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十一歳

運命の歯車が回りだす

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 騒がしかった休暇から王宮に戻ってきたアリアはまず、クリスティアン王太子に会いにいった。成人した彼は公務も忙しくなっていて、その短い合間で時間をつくってくれた。

「どうした」

 不機嫌を隠そうともしない彼は少しの間でも書類を手放せないようで、そこから目だけをあげるようなかたちでアリアを睨むように見ていた。隣では王太子付きになったクレメンスが紅茶を飲みながら、呑気にこちらを見ている。

「セレネ伯爵令嬢を上級侍女にしたのは殿下なのでしょうか」

 アリアが聞きたかったのはベアトリーチェが上級侍女になったのが彼の差し金なのだろうかということ。もちろん、それが誰の差し金であろうと関係ないといえば関係ない話だ。でも、もし彼が命令したのならば、婚約間近ということだ。よりいっそう慎重に動かねばならない。

「いや。侍女の選任についてはすべて母上が全権を握っている」

 どうやら自分の思い違いだったらしい。

 そうでしたか、とひと息ついてアリアは頭を下げた。
「大変失礼なことを伺ってしまい、申し訳ありませんでした」

 彼女の謝罪にいや、構わんとため息をつくクリスティアン王太子。帰ろうと踵をかえした瞬間、それよりもお前、今年の夏の狩猟会のメンバーに選ばれたようだな、と言い出した。

 はい?
 まだ部署も決まってないのに、もうメンバーも決まっているのだろうか。疑問に思って尋ね返してしまった。

「侍女方のほうは知らんが、すでに参加貴族の発表は行われてる。その中にお前の名前もあったぞ」

 クリスティアン王太子の発言にどういうことだと声をあげてしまった。『狩猟会の参加名簿』といえば弓や槍の名手が載るから、貴族だけでなく、騎士たちにとっても誉れとなるものなのだ。

「コクーン卿の推薦だと名簿には記載されてるが」
 アリアの疑問に意外なかたちで返答があった。ちょうど、なにかの用事があったのだろう。ディートリヒ王が出入り口に立っていた。突然の訪問にクリスティアン王太子もクレメンスも立ち上がる。ディートリヒ王は座れと言って王太子やクレメンスは座り直した。ディートリヒ王とクリスティアン王太子はやはり親子だ。揃うとそのそっくりさが顕著だ。

「こないだの事件の褒美に何が欲しいかと聞いたら、そなたの参加を望んだのだ」

 涼しげに言う王にアリアだけでなく、クレメンスも口を開けっぱなしにしていた。まあ、彼の気持ちも分かる。すごい分かる。

「それだけ望むのならば、さぞかし弓か槍の名手なのだろう。期待しておる」
 言葉の終わりにウィンクしたディートリヒ王。なんでこんなことになったのか、いまだに頭の整理がついてないアリアははぁとだけしか返せなかった。


 そして、王宮の自室前でアリアを待っていたのは侍女令だった。

「今日の会合はどうしてこなかったのですか」

 なぜか不機嫌そうだ。しかし、それよりも気になるワードがあった。

「今日の会合というと?」
 自分には連絡が来ていない。このタイミングで会合というと、部署分けしか考えられないが、それも明日と聞いている。まさかーーーー。

「部署分けの会合です。全下級侍女は今日の朝一で集まるように指示しましたが」

 侍女令はおかんむりだった。だけども、侍女令がそう言うのならば、こちらだって証拠はある。自室の鍵のかけてある鞄に入れておいた封書を渡した。それを読んだ侍女令はため息をつく。

「なるほど。まだ・・あなたをいびる侍女が残っているようですねぇ。ですが、あなたが巻き込まれるだけだったらいいのですが、たびたび私たちまで巻き込まれるのは困りますねぇ」

 侍女令の言葉はもっともだ。

「根本的な解決をしようと思うと二つ手段しかないわ。一つは下級侍女をすべて入れ替えること。これはあまり現実的ではないわね。もう一つはあなたが上級侍女に昇格するか」

 彼女の言葉にどうしようかと迷ったアリア。もちろん、後者しか選べない。だけども、もし後者を選んだ場合、自分の行動予定からは大きく外れる。上級侍女になってからのあらゆる行動パターンを考えて、一つ質問してみる。

「上級侍女になることを選んだ場合、誰の専属になるのか選ばせていただけますでしょうか」

 アリアの疑問に少しためらったが、わかったわ、掛け合ってみましょう、と唸る侍女令。

「では、そちらを選びます」
 しっかりと侍女令の目を見ながら返答するアリア。
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