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case.1

変わらぬ友情(百合ではない)

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 翌日、私は憂鬱な気分で大学に向かった。その日の天気はまさに私の心の中を表しているようで、今にも雨が降ってきそうだった。
 その日は教養科目があり、昨日喧嘩別れ状態になってしまっている愛理とも顔を合わせる。別々の席に座ってもよいのかもしれないが、なんだかそれはそれで気まずい。どうしようか迷いながら講義室の扉を開けると、すでに愛理がいた。
「おはよう」
 隣に座ったはいいものの、無視されたらどうしようかと思った私だったが、杞憂に終わった。
「お、おはよう」
 一種、言葉に詰まった私の顔はさぞかし見物だったことだろう。愛理はクスクスと笑っていた。
「相変わらずねぇ」
「ヘ?」
 愛理の軽やかな声に、思わず間抜けな声を出してしまった。
「だって、あんたが辛気臭い顔してアタシんところに来るなんてしょっちゅうだからさ」
 愛理の言い草に思わず、どういう事ってツッコみたくなったが、確かに言われてみればその通りかもしれない。大抵バイトのあった翌日――すなわち、休診日以外の翌日――は、必ずと言っていいほど顔が死んでいると思う。
 愛理と会うのは平日の四日間、それも朝一の講義で会うことが多い。だから、彼女と会う時は必ずと言っていいほど、顔は死んでいることだろう。
「ほんとは今日あんたに会ったら、ほら見なさい、と言いたかったのに」
 からりと笑う彼女の笑顔がまぶしかった。
「ありがと、愛理」
 愛理は数少ない私が気軽に付き合える、親友だ。この大学に入ってから、彼女に助けられっぱなしだ。
 愚痴に散々突き合せた挙句、心配してくれたお礼に、ある場所から送りつけられていた高級チョコをお裾分けした。
「おお、これはゴルディのチョコレートだ」
 海外の高級チョコ、しかも一箱ではなく、一ダースの箱を目の前にして愛理は心底、驚いていた。
 まあ、値段が気になるんだろう。五粒くらい入った一箱だけでも三千円くらいするからね。

 よく分かる。

 私も高校生まではこんなチョコ、決して手が出せなかったし、今の私にも分不相応な代物だ。三年前、あの人たちは『縁を切った』と宣言した側にもかかわらず、『戸籍上は血縁者である』私に何を求めているのか、未だに何かしらお金や高級品を送り付けてくる。
 なので、普通の大学生としてはいい生活をさせてもらっている。
 ありがたい話なのだが、全く理解できない人たちだ。
 だから、私が渋々食べるよりも、チョコ好きの愛理にあげたほうがチョコも浮かばれるだろう。申し訳ないが、貰ってもらおう。
「まあ、気にしないで」
 にっこりスマイルで愛理に押し付けた。えぇ、本当にいいのぉ? と聞きつつも、すでに目を輝かせ、今にも開封しそうな勢いの愛理。私はダメ押しでにっこり笑った。


 お昼。
 今日も私たちは食堂で昼食をとっている。
 さすがにこの雨が降りそうな中ではテラス席は諦め、屋内で食事をしていた。
「さっき、もらったチョコ食べたけれど、やっぱ、ゴルディのチョコレートだったわ」
 昼食のまぜそばを食べながら、愛理がそう言ってきた。
 そう言ってくれるってことは、美味しかったということだね。あげた甲斐があったよ。そう思いながら、愛理と相変わらず他愛のない話をしていた。
「じゃあ、愛理は別のキャンパスに行っちゃうっていう事?」
「そう」
 他愛のない話で盛り上がっていたところでされた発言に私は耳を疑った。
「もともと、この大学に入ったのもあの研究室に入るのが目的だったからね」

 そう。私の偉大なる親友、新妻愛理は三年進級とともに研究室に配属されることになり、他のキャンパスに移ることになるというのだ。
 もちろん、私は赤の他人。彼女の決定にとやかく言う権利もないし、言う必要性も感じていない。
 むしろ、彼女には今まで助けてくれてありがとう、と感謝しかないのだ。
 特にあの事件。
 庶民・・の出である私は、そして、ある事情により自分の学部に一人も友人と呼べる存在がいない私は、彼女がいなければ、絶対、つぶれていただろう。
 もちろん、彼女がこのキャンパスにいなくなるのは寂しい。だが、本来ならばすでに大学生なのだから、基本的に自分の身は自分で守るのが当たり前なのだ。

「ま、あんたのことだし、一年で卒業に必要な単位は取り切るつもりだよね?」
 愛理がそんなことを言ってきた。
「う、うん?」
 突然の質問に、疑問形で答えてしまった。そう。卒業要件は一定の単位を取るか、もしくはそれよりも少ない単位を取得後、論文を書くか、のどちらかだ。諸事情により、私は前者を取る予定だ、取らざるを得ない。

「じゃ、遊びにおいでよ」

 愛理の発言にとっさに言葉を返せなかった。

「今回の研究室配属メンバー見たんだけれど、私の苦手な人たちの集まりでさ。私を救うと思ってきてよ」

 嘘だ。
 新妻愛理はこんなにも違う私にだって話しかけるじゃない。
 一見、おとなしそうな風貌の彼女と真逆の雰囲気の、同級生たちと喋っていたところを見たことだって見たことある。
 だから、愛理が特定の人を苦手とする理由を見つけられなかった。

「いいよね?」
 彼女はにっこり笑う。
 まるで、その嘘を否定するような笑い。

 また、あんな事件があるといけないから、守ってくれるのだろうか、彼女は?
 ああ。これだから、私は彼女から離れられないんだ。

 ありがとう。愛理。そして、

「これからもよろしくね、愛理」
 私は騙されることにするよ。
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