上 下
56 / 69
十一歳

工場にて②

しおりを挟む
 燻煙している間にマルセラと様々な話をした。ここでの生活の話、数年前にフェティダ領で起こった飢饉の話、そして、王都への行商の話。
「王都に売りに来て・・いるのね」
「ああ、そうさ。年に一回、王都の夏祭りの時に稼ぎに行くんだ」
 夏祭りとは、王都での市民の行事の一つである。貴族がお忍びで参加することもあるらしいのだが、アリアは参加したことはなかった。今後どういう結婚をするのかはわからないが、結婚したら、あまり自由がとれなくなるだろうし、積みあげたいキャリアだってある。一度でいい。来年の夏祭りに参加してみたい。そんな目標ができた。
「そうなのですね。機会があればそこでも食べてみたいです」
 その言葉にマルセラは笑いながら、ぜひ来てみなよと言ってくれた。しばらくの間、二人は話していた。

「迎えにきた」
「ようやく見つけました」
 あと少しで燻製ができあがる、そんなタイミングで現れたのは不機嫌な様子のクリスティアン王子とかなり焦った様子のマクシミリアンの二人だった。まさか二人が現れると思っていなかったので、彼らの声にひどく焦ったアリア。
「おぅや、これはマックス坊ちゃんじゃないの」
 固まったままの状態のアリアを放置してマルセラはマクシミリアンにのんきに声をかけた。マクシミリアンはこれはマルセラさん、こんにちはと朗らかに挨拶している。ついさっきまでとはうって変わった彼の態度に驚くアリアとクリスティアン王子だが、マルセラもマクシミリアンも気にしていないようだ。
「お嬢ちゃんとそこの貴族のお坊ちゃんはマックス坊ちゃんの知り合いなんだねぇ」
「ええ、そうです」
 マルセラの言葉で少し機嫌が悪化したクリスティアン王子を尻目に、マクシミリアンは苦笑いした。クリスティアン王子は朝、食事のとき見たいつもの服、正装のままだったが、マクシミリアンは朝と違っていて、それはいかにもお忍びできていますという感じが見られなかった。

「僕に用があったみたいで」
「そうなのかい。ちょうどいいところだ。いつもの加工品を持っていくかい?」
 マルセラはすでに用意してあったのだろう、箱をマクシミリアンに渡す。
「ありがとうございます。もしよければ……――」
 彼はマルセラになにかを切りだそうとすると、その表情を読みとった彼女はわかったわよと苦笑いする。マルセラはうしろに立っていた別の女性になにかを持ってくるように命じると、その人は慌てて部屋を出ていった。
「申し訳ありません」
 マクシミリアンがすまなそうに謝罪すると大丈夫よとマルセラは笑う。そのとき、探していたものをすぐに見つけられたのか、先ほど出ていった女性が戻ってきた。
「待っていてね、すぐに詰めるから」
 そう言ってマルセラは先ほどの箱にそれを詰める。どうやらそれはあまり生産できないもののようで、坊ちゃんだけの特別のものですよと諫めるように言う。それに対して、マクシミリアンはもちろんですと軽やかに返した。

「彼女を保護していただいたうえ、いろいろ融通していただき、ありがとうございました」
 マクシミリアンはマルセラに礼を言った後、受け取った。アリアもクリスティアン王子もつられて頭をさげる。

「しかし、今日は燻製までしたんですね」
「やったよ。そうか、マックス坊ちゃんがこの前来たときは時間が合わなくて、出来なかったんだっけ」
 マルセラはそう言いつつ、彼との作業を思いだしたようだ。ごめんねぇと近所のおばちゃんのようなノリで謝ると、マクシミリアンも気分を害した様子もなく、いいえとにこやかに首を振っていた。
「また来たときにお願いしたいです」
「分かったよ。いつでもおいで」
 そうマルセラはマクシミリアンに言い、最後にアリアに向かって笑いかけた。
「じゃあ、お嬢ちゃん。迎えが来ちまったようだから、今日のところは帰りな。またいつでもいいから来ておくれ」
 そう言って、アリアとクリスティアン王子にそれぞれ梱包した腸詰とチーズが入った箱を渡してくれた。その箱からはかなりの重みを感じとれた。はいと声を弾ませたアリアは、前世と似てるものが入った箱に気がとられていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

今夜で忘れる。

豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」 そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。 黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。 今はお互いに別の方と婚約しています。 「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」 なろう様でも公開中です。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

男性アレルギー令嬢とオネエ皇太子の偽装結婚 ~なぜか溺愛されています~

富士とまと
恋愛
リリーは極度の男性アレルギー持ちだった。修道院に行きたいと言ったものの公爵令嬢と言う立場ゆえに父親に反対され、誰でもいいから結婚しろと迫られる。そんな中、婚約者探しに出かけた舞踏会で、アレルギーの出ない男性と出会った。いや、姿だけは男性だけれど、心は女性であるエミリオだ。 二人は友達になり、お互いの秘密を共有し、親を納得させるための偽装結婚をすることに。でも、実はエミリオには打ち明けてない秘密が一つあった。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

処理中です...