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十一歳

鉄拳制裁

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「僕の顔に何かついていますか?」

 彼はかなり無邪気な声で尋ねた。この少年が後に陰謀が渦巻く王宮へ上がり、猫の皮をかぶり続けた挙句、宰相になるのだから将来を見るのが恐ろしいくらいの存在である。

「いいえ何かがついているわけではなくて」

 アリアはその不気味さを心の中に押しとどめながらも、体はわずかに後ずさっていた。

 ああ、調子が狂う。

 国王などの王族相手にしているときとは違う焦りを感じていた。まさか、もう未来の宰相としての『猫かぶり』という才能の片鱗を見せているのではないかと感じとってしまったのだ。とはいえども、ここで自分が地を見せては負けた気分になる。だから、自分の思考を悟られないようにしながら、彼をじっくり観察した。

「そんなに警戒しないでくださいよ」

 彼はあくまでも穏やかに笑っていた。人懐っこいともいうべきなのか分からないが、今後の彼を思うと、表面だけでは計りきれなかった。

「そんなに疑うのなら、僕と決闘してみます?」

 彼はそう言いつつ、腰に下げていた剣を引き抜いた。その瞬間、アリアは公爵令嬢とかそんなもの関係なくやばいと本能的に悟った。まさかここでは本当に襲ってくることはないだろうと思いつつも、どうしようものかと考えた。

 が、彼はそれを実行に移すことはなかった。というよりも、出来なかった。

「やめなさい」

 気配を感じさせずに背後から近づいてきた存在に、彼は問答無用で殴られたのだ。そう言って、気絶した彼の首根っこを引きずって屋敷の方へ向かったのは、いつのまにか現れていたクレメンスだった。

「これはうちのが大変、お騒がせしたようで」

 後ろでセルドアも頭を下げている。この国では政治に参加できないくらいあまり女性の人権は高くはない。しかし、仮にも公爵邸で、しかも身分的にも年齢的にも年上の女性にいきなり口づけをしたあげく『決闘しませんか?』なんて言い出したのは十分に打ち首ものだ。多分、アリアが昔の性格のままならば、確実に処刑しろとねだっただろう。
 ユリウスの剣術の授業もそれどころではなくなり、セルドアとクレメンス、アリアとユリウスの四人は屋敷へ戻ることにした。

 あの腹黒さ、猫かぶりな様子は、まるで暗殺者を見ているかのようね。

 もちろん、アリアは本物の暗殺者を見たことはない。でも、なんか今までのような緊張による背筋の冷や汗のかき方ではなく、生きるか死ぬかの瀬戸際のようなそんなものだった。母親に『うちの駄犬が噛みついたようで』と言いながら、ウィリアムを物置に投げ入れるクレメンス。

 わからないか。

『ラブデ』内の彼はもっと冷静沈着であんな軽はずみな真似はしないはずだ。だが、『ラブデ』内ではたとえそうであっても、画面越しでは登場人物の一部しか見られない。画面に映っていない部分ではこんな感じだったのかもしれない。アランもそうだったのがいい証拠だ。

 とりあえず様子見といったところね。

 彼女は気持ちを今、目の前にいる人たちに向けた。
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