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1.少女のハンドクリーム
祝福あれ、少女よ
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「どうぞお入りください」
ドーラは彼女がきた理由を聞かなかった。
部屋に入り、メイドたちが食事の準備を手際よくした。二人分の食事が並べられた後、揃って無言で食事を始めた。
デザートまで食べ終わった後、テレーゼが口を開いた。
「――――――ありがとうな」
ドーラは一瞬、ゲオルグの無実を証明したことに対してかと思ったが、彼女のその一言には、様々な意味が込められていることに気付いた。
「いえ、私がやれるまでのことをしただけです」
ドーラはありがとうと言われて嬉しかったが、その感情を素直に出せなかった。
彼女が原因を追究したことによって、テレーゼから父親代わりの人を引き離すことになってしまったのだから。
その彼女の心情に気付いたのか、テレーゼはそうか、とだけ言った。
それからもしばらく無言の時間が続いた。
「――――――今日の夜だが、ひとつ頼みごとがある」
食後の紅茶を飲み終わった後、テレーゼがそう言ってきた。
フェオドーラはそれに目で先を促すと、それは意外なことだった。
「分かりました」
彼女は承諾した。テレーゼはそれを承諾してもらえるとは思っていなかったのか、驚いていた。
「将来が楽しみな子ですから」
ドーラはにっこりと笑った。
その日の午後はすべての台帳や処方箋を調香室に戻す作業に追われた。
あの後、すぐに去ったようで、すでに調香室からゲオルグの私物は綺麗になくなっていた。
少しこざっぱりとした部屋を眺めて、これからどうなるのだろうかと、余計なことを考えたが、それはフリードリヒの手腕にかかっていると期待するだけにとどめておくことにした。
そして、夜。
夕食を食べ終わっていたドーラは、調香室へ行き、小さな客人の姿を見て微笑んだ。
「――――――よろしくお願いいたします」
彼女はお昼以上に縮こまっていたが、それでも、昨日までの凛とした姿だった。
「ええ、よろしくね」
お昼にテレーゼが頼んだのは、『ゲオルグの教えを受け継いだディアーナに、アロマクラフトを作らせてほしい』というものだった。
見習い調香師という身分のはく奪という処分ではなかったものの、今回の事件を起こした以上、ディアーナがここで再び見習い調香師として生活するという可能性はほぼゼロだろう。
それを考えると、テレーゼが望むものはおのずと分かったので、拒否することはできなかった。
「時間はありませんので、早速作りましょうか」
そういうと、はい、と力強く返事をディアーナはした。
使う素材と精油を不安そうにディアーナが並べていく姿を見て、ドーラは満足げに頷いた。
「大丈夫ですよ」
そう言うと、少し安心したのか、はい、と言って、再び動き出した。
まずは基本のクリームを作る。
アイゼル=ワード大公国で作るものは、エルスオング大公国で作るものよりも柔らかめだ。それは気温が違うことによる凝固点の違いだった。
そして、ミツロウと植物油を混合させ、ラベンダーとローズマリー、レモングラス、そしてアンジェリカ・シードの精油をあの処方箋通りに加えた。
完全に熱が取れる前に広口の瓶に移し、蓋をして、処方箋を書いた紙を張り付けた。
「お見事です」
最後までこわごわな様子だったディアーナをドーラは褒めた。ただし、そのあとに釘をさすことも忘れなかった。
「もちろん、これが調香師として完璧だと思わないでください。あくまでも技術としては優れている、というだけです。ですが、今のあなたにはいろいろな道があります。それを忘れずにこれからを過ごしてください」
ドーラの言葉に頷いたディアーナ。その瞳には涙が浮かんでいた。
翌日、ドーラは丸一日、都を散策することにした。
本当はテレーゼが直々に案内したがっていたが、彼女にはたくさんの公務が待っていて、それどころではなかったので、クルトとルッツが代わりに案内してくれた。
市場では、エルスオング大公国では見ないような食材や植物が売られており、本当はそれらを買って帰りたかったが、帰宅までの時間がかかるので諦め、その代わり、めったに市場では出回らない精油を見つけたので、それや素地を購入した。
そして、その次の日、ドーラはアイゼル=ワード大公国を発った。
身分的には保障されていたものの、行きとは違い、普通の馬車で帰るので、行きに比べればかなりゆっくりとエルスオング大公国へ向かっていった。
五日後――――――
「やぁ、おかえり」
ドーラを気さくに迎え入れてくれたのは、エルスオング大公その人だった。
彼の部屋には、エルスオング大公国国立調香院の院長も同席していた。どうやら、ドーラが訪ねてくるのを見越して呼んでいたらしい。
「はい、ただいま戻りました」
ドーラは席に着くと、彼らに今回の経緯を話し始めた。
ドーラは彼女がきた理由を聞かなかった。
部屋に入り、メイドたちが食事の準備を手際よくした。二人分の食事が並べられた後、揃って無言で食事を始めた。
デザートまで食べ終わった後、テレーゼが口を開いた。
「――――――ありがとうな」
ドーラは一瞬、ゲオルグの無実を証明したことに対してかと思ったが、彼女のその一言には、様々な意味が込められていることに気付いた。
「いえ、私がやれるまでのことをしただけです」
ドーラはありがとうと言われて嬉しかったが、その感情を素直に出せなかった。
彼女が原因を追究したことによって、テレーゼから父親代わりの人を引き離すことになってしまったのだから。
その彼女の心情に気付いたのか、テレーゼはそうか、とだけ言った。
それからもしばらく無言の時間が続いた。
「――――――今日の夜だが、ひとつ頼みごとがある」
食後の紅茶を飲み終わった後、テレーゼがそう言ってきた。
フェオドーラはそれに目で先を促すと、それは意外なことだった。
「分かりました」
彼女は承諾した。テレーゼはそれを承諾してもらえるとは思っていなかったのか、驚いていた。
「将来が楽しみな子ですから」
ドーラはにっこりと笑った。
その日の午後はすべての台帳や処方箋を調香室に戻す作業に追われた。
あの後、すぐに去ったようで、すでに調香室からゲオルグの私物は綺麗になくなっていた。
少しこざっぱりとした部屋を眺めて、これからどうなるのだろうかと、余計なことを考えたが、それはフリードリヒの手腕にかかっていると期待するだけにとどめておくことにした。
そして、夜。
夕食を食べ終わっていたドーラは、調香室へ行き、小さな客人の姿を見て微笑んだ。
「――――――よろしくお願いいたします」
彼女はお昼以上に縮こまっていたが、それでも、昨日までの凛とした姿だった。
「ええ、よろしくね」
お昼にテレーゼが頼んだのは、『ゲオルグの教えを受け継いだディアーナに、アロマクラフトを作らせてほしい』というものだった。
見習い調香師という身分のはく奪という処分ではなかったものの、今回の事件を起こした以上、ディアーナがここで再び見習い調香師として生活するという可能性はほぼゼロだろう。
それを考えると、テレーゼが望むものはおのずと分かったので、拒否することはできなかった。
「時間はありませんので、早速作りましょうか」
そういうと、はい、と力強く返事をディアーナはした。
使う素材と精油を不安そうにディアーナが並べていく姿を見て、ドーラは満足げに頷いた。
「大丈夫ですよ」
そう言うと、少し安心したのか、はい、と言って、再び動き出した。
まずは基本のクリームを作る。
アイゼル=ワード大公国で作るものは、エルスオング大公国で作るものよりも柔らかめだ。それは気温が違うことによる凝固点の違いだった。
そして、ミツロウと植物油を混合させ、ラベンダーとローズマリー、レモングラス、そしてアンジェリカ・シードの精油をあの処方箋通りに加えた。
完全に熱が取れる前に広口の瓶に移し、蓋をして、処方箋を書いた紙を張り付けた。
「お見事です」
最後までこわごわな様子だったディアーナをドーラは褒めた。ただし、そのあとに釘をさすことも忘れなかった。
「もちろん、これが調香師として完璧だと思わないでください。あくまでも技術としては優れている、というだけです。ですが、今のあなたにはいろいろな道があります。それを忘れずにこれからを過ごしてください」
ドーラの言葉に頷いたディアーナ。その瞳には涙が浮かんでいた。
翌日、ドーラは丸一日、都を散策することにした。
本当はテレーゼが直々に案内したがっていたが、彼女にはたくさんの公務が待っていて、それどころではなかったので、クルトとルッツが代わりに案内してくれた。
市場では、エルスオング大公国では見ないような食材や植物が売られており、本当はそれらを買って帰りたかったが、帰宅までの時間がかかるので諦め、その代わり、めったに市場では出回らない精油を見つけたので、それや素地を購入した。
そして、その次の日、ドーラはアイゼル=ワード大公国を発った。
身分的には保障されていたものの、行きとは違い、普通の馬車で帰るので、行きに比べればかなりゆっくりとエルスオング大公国へ向かっていった。
五日後――――――
「やぁ、おかえり」
ドーラを気さくに迎え入れてくれたのは、エルスオング大公その人だった。
彼の部屋には、エルスオング大公国国立調香院の院長も同席していた。どうやら、ドーラが訪ねてくるのを見越して呼んでいたらしい。
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ドーラは席に着くと、彼らに今回の経緯を話し始めた。
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