い部屋らしく、豪華な設えはあまりなかった。そもそもが座る場所は王座のみで、ほかの椅子や机はまったくといっていいほどない。
 王が座る場所は豪華な造りとなっていて、その背中側にはステンドグラスが置かれているが、防犯上の理由か、割とシンプルなものに見えた。
 今回の謁見は、それほど大きなものではないらしいが、それでも立場上、こういった場所で行わないとならない内容のようだった。
 緊張しながら、魔王さんの前なのでオスカル様方のやり方を倣って、膝を折って腰を下ろし、顔を下げていく。
「顔をあげよ」
 声の主に従って顔をあげると、魔王さんは疲れた顔をしながら俺を見ているのに気付いた。
「『勇者』ユカリ、後で己のステータスを確認してもらう事にはなるが、こちらのほうで解った範囲で伝えておく。」
「はい。」
「ユカリ、お前の能力は、回復系、治癒系に秀でている。スキルが特殊なようなのでこちらでは判断しずらい。しかし、確かな事が言える事がある。其方の能力は、『神子』のものであると。」
「神子…ですか。俺が…?」
「ああ。だからこそ頼む。すでにユーリウスからある程度聞いていると思うが、コトーという村に行ってもらう。もちろん私も付いていく。…すまないが、その村の者達を救ってやってくれ」
 少しだけ悲しそうな顔をしながら言う魔王さんの姿に、俺は少し切なくなる。
 きっとこの人は、今までも、救ってやりたいのに救えない者達がいて、しかも王が故に出向けない場所もあったに違いない。亡くなった人たちに、弔ってやれなかった複雑な思いがあるのかもしれない。やり切れない思いというのは、孤独な人ほど心を蝕んでしまうものなのかもしれない。そう思うと俺は、目の前にいる、魔族の、王様という存在が、なんだか悲しいモノに見えてきてしまった。
 
「…俺、いや私にどこまでできるかは解りません。まだ術を使った事もない。
それでも、私の能力で、民を救う事ができるのなら…努力はします。完全に成し遂げて見せるとは言いません。憂いでいる民が、私が行く事で救いとなるのなら、行きましょう。」
 改めて顔をさげて俺は言った。
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