調香師・フェオドーラの事件簿 ~香りのパレット~

鶯埜 餡

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3.お日様のハーブティー

プレゼンテーション

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 最後の特別審査は五大公へのプレゼンテーションだ。大広間には五ヶ国、計三十二人分のフレグランスオイルが並べられていて、その前で五大公や貴族たちにどのような特長を持っているのか、どのようなイメージで作られているのかなどを説明して、実際にフレグランスオイルを嗅いでもらう。
 それぞれのフレグランスオイルが置かれるのは、それぞれのイメージした国ごと。ドーラはアイゼル=ワード大公国をイメージしているので、左右両隣ともアイゼル=ワード大公国のイメージされたフレグランスオイルだった。しかし、作製者はドーラと別のテーブルにいる三人以外は全員、アイゼル=ワード大公国所属の調香師だったため、一人で敵地に放りだされたような気がして少し緊張してしまった。
「緊張されてますね」
 隣の調香師に話しかけられたドーラはおもわず飛びあがるように返事をしてしまった。
「はい。はじめての参加なもので」
「そうですか。人がいませんし、よければ互いのフレグランスオイルの紹介をしませんか?」
 彼は穏やかな表情でそう尋ねてきた。今はまだ、審査員である五大公は来ていなく、ほかの調香師たちも暇そうにしている。はいと勢いよく頷き、紹介しあった。
 彼が作ったものは、同じアイゼル=ワード大公国といっても、ドーラとは全く違うコンセプトのものだった。
「……――すごいですね」
 スパイス系のナツメグやハーブ系の中でもさっぱりしているキャロットシードをふんだんに使ったというそのフレグランスオイルは、たしかに軍人の国、アイゼル=ワードを示していた。ドーラの白亜の宮殿をイメージしたフレグランスも甘さを控えめにしているが、また違った雰囲気が楽しめた。
「ちなみにもしかして、このなかにアニスシードかタラゴンが入ってます?」
 少し気になった香りに気づいたので尋ねてみると、うん、そうだよ、よくわかったねと嬉しそうに答えてくれた。
「そうそう。ほんとは使わない予定だったけど、あの場にあったのがたまたまロシュール王国産のものだったから、アニスシードと一緒に入れてみたんだよ」
 たしかに希少なロシュール王国産のものがあったのを覚えていたが、ドーラは反対に希少なものは使わない、比較的手に入りやすいものを使っていた。そうでしたかと自分との価値観の違いについてはなにも触れず、ただ感心するふり・・をしておいた。

 ほかの調香師たちも参加して、互いのフレグランスについて説明しあっていると、人の塊が彼らに近づいてきた。
「来たようだね」
 どうやら五大公が来たようだった。説明しあいっこしていた調香師たちは各々の作品の前に戻り、彼らが自分のところに来るのを今か今かと待っていた。

 ドーラのところに来たのは一番後だった。くじ引きでもなんで決められたわけでもなく、非常に緊張が高まるものだった。
「では、ラススヴェーテ調香師、説明を」
 シャルロッタ院長がそう促した。軍人のようにみえる大公、物語で描かれる王子様のような大公、渋い紳士な大公、男装の大公、そしていつも見なれてる大公の五人を目の前にして緊張しないわけはない。だけども、ここで逃げるわけにはいかない。
「はい」
 ドーラはまわりの調香師たちを一瞬だけ見て、解説をはじめた。


「緊張したぁ」
 プレゼンテーションが終わり、昼食会場でドーラは大きく伸びていた。十八歳のうら若き少女とは思えない姿に、そこまで緊張していたのかとエルスオング大公国の調香師たちは苦笑いしている。
「お疲れ様」
 そんな彼女に正面から声をかけたのはフリードリヒだった。なにか用事があったのだろうか。たったひとりで来ていた。
「お疲れ様です」
 ほかの調香師たちとともに彼に挨拶する。ちょっといいかいとドーラを調香師たちの中から連れだす。
「緊張していたみたいだったね」
 どうやらフリードリヒもドーラの緊張した姿を見ていたようだった。はいとバツの悪そうな顔をしたドーラだったが、彼はそんなことを気にすることもなく、あのねと用件を切りだした。

「君の叔母さん、エリザベータ・フレッキ調香師が先日、アイゼル=ワード大公国付近で目撃されたらしい」

 フリードリヒがもたらしてくれた情報はドーラに衝撃を走らせる。しかし、なぜ彼が叔母のことを知っているのだろうかと疑問に思った。
「まあ昨日、君が話してるのを偶然、聞いてね。そういえばアイゼル=ワードうちの会議で話題にあがってたなぁって思いだして」
 どうやら昨日、ゲオルギーと話しているのを偶然、聞いていたようだ。しかし、その目撃証言からは日にちがたっている。仮にその場所に行き、そのあたりを探したところで、なにも出てこないだろう。フェオドーラはその目撃証言を頭の片隅に入れておくだけにした。ありがとうございました、そうフリードリヒに言って頭を下げた。ううん、僕こそ気をつかわせちゃったみたいだねと寂しそうに笑って、去っていく。その言葉にはなにか含んでいそうだったが、それを見抜けるドーラではなかった。
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