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勇者「ここが500年後の世界か……」

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~魔王城~


夜明けとともに戦いが終わりを告げた。 


一人の戦士が魔王を滅ぼしたのである。 


魔王「ぐわぁぁぁぁぁ……!ワシの体が朽ちてゆくぅ……!」 

戦士「やった……ついにやったぞっ!」 

魔王「なぜ……なぜだ!?なぜ貴様が伝説の剣を持っている!?」

魔王「このワシが破壊したはずだ……!」

戦士「秘境でひっそりと暮らしてた時空使いってのに出会ってね。お前が剣を壊した時より過去に遡って、この剣を持って来たんだよ」 

魔王「ぐうぅ……!そんなことができる人間がいたとは……!む、無念……!」ガクッ 

戦士(ま、後でもう一度過去に遡って剣を戻さないといけないがな。そうしないと歴史が壊れてしまうから……) 




















戦士は故郷の国に帰還を果たし、まずは王への報告に向かった。 


~謁見の間~

国王「よくぞやってくれた!お主はまさに最高の戦士じゃ!」

国王「いや、勇者と呼ぶに相応しい!」 

国王「お主には“勇者”の称号を授けよう!」 

戦士「ありがとうございます!」 

戦士(俺が……この俺が勇者!?信じられない……!) 


戦いに生きる者にとって、勇者とは最高に名誉な称号である。 


こうして戦士は勇者となった。 




















次に勇者は恩師のもとを訪ねた。 


~マスター流剣術道場~

師匠「まさかこのオンボロ道場から勇者が誕生しちまうとはな」

師匠「たくっ、大したもんだぜ」 

勇者「師匠の剣術がなければ、いくら伝説の剣でも魔王は倒せなかったでしょう。ありがとうございます」 

師匠「勇者になっても有頂天にならず、向上心を忘れるなよ」 

勇者「はいっ!」 










~賢者の家~

賢者「危険な研究を繰り返し、魔法学界から追放された私から魔法を習いたいと言われた時は正気を疑ったものだが……」 

勇者「あなたの研究した魔法がなければ、魔王の大軍勢には勝てませんでした。感謝しています」 

賢者「こちらこそありがとう。私の研究が無駄ではなかったと、君が証明してくれた」


彼らが打倒魔王に大きく貢献したということで、世に認められるようになるのはいうまでもない。 




















そして、勇者は自分が生まれた町に戻った。 


~勇者の実家~

勇者「ただいま!」 

父「お帰り!町中お前のニュースで持ちきりだ!よくやったな!」 

母「よく無事に帰ってきたね。本当に心配だったんだから」 

妹「お兄ちゃん、お帰りなさい!」 

弟「兄ちゃん!冒険の話、聞かせてよ!」 

勇者「ありがとう、みんな」 
   
勇者(しばらくは祝賀会やらなんやらで忙しくなりそうだ。時空使いの所に行くのはそれからかな……) 


こうして勇者は、救国の英雄として人々に尊敬され幸せに暮らした。 


めでたし、めでたし……。 










──となるはずであった。 




















~とある秘境~


勇者は再び過去に遡り、伝説の剣を元あった場所に戻してきた。 


勇者「これで歴史を壊さずに済む…か」 

時空使い「ああ」 

時空使い「しかし、伝説の剣があったとはいえ、魔王は強敵だったはず」

時空使い「称号だけではない。お前は名実ともに勇者だったということだ」 

勇者「ハハ、アンタでも人を褒めることがあるんだな。ありがとう」 

時空使い「さて、行くがいい。私の術は本来この世にあってはならないものだ」

時空使い「私も住む場所を変える。もう会うこともなかろう」 

勇者「時空使い」 

時空使い「なんだ?」 

勇者「ひとつ、頼みを聞いてくれないか?」 

時空使い「頼み?」 

勇者「ああ。俺は……“未来”が見たいんだ」 

時空使い「未来だと?」 

勇者「俺がいるこの時代はとりあえず平和になった。だが、遠い未来でもこの平和が続いているかどうか見届けたいんだ」 

時空使い「………とかなんとか言って、本当は未来で自分がどう語り継がれてるか知りたいんだろ?勇者よ」 

勇者「!」ギクッ 

時空使い「相変わらずお前は嘘がつけない男だ」

時空使い「ま、そこが気に入ったんだがな」ボソッ

時空使い「いいだろう。お前がこの世界を救ったのは事実だ。少しくらい未来を見る権利はあるだろうさ」 

勇者「あ、ありがとう!」 

時空使い「ただし、時空移動はこれが最後だ」 

勇者「分かってる。ワガママを聞いてくれてありがとう」 

時空使い「構わん。それと時空移動について再度確認しておくぞ」

時空使い「滞在できる期間は半日。つまり12時間経ったら自動的にここに戻る。ただし、向こうで死んだら死体になったまま戻ってこれない」 

時空使い「場所は……なるべくお前の故郷と近い場所に送るようにするが多少ずれてしまうだろう」 

勇者「大丈夫だ。時空移動はこれで三度目だしな」 

時空使い「さて、一番肝心なのは時間だ。どのくらいに飛ぶ?」 

勇者「じゃあ……“500年後”で」 

時空使い「500年か……。またずいぶんと先だな」 

勇者「あまり近いと俺が勇者だってバレる可能性があるし」 

時空使い「まぁいい、今から500年後に飛ばすぞ」 

時空使い「リナネカハキトーネマズイムイタ!」 


時空使いが呪文を唱えると勇者はこの時代から姿を消した。 




















~500年後~

… 

…… 

……… 


気がつくと、勇者は道ばたにぽつんと立っていた。 


勇者「ここが500年後の世界か……」 

勇者(そういや、鎧とか着たまま来ちゃったけど大丈夫かな……) 

勇者(いやいや!12時間しかないんだ、色々見て回らないと!) 

勇者(すっかり様変わりしてるけど、なんとなく見覚えがあるぞ) 

勇者(とりあえず、俺の故郷の町に行ってみるか!) 




















~故郷の町 門前~

勇者(すげぇ……!ちょっとした城塞都市みたくなってるぞ……!) 

勇者(とりあえず門番みたいな奴に話しかけてみるか……) 

勇者「こんにちは、旅の者なんですけど」 

門番「おおー、旅の人かね。ぜひ寄ってってくれよ」

門番「ここはかつて世界を救った勇者様が生まれた町『勇者の町』なんだ」

門番「もう町なんていう規模ではないがね」 

勇者(マジかよ、すげー!) 

勇者「ちなみに、勇者ってのは500年前に魔王を倒したっていう?」 

門番「そうそう。勇者様が魔王城に乗り込んで魔王をやっつけたんだよ」

門番「今じゃ伝記や絵本、教科書にも載ってるから誰だって知ってるよな」 

勇者(間違いなく俺のことだ!すげーすげー!) 










~故郷の町 町内~


勇者が町に入ると、さらに驚くべき光景が広がっていた。 


建物は大きく、道路も完璧に整備されている。


そして何より── 


勇者(町民の中に俺と同じ格好をしてる奴がいるぞ!?) 

町民「お、旅のお方。アンタも勇者様ファッションかい?」 

勇者(勇者様ファッション?) 

町民「こうやって魔王討伐時の勇者様の格好をしてるとさ、なんだか俺もやれるかなって気になってくるんだよね」

町民「アンタもそういうクチだろう?」 

勇者「ま、まぁね……」 

勇者(少しくらい俺のことが語り継がれてればなーとは思ってたが……)

勇者(これは予想以上だぞ!) 

勇者「ところで、この町には初めて来たんだ」

勇者「もし時間が空いてるんなら、ちょっと案内してくれないか?」 

町民「いいとも。少しでも多くの人に勇者様のことを知ってもらわないとな」 










町民「まず、あの大きな建物が『マスター流剣術道場』の本部だ」 

町民「勇者様に剣を教えた師匠様の子孫、師範様がリーダーで、今や世界中に支部を構えている。門下の数はなんと一万人を超える」 

勇者「へぇ~」

勇者(昔は俺だけだったのに……すごいな)










町民「あっちの学校は、勇者様に魔法を教えた賢者様の流れを組む魔法学校さ」

町民「こちらも子孫の大賢者様が校長を務めている」 

勇者「ほぉ~」

勇者(賢者さん、研究が認められてよかった)

勇者「………」 

勇者「ところで、勇者様の子孫はどうされてるんだい?」 

町民「えっ!?アンタ、そんなことも知らずにここに来たのかい!?」 

勇者「いや、まぁ……勉強不足で……」 

町民「勇者様の子孫である覇者様は、この町の偉大なるリーダーさ!」

町民「国王からも独立自治を認められているほどなんだよ!」 

勇者(ウソォ!?) 

町民「そして町の中心にあるあれが──勇者様の銅像さ!」 


町の真ん中にある広場には、高さ5メートルほどもある勇者像が建てられていた。 


勇者(でけぇ!なんかずいぶん美化されてるな。ほとんど別人だ)

勇者(あんなに鼻高くないし、足も長くないし……でも嬉しいや) 

町民「勇者様の一族は、代々あそこの館で暮らしているんだよ」 

勇者(うわ、これまたでけぇ~!ほとんど城じゃないか)

勇者(ずいぶん立派になったんだな、俺の子孫たちは……) 

町民「じゃあ、案内はこれくらいでいいかい?」 

勇者「十分だよ、どうもありがとう」 










勇者はしばらく町を散策した。 


どこもかしこも勇者グッズで溢れていた。 


勇者(勇者まんじゅう、勇者ステッカー、勇者ぬいぐるみ……)

勇者(お、伝説の剣のレプリカまで売ってるのか、スゴイな) 

勇者(これが500年後か……) 

勇者(ちょっと照れ臭いけど、来てよかった) 

勇者(こうまで発展してるとは、先祖として鼻が高いぞ。うんうん) 


町をぐるりと一周し、勇者は銅像の前に戻って来た。 


すると、じっと勇者像を見つめる少女がいた。 


少女「………」ジーッ 

勇者「君も勇者様が好きかい?」 

勇者(ま、俺が本人なんだけど……。ああ、バラしたい衝動に駆られる……) 

少女「勇者様なんか……嫌い……大嫌いっ!」 

勇者「なっ……!」カチン 


タタタッ 


兵士A「貴様、勇者様を侮辱したな!?」 

兵士B「許さんぞ!」 

勇者(お、いってやれいってやれ) 

兵士A「このクソガキがっ!」 


バキッ! 


少女「あうっ……!」 

勇者(え!?) 


ドカッ! ガスッ! バシッ! 


少女「う、うぅ……」 

兵士A「とんでもないクソガキだ!」 

兵士B「さっさと連行してしまおう!」 

勇者「ちょ、ちょっと待てよ!なにも殴ることはないだろう!?」

勇者「勇者が嫌いって言ったぐらいで──」 

兵士A「む、貴様はこのガキを擁護したな!?同罪だ!」ブンッ 

勇者「おっと」ヒョイッ 

兵士A「チッ」

兵士A(この身のこなし……手強いな)


ピピピ~~~~~ッ! 


兵士Aが笛を吹くと、大勢の兵士が集まって来た。 


勇者(おいおい、マジかよ……) 

勇者(俺だけなら逃げることもできるだろうが……あの女の子が心配だな)

勇者(仕方ない、ここは大人しく捕まるか……)

勇者(どうせ12時間経てば帰れるし……) 


勇者と少女は捕まってしまった。 










~留置場 牢屋~

看守「入れっ!」ドカッ 

勇者「うおっ!」 

少女「いたっ!」 

看守「クズどもが……!」スタスタ 

勇者「いてて……大丈夫か?」 

少女「うん、大丈夫。お兄さんは平気?」 

勇者「俺は平気だよ。とはいえ驚いた……」

勇者「あれぐらいで牢屋に入れられるなんて……」

勇者「この後、お説教を喰らって釈放って感じの流れなのかな?」 

少女「ううん」 

少女「私たち、二人とも殺されちゃうんだよ」 

勇者「!?」 

勇者「こ、殺されるって……!どういうことだよ!?」 

少女「お兄さんは知らないのね。この町では勇者様やその一族を侮辱したら絶対に死刑なの」 

勇者「そんなムチャクチャな法が成り立つのか!?だって俺なんか何も知らない旅人なんだぞ?どう考えても──」 

少女「この町の中では、覇者様は国王様よりも神様よりも偉いんだ。いいえ、この世界に覇者様に逆らえる人なんかいないかもしれない」 

少女「覇者様は大勢の私兵を抱えているし、師範様の剣術道場や、大賢者様の魔法学校も傘下にしている」 

少女「それに、覇者様自身も勇者様の生まれ変わりと言われるくらい剣術と魔法に秀でてるしね」 

少女「兵力、剣術、魔法……。非の打ちどころがないの」 

勇者「だったら、なんであんなバカなマネをしたんだ!?死刑にされるって分かっているのに……!」 

少女「………」

少女「もうね……私のお父さんもお母さんもいないんだ……」

少女「だから……私ももういいかなって……」 

勇者「お二人とも……亡くなったのか?」 

少女「お父さんは覇者様のやり方に反発して……」

少女「お母さんは働きすぎて……」 

勇者「働きすぎ?」 

少女「この町の人には勇者税っていう重い税金が課せられるの」

少女「町民は偉大なる勇者様に奉仕する義務があるってことでね」 

勇者「なんだよ!それ!」

少女「お母さんは……働いても働いても満足に食べられなくて……」

少女「でも私には食べさせてくれて……」

少女「そんな日々の中で、お母さんは限界を迎えて……」 

勇者「………」

少女「もちろん逃亡なんか許されない……。偉大なる勇者様のお膝元から逃れるなんて大罪だもの」 

少女「それでも勇者様の名に惹かれてここに来る人は多いんだよ。ここは世界一安全な町でもあるしね」 

勇者「じゃあ君は今までどうやって生きてきたんだ?」 

少女「住む場所は全部取られちゃったから、町外れのゴミ山で暮らしてたんだ。残飯とかを拾ってね」 

勇者(なんてこった……) 

勇者「そりゃ勇者が嫌いになっても仕方ないよな……」 

少女「ううん、私は勇者様が好きだよ」 

勇者「え?」 

少女「勇者様はたくさん強くなる為に努力をして邪悪な魔王をやっつけたんだよ。誰にだってできることじゃない」 

少女「私は勇者様が嫌いだなんて思ったことは一度もないよ」 

少女「もし、あの世で勇者様に会えたら……」

少女「ちゃんと謝らなくちゃね。嫌いだなんて嘘ついてごめんなさいって」 

勇者「………」 

勇者「なぁ」 

勇者「もしも今、勇者が蘇ってこの『勇者の町』を見たらなんて言うと思う?」 

少女「そんなの分からないよ。でも、子孫である覇者様を見たらきっと喜ぶんじゃ──」 

勇者「俺は喜ばないと思う」 

少女「え?」

勇者「最初こそ“俺のことを忘れないでいてくれてありがとう”って喜ぶだろうさ」

勇者「でも、君みたいに勇者の犠牲にされてる子を見たらきっと悲しむと思う」 

勇者「それに……勇者ってのは子孫だとか先祖だとか関係ない。おかしいことをしてる奴を見かけたら、根性を叩き直してやるのが勇者なんだと思う」 

勇者「オーイ、クソ看守!」 


ドタドタッ 


看守「お前か!?今俺をクソ看守っていったのは!?」 

勇者「申し訳ない。嘘がつけないタチなもので……」 

看守「勇者様を侮辱したクズの分際で……!明日の処刑まで待ってられるか!今すぐブチのめしてやる!」 

少女「お兄さんダメよ!殺される!」 

勇者「大丈夫だって。必ず救ってやるから。まぁ見てな」 


看守は牢の鍵を開けて中に入って来た。 


ガチャッ 


少女「きゃあっ!」 

看守「二人仲良く殴り殺してやるから覚悟しな!」 


ブオンッ! 


勇者は看守の警棒を掴み取ると、首に手刀を当てた。 


看守「ぐえっ……!」ドサッ 


勇者(魔王の手下にとっつかまった時もこうやって脱出したっけ……。500年経ってもこういうとこは進歩がないんだな……) 

勇者「よし、外へ出るぞ」 

少女「で、でも……私は……」 

勇者「じゃあムリヤリ連れてく」ヒョイッ 

少女「あっ、やだ、持ち上げないでよ!歩く、歩くからっ!」 



「脱走者だ!」 

「逃がすな!」 

「殺してもかまわんっ!」 



勇者は看守から奪った警棒で次々に番兵を打ち倒し、少女を連れて留置所の外に出た。 


しかし、すでに外には大勢の兵隊が待ち構えていた。 


勇者「ちっ」 

少女「もう逃げられない……。でも、お兄さんだけなら逃げられるはず!」

少女「私はいいから早く町から逃げて!」 

勇者「そうはいかない。後ろに下がってろ!お前らかかって来い!」 



「この人数とやるつもりか?」 

「バカめ……」 

「かかれーっ!」 



勇者「うおおおおっ!」 


ドカッ! ベキッ! ズガッ! 


勇者は大勢の兵隊相手でも一歩も引かず、警棒一本で互角以上に戦ってみせた。 



「くそっ……」 

「なんて奴だ」 

「強い……!」 



勇者「ハァ…ハァ…」

勇者(よし、奴ら逃げ腰になってきたぞ!)


希望の光がみえてきたその時だった── 


師範「ずいぶん騒がしいが、なにかあったのか?」ザッ 

兵士A「し、師範様っ!はっ、あの男と少女を勇者様侮辱罪で捕えたのですが……」

師範「ほう?」

兵士A「奴ら脱獄いたしまして……て、手こずっております……」 

勇者(師範……?アイツが師匠の子孫に当たる男か……) 

師範「そんな輩を捕えられない貴様らも、勇者様を侮辱したことになるな」 


ズバッ! 


兵士Aの首が飛んだ。 


勇者「なっ……!?」 

師範「どれ、この俺が相手をしてやろう。久々に骨がありそうな相手だ」 

師範「しかし、剣と警棒では勝負にすらならんな。ヤツに剣を与えてやれ」 

兵士B「し、しかし、ヤツは脱獄犯──」 


ザシュッ! 


兵士Bは肩から腰までを斜めにバッサリと斬られた。 


師範「与えてやれ」 

兵士C「は、はいっ!」ビクビク 


勇者は兵士Cから剣を手渡された。 


勇者(なんのためらいもなく、仲間を殺しやがった……!) 

勇者(今のだけで分かる……。あの師範ってヤツ、恐ろしく強いぞ……!)

勇者(だが……コイツの強さを本当の強さと認めたくない!) 

少女「お、お兄さん……」ガタガタ 

勇者「心配するな。俺は絶対に負けない」 

師範「いつでもいいぞ。かかって来い」 

勇者「行くぞぉっ!」 


ガキンッ! 


勇者は渾身の力で剣を振り下ろした。


だが、師範は片手持ちのままでそれを受けた。 


師範「なかなかの一撃だ」 

勇者(バ、バカな……!表情一つ変えずに受け止めただと……!?) 

師範「では、次はこちらから」 


ガギィンッ! 


師範の一閃。


どうにか受けるが両腕は痺れていた。 


勇者(速いっ……!そしてなんて重い剣だ……!)ビリビリ 

師範「ほう?俺の一撃を受けきるとはな」

師範「貴様ほどの人材は門下生に欲しいくらいだ。だが実に残念だ。勇者侮辱罪は例外なく死刑だからな」 





攻防はしばらく続いた。 


しかし、勇者の全力は明らかに手を抜いている師範に全く及ばなかった。 


勇者「ハァ……ハァ……」 

師範「貴様、センスはある様だがまるで化石のような古臭い剣術だな。いったいどこの田舎者だ?」 

勇者(この町の生まれだよ……!) 

師範「まぁいい。そろそろ終わりにするとしよう」

勇者「貴様と後ろの小汚いガキを殺してフィニッシュだ」 

勇者(くそぉ……!コイツの重い剣を受けすぎて腕が……!) 

少女「お、お兄さん……!」 


すると── 


大賢者「おやおや、師範さん。ずいぶん楽しんでらっしゃいますねぇ」ザッ 

師範「おお、これはこれは大賢者殿。学校はもう終わったのですかな?」 

勇者(こ、今度は……賢者さんの子孫か……?) 


大勢の魔法使いを引き連れた大賢者が現れた。 


大賢者「また弱い者イジメですか?もっとも、あなたより強い剣士など覇者様くらいでしょうが」 

大賢者「この町で最大の罪、勇者侮辱罪を犯した者など久しぶりのことです。私にも楽しませて下さいよ」 

師範「……まぁ、よかろう」

師範(ふん、人間に魔法を撃ちたいだけだろうが……)

大賢者「君、あの方を回復してあげなさい」 

魔法使いA「はい」 


魔法使いAの回復呪文で勇者の体は全快した。 


勇者「あ、ありがとう……」

魔法使いA「別にいいよ。どうせアンタ、すぐ死ぬことになるし」 

大賢者「見たところ、あなたも魔力を宿しているようですね。どうです?私と魔法合戦でも致しませんか?」

大賢者「もし私に勝てれば、あなたも少女も無罪にしてあげますよ」 

勇者(コイツ、俺を剣使いだと思ってあなどってるな……!つけ入るスキはある!) 

勇者「いいだろう、俺から仕掛けてもいいか?」 

大賢者「どうぞ」ニヤッ 

勇者「はなっから全力だっ!“メガフレイム”ッ!」 


ブオアッ! 


強烈な炎が大賢者を包み込んだ。 


勇者がいた時代、呪文は通常呪文の上位、『キロ』系が最強とされていた。 


しかし、賢者は魔法学界から追放されるほどに危険な研究を繰り返し、ついに『キロ』系の上位である『メガ』系呪文を編み出した。 


勇者は炎系呪文である“メガフレイム”しか習得していないが、魔王軍との戦いで大いに役立った。 


勇者(ちょ、直撃したぞ……!)ハァハァ 


すると、周囲にいる魔法使いたちから笑いがこぼれた。 


「今、全力とか言ってたよな?」


「全力で『メガ』程度かよ」 


「雑魚じゃん」クスクス 


勇者「な、なんだ……?」 

大賢者「やれやれ、この程度ですか」 

勇者(む、無傷だと……!?) 

大賢者「“メガフレイム”など、ここにいる魔法使いなら全員使えますよ」

大賢者「というより、『メガ』系など魔法の中では初級の部類ですからね」 

勇者「嘘だ…!『メガ』系呪文は最強のはずだ!」 

大賢者「嘘じゃありませんよ。『メガ』系呪文の上にはさらに『ギガ』『テラ』『ペタ』『エクサ』系呪文が存在しますから」 

勇者「そ、そんな……」

大賢者「炎のキレはなかなかでしたよ」

大賢者「ですが、低級呪文を扱うのでやっとでは私の相手にはなりませんねぇ」 

大賢者「“テラフレイム”」 


ゴオオワアァッ! 


大賢者の右手から、勇者のものより遥かに巨大な炎が放たれる。 


勇者「ぐああああっ!」ドザッ 

少女「お兄さんっ!お兄さん、しっかりしてっ!」 

勇者(ダ、ダメだ……。コイツら、強すぎる……) 

師範「よし、もういいだろう。この二人は俺の試し斬りの材料になってもらう」 

大賢者「トドメだけ持っていくなんてひどいじゃありませんか。私もまだ試したい魔法があるんです」 

勇者(さすがあの師匠と賢者さんの子孫だ……)

勇者(だけど──) 


勇者の脳裏に恩師二人の顔が浮かぶ。 


勇者(師匠も……!賢者さんも……!) 

勇者(間違っても、むやみに力をひけらかしたり、武器も持たない女の子を殺すなんてことしない人なんだよぉっ!) 


ガバッ! 


勇者は立ち上がった。 


師範「ほう、まだ立てるか。よし俺が斬る」 

大賢者「いえいえ、私が骨ごと焼き尽くしましょう」 

勇者(立ったはいいが……打つ手は、ない……)ヨロッ 

少女「お兄さん、逃げてぇっ!今度こそ殺されちゃうわっ!」 

勇者(逃げるわけには…いかない……!)

勇者(もしここで逃げてしまったら、俺は俺を一生勇者だなんて認められない!) 


どちらが勇者を殺すかの口論は続いていた。 


大賢者「あなたも譲らない人ですねぇ。ならばいっそ、同時に攻撃するというのはどうです?」

師範「よかろう。ただし、俺に魔法を当てるのだけはやめてくれよ」 

大賢者殿「もちろん、そんなヘマはしませんよ」 


二人の殺気が勇者に向けられた。 


勇者(来る……!こうなったら刺し違えてでも……来いっ!)チャキッ 



「なにをしている?」 



師範「!」 

大賢者「!」 

少女「!」 

勇者「?」 


空気が変わった。 



「は、覇者様だ!」

「覇者様が来られたぞ!」 

「おおっ、なんという幸運……」 



少女「………」ガタガタ 

覇者「留置所周辺が騒がしいから来てみたら……どうしたんだ?」 

師範「はっ、私と大賢者で脱獄犯を追い詰めておりました」 

覇者「それはご苦労だった。しかし、こう騒がしくするのは感心しないな」

覇者「町民を不安にさせてしまうじゃないか」 

師範「はっ、申し訳ありません……!」 

勇者(コイツが……俺の子孫か……!)

勇者(だが、俺の想像と違って暴君という感じではなさそうだが──) 

覇者「あの剣士と少女が脱獄犯か。ちなみに罪状は?」 

大賢者「二人とも、勇者侮辱罪と聞いています」 

覇者「なに!?」 

覇者「私の誇り高きご先祖様であり、私がこの世で唯一尊敬する人物である勇者様を、ヤツらは侮辱したというのかっ!?」 

大賢者「!」ゾクッ 

大賢者「お、おっしゃる通りです……」 

覇者「おのれぇ~~~~~!貴様らぁ~~~~~!」 

勇者(な、なんだ、いきなり!?) 

覇者「許さんっ!!!」 


ボゴォッ! 


覇者は瞬間移動のような速さで間合いを詰め、勇者を殴りつけた。 


防御どころか反応すらできず、勇者は吹き飛ばされた。


勇者「がっ……!」 

勇者(なんて速さだ……!)

勇者(師範や大賢者も強いが、コイツは桁違いの強さだ……!)

覇者「ここ一年近くは勇者侮辱罪を犯す者が現れてなかったというのに……!」 

覇者「ええいっ!貴様らは許せんっ!」

覇者「明日、あの勇者像の前で私自らが処刑してくれるわっ!」 

覇者「コイツらを牢屋に入れておけっ!今度は絶対に逃がすな!」

覇者「コイツらを逃がした看守は斬り捨てておけっ!」 

兵士D「は、はいっ!」 

勇者「う……」 

少女「お兄さん、大丈夫!?しっかりしてっ!」 

勇者「うぅっ……」ガクッ 


勇者は気絶してしまった。 




















~留置場 牢屋~

… 

…… 

……… 

勇者「ん……」 

少女「よかった、気がついた?」 

勇者「ここは……」 

少女「牢屋の中だよ」 

勇者「そうか……。俺は負けちまったんだな…」

勇者「ごめんな、必ず救い出してやるとか言ったのに……」 

少女「ううん、かっこよかったよ」

少女「あの三人に立ち向かうなんて……もう誰もできないと思ってた」 

勇者「………」 

少女「処刑は明日の正午だって……」 

勇者「そうか……」 

少女「お兄さん、ありがとう」

少女「私、最後にお兄さんと会えてよかった。私を救い出すって言ってくれた時、本当に嬉しかった」 

少女「だから、ね。本当は死ぬのが怖かったけど、今は全然怖くない。お兄さんのおかげだよ」 

勇者(嘘をつけ……。震えてるじゃないか……) 

勇者(時代が進んでいるとはいえ、まさかここまで進歩してるとは……)

勇者(くそぉ……!) 


魔王にすら打ち勝った勇者が手も足も出ずに負けた。 


剣でも魔法でも完敗だった。 


負けた悔しさ。


少女を救えなかった悔しさ。


子孫が暴虐な支配者となった悔しさ。 


勇者は少女に背を向け、声を殺して泣いた。 


すると── 


パアァァァ…… 


勇者の体が光り輝き始めた。


勇者(くそっ!もうこの時間か!?) 

少女「お兄さん、どうしたの!?」 

勇者「いいか!よく聞いてくれ!俺は必ず戻ってくる!」

勇者「そして、今度こそ君を助けてみせる!だから──」 


バシュンッ! 


少女の目の前から勇者が消えた。 


少女「!」 

少女「………」 

少女(お兄さん、いなくなっちゃった……)

少女(でもよかった……。これで死ぬのは私だけでよくなったから……) 




















~とある秘境~

時空使い「ようやく戻って来たな。といっても、こっちの時間では30分くらいしか──」 

時空使い「!!」

時空使い「何があった!?ボロボロじゃないか!」 

勇者「ハァ……ハァ……」 

勇者「頼むっ!もう一度、もう一度だけでいいっ!俺を500年後に連れてってくれっ!」ガシッ 

時空使い「!?」 

勇者「頼むっ!」 

時空使い「落ち着け。とりあえず、何があったのかを聞かせてもらおうか」 

勇者「……分かった」 


勇者は時空使いに全てを話した。 


時空使い「──なるほどな。だいたい話は分かった」 

勇者「頼むっ……!俺があの少女を救ってやらないと!」 

時空使い「そうか。喜んで協力しよう──」

時空使い「とでも言うと思ったか?」 

勇者「!」 

時空使い「しつこいようだが、私の術はこの世にあってはならないものだ」

時空使い「出来れば一生使わずにひっそりと生涯を終えるつもりだった」 

時空使い「魔王の件でお前に協力したのは、お前という人間を気に入ったのと、あくまでこの時代に平和を齎す為だ」
      
時空使い「500年後に行かせてやったのも、魔王を倒して勇者となったお前への、私なりの餞別みたいなものだ」 

時空使い「たしかに子孫が独裁者になったのはショックだっただろうし、お前が行かなければ確実にその少女は処刑されるだろう」 

時空使い「だがな、お前には未来に対する責任なんて全くないし、干渉する権利すらない」 

時空使い「それに、仮に500年後を救えても1000年後は?2000年後は?」

時空使い「こんなことやっていたら、いつまでもたってもキリがないじゃないか」

時空使い「お前は勇者だが、あくまでこの時代の勇者なんだ」 

時空使い「悪いが協力するつもりはない」 

勇者「………」 

時空使い「さあ早く帰れ。500年後のことなど忘れて今を楽しむんだ」 

勇者「………」

勇者「見て……しまったんだ」 

時空使い「見てしまった?」 

勇者「俺は俺の子孫に苦しめられているあの少女を見てしまった」 

勇者「俺だって、全ての時代を救ってやろうなんて気は毛頭ない」

勇者「いや、この時代だって魔王こそ倒したけど救えてるなんて思ってない」 

勇者「だけど、俺の中にある勇者ってやつは、苦しんでる人を見てしまったら、何をおいてもその人を助けるんだよ」 

勇者「もしあの少女を助けられなければ、俺は俺を勇者と認められない」

勇者「そして、あの少女を助けるにはアンタに力を借りるしかない」

勇者「身勝手な願いだってのは百も承知だ……!」 

勇者「頼む!もう一度だけ、力を貸してくれっ!」 

時空使い「………」

時空使い「やれやれ、呆れ果てた奴だ」 

時空使い「仮に今から500年後に戻って、お前は子孫たちに勝てるのか?」

時空使い「いや、確実に無駄死にするだけだ」

時空使い「もっとも、お前が殺されればその覇者とやらも歴史から消えてなくなるかもしれんがな」 

勇者「………!」 

時空使い「それに前にも言ったが、私はもう住む場所を変える」

時空使い「それこそ、いくらお前でもやって来られないようなところにな……」 

勇者「………」 

時空使い「一ヶ月」 

勇者「!」 

時空使い「一ヶ月だけ、住む場所を変えるのを待ってやる」

時空使い「必死に強くなって戻ってこい」

時空使い「そしたらもう一度だけ……正真正銘のラスト、500年後に送ってやる」 

勇者「時空使い……」 

時空使い「行け。今は一分一秒でも惜しいだろう。時は金なり、だ」 

勇者「時空使い、ありがとうっ!」ダダダッ 

時空使い(ふん、あんなヤツだからこそ、気に入ったんだがな) 




















~マスター流剣術道場~


勇者しか通う者がいなかった道場に、数人ではあるが、剣術を学んでいる者達がいた。


「えいっ、えいっ!」 

「とおーっ!」

「やあっ!」 


師匠「声が小さいぞっ!」 


ガラッ! 


勇者「師匠っ!」 

師匠「ん?おお、勇者じゃねえか!」

師匠「見ろよ、お前のおかげでこんなボロ道場にも弟子が──」 

勇者「師匠、俺には時間がありません。頼みを聞いて下さい」 

師匠「おいおい、いきなりどうしたんだよ」 

勇者「稽古をつけて下さいっ!」 

師匠「!?」

師匠「何言ってんだ、お前はもう俺より強くなっちまっただろうが。魔王を倒し退けたヤツに教えることなんて何もねぇよ」

師匠「むしろ、お前はもう指導する側の人間だろう」

勇者「強敵なんです……。魔王より数段強い強敵なんです……!」

勇者「何も言わずに俺に稽古をつけて下さいっ!」 

師匠「………」 

師匠「たく、しょうがねえバカ弟子だな」

師匠「いいぜ、稽古をつけてやる。かかって来な!」 

勇者「ありがとう、師匠!」 


さっそく手合わせすることになった両者。 


こっぴどくやられたとはいえ、勇者は師範の剣筋を覚えていた。 


それを師匠に向けて試してみる。 


ガッ! ガガガッ! バシッ! 


師匠「うおおおっ、な、なんだァ?」

師匠「う、受け切れんっ!」

師匠「お前、ずいぶん剣筋が変わったな……。なんというか新しいぞ」 

勇者「さあ、続けますよ、師匠!」 


勇者の狙いは二つ。 


一つは稽古によって少しだけ体験した500年後の剣を自分のものにすること。 


そしてもう一つは、師匠にも強くなってもらうこと。


練習相手が強くなければ、稽古の効力は半減するからである。 




















~賢者の家~

賢者「やあ戦士君。おっと……今は勇者君、だったね」 

勇者「お願いしたいことがあって来ました」 

賢者「君の頼みだったらなんでも聞いてあげるよ」

賢者「あ、実は今度国立魔法学校の講師に招かれたんだよ!これも君のおかげだよ」 

勇者「あの……その話なんですが、一ヶ月待ってもらえませんか?」 

賢者「えっ?」 

勇者「賢者さんには『メガ』系より上の魔法を編み出して欲しいんです!」

賢者「俺が習得する時間も欲しいので、できれば二、三週間ぐらいで!」 

賢者「な、なんだって!?」 

勇者「実は一ヶ月後、魔王よりも強い敵と戦うことになりました。剣を主体に戦うつもりではいますが、強い魔法も必要なんです!」 

賢者「ま、魔王よりも強い敵……!?」 

勇者「はい。ですが、平和を乱す敵とかではないんです。詳しくは言えませんが、俺が個人的に倒さないといけない敵というか……」 

賢者「ふぅむ。だが、『メガ』系より上の呪文は理論上ありえないんだが──」 

勇者「いえ、あるんです!絶対に『メガ』より上があるんですっ!」 

賢者「………」 

勇者「お願いしますっ!」 

賢者「分かったよ。他ならぬ君の頼みだ、尽力でやってみよう」 

勇者「ありがとうございますっ!」 

賢者「もしうまくいったら、君の実家に手紙を送ろう。それでいいかい?」 

勇者「はいっ!」 










それから勇者は師匠と毎日鍛錬を行った。 


勇者の繰り出す新しい剣に、師匠も負けじとついていく。 


二人は急速にレベルアップしていった。 


勇者「ハァ……ハァ……」 

師匠「ゼェ……ゼェ……」

師匠「いやぁ~強くなったな、お互いに」

師匠「なんというか、ここ二週間で剣術が数十年進歩したような気さえするぜ」 

勇者「数十年……ですか」ハァハァ 

師匠「ん?」 

勇者「それじゃダメなんです。500年は進歩しないと……」 










さらに賢者からも朗報が届く。 


賢者「何度か実験で死にかけたが……」

賢者「ついに編み出したよ」

賢者「『メガ』を超える呪文体系をね……」 

賢者「私はこれを『ギガ』と名づけようと思う。残り一週間で君には炎系の“ギガフレイム”を身につけてもらう」 

勇者「賢者さん、ありがとうございますっ!」 

勇者(“ギガフレイム”なら、通じずとも牽制くらいの役には立つはずだ!)

賢者「時間がない。さっそく魔法修業の開始だ」 

勇者「はいっ!」 




















一ヶ月は瞬く間に過ぎていった。 


~マスター流剣術道場~

勇者「ありがとうございました、師匠」 

師匠「500年の進歩とまではいかねえが、お前は一ヶ月前よりグンと強くなった」

師匠「相手がどんな連中かは知らねえが、自信を持て!」 

勇者「はいっ!」 

勇者「ところで師匠」 

師匠「なんだ?」 

勇者「もし自分の子孫が間違ったことをしていたら、師匠ならどうしますか?」

勇者「例えば、優れた剣の腕で横暴を振りかざすとか……」 

師匠「横暴を……?う~ん、そうだな……」

師匠「そんなバカには……バカヤロー!ってブン殴るかな」 

勇者「ありがとうございます。では失礼いたします」ペコッ 

師匠(はて、なんのこっちゃ……?) 

 








~賢者の家~

賢者「いよいよ行くのかい?強敵とやらのところに」 

勇者「はい。俺のワガママで講師になるのを一ヶ月延ばしてもらってすいませんでした」 

賢者「いやいや、君に言われなかったら、きっと私の研究は終わっていただろう。『メガ』の上があるなんて思ってもなかったしね」

賢者「学園講師になっても、研究は続けていくつもりだ」 

勇者「頑張って下さい」 

賢者「君こそな。どんな相手かは聞かないけど、絶対に死ぬんじゃないぞ」 

勇者「はい。賢者さん、最後に一つだけ質問をいいですか?」 

賢者「質問?」 

勇者「もし自分の子孫が間違ったことをしていたら、賢者さんならどうしますか?」

勇者「例えば、魔法を明らかな弱者に向けて撃つとか……」 

賢者「私の子孫が……?なかなか難しい質問だね」

賢者「ま、もし私と同じ魔法使いなら「お前に魔法を使う資格はない」と言ってやるだろうな。それが本人のためだ」 

勇者「ありがとうございます。じゃあ俺はこれで……」 

賢者(はて、心理テストか何かだろうか?) 




















~とある秘境~

勇者「戻ってきたよ。剣術も魔法もバッチリだ。ワガママを聞いてくれてありがとう」 

時空使い「おお……戦いの知識や経験がない私でも分かるよ」

時空使い「お前が格段にレベルアップしたのが……。この一ヶ月で、血の滲むような努力をしてきたようだな」 

勇者「泣いても笑っても、これが最後だからな」 

時空使い「よし、ではさっそく500年後に送るとしよう」 

時空使い「なるべくお前が前に消えた場面に送るよう努力するが完璧に微調整はできない」

時空使い「おそらく場所も時間も誤差が出るはずだ。送ったはいいが、少女が処刑された後になる可能性だってある」 

勇者「……分かってるよ。もしそうなったとしても、文句は言わない」 

時空使い「じゃあ飛ばすぞ。私の前に立て」 

時空使い「リナネカハキトーネマズイムイタ!」 


勇者は再び500年後へと旅立った。 


時空使い(絶対に生きて帰ってこいよ。お前はこの時代にも必要な男なんだ) 




















~500年後 勇者の町~


あの少女は勇者像のある広場に連れて来られていた。 


もちろん、公開処刑のためだ。 


大勢の観衆が見守る中、覇者が今回の処刑について説明する。 


覇者「この少女は昨日、よりにもよってこの勇者像の前で、我が偉大なるご先祖様である勇者様を侮辱するという大罪を犯した!」 

覇者「よって、この私自らがこの剣で公開処刑を執り行う!」 

覇者「なお、もう一人の共犯者は牢屋から煙のように消えてしまったが、見つけ次第処刑することになるだろう!」 


ワアアアァァァァァッ! 


歓声が上がった。 


もっとも、上げなかった者は勇者侮辱罪にされてしまうのだが。 


覇者「さて、愚かな少女よ」 

少女「………」ガクガク

覇者「言っておくが、楽に死ねると思わない方がいい」

覇者「まず耳を裂き、鼻を削ぎ、目を抉る。そして手足を斬り、最後に首だ」 

少女「い、いや……」ガタガタ 

覇者「君は勇者様を侮辱したのだ。これぐらいの苦しみは当然だろう?」

覇者「魔王を倒しこの世を救った英雄を否定したのだからね」チャキッ 

少女「たっ、たすっ……」ガタガタ 

覇者「まず、耳からもらおうか」スッ 

少女(助けて……お父さん、お母さん!) 

少女(助けて……昨日のお兄さん!) 

少女(助けて──)



少女(勇者様……!)



剣が振り下ろされる。 


ガキンッ! 


しかし、剣は少女に届かなかった。 


少女「え……?」 

覇者「むっ!?」 


剣を受け止めたのは勇者だった。 


少女「お兄さんっ!?」 

覇者「貴様っ!いったいどこから湧いて出たっ!?」 

勇者「さあて、どこからだろうな!」


観衆がざわつく。 


「なんだアイツ!?」 

「突然現れたよな!?」

「魔法使いか!?」 


勇者(時空使い……とんでもない場面に送ってくれたもんだな)

勇者(少しでも反応が遅れていたら、いきなり斬られて死ぬところだったぞ……)

勇者(だが、ギリギリ間に合ったようだな) 

少女「バカぁっ!」 

少女「お兄さん、どうして来たの!?あのまま逃げていれば助かったのに!」 

勇者「言っただろ?必ず救ってやるって」 

少女「でも……!」 

勇者「大丈夫だ。一ヶ月前の俺とは少し違う」 

少女「一ヶ月?」 

勇者「あ、い、いや、昨日の俺とは少し違う」 

覇者「ふん、まぁいい。処刑の邪魔はされてしまったが、どうせ君も探し出して処刑するつもりだったのだ。手間が省けたよ」チャキッ 

勇者「………」 

勇者「覇者、戦う前に一つだけ聞きたい」

勇者「アンタ、今のこの町を500年前の勇者が見たら、なんて言うと思う?」 

覇者「愚問だな。お喜びになるに決まっているだろう!」

覇者「『よくぞここまで町を発展させ、私の名誉を語り継いでくれた。ありがとう!』とな!」 

覇者「その証拠に、勇者像も我々に優しく微笑みかけているではないか!」 


覇者が誇らしげに勇者像に指をさす。 


勇者「ふーん、俺は全くの逆だな」 

覇者「なんだと?」

勇者「勇者はきっとこう言うと思う」 

勇者「『見るに堪えない』と」 

覇者「なにぃ!?」 


勇者は勇者像の前に立った。 


「なんだ?」 

「剣を構えたぞ……?」 

「アイツなにをする気だ?」 


勇者「──だからもう、見なくていいようにしてやる」 


ザンッ! 


勇者は勇者像を真横に斬り捨てた。 


少女「えっ……!」 

覇者「なっ!?」 


ズゥゥゥン…… 


「勇者像が倒れたぞ!」 

「ひ、ひどいっ!」 

「な、なんてことをっ!」 


勇者(ちょっとやりすぎたかな……)

勇者(だけど、これぐらいの荒療治が必要だ。この『勇者の町』には) 

覇者「あ……ああ、あ、あ……ゆ、勇者様が……勇者様が……」ワナワナ 

覇者「お、お倒れに……」ワナワナ 

覇者「あああああ~~~~~!」 

覇者「うわあああああ~~~~~!!!」 

勇者「聞けっ!」 

勇者「アンタらが絵本で読んで、像まで建てて崇めていた勇者ってのは!」

勇者「重い税金をかけて!逆らう者は次々殺して!こんな少女まで不幸にさせる!」

勇者「そんなヤツだったのかっ!」 

勇者「違うだろぉっ!」 

勇者「たった一人で魔王に挑んでまで、勇者が守りたかった世界ってのは!」

勇者「皆で勇者一族の顔色をうかがって!勇者一族は剣と魔法で皆を弾圧する!」

勇者「そんな世界だったのかっ!」 

勇者「違うだろぉ……!」 

勇者「ハァ……ハァ……」 

少女「お兄さん……」 


ざわつく観衆。 


覇者「罪人風情が知ったようなクチを聞くじゃないか……!」 

覇者「!」ハッ 

覇者「なるほど、貴様の魂胆が読めたぞ。罪人め……」 

覇者「町民どもを扇動し、頭を混乱させ、暴動でも起こさせることで、死刑執行から逃れようとしているな?」 

勇者「そんなんじゃない。ただ……言いたいことを言いたかっただけだ」 

覇者「せめてもの強がりか。だが、残念だったな。仮に町民らが暴れても、私にはあっという間に鎮圧する武力がある」 

覇者「マスター流剣術道場の門下生たちも、魔法学校に所属する魔法使いたちも、全て私の配下なのだからな」 

覇者「勇者侮辱罪に加え、まさか勇者像をも斬り倒すとは……」

覇者「一瞬で首をハネるだけではとても飽き足らん!」 

覇者「貴様はこの手で捕え、三日三晩拷問した後、晒し首にしてくれるわ!」ジャキッ 

勇者「かかって来いっ!その根性叩き直してやる!」 


すると、観衆の中から二人の男が現れた。 


師範「覇者様、その罪人の処刑、我々にやらせてもらえないでしょうか?」 

大賢者「勇者像を斬り倒すほどの大罪人……。そんな輩を斬ってしまえば、あなたの剣が汚れてしまいます」 

勇者(コイツら……) 

覇者「ふむ……それもそうだな」 

覇者「この罪人の処刑は二人に譲ろう」 

師範&大賢者「ありがとうございます」 


二人とも、それぞれ世界的な剣術道場と魔法学校の長である。 


自分たちの力を満天下に知らしめる機会を常に求めている。 


勇者は彼らにとって、格好の宣伝材料であった。 


師範&大賢者「ジャンケン、ポン」バッ 

師範「俺の勝ちだな、大賢者殿」 

大賢者「くそっ……!」 

大賢者(勇者像を斬り倒した最悪の罪人を始末する……。最高の舞台だったのに……!) 

勇者(おいおい、ジャンケンで決めるなよ……) 

師範「さて、この俺が相手をしてやろう。クズめ」 

勇者「昨日は惨敗だったがな……。今日はそう簡単にはいかないぞ」 

師範「ほう?たった一晩でなにが変わったというのだ?」

師範「まさか、昨日は手加減していたとでも言うつもりか?」 

少女(とてもじゃないけど、師範様には敵わないわ!お兄さん、逃げてぇっ……!) 

師範「先手は譲ってやろう。さあ、かかって来い!」 


ガギィンッ! 


勇者の先制攻撃。 


師範も危なげなく受けるが──


この一撃で全てを理解した。


師範(この男……強くなっている!) 

師範(バカな……。昨日はこの俺に全く歯が立たなかったというのに……!)

師範(たった一晩で、俺を脅かしかねない技量を身につけたというのか!?) 

師範(一体どういう手品を使ったんだ!?) 

勇者(コイツ、もう俺が強くなったことに気づいたな……)

勇者(できれば油断している間に倒したかったが……やはりさすがだな) 

師範「面白い。それでこそ、俺の獲物に相応しい」チャキッ 

勇者「ここからが本番だ……!」チャキッ 


今度は師範が仕掛ける。 


パワー、スピード、テクニックを備えた師範の剣術が勇者を襲う。 


ガギィンッ! ギィンッ! ガギィン! 


しかし、勇者もそれらを全ていなしてみせた。 


少女「お兄さん……すごい……!」 


「なんなんだ、あの男!?」 

「師範とまともにやり合ってるだと!?」

「そんな、信じられない!」 


観衆が再び騒めき始めた。


覇者「なるほど。犯した罪に比例する程度の剣の腕は持ち合わせているようだな」

覇者「だが、師範の腕はあの程度のものではない」


キィンッ! 


間合いを取る両者。 


師範「恐れ入ったぞ。まさかここまで俺と張り合えるとはな」 

勇者「随分余裕そうだな」ハァハァ

勇者(こっちは全力で飛ばしてるってのに)

師範「褒美に見せてやろう。あらゆる剣術の頂点に立つマスター流剣術の強さを」

師範「そしてその頂点に立つ、この俺の強さを!」 


ガゴォンッ! 


師範の豪快な一閃。 


剣でしっかり受け止めたはずの勇者だったが──


大きく吹っ飛んだ。 


ドザァッ! 


勇者「うぐぁっ……!」 

師範「やるな。俺の本気を受けられるのは覇者様くらいのものと思っていたが」

師範「もっとも、覇者様は貴様のように無様に吹き飛びはしないがな」 

勇者(ぐっ、やはり簡単には実力差を埋められないか…!)

師範「遊びは終わりだっ!」 


ドガギィンッ! ズガギィン! バギャァン! 


勇者が剣を受けるたび、とても剣が奏でているとは思えない轟音が鳴り響く。 


勇者(なんてデタラメなパワーだ!しかも速さもタイミングも申し分ない!)

勇者(あまり受けてると剣を折られる!そうなったら終わりだ!) 

師範「どうした?少しくらい反撃してみろっ!」 


ガギィンッ! 


勇者(一撃受けるたびに、全身に痺れが走る……!) 

勇者(あとに大賢者と覇者も控えてるんだ……!これ以上コイツに時間はかけられない!) 

師範「ハァッ!」ブオンッ 

勇者「“ギガフレイム”ッ!」 


ボゥオアァッ! 


師範「なにっ!?」 


ギガフレイムが炸裂。 


賢者の研究の結晶である炎が、師範に向かっていく。 


師範「この程度の炎、切り払ってくれるわっ!」 


ブオンッ! 


師範「ふん、『ギガ』系呪文など、この俺には通用しない──」 

師範「!?」 


勇者がいなくなっていた。 


師範「ど、どこへっ!?」 


グサッ! 


突如上から降って来た勇者が、師範の右肩を突き刺した。 


師範「ぐあぁっ!き、貴様ぁ……!」 

勇者「これで満足に剣は振れないだろう、降参しろ」

勇者「回復呪文も進歩してるはずだろうから、なんとかなるだろ」

師範「剣士同士の戦いで魔法とは……卑怯なっ!」 

勇者「悪いな、こっちは大罪人だ。使えるものがあったら使わないとな」 

師範「くぅっ……!左腕だけでも貴様如きっ!」ブンッ 

勇者「さすがに片腕相手には負けられないっ!」 


ザンッ! 


次は脇腹を切り裂く。


むろん、浅手に抑えてある。 


師範「がぁっ……!ぐぅぅっ、こ、こんなはずが……!」

師範「師匠様の子孫であるこの俺が……!こんなクズに……!」 

勇者「なぁ」 

勇者「アンタ……かつて勇者に剣を教えたっていう師匠を尊敬してるか?」

師範「と、当然だっ!」

師範「マスター流剣術を創始し、打倒魔王に貢献した歴史上五本の指に入るであろう剣士だっ!」

師範「尊敬しないはずがないっ!」 

勇者「そうか。じゃあその大先輩から伝言をもらってるから聞いてくれ」 

師範「?」 

勇者「バカヤローッ!!!」 


バギャッ! 


師範「ごえぁっ!」 


師範は勇者に殴り飛ばされた。 


勇者(師匠、きちんと伝えましたよ。パンチのおまけつきで……)


世界最強クラスである師範が、一対一で敗北した。 


「師範様が……ウソだろ……?」

「あんな罪人に……」

「なんなんだよアイツ……」 


気を失った師範が門下生たちに運ばれていく。 


勇者「さぁ、次はアンタだ、大賢者!」 

大賢者「そんな奇策が当たったマグレ勝利でいい気にならないで下さいよ」

大賢者「そして、マグレは二度続くものではありません」 

大賢者「“メガフレイム”が限界と思いきや、“ギガフレイム”も使えたとは」

大賢者「もしや、さらに上の魔法も使えるのですか?」 

勇者「いや、“ギガフレイム”が最高だ」 

大賢者「どうやらあなたは嘘がつけないタイプのようですね、正直でよろしい」

大賢者「そして自分の浅はかさを呪いなさい」

大賢者「その程度の魔法で私に勝とうという浅はかさを」 

大賢者「“テラフレイム”」 


巨大な炎が再び勇者に襲いかかる。


勇者「くっ!」 


紙一重でかわす勇者。 


大賢者「“テラボルト”!“テラトルネード”!“テラフリーズ”!」 


大賢者はあらゆる属性の魔法を放つ。


しかし、勇者はそれを全てかわす。


大賢者「──ちぃっ!」 

勇者「どうした!もっとちゃんと狙えよ!」


魔法を全てかわす勇者に観衆は再び騒めき始めた。


「あいつ、全部避けてるぞ!」 

「なんてスピードだ!」

「マジかよ!」 


勇者(だがどうする?このままかわし続けるだけじゃ……)

勇者(!)

勇者(そうか…!)

勇者(今思えば、師範は俺が魔法を使ったら面食らってたし、コイツはコイツで魔法の使い手が剣士と一対一とか普通やらないだろう)

勇者(やはりコイツら……技術は俺より圧倒的に上だが実戦経験は少ない!)

勇者(せいぜい同じ剣士や魔法使いと練習試合でもする程度だろう) 

勇者(そりゃそうだ……。コイツらに逆らう人間なんてほとんどいないだろうしな) 

勇者(魔王がいる時代に生まれた俺の、たったひとつだけの優位点ってとこか……) 



大賢者(くそっ、私の魔法が当たらんっ!) 

勇者(どんなに強力な魔法でも当たらなきゃこっちのもんだ!) 


驚異の回避力と瞬発力で勇者は大賢者に接近を果たす。 


大賢者「なっ……!」 

勇者「降参しろ、大賢者。この距離ならアンタが魔法を撃つより速く斬れる」 

大賢者「ぐぅっ……!」 

大賢者「“フラッシュ”!」 

勇者「うっ!」

勇者(閃光で目くらましか!)


勇者の視界が回復すると── 


大賢者「剣を捨てなさい」 


大賢者が少女に手の平を向けていた。 


大賢者「さもなくば、この少女が死ぬことになりますよ?」 

勇者(くそっ、これまた分かりやすい手で来やがったな……!) 

少女「お兄さんっ!剣を捨てたら勝ち目はなくなるわ!私はいいから剣を捨てちゃダメっ!」 

大賢者「さぁ、どうしますか?」 

勇者「決まってるだろ」ポイッ 


勇者は剣を地面に投げた。 


少女「あぁっ!」 

大賢者「とてもよろしい。さて、次は動かずに私の魔法を喰らっ──」 


ガッ! 


勇者は地面に捨てた剣を大賢者に向けて蹴り飛ばした。 


大賢者「──なっ!」 


ザクッ! 


蹴り飛ばされた剣が大賢者の腕に刺さった。 


大賢者「ぐわあぁぁっ!」 

勇者(今だ!)


ダッ! 


勇者はすかさず大賢者との距離を詰め、腕から剣を抜き取ると、今度は蹴りを顔面にぶち込んだ。 


ドガッ! 


大賢者「げぁっ!」 

少女「お兄さん!」 

勇者「大丈夫か?」 

大賢者「お、おのれぇ……!よくもこの私に恥をかかせましたねぇ……!」 


大賢者が全身の魔力を両手に集中し始める。 


すると、観戦していた魔法使いたちが騒つく。 


魔法使いA「あ、あれは……“エクサフレイム”をやる気だ!」 

魔法使いB「大賢者様!止めて下さい!町民に巻き添えが出ますっ!」 

魔法使いC「それどころか、広場周辺が壊滅してしまいますっ!」 

勇者「お前、そんなもん町中でぶっ放そうってのか!?」

勇者「やめろっ!これは一対一だぞっ!」 

大賢者「一度町中でこの魔法を使ってみたかったのです」

大賢者「かつて我が先祖、賢者様も危険な研究の末、新しい魔法を編み出しました」

大賢者「魔法の探究には犠牲がつきものなのですよ……ククク……」 

大賢者「かかされた恥はこの地獄の業火でお返しいたします」

大賢者「灰も残さんっ!“エクサ──」 


ザシュッ! 


大賢者「ぐぁっ!」 


間一髪であった。 


大賢者が魔法を放つより一瞬早く、勇者の斬撃が届いていた。 


大賢者「ぐぅぅ……!ひ、ひぃぃっ!」 

勇者「お前が言った通り、たしかに賢者さんは危険な研究を繰り返してたよ」

勇者「だがお前なんかと違って、他人を犠牲にするなんてこと一度もなかった」 

大賢者「たっ、助け──命だけはっ!」 

勇者「………」 

勇者「お前に魔法を使う資格はない!!!」 


ドガッ! 


大賢者の顔面のすぐ近くに剣を突き立てた。 


大賢者「ヒィッ……ひっ……」ピクピク 


大賢者は恐怖で失神してしまった。 


勇者「はぁ……はぁ……あと一人……」 


「大賢者様まで!」

「信じられん」 

「でも、俺たちアイツに助けられたんじゃ……」 


少女「お兄さんっ!怪我してない?大丈夫?」 

勇者「ああ、大丈夫だ」 


パチパチパチ…… 


覇者「すばらしい!」パチパチ 

勇者「!」 

覇者「師範と大賢者は共に誰もが認める世界トップクラスの強者だ。それを倒してしまうとは……」 

覇者「勇者様を侮辱したのはよろしくないが、君はすばらしい戦士のようだ」 

覇者「君が万が一私に勝てたら、後ろの少女ともども君たちを無罪として釈放してあげよう!」 

勇者「!」 

少女「!」 

覇者「驚かなくていい。私は約束を守る男だ」 


「おおっ!」 

「さすが覇者様だ!」

「罪人に対してもなんて寛大な心なんだ……」 


勇者(寛大な心……?いいや違う)

勇者(あの二人の敗北で俺に傾きかけた町民の心を引き戻したかっただけだ) 

勇者(コイツは自分が負けるだなんて絶対ありえないと思っている) 

勇者(そしてそう思っていいだけの強さを身につけている……!) 

覇者「さて、始めようか」 

覇者「偉大なる勇者様の血を引く私の剣技は、師範とは一味違うぞ」 


覇者から仕掛けた。 


ギィンッ! ガギィン! ギャリッ……キィン! 


全くの互角。 


覇者はもちろん強いが、勇者も先の二戦を経てレベルアップを果たしていた。 


覇者「ほう、師範とやり合った時より強くなっていないか?」 

勇者「実戦で強くなっていくタイプなんだよ、俺って」 

覇者「なるほど…。だが、この程度でいい気になられては困る」 


覇者の首狙いの一撃を受け止める勇者。 


しかし、そこに── 


ドゴォッ! 


勇者(け、蹴り!?) 


勇者は観衆の中まで蹴り飛ばされた。 


覇者「奇しくも君が言ったことだ。使えるものは使わないとな」 

勇者「ぐぅっ……!」 

勇者(なんて威力だ……!) 


蹴りを恐れるあまり、勇者は間合いを詰められなくなる。 


覇者「おやおや、もう接近戦では勝ち目なしと判断したのか?」 

勇者「くそっ!」

勇者(接近戦は危険すぎる……)

覇者「だがいいのかな?私も大賢者ほどじゃないが魔法を使えるんだよ」 

覇者「“テラフレイム”!」 


グオアアァッ! 


巨大な炎が勇者めがけて飛来する。


かろうじてかわす勇者。 


勇者(距離を取っても魔法を使われる……!)

勇者(だったらもう──) 

勇者(攻めるしかないっ!) 


覚悟を決めた勇者が接近戦に打って出た。 


ギャリンッ! ギィンッ! ガキンッ! 


再び激しく打ち合う両雄。 


勇者の方が実戦経験が豊富とはいえ、その他の要素は全て覇者に負けている。 


徐々に実力差が負傷となって表れる。 


ザシッ! 


勇者(左肩を斬られたっ!) 

覇者「今の時代、どんな権力者や悪党も勇者様と私の名にはひれ伏してしまう」

覇者「さて、君もそろそろ──」 

勇者「まだまだっ!」 


勇者の目は全く死んでいなかった。 


キィンッ! 


覇者(コイツ……一体何者だ?)

覇者(勇者様の格好をしているということは、罪人とはいえ勇者様を尊敬しているはず)

覇者(なのになぜ、私にこうまで堂々と立ち向かってこれるのだ?) 

勇者「うおおおおっ!」 


キィンッ! ガキィンッ! ガキンッ! 


勇者(くそぉ……!これだけ攻めてるのにまるでスキができない!) 

覇者(──そこだっ!) 


ベキャッ! 


勇者(しまった……蹴りか……!) 


覇者は勇者の肋骨を砕いた。


勇者「ぐほっ!ぐはっ!げほっ!」 

少女「お兄さんっ!」 

覇者(これでもう……戦えまい) 

勇者「ま、まだまだ……」 

覇者「な、なんだとぉ……!」 
   
覇者(たしかに優秀な戦士は骨が折れたくらいでは屈しないが……)

覇者(それでも心のどこかに諦めや敵への怒りの感情などが湧くはずだ) 

覇者(なのにコイツの目にはまるでそれがない!) 





魔法使いの治療を受けた師範が目を覚ました。 


師範「うぅ……」ハッ 

門下生A「気がつかれましたか、師範!」 

門下生B「よかった……!」 

師範「あの男は……?」 

門下生A「大賢者様をも破り、今覇者様と戦っております!」

門下生A「しかし所詮は罪人。覇者様が圧倒なさっております!」 

師範「そうか……」

師範「ぐぅっ……!」ズキン… 

門下生B「まだどこか痛むのですか!?」 

師範「いや……」 


勇者『バカヤローッ!!!』 


師範(勇者様や覇者様にたてつく輩の言葉がなぜこれほど心に残る……!?)

師範(なぜ尊敬している人に叱られたような痛みが残る!?) 

師範(なぜだ……!)ズキン… 





同じ頃、大賢者も意識を取り戻した。 

大賢者「ん……」ハッ 

魔法使いA「大賢者様!」 

魔法使いB「幸い傷が浅く、我々でも治せました!もう大丈夫です!」 

大賢者「あの罪人はどうしていますか?」 

魔法使いA「覇者様と一騎打ちをしておりますが力の差は歴然です」

魔法使いB「すぐ終わるでしょう」 

大賢者「そう、ですか……」 

魔法使いA「覇者様が大賢者様の分も、ヤツに制裁を与えて下さいますよ!」 

大賢者「………」 


勇者『お前に魔法を使う資格はない!!!』 


大賢者(あの瞬間、ヤツがまるで賢者様のように見えた……)

大賢者(──バカバカしい!私は賢者様の姿など絵でしか知らないというのに!) 

大賢者(どうして……!) 





再び戦いへ── 


粘る勇者だが、すでに全身に傷を負っていた。 


覇者の重い剣を受け続けた剣もボロボロだった。 


勇者「はぁ……はぁ……」 

覇者(もう勝つ見込みは100%ないはず……)

覇者(なのになぜ、コイツの目は全く弱らないのだ!?) 


不意に覇者はある物語を連想してしまった。 


たった一人で魔王軍に挑み、どんな逆境でも諦めず、ついには魔王を滅ぼし、勇者と呼ばれるようになった戦士の物語……。 


覇者(コイツが勇者様と重なるだと!?ありえんっ!)

勇者(勇者様を侮辱し、私に剣を向ける男が、勇者様のハズがないっ!) 

覇者「ありえんっ!!!」 

勇者(しまっ──!) 


ズバンッ! 


覇者の剣は防御に使った勇者の剣を砕き、勇者の右腕を叩き斬った。 


ボトッ…… 


少女「お兄さんっ!」


少女が右腕を失った勇者に駆け寄る。 


少女「もういいよ!やめてっ!」

少女「もう……これ以上……」ポロポロ

勇者「大丈夫だ……血がついてしまうから、離れた方がいい」 

少女「で、でも……!」 

覇者(なぜだ……)

覇者(右腕を斬られたのに……なぜ目の輝きがブレてない……!) 

覇者「なんなんだ、お前はァッ!」 

勇者「ここで諦めたら……俺はもちろん……少女も死ぬ……」

勇者「そしてお前も……一生自分より上はいないなんて思ったままだ……」 

勇者「それじゃあいけない」

勇者「俺が右腕を失ってでも、正しい方向に導いてやらないといけない」

覇者「なんだと!?」

覇者(迷うな……コイツは勇者侮辱犯なんだ!)

覇者(殺せば……殺せば全て解決するッ!)

覇者(勇者様、私に力をお貸し下さい!) 

覇者「トドメだッ!」 


覇者が再度、剣を振り上げた。 


勇者「今だ!」


ブオンッ! 


勇者は自分の右腕を投げつけた。 


覇者「うわぁっ!?」 

覇者「貴様、頭がおかしくなったのか!?」 


うろたえる覇者。 


むろん、こんなスキを見逃す勇者ではない。 


先ほど砕かれた自らの剣の残骸から、大きな破片を手に取り── 


勇者(ほんの少しだけでいい……)


勇者「うおおおおっ!!!」 


勇者(自分に対して疑問を持ってくれ…!)


グサァッ! 


覇者「はぐぅっ……!」 


覇者の腹部に突き刺した。 


覇者「あ、あぁ……」ヨロッ 

覇者(私が……負けた……だと?) 


ドザッ…… 


覇者が崩れ落ちた。 


「まさか、そんな……」 

「覇者様が倒れた……」

「夢でも見ているのか……?」 


これまで以上に響めく観衆。 


だが、勇者も勝つまでに傷つきすぎていた。 


勇者「ぐっ……」ヨロッ 

少女「お兄さんっ!?」 

勇者(目が……霞む……) 

勇者(ダメだ……。ここで俺が死んだら……歴史が壊れ……覇者が消えてしまう……) 

勇者(ダ、ダメ、だ……死んだら……) 

少女「お兄さんっ!お兄さぁんっ!」 

少女「やだよぉ、死んじゃダメだよぉっ!」 


すると── 


大賢者「私が治しましょう」ザッ 

少女「えっ……」 


「大賢者様!?」 

「回復されたんだ!」 

「だが、いったいどうして!?」 


さすがは大賢者である。 


瀕死の状態だった勇者を完全に回復してみせた。


勇者「あれ、俺は……?」 

少女「お兄さん、よかった……!」 

勇者「大賢者、どうして俺を……」 

大賢者「分かりません」 

勇者「……そうか」

勇者「とにかく命は救われたんだ、ありがとう」 

大賢者「あえて言うなら……遠い過去から賢者様にこうするよう命じられたような気がしただけです」

大賢者「あなたに礼を言われる筋合いはありません」 

大賢者「あとは覇者様を治療せねばなりませんね」
    
大賢者「それに……マスター流の門下生たちは黙ってないと思いますよ」ザッ 


大賢者の言葉通り、観衆の中から息巻く者たちが現れた。 


マスター流剣術道場の門下生たちだ。 


門下生A「おい、覇者様に勝ったからといって、この町から生きて出られると思うなよ!」 

門下生B「そうだ!お前は卑怯な手で師範様を倒し、我々の流派を汚したのだ!」

門下生C「その報いは受けてもらわんとな!」 

門下生D「覚悟しろっ!」 


彼らは世界一の剣術道場の門下として、プライドも世界一高い。 


こうなるのは必然だった。 


少女「あぁっ……」 

勇者(ざっと100人ってとこか……)

勇者(おそらく一人一人が手こずる相手だろうな)

勇者「いいだろう……とことんやってやる!」チャキッ 


勇者が構えた瞬間だった。 


師範「──やめろっ!」 

門下生たち「!」ビクッ 

師範「その男に手を出すことは許さん」

師範「俺の名はともかく、師匠様の名が汚れてしまう」 

門下生A「し、しかし──!」 

師範「俺の命令が聞けないのかっ!」 

門下生A「す、すいませんっ!師範様っ!」 

勇者「師範……」 

師範「ふん……世界中に一万人の門弟を持つ身として、弟子に恥をそそいでもらうなど耐えられなかっただけだ……」 

勇者「ありがとう」 

少女(師範様も大賢者様も、なんだか顔つきが変わったような……) 


まもなく、大賢者の回復呪文で覇者も目を覚ました。 


覇者「………」 

勇者「覇者」 

勇者「俺はお前に勝った。約束通り、俺と少女を無罪にしてもらおう」 

覇者「………分かった」 

勇者「そして俺は少女を連れて『勇者の町』から出ていく」

勇者「ここよりこの子にふさわしい町の心当たりがあるからな」 

覇者「好きにしろ……」 

勇者「お前は強かった。俺なんかよりもずっと強かった。もし勇者がこの時代に蘇ったとしても、お前なら楽に勝てるだろうな」 

勇者「だが……たとえ勝ったとしても勇者はお前を認めないだろう」 

勇者「その強さを振りかざすだけでなく、人々に分け与えられるようになったら、きっとお前はもっと強くなれる」 

勇者「あそこで横たわってる勇者も、きっとまた微笑んでくれる」 

覇者「!」 

勇者「じゃあ、そろそろ俺たちは行くよ」 

勇者「行こう」 

少女「うん!」 

覇者「ま、待てっ!」 

勇者「ん?」 

覇者「貴様は……いや、あなたはまさか──!」 

覇者「………」 

覇者「いや、なんでもない……」 

勇者「?」 

勇者「じゃあ、達者でな」 


勇者は少女を連れて『勇者の町』を去っていった。 





師範の中では勇者の『バカヤロー』という言葉が繰り返し響いていた。 


師範「くっ……」

師範「くそおぉぉぉっ!」 


バキンッ! 


門下生A「し、師範様っ!?」 


師範は自らの剣を地面に叩きつけ、へし折った。 





大賢者の中でも同様だった。 


大賢者(私には魔法を使う資格がない……か) 

大賢者(賢者様、今一度教えて下さい。私は今後どうすれば──) 


しかし、大賢者の懇願に応じる声はなかった。 


大賢者(もう、なにも聞こえない……) 

大賢者(私は、どうすれば……) 





呆然と立ち尽くす覇者。 


覇者(あの方は……あの方は……!) 

覇者(まさか……!) 

覇者(私はこれまで人生の全てを勇者様に捧げてきたつもりだった)

覇者(勇者様がお喜びになると思ったことは全てやってきたつもりだった)

覇者(一族の繁栄こそが、勇者様の名誉を守ることが全てなのだと) 

覇者(だが、もしあの方が私の考えた通りの人だったとしたら……) 

覇者(わ、私が……我々がやってきたことは……!) 

覇者「うぐうぅぅぅぅっ……!」ガクッ 


大観衆の面前で頭を抱えてうずくまる覇者。 


覇者「うぐうううぅぅぅぅぅっ……!」 

覇者「うううぅぅぅぅぅっ……!」 


絶対支配者の痛ましい姿に、声をかけられる者はいなかった。 


500年後には勇者も師匠も賢者もいない。 


答えは彼ら自身で見つけるしかないのだ。










~町の外~

勇者「詳しい事情は話せないんだが……」

勇者「俺は半日くらいしたら、またワープしなきゃいけないんだ」 

勇者「次ワープしたら……もうこっちに戻ってくることはないだろう」 

勇者「だからその前に、君を孤児院がある町に連れていく。旅をしてる途中に立ち寄ったことがあってね」 

勇者(魔王を倒す旅の途中だけど……) 

勇者(だけど、もし無くなってたらどうしよう……。今までのパターンから考えれば、大きくなっている可能性もあるが……) 

少女「うん、分かった」 

勇者(『別れたくない』とか言ってくれるかと思ったが意外だったな)

勇者(ほっとしたような、残念なような……) 

少女「でもお兄さんかっこよかったよ。あの三人に勝っちゃうなんて……。まるで絵本の中の勇者様みたい!」 

勇者「えっ!?ま、まぁね、俺は勇者じゃないけどあれぐらいはね。はは…」 

少女「ふふっ……」 


かなりの道のりがあったが、二人は孤児院がある町にたどり着いた。 


勇者(あってくれよ、あってくれよ、頼むぞ……) 


少女が指をさす。 


少女「あの大きな建物じゃない?」 

勇者「よ、よかった……!」 

勇者(しかも、ものすごく立派になってるぞっ!) 

少女「あれ?なんでお兄さん“あってよかった”みたいな顔してるの?」 

勇者「え!?あ、いや、そんなことないだろ。はは…」 


二人はさっそく孤児院を訪ねた。


勇者は孤児院の責任者に「旅先で両親を亡くした少女と知り合ったが、これ以上旅には連れていけない。ここに入所させてもらえないか」という話をした。 


院長「もちろんかまいません。私たちはご両親をなくした子供たちの味方です。女の子を連れた旅は危険でしょうしね」 

少女「ありがとうございます」 

勇者(よかったぁ~) 

院長「あなたは勇者様の格好をしているけど、もしかして『勇者の町』出身者?」 

勇者「ええ、まぁ……」

勇者(生まれたのは500年前だけど……)

院長「『勇者の町』の覇者様のおかげでずいぶん治安がよくなりましてね。この頃は孤児となる子もずいぶん減ってきているのですよ」 

勇者「そうですか……」 

勇者(アイツもやるべきことはやっていたということか……)

勇者(だが、この子が孤児になる原因を作ったのはアイツでもあるんだ……) 

院長「では、多少手続きが必要となりますのでこちらへ」 

少女「はい」 

勇者「分かりました」 


手続きも終わり、少女は正式に孤児院に入ることになった。 


勇者「じゃあ、この子と最後に別れを済ませたいので外に出てきます」 

院長「分かりました。旅が一段落ついたら、また顔を出してあげて下さいね」 

勇者「は、はい……」 

少女「………」 

少女「じゃあお兄さん、この町をお散歩しましょうよ!」 

勇者「そうだな!」 

少女「じゃあ、あっちにお店がいっぱいあるから行こう!」 

勇者「オッケー!」 

勇者(金はあるけど使えるのかな……もう古銭だろコレ……) 


二人は初めて訪れる町(勇者は500年前に訪れているが)を大いに楽しんだ。 


そして──夜になった。 


勇者「さて、そろそろ君は孤児院に戻らないとな。初日から門限を破ったらさすがにまずいだろう」 

少女「お願い。お兄さんがワープするまで一緒にいさせて」 

勇者「おいおい、それは……」 

少女「お願い……!」 

勇者「……分かったよ。じゃあ院長さんに頼んで孤児院に入るのは明日からってことにしよう」 

少女「お兄さん、ありがとう……」 

勇者「いや、いいんだ。俺も本当は君と最後まで一緒にいたかったしな」 


二人は町にある丘の上で楽しく語り合った。 





そして、すっかり夜は更けた。


もう外には誰もいない。 


勇者「そろそろ……だな」 

少女「うん……」 

少女「お兄さん、ありがとう……」 

少女「私は今、お兄さんがいたから生きてるんだよ。お兄さんが広場に駆けつけてくれて、腕を斬られても戦ってくれたから……」 

少女「本当にありがとう……!」 

勇者「なぁに、こうして治ったわけだし。気にすることはないさ」 

勇者「それに俺は……君に謝らなければならない立場だ」 

少女「どうして?」 

勇者「………」

勇者(少女から両親を奪った原因を作ったのは俺の子孫だからだ……)

勇者(だがこれは言ってはいけないことだ) 

勇者「いや、なんでもない……」 

少女「お父さんとお母さんのことなら気にしないで、お兄さん」 

少女「──いえ、勇者様」 

勇者「えっ!?」 

少女「お兄さんは500年前から来たんでしょ?」 

勇者「あの、え、あれ……。な、なんで分かったんだ……!?」 

少女「あはは、勇者様は嘘がつけないんだね」 

勇者「あ……!」 

少女「なんとなくそうかなぁ~と思ってたけど、やっぱりそうだったんだ」 

勇者「あ、いや、え……」 

少女「大丈夫、誰にも言わないよ」

少女「私だけじゃなくて、他にも気づいた人はいるかもしれないけどね」 

勇者「ごめん……」 

少女「ううん。私、処刑が始まる寸前にお兄さんと勇者様に助けてって心の中で叫んだの」 

少女「つまりこれって、両方とも駆けつけてくれたってことだよね」

少女「『ありがとう』も、二人分言わないとね」 

少女「私はもう大丈夫。覇者様たちやあの町を憎んでいたこともあったけど、みんな勇者様がやっつけてくれたんだもん」 

少女「私……勇者様が大好き」 

勇者「俺も、君が好きだよ」 

少女「私、今日のこと絶対に忘れないよ」 

勇者「もちろんだよ。忘れようったって忘れられないだろうさ」 

少女「………」 

勇者「………」 

少女「ねぇ、勇者様……」 

少女「私も500年前に連れていって!」 

勇者「!」 

少女「消える瞬間、勇者様にくっついてたらできるんでしょ!?」 

少女「お願い……!私、別れたくないよ。ずっと一緒にいさせて!」

少女「絶対に迷惑をかけないから!なんでもやるから!」 

勇者「そ、それは……」 

少女「……なぁんてね。ごめんなさい、無理言っちゃって」 

少女「私はこの時代で生まれたんだからこの時代でしっかり生きるよ」

少女「そうしなきゃ、助けてくれた勇者様に悪いもんね」 

勇者「な、なんだ。驚いちゃったよ」 

少女「ずっと一緒にいたいって気持ちは本当だよ」

少女「でも、私が過去に行ったら色々おかしくなりそうだもんね。みんなが知らないことをベラベラ喋っちゃいそうだし」 

勇者「俺の時代は店とかもほとんどなかったしな……。来たって面白くないよ、あはは」 

勇者「………」 

勇者(俺も……もし許されるなら君を──) 


パアァァァ…… 


勇者の体が光り輝き始めた。 


少女「お別れ…だね」 

勇者「そう…だな」 

少女「そうだ、最後にプレゼントあげる」 

勇者「え?」 


少女は勇者の頬にキスをした。 


勇者「……ありがとう」 

少女「勇者様、私のこと絶対忘れないでね!」 

勇者「ああ、もちろ──」 


バシュンッ! 


少女の目の前から勇者が消えた。 


少女(さようなら、勇者様……!)ポロッ 


日が明けるまで少女は独り静かに泣き続けた。 




















~とある秘境~

勇者「ただいま」 

時空使い「おかえり」 

時空使い「正直いって、生きて帰って来られないかと思っていたぞ」 

勇者「ああ、誰かさんがまさに処刑の真っ只中に飛ばしてくれたからな。いきなり死ぬところだったよ」 

勇者「しかもその直後、魔王より強いのと三連戦やらかしてきたんだ。我ながらよく生き延びられたもんだと思ってるよ」 

時空使い「そうか。そんな世界じゃ魔王も恐ろしくて復活できんだろうな」 

勇者「まったくだ」 

時空使い「で、うまく……いったのか?」 

勇者「どうだろうな」 

勇者「ある日誰かに負けたからって」

勇者「”今までのやり方をすっかり改める“」

勇者「人間はそう単純なもんじゃない」 

勇者「仮に心を入れ替えても、それまでに犠牲となった人たちは容易には許さないだろうしな……」 

勇者「だが、きっと何かは伝わったと思う」

勇者「後はもう、あいつらを信じるしかないさ」 

勇者「そしてあの少女はいい子だった……」

勇者「歴史を壊してしまってでも連れて帰りたくなるほどにな」 

時空使い「おいおい、お前は人をドキリとさせるのがうまいな」 

勇者「あはは。ある意味、それも勇者に必要な要素だろ」 

勇者「でも、俺が連れて帰らなかったのは歴史が壊れるからじゃない」

勇者「あの子はあの時代で生きていける。そう確信したからだ」 

時空使い「そうか。お前がそう思うならきっと大丈夫だろう」

勇者「時空使い……」 

勇者「本当にありがとう」 

勇者「自分の信念を曲げてまで、俺を助けてくれて」 

時空使い「なに、礼はもう十分さ」

時空使い「それと前に言ったように、私は住む場所を変える」 

時空使い「もうお前と、いや、人と会うことすらなくなるかもしれん」 

時空使い「しかし、心は不思議と穏やかだ」 

時空使い「私はお前と出会えてよかったと心から思っている」

時空使い「お前は私の術を正しく活用してくれたと信じている」 

時空使い「お前が子孫たちや少女を信じるようにな」 

勇者「時空使い……」

時空使い「さぁ行け、勇者よ!」 

時空使い「この時代にも、お前を必要とする人は大勢いるぞ!」 

勇者「ああ!」 





町に戻った勇者は、人々から慕われ、勇者の名に恥じぬ活躍をすることになる。 


後世絵本で「幸せに暮らしました」と書かれるような、幸福な人生を送ったという。 


勇者に剣を教えた師匠と、魔法を教えた賢者も、それぞれの分野で認められた。 


彼らもまた、大勢の弟子に恵まれ、忙しくも豊かな日々を過ごすことになる。 


そして、勇者が没して数百年後── 


孤児院出身のある女性作家が勇者を題材にした小説を発表した。 


内容は勇者が過去未来と時空を飛び回り、人々を助けるという物語。 


荒唐無稽だという声もあったが、この小説は大ベストセラーになったという── 





     ── END ──






































































































































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