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対決と共闘
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残念なことに夕方の訓練前には彼と会うことができなかった。
そもそも師団が違うのだから会議や合同訓練以外では会うことはほとんどないので会えないことが普通だったのに、なぜか今は会えないことがもどかしかった。
少し早めに通常訓練を切り上げたレオノーラは急ぎ足で第一師団長の執務室に向かい、扉をノックした。すぐに中から応答があり部屋に入るとそこにはコジモがいて、彼は見たこともない女性を横抱きにして座っていた。
レオノーラとは似つかない、どちらかというと昨日第二王子の隣にいたアイリスという少女のような可愛らしいタイプの彼女は、第三者が入ってきても驚くそぶりもない。
「どうした」
騎士団や社交界に迷惑が掛からなければ、基本的になにやっても問題ないというのが騎士団の精神だ。だから、べつに騎士として純血のコジモがどういう女性関係があろうと関係ない……はずだったのだが、どうにもレオノーラはもやもやとしたものを抱いてしまった。
その女性について触れるか触れないか迷ったが、ただダマスス翁のことだけ礼を述べると、無表情でそうかと返された。さっさとこんな場所から逃げたいと思って、では失礼しますと一礼して出ようとしたが、昨日の晩のように呼びとめられてしまった。
「当然だが、来週、穀月第二十八日に王立騎士団と近衛騎士団で行われる剣術大会があるのは知っているよな」
「そりゃ、当たり前だろう」
今回はちゃんとした用事があったようだ。
横抱きにしていた女性を下ろして、頭を撫でながらレオノーラに爆弾発言をかますコジモ。
「その剣術大会の個人戦で俺とお前は必ず対戦する。だから、賭けをしないか?」
「賭け? 第一師団長サマがそんなことをして無事で済むとは思えないが」
持ちだしてきたのはその剣術大会での賭け。
この剣術大会では王族や賓客たちの護衛騎士や遠征中の騎士以外は全員が参加となる。その中でも師団長はシード権が与えられるが、ここ二、三年の決勝はコジモとレオノーラで戦っている。今年もそうなるだろうとほかの騎士たちが噂していたのは知っていたし、非公式で賭けが行われているのも知っていたが、第一師団長であるまさかコジモ自身から賭けを持ちだされるとは思わなく、思いきりツッコんでしまった。
「ふん、心配するな。べつに多額の金銭や無理な要求をするつもりはない。ただ、もし俺が勝ったら第三師団長の座をよこせ」
「はぁ!?」
理屈にあわないことを言いだすコジモ。
普通の騎士が師団を異動するときでさえ、人事に掛けあわないことには無理だ。それ以上に師団長になると国王か、宰相レベルの話になってくる。こんな賭けの対象にしてしまっていいことではない。
「馬鹿じゃないのか? そんな賭けに乗るわけあるか!」
言いたいことはいろいろあったが、それだけ言ってさっさとコジモの執務室をあとにした。
たいていのことはすぐに記憶から抹消してしまうレオノーラだが、今日は違って、官舎に戻るまでの道中、どうしても先ほどの可愛らしい金髪の女性のことを思いだしてしまう。《華の第一師団》らしい顔立ちのコジモと並んだらきっと似あうだろうが、なんだかそれがすごく悔しくてたまらない。
だからといって、自分がコジモの隣に並ぶ図は思い浮かべることはできない。
これ以上考えてはだめだ。官舎に戻って冷や水を頭からかぶって落ち着いたあとに、コジモの言動を反芻していた。なぜ人事に関しても理解があるはずのコジモは、人事に掛けあうことなくあんなことを言いだしたのか。
まだ剣術大会までは十日ほどあったが、その間にもレオノーラとコジモは会議でも訓練でもほぼ毎日のように顔を合わす。さすがに公衆の面前で師団長自ら賭けのことを持ちだすわけにはいかないし、あの女性がコジモの執務室にいると思うと、そこまで押しかける気もなかった。
剣術大会当日までレオノーラの疑問はそのままだったが、個人戦では案の定、第一師団長のコジモと第三師団長のレオノーラが決勝で争うことになった。
「ふん。相変わらず“野猿”は“野猿”だな」
審判に呼びだされ一礼したあと、コジモが開口一番に呆れ顔でそう言い放つが、今のレオノーラには否定できなかった。
その言葉にたしかにそうかもなと、自分がどんな状態になっているのかをわかっているレオノーラがなにも言いかえせなかった。先ほどの準決勝で近衛騎士と戦った彼女は、相手が女騎士だと舐めきっておりあの手この手で卑怯な戦法をとってきたので、即席の煙幕で視界を遮ったあとに股間をひと突きしてやった。
そのおかげで近衛騎士は悶絶し彼女は勝利をおさめたが、その代わり彼女の全身は砂埃で汚れていた。
「いい加減、諦めろよ。その薄紫色の隊服にはお前のような泥臭い戦い方なんて似合わないんだよ」
コジモに煽られ、前に密室で提案された賭けを思いだしてしまったレオノーラ。たしかに騎士の中で小柄なほうの彼女は、剣で斬ったりするというよりも体当たりで相手にぶつかっていくことが多い。だから薄紫色の第三師団の隊服は、実戦的な訓練や実際の遠征ですぐに汚れてしまう。
「それよりも第四師団で騎士ごっこでもしておけ」
なに言われても結構だが、レオノーラにも逆鱗と呼ばれるものがある。
第四師団を舐めるな。
彼女たちはいわゆる後宮警備隊。それこそコジモは知っているはずなのだ。彼女たちが選ばれし精鋭たちであることを。彼女たちは王妃以外の女性王族たちの警護をつかさどるから、生半可な腕では入隊することは叶わない。
『第四師団は落ちこぼれ女性騎士の集団』などと男どもは噂しているが、実際はその反対で『第四師団に行けなければ、落ちこぼれ女性騎士』になるのだ。
ちょうどそう言われたとき、開始の合図があった。レオノーラ自身はいくらけなされも構わない。コジモもわかっているはずなのになんでわざわざ煽ったのかと深く考えずに向かっていった。
しかし、怒りで戦法なんて考えていなかった彼女は、たったの四突きでコジモに負けてしまった。
「よかった、賭けなんかしなくて」
地面に倒れたレオノーラは澄んでいる青空を仰ぎ見ながらそう呟く。
あのときはどんな手段を使って異動させるつもりだったのだろうかと思ったが、今となってはどうでもよかった。
ぼんやりとしていると目の前にだれかの手が視界に入る。
「さっさと立て。次の試合が始まる」
手の主はコジモだったようだ。
次の試合とはなんだろうかと一瞬、思ったが、そういえばまだペア戦があることを思いだした。
そのペアの相手というのはこの男だというから、厄介なこと極まりない。
差しだされた手をつかむことなく立ちあがり、隊服に付いた土を軽く払った。
基本的に剣術大会では後進たちの育成という面もあるので、師団長同士がペアを組むことが多いが、現在の《華の第一師団》の師団長であるコジモと《嵐の第三師団》の師団長であるレオノーラはただの好敵手だ。それは周りも知っているので組ませることはなく、こちらも決勝で二人が争うのが慣例となっている。
今年に限ってなんでこんなペアなのか理解できなかったレオノーラだが、組まされたからには仕方がないと諦め、コジモとともに戦うことにした。
しかし、互いに好敵手ということもあり、二人とも息のあった呼吸で次々と対戦相手を撃破していく。
ペア戦の決勝戦は近衛騎士団所属で、第二王子付きの二人の騎士だった。
「私怨なんか持ちこむなよ」
「持ちこみません」
どうやら婚約破棄されたことで、レオノーラは相手に対して感情で動くのではないかとコジモは思ったらしいが、彼女はあっさりと断言できた。
たしかに公衆の面前で婚約破棄されたことについては悔しいが、特別あの王子に対して思い入れはない。
「俺は右側を倒す。お前は左側を倒せ。あいつらだったら、先制攻撃で十分潰せる」
小声でそう作戦を言われたレオノーラは承知と頷く。
やがて合図があり、二人は同時に飛びだした。
レオノーラの相手は向かって左側の騎士。
彼女よりもがたいがよく、普通だったらコジモが相手している細身の騎士のほうが勝てるのではないかと観客席にいるだれしもがそう思ってしまう。しかし、レオノーラは対戦相手を知っており、たしかにこの二人を相手するならば、がたいがいいほうの騎士を相手するのが楽だった。というのも、もう片方はつねに罠を仕掛けながら戦う相手であり、同じように罠を使って戦うことが多いレオノーラはそれが苦手だった。だから、素直な戦い方をする騎士のほうが相手しやすかった。
相手も優勝候補と言われたコジモとレオノーラのことはかなり研究していたようで、簡単には勝たせてくれない。
レオノーラの相手をしている騎士はその見た目に違わず、力があるようで大剣を片手で軽々と扱い、一撃一撃が重く、彼女はそれを受け止めるのが精いっぱいだった。
コジモと戦うときほど楽しくはないが、こんなに長く続くとは思わず、ちょっとだけ興奮してきたレオノーラだが、その瞬間、右手に切れた痛みを感じる。どうやら相手の攻撃が入ったようだが、剣術大会で勝敗が決まるのはどちらかが倒れたときだけ。
この傷で彼女は逆にやる気が出た。
今までは相手の下半身めがけて攻撃をくりだすことが多かったが、上半身、とくに首から上に狙いを定めて攻撃を開始した。
徐々に相手を追いつめているのが自分でもわかったレオノーラ。相手が後ずさりした瞬間、注意が向いていなかった足首を思いきり払って転倒させた。審判が勝負ありと告げると歓声が起きるが、まだコジモのほうは終わっていないらしい。彼に邪魔だと言われるかもしれないが、がら空きになっているもう一人の相手の背後から突きを入れ、こちらもまたそれによって勝負がついた。
「助かった」
剣術大会が終わり、早めの夕食を取ろうと食堂へ向かうレオノーラにコジモが声をかけてきた。
「いや、こちらこそ配慮してくれたおかげだ」
「そんなことあったかな」
どうやら彼はとぼけるつもりのようで、それだけ告げるとじゃあなと来た道を急いで引き返していった。
「なんのために来たんだ?」
お礼を言うだけだったら、明日の朝礼でもいいはずだ。わざわざそれを言うためだけにあの男は来たのかと首を傾げたが、答えは出なかった。
そもそも師団が違うのだから会議や合同訓練以外では会うことはほとんどないので会えないことが普通だったのに、なぜか今は会えないことがもどかしかった。
少し早めに通常訓練を切り上げたレオノーラは急ぎ足で第一師団長の執務室に向かい、扉をノックした。すぐに中から応答があり部屋に入るとそこにはコジモがいて、彼は見たこともない女性を横抱きにして座っていた。
レオノーラとは似つかない、どちらかというと昨日第二王子の隣にいたアイリスという少女のような可愛らしいタイプの彼女は、第三者が入ってきても驚くそぶりもない。
「どうした」
騎士団や社交界に迷惑が掛からなければ、基本的になにやっても問題ないというのが騎士団の精神だ。だから、べつに騎士として純血のコジモがどういう女性関係があろうと関係ない……はずだったのだが、どうにもレオノーラはもやもやとしたものを抱いてしまった。
その女性について触れるか触れないか迷ったが、ただダマスス翁のことだけ礼を述べると、無表情でそうかと返された。さっさとこんな場所から逃げたいと思って、では失礼しますと一礼して出ようとしたが、昨日の晩のように呼びとめられてしまった。
「当然だが、来週、穀月第二十八日に王立騎士団と近衛騎士団で行われる剣術大会があるのは知っているよな」
「そりゃ、当たり前だろう」
今回はちゃんとした用事があったようだ。
横抱きにしていた女性を下ろして、頭を撫でながらレオノーラに爆弾発言をかますコジモ。
「その剣術大会の個人戦で俺とお前は必ず対戦する。だから、賭けをしないか?」
「賭け? 第一師団長サマがそんなことをして無事で済むとは思えないが」
持ちだしてきたのはその剣術大会での賭け。
この剣術大会では王族や賓客たちの護衛騎士や遠征中の騎士以外は全員が参加となる。その中でも師団長はシード権が与えられるが、ここ二、三年の決勝はコジモとレオノーラで戦っている。今年もそうなるだろうとほかの騎士たちが噂していたのは知っていたし、非公式で賭けが行われているのも知っていたが、第一師団長であるまさかコジモ自身から賭けを持ちだされるとは思わなく、思いきりツッコんでしまった。
「ふん、心配するな。べつに多額の金銭や無理な要求をするつもりはない。ただ、もし俺が勝ったら第三師団長の座をよこせ」
「はぁ!?」
理屈にあわないことを言いだすコジモ。
普通の騎士が師団を異動するときでさえ、人事に掛けあわないことには無理だ。それ以上に師団長になると国王か、宰相レベルの話になってくる。こんな賭けの対象にしてしまっていいことではない。
「馬鹿じゃないのか? そんな賭けに乗るわけあるか!」
言いたいことはいろいろあったが、それだけ言ってさっさとコジモの執務室をあとにした。
たいていのことはすぐに記憶から抹消してしまうレオノーラだが、今日は違って、官舎に戻るまでの道中、どうしても先ほどの可愛らしい金髪の女性のことを思いだしてしまう。《華の第一師団》らしい顔立ちのコジモと並んだらきっと似あうだろうが、なんだかそれがすごく悔しくてたまらない。
だからといって、自分がコジモの隣に並ぶ図は思い浮かべることはできない。
これ以上考えてはだめだ。官舎に戻って冷や水を頭からかぶって落ち着いたあとに、コジモの言動を反芻していた。なぜ人事に関しても理解があるはずのコジモは、人事に掛けあうことなくあんなことを言いだしたのか。
まだ剣術大会までは十日ほどあったが、その間にもレオノーラとコジモは会議でも訓練でもほぼ毎日のように顔を合わす。さすがに公衆の面前で師団長自ら賭けのことを持ちだすわけにはいかないし、あの女性がコジモの執務室にいると思うと、そこまで押しかける気もなかった。
剣術大会当日までレオノーラの疑問はそのままだったが、個人戦では案の定、第一師団長のコジモと第三師団長のレオノーラが決勝で争うことになった。
「ふん。相変わらず“野猿”は“野猿”だな」
審判に呼びだされ一礼したあと、コジモが開口一番に呆れ顔でそう言い放つが、今のレオノーラには否定できなかった。
その言葉にたしかにそうかもなと、自分がどんな状態になっているのかをわかっているレオノーラがなにも言いかえせなかった。先ほどの準決勝で近衛騎士と戦った彼女は、相手が女騎士だと舐めきっておりあの手この手で卑怯な戦法をとってきたので、即席の煙幕で視界を遮ったあとに股間をひと突きしてやった。
そのおかげで近衛騎士は悶絶し彼女は勝利をおさめたが、その代わり彼女の全身は砂埃で汚れていた。
「いい加減、諦めろよ。その薄紫色の隊服にはお前のような泥臭い戦い方なんて似合わないんだよ」
コジモに煽られ、前に密室で提案された賭けを思いだしてしまったレオノーラ。たしかに騎士の中で小柄なほうの彼女は、剣で斬ったりするというよりも体当たりで相手にぶつかっていくことが多い。だから薄紫色の第三師団の隊服は、実戦的な訓練や実際の遠征ですぐに汚れてしまう。
「それよりも第四師団で騎士ごっこでもしておけ」
なに言われても結構だが、レオノーラにも逆鱗と呼ばれるものがある。
第四師団を舐めるな。
彼女たちはいわゆる後宮警備隊。それこそコジモは知っているはずなのだ。彼女たちが選ばれし精鋭たちであることを。彼女たちは王妃以外の女性王族たちの警護をつかさどるから、生半可な腕では入隊することは叶わない。
『第四師団は落ちこぼれ女性騎士の集団』などと男どもは噂しているが、実際はその反対で『第四師団に行けなければ、落ちこぼれ女性騎士』になるのだ。
ちょうどそう言われたとき、開始の合図があった。レオノーラ自身はいくらけなされも構わない。コジモもわかっているはずなのになんでわざわざ煽ったのかと深く考えずに向かっていった。
しかし、怒りで戦法なんて考えていなかった彼女は、たったの四突きでコジモに負けてしまった。
「よかった、賭けなんかしなくて」
地面に倒れたレオノーラは澄んでいる青空を仰ぎ見ながらそう呟く。
あのときはどんな手段を使って異動させるつもりだったのだろうかと思ったが、今となってはどうでもよかった。
ぼんやりとしていると目の前にだれかの手が視界に入る。
「さっさと立て。次の試合が始まる」
手の主はコジモだったようだ。
次の試合とはなんだろうかと一瞬、思ったが、そういえばまだペア戦があることを思いだした。
そのペアの相手というのはこの男だというから、厄介なこと極まりない。
差しだされた手をつかむことなく立ちあがり、隊服に付いた土を軽く払った。
基本的に剣術大会では後進たちの育成という面もあるので、師団長同士がペアを組むことが多いが、現在の《華の第一師団》の師団長であるコジモと《嵐の第三師団》の師団長であるレオノーラはただの好敵手だ。それは周りも知っているので組ませることはなく、こちらも決勝で二人が争うのが慣例となっている。
今年に限ってなんでこんなペアなのか理解できなかったレオノーラだが、組まされたからには仕方がないと諦め、コジモとともに戦うことにした。
しかし、互いに好敵手ということもあり、二人とも息のあった呼吸で次々と対戦相手を撃破していく。
ペア戦の決勝戦は近衛騎士団所属で、第二王子付きの二人の騎士だった。
「私怨なんか持ちこむなよ」
「持ちこみません」
どうやら婚約破棄されたことで、レオノーラは相手に対して感情で動くのではないかとコジモは思ったらしいが、彼女はあっさりと断言できた。
たしかに公衆の面前で婚約破棄されたことについては悔しいが、特別あの王子に対して思い入れはない。
「俺は右側を倒す。お前は左側を倒せ。あいつらだったら、先制攻撃で十分潰せる」
小声でそう作戦を言われたレオノーラは承知と頷く。
やがて合図があり、二人は同時に飛びだした。
レオノーラの相手は向かって左側の騎士。
彼女よりもがたいがよく、普通だったらコジモが相手している細身の騎士のほうが勝てるのではないかと観客席にいるだれしもがそう思ってしまう。しかし、レオノーラは対戦相手を知っており、たしかにこの二人を相手するならば、がたいがいいほうの騎士を相手するのが楽だった。というのも、もう片方はつねに罠を仕掛けながら戦う相手であり、同じように罠を使って戦うことが多いレオノーラはそれが苦手だった。だから、素直な戦い方をする騎士のほうが相手しやすかった。
相手も優勝候補と言われたコジモとレオノーラのことはかなり研究していたようで、簡単には勝たせてくれない。
レオノーラの相手をしている騎士はその見た目に違わず、力があるようで大剣を片手で軽々と扱い、一撃一撃が重く、彼女はそれを受け止めるのが精いっぱいだった。
コジモと戦うときほど楽しくはないが、こんなに長く続くとは思わず、ちょっとだけ興奮してきたレオノーラだが、その瞬間、右手に切れた痛みを感じる。どうやら相手の攻撃が入ったようだが、剣術大会で勝敗が決まるのはどちらかが倒れたときだけ。
この傷で彼女は逆にやる気が出た。
今までは相手の下半身めがけて攻撃をくりだすことが多かったが、上半身、とくに首から上に狙いを定めて攻撃を開始した。
徐々に相手を追いつめているのが自分でもわかったレオノーラ。相手が後ずさりした瞬間、注意が向いていなかった足首を思いきり払って転倒させた。審判が勝負ありと告げると歓声が起きるが、まだコジモのほうは終わっていないらしい。彼に邪魔だと言われるかもしれないが、がら空きになっているもう一人の相手の背後から突きを入れ、こちらもまたそれによって勝負がついた。
「助かった」
剣術大会が終わり、早めの夕食を取ろうと食堂へ向かうレオノーラにコジモが声をかけてきた。
「いや、こちらこそ配慮してくれたおかげだ」
「そんなことあったかな」
どうやら彼はとぼけるつもりのようで、それだけ告げるとじゃあなと来た道を急いで引き返していった。
「なんのために来たんだ?」
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