上 下
19 / 35

19.引っ掛かり

しおりを挟む
 女子部屋に戻ってきた私はアイリーンもミミィもベッドに沈みこんでいることに気づいた。
「大丈夫?」
「……精神的にぐったりよ」
「はいぃ……さすがに疲れましたぁ」
 二人ともかなりハードな訓練をさせられたようで、体力的・精神的に疲れているようだ。そんな二人を労わるべく、習得したばかりの短い詠唱での『洗浄』をかけると、一気にすっきりしたようで、さっきまでの重々しい雰囲気がなくなった。


 翌日からは殿下の周りだけではなく、あっちこっちの“汚れ”を取り除いていた。
「そうだ、その調子だ」
 ジェイドさんが作業場所に連れていってくれた場所は安全で、仕事目的じゃなければ完全に楽しんでしまうところだった。
「今度は広範囲にかけてみるか」
 しかも彼の指示は的確で、『洗浄』に失敗することはない。今までも、前世式のやり方でも失敗することはなかったけれど、短い詠唱方法を教えてもらって、本当に一皮むけたような感覚に襲われた。
 しかし、私に詠唱を教えてくれるとユリウスさんに行ってくれたらしいエリックさんは結局、姿を見せてくれなく、あの歓迎パーティのときしか顔もあわせなかった。
 エリックさんに私は嫌われているのだろうか。
 気になったけれど、だれにも聞くことができなかった。


 そして特訓が始まってから五日目。
 今日は騎士団の訓練場の『洗浄』に来ていた。
「なかなかいい筋だな」
『洗浄』が終わった後に、騎士団長室で冷たい果汁を水で割ったものをいただきながら褒めてくれた。
 ああと頷くジェイドさんも、少しばかり嬉しそうだった。私の進捗を聞くと同時にそういえばとなにかを思いだしたようで、これみてよぉと一枚の紙をだす。そこにはミミィの成長記録が書かれていた。
 すごいマメな人がいるんだ。
 というか、半分以上は猫耳族ケット・シーへの愛に溢れているような。
「ミミィちゃんだっけ、彼女もすっごく良くなっている」
 レオンさんは名前を覚えるのが苦手なのか、書類を見ながらそう言うと、ジェイドさんも満足そうな顔をする。
 私は攻撃系のものについてさっぱりなのでなんとも口に出せなかったが、ジェイドさんが満足そうならば問題はない……と思う。

「それよりさ、ジェイドたちが見たっていう魔物が北部でも発見されるようになってるらしい」
「マジか」
 突然変えられた話題にジェイドさんはとってもげんなりしていた。
「嘘をつくはずないじゃん」
 彼のへうんざりとした口調にレオンさんは口をとがらすが、でもさ、変だよねとなにかを思うそぶりを見せる。
「どういうことだ」
「だって、前タプ侯爵が死んでからもう三十年、“魔物”が出始めるまでに二十五年経ってる。しかもようやくあちらこちらに出はじめるってさ、なにが引き金なんだろうかって思ってさ」
 なるほど。
 たしかにローザさんも言っていたけれど、少しそれぞれに間がありすぎるような気がする。
「だなぁ……ちなみに、騎士団では対応できそうなのか」
「無理だね」
 ジェイドさんもそれは感じていたらしく、頷き、レオンさんに確認するように尋ねると、彼は即答した。
 無理なものを無理って言いきれるレオンさんは、騎士団長として部下に無理をさせないいい人なんだろうなと思ってしまった。

「そもそも君たちに依頼してきた女の人、ローザさんだっけ、彼女が言っていた通り、依頼を受けていくと消えるんだろ? ジェイドが『魔法壁』で気配を消して、ミコちゃんの『洗浄』でも無理だったということは、俺らでも無理だっていうことだ」

 そうか。
 期待して聞いたわけじゃないだろうけれど、ジェイドさんは少ししょんぼりしていた。けれど、レオンさんはちゃんと別の対策を立てておいてくれたらしい。

「ま、すでに王様も知ってて、明後日にでもミコちゃんに魔物封じこめの“依頼”を出すそうだから、ジェイドも頑張ってね」

 ふぅーん……はぁ!? なんか大ごとになってません?
 私は驚いてレオンさんたちの方を見ると、ジェイドさんはああ、ようやくかという顔をしていた。
「むしろ遅かったぐらいだな」
「そうそう。ギルドさんがちゃんと依頼を扱ってくれりゃあ、もうちょっと早い対応できたかもしれないのに」
 なるほど。
 たしかに前のタプ侯爵の一件があったせいで、ギルドはローザさんの依頼を仲介するのを断っていたんだっけ。
 この世界はどうかわからないけれど、前世ちきゅうだったら会社や部署が潰されていてもおかしくない話だよね。
「じゃ、怪我だけしないように気をつけてな!」
 レオンさんはそう言って、練習に戻っていった。
 さて、私たち、いや私ももうちょっとだけ頑張りますか!
 そう言って立ちあがると、少しまぶしそうな眼差しをジェイドさんに向けられてしまった。
 うん、心が苦しいです。


 七日目。
 その日はそれぞれの訓練をしないで、正装に着替えさせられて王宮に向かっていた。
 どうやらレオンさんが言っていた通り、国王陛下、ニコラス殿下のお父様から直接の依頼があるようだ。
 私たちが通されたのは会議室のような小さな部屋で、王都管轄ギルド長と名乗る老齢の男性が同席していた。どうやら“王家がギルドに依頼し、依頼をうけたギルドがちょうどいいパーティである『ラテテイ』に指名した”というところか。

「アイリーン、ミコ・ダルミアン、アンバレダ・ミミィ、そしてジェイド・ユグレイン。そなたたちが見つけた“新種の魔物”の封じこめを依頼したい」

 ニコラス殿下によく似た壮年の男性は頭を下げず、ただじっとこちらをよく見ている。
「王太子殿下から報告書が上がっているとは思いますが、私たちの力だけでは封じこめは難しい、いえできませんでした。なにかご支援などはいただけるのでしょうか」
 私たちは一度封じこめに失敗している。
 それなのに私たち単独で出来るわけがない。
 そうアイリーンが代表で尋ねると、国王もそれはわかっていると頷いた。
「もちろんだ。レオン・バウレスト騎士団長にも話を通しているから、彼らを何人か連れていくがいい。それに、魔術塔の主でもあるエリック・ベルゼックにもすでに話はしてあるから、彼の作った魔道具などを持っていくがいい」
 なるほどねぇ。
 国一番の実力を持つ騎士団ならば戦力にもなるから、ミミィだって封じこめの方に参加してもらえる。それにエリックさんにも話をしてあるというならば、ある程度の物を作ってもらえるに違いない。

「それと宰相補佐が進言しおったが、もし魔物の封じこめに成功した暁には四人・・で外国でも行くがいい」

「……――――!!」
「それはっ……」
 マジか。私だけではなく、全員がその報酬に驚く。
 ちゃんと“四人”って言ったんですよ!?
 ジェイドさんは高ランクそんな彼を放出するっていうのは、このレヴィヨン王国にとっては大きな痛手になるはず。それを許可してくれるっていうことは……――頑張らなくちゃ!
 目指せ、待ったり、ゆったり外国生活!!
 私の目標はまだ変わっていないんだからねっ、うん☆

「だから、決して悪い話でもないと思うぞ」
 私はさっさと頷いてしまいたいが、決定権はアイリーンにある。彼女はじっくりと熟考したあと、頷いた。
「そうですね、謹んでお受けさせていただきます」


 依頼を引き受けた後、離宮に戻り、荷物をまとめてすぐに馬車に乗った。
 馬車が出発する直前に付近が急に騒がしくなった。
 ジェイドさんが様子を見るために外にいくと、どうやらエリックさんがいたようで、なにかを彼に渡していた。
「エリック、お前っていうやつは……」
「俺は行かんぞ」
 感無量に言ったジェイドさんに無表情のまま、感情を乗せずに返したエリックさん。
「ただ言われたものを作っただけだ」
 それでも、ちょっとだけでも手伝ってもらえたことには変わらない。私たちも馬車の名から頭を下げた。

「健闘を祈ってるさ、ジェイド・ユグレイン。そして『ラテテイ』」
 おそらく今回の“依頼”は難しいだろうけどな。
 エリックさんはすました顔でさっさと離宮内に入っていった。
 彼はいったいなにを考えているのだろうか。
 なにか魔物に関係しているんだろうか。そう私は引っ掛かりを覚えてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...