アナザー ドロップ~裁きの漆黒眼

瑞祥 啓可

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プロローグ

プロローグ3

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 震えてしまいどうしようもなくなってしまった小此木さんは風呂場から出る事になった。その結果、店長が少女の着替えや風呂場の開片づけをする事になった。
小此木さんはまだ落ち着かないらしく若干震えていたけれど、お茶を出してやると少しだけホッとした顔をしていた。
 「小此木さん、一体どうしてあんな事になったの?」
 悪いとは思ったけれど事実確認はしておかないといけないと思い、彼女に問い正す。
 「あ、あたしにも何が何だか…目を開けたと思ったらいきなり、だったんだもの」
 「そっか・・・ごめん、怖い思いさせたのに急にこんな事」
 「ううん、気にしないで。多分一番不安なのはあの子だと思うし」
 へへ、と苦笑交じりに言う彼女。彼女の優しさがよく伝わってくる。
 少し落ち着いたかなと判断できる状態になると、僕も腰をソファに降ろして一休みしようとした。しかし、下のほうから「おーい」と声がする。おそらく少女の為に衣服を買いに行ってくれた常連客が戻ってきたのだろう。店の扉は“CLOSE”のプレートをかけて鍵を閉めてしまった為、裏から入ってもらうようにお願いしてある。
ガサガサと買い物袋の音を鳴らしながら階段を上がってくる気配がした為、僕は落ち着く間もなく立ち上がる事となった。
 
 「お二人とも買い物ありがとうございます。後でお金お返ししますね」
 買い物袋を受け取りながら僕がそう言うと、常連さん二人はぎょっとした。この2人は老長い付き合いらしい友人同士らしく、時々喧嘩腰でおしゃべりしている人達だ。奥さん方はとうに亡くしているらしいけれど、子供夫婦と一緒に暮らしているらしく不自由している訳ではないらしい。そんな彼らだからこそ何かを思う所があるのだろう。
 「創君、困った時はお互い様だよ。お店の事とか私達の事とかは一切関係のない所で起きた事だ。まだ小さな子供があんな状態だなんて、あんまりじゃないか。私らからも何か手伝わせてくれ」
 「うんうん。それに、創君どこから金を出すつもりだったんだい?ここの給料が悪いとは思わないけど、君だって一人暮らし大変だろうに」
 畳みかけるように言ってくる二人。
 「うっ
 そ、それは…でも、いいんですか?」
 ご好意はありがたいけれど良いのだろうか?いくらなんでも頼りきりな気がして気が引けてしまう。
 「ワシらの事は心配さんな。ひ孫にプレゼントするようなものさ。あの子だってまだあんなに小さいんだ。多分小学生ぐらいの年齢だろう?それぐらいはしたって罰は当たらんよ」
 「そうですか…?気を使わせてしまってすいません。」
 「創君、こういう時はそうじゃないだろう?」
 正論を言われてしまう。確かに、こういう時は素直に、お礼を言うのが良いのだろう。目をパチパチさせた後、はは、と空笑いしてから僕はゆっくりとお礼を言った。
 「…ありがとうございます。」

 買い物袋を引き取り、常連さん2人を返して後、タグを切り取って、店長の元へ行った。
 「店長、そちらのほうは落ち着きましたか?」
 「ん?ああ、もう大丈夫。相当酷い場所にいたんだろう。精神的にまいってたんだろうね。ようやく安全だって解って、お腹すいてきたんだろうね。うまそうにサンドイッチ食ってるよ」
 キッチンテーブルに左ひじをつき、右腕を椅子の背もたれにひっかけさせてワイルドな格好で言う店長の真向かいで、少女はあんぐりと口をあけてムシャムシャと目の前のものを無心に食べている姿が見えた。
 よく見て見ると少女の髪は、伸ばし放題だったようで髪の毛を横に掻き分けておかないと髪の毛まで一緒に食べてしまいそうな勢いだ。口を大きくひらいて、店長が作った店のオリジナルサンドを頬張っていて、その様は彼女の心の平安がついさっきまでなかったのではないかと実感させられる。サンドイッチの横にあったカップにはホットミルクが入っているのか、うっすらと口の周りにミルクのあとが見える。
 クスクス笑いながら、ようやく落ち着いた小此木さんがその子の口の周りを拭いてやる。
少女は「んう~」と唸って、拭かれるのを嫌そうにしているけれど、先程の攻撃的な態度とは一変し、反抗するでもなく従順になりつつあるのは確かなようだった。
 
 「ねえ君、そろそろ聞きたい事があるのだけど、いいかな?」
 僕はテーブル横にある空いている椅子に座ると、彼女に質問をはじめた。
 「う?」
 不思議そうにこちらを見てくる瞳は、よく見てみると、右目の瞼周りが刃物か何かで傷つけられた痕跡が見える。その中央で存在を示す瞳は、左目とは違い、翡翠の色をしていて、オッドアイである事を、おそらくハーフであるのだろうと言う事を悠に語っている。また、サンドイッチを掴む左手。腕から掌にかけて、墨か何かをぶちまけられたかのように、とぐろ巻いているようにしてべったりと描かれていた。
 小此木さんが風呂場で体を洗ってあげていた時に、取れるか分からずゴシゴシ擦ってみたらしいが、殆ど取れる事はなかったらしい。
傍から見ると、一瞬その手は焦がされたか何かにあったかにも見えて、とても不吉な物のようだ。
 そうは言っても、この事を目の前の少女に尋ねても嫌がられるだけだろう。だから僕は先にまず聞くべき事を口にした。
 「あのね、君の名前、なんて言うのかな?
あと、住んでいた場所とか、お父さんお母さんの事、解る?」
 彼女は、頬張っていたサンドイッチを口から放して、ようやく言葉を発した。
 「…れい。日高(ひだか)、零。私、住んでいたのは日本、じゃない。国は忘れた。おかーさんは、在日村だよって言ってた。お父さんは、私が生まれてすぐに死んじゃったからよく解んない。おかーさんも、もう、いない…」
 泣きもせずに、というよりも無表情のまま、淡々と零というその少女は言う。純粋な日本人でないとはいえ、少女のような年齢の子が、ここまで淡々としていて良い訳がない。何もできない悔しさに、握りしめていた拳に力が入ってしまう。
 「しかし、在日村か…ロシアか?それとも北京か、あるいは…こりゃ、骨が折れるね」
 傍で唸る店長は、国際問題を気にしているのだろうか。それを抜きに考えるにしても、両親をすでに亡くしているのならば親戚をたどるにしても手間がかるのは目に見えている。
 「店長、その辺はまた後ででいいですか?」
 「ん?ああ」

 零を見つけた時の格好は全てが異質だった。身に纏う衣服に、ぱっと見でも目立つ汚れ、乱れた髪に古傷とはいえ目立つ傷痕の右目瞼の刀傷。
これは、ただの外交問題だけで済む事ではないだろう。
「零、 もうひとつ聞くけど。ここまではどうやって来たんだい?」
僕の質問に、彼女はびくりと震えた。
「わ、か、らない。ここに、来る、前、は、お世話になってた、孤児院に、いたんだけど、火事にあって…、それから、「もういい!」
カタカタ震えながら涙目で言う姿に、店長が零をぎゅっと抱きしめた。辛い事を思い出させてしまったせいで、情緒不安定になってしまったのかもしれない。失敗、したかもしれない。
「ごめんね…零、君を安全に保護するために、解る事は聞こうと思って黙っていたけれど…、もう、いいから…もういいからね」
辛そうに言う店長。時々店長から垣間見える陰は、気付いていた。もしかして、過去の出来事とダブって見えたのかもしれない。
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なろう様にて移籍連載する事になりました。 https://ncode.syosetu.com/n8464fe/編集でURLジャンプができなかった為申し訳ありませんがイチから、なろう様にて閲覧される場合は上記リンクからか、執筆者ページにあるWEBコンテンツリンクから見ていただければと思います。お手数をおかけしますがどうぞよろしくお願いします。
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