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10.中途半端な助けはしてはならない
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私が尋ねるよりも早く、ローザさんがその理由の説明をしはじめてくれた。
「そうさ。三十年ほど前までは良質のアイアンボートのおかげで、遠くからも商人や職人さんたちが大量に買っていってくれてたのさ」
「もしかして《幻のレイドック・アイアンボート》……?」
彼女の口から出た言葉に私は思わず呟いてしまった。
この街のアイアンボートは王国内でも指折りの品質を持ち、その中でもレイドック鉱山で採取できたものは超一流のものだ。
実家の武器工房でも私が生まれる前は使われていたけれど、なんらかの事故により卸売商人さえも手に入れることができなくなり、買えなくなってしまったと聞いていた。ローザさんの口から三十年前までは良質のアイアンボートが採掘できたと聞いて、もしかしてと思っていたのだが、どうやら当たりのようだった。
「嬢ちゃん、知ってるんだねぇ」
感心するローザさんはいい子にはお代わりあげるよぉと言って、新しい飲み物を作ってくれた。一杯目は前世で言うアレキサンダーと呼ばれるよう甘いカクテルだったけれど、二杯目はギムレットのようなさっぱりとしたものだった。
「私、一応ビリウの武器職人の娘なんです」
「ビリウかい。そこならば、冒険者たちが多く集うから、うちのアイアンボートを取り扱っててもおかしくないねぇ」
生まれ育ったビリウをどうやらローザさんも知っていたらしい。
まあ、自分ちで採れたものがどこに行くのかは、大体知っていたのだろう。
「はい、そうなんです。実家も扱っていたと言ってました」
「そうなのかい! そりゃあ、嬉しいねぇ」
ローザさんと私の話についてこれてない後の三人はふぅんと頷いているだけだった。
しかし、嬉しそうだったローザさんの顔は一転し、かなり険しいものになった。
「で、その《レイドック・アイアンボート》、コイツが売れなくなったきっかけは三十年前のことさ」
彼女の話に聞き入る私たち。
「当時、ここの隣の土地を治めていた前タプ侯爵殿が職人を手厚くする政策のために、良質なアイアンボートの取れるうちの鉱山と契約を結ぼうとしていた。で、その大量購入の契約手続きをした後の道中で急死されちまったのさ。それに加え、その前タリンプ侯爵殿の死を解明するために訪れた陛下直属の調査官たちも次々に不審死しちまった」
なるほどねぇ。
たしかにそれは呪われている場所として買い手がつかなくなるねぇ。
商売人、経営者としてはいけない事態。もっとも良質な鉱石が採れていたというだけあって、それが急に採れなくなるというのも困りもんだけれど。
それで思い出したけれど、そういえば実家の工房は大丈夫だろうか。
一応、私が遊び半分で『厄除け』を付与しちゃったことで、冒険者たちさんが怪我したり死ななくなったたりしたのはいいけれど、それ目当てにうちの工房に殺到してないだろうか。
まあ、今はこちらに集中。
気が向いたときに手紙でも出しておくか。
「それで訪れたら呪われると」
「そのとおりさ」
私が実家に想いを馳せていると、ジェイドさんの頭がきちんと回りだしたらしく、ローザさんときちんとまともなやり取りをしていた。
「なるほどな。たしかに呪われていそうな場所に冒険者を進んで向かわせるわけにはいかないな」
そうか。
ギルドで引き受けてもらえないとなると、野良で依頼を出さなければならないだろう。
しかし、それは両者にとってリスクが非常に高く、あまり好まれる方法ではない。
まず冒険者側。
ギルドを通せば最悪、ギルドが依頼料を補填、出してくれるものの、直接の場合、依頼者にバックレられる可能性もある。
そして依頼者側。
質の良い冒険者を引き当てればいい買い物をしたことになり、きちんと依頼を遂行してもらえるが、質の悪い冒険者の場合、依頼を遂行されないばかりか、身まで危うい。またギルドの場合は公営、すなわち国が管理してるので、きちんとしたスキルの行使記録を出してもらえるが、個人の場合にはそうもいかないことの方が多い。
しかし、ローザさんの場合にはそうも言ってられないというのが実情だろう。
なぜならそもそも三十年前の事件によって客足が遠のいたこと、そして二年前から様子のおかしい魔物が出現しているという二重苦。
実家が武器工房なので我が家も常に評判は気にしていた。そこで十五年育ったからこそ、ローザさんの気持ちはよくわかる。
「で、たまたま筋肉ダルマでない、そしてギルドの依頼を受けていなさそうな俺たちに目をつけた、というところか」
だからこそ彼女は藁にも縋る思いで私たちに声をかけたのか。
「その通りさ。ギルドから後をつけさせてもらったよ。ま、あくまでもわっちは騎士さんたちに相談しただけで、強制なんかしたりしてない」
「そうだな」
「聞かなかったことにしてもいいのさ」
なるほど。
今のこの状況で、ローザさんは依頼はしていない。軽く世間話、自分の置かれた状態を通りすがりの冒険者の私たちに聞かせただけだ。
だから、私たちは彼女の相談を聞かなかったことにして、街を出たって問題ないのだ。
「だが、そうするとお前さんはこれからもここで一人で寂しくやっていくんだろ?」
ジェイドさんは心配するようにローザさんに聞くが、彼女はグラスに入ったお酒をあおるように飲んで、ため息をつく。
「はっ……今さらさ。おふくろと親父が生きてるときだっていいことなかったし、死んでからもいいことなんてなかったさ。だから、こうやって酒場を細々とやっていくのだって酔狂かもねぇ」
それは本心なのかそれともただの強気の発言なのか……多分、後者だろうな。
「そんな、いい人なのにぃ」
「ミミィ。私たちにだってできることとできないことがあるんです」
夕焼けを思わせる赤いカクテルを飲みながらミミィが呟くが、アイリーンが難しい顔をして彼女を窘める。
「そうなんですけれどぉ」
そうなんだよねぇ。
正直なところ、ローザさんを助けようと思えばできなくもない。でも、はたして私たちだけですべてを解決できるのかと言われれば、できない。
前世でも貧困にあえぐ人はいっぱいいた。でも、そのすべてにお金を一律に渡せば完全に救済できるのか?と聞かれれば、違う。そうではない。渡したところで一時しのぎにしかならない。
「……――――できなくはないな」
「はい」
でも、私やジェイドさんには持っているものがあって、確実に解決できるかどうかはわからないが、可能性はある。
「どういうことだい?」
「二人ともなに言ってるの?」
ローザさんとアイリーンが目を丸くしてジェイドさんと私の方を見る。
「少なくともミコと俺がいればなんとかなるかもしれん」
ジェイドさんも同じことを考えていたようだ。
「ええ、そうですね」
「はいぃぃ?」
私たちが目を見合わせ、力強く頷くと、ミミィが目を白黒させていた。
「そうさ。三十年ほど前までは良質のアイアンボートのおかげで、遠くからも商人や職人さんたちが大量に買っていってくれてたのさ」
「もしかして《幻のレイドック・アイアンボート》……?」
彼女の口から出た言葉に私は思わず呟いてしまった。
この街のアイアンボートは王国内でも指折りの品質を持ち、その中でもレイドック鉱山で採取できたものは超一流のものだ。
実家の武器工房でも私が生まれる前は使われていたけれど、なんらかの事故により卸売商人さえも手に入れることができなくなり、買えなくなってしまったと聞いていた。ローザさんの口から三十年前までは良質のアイアンボートが採掘できたと聞いて、もしかしてと思っていたのだが、どうやら当たりのようだった。
「嬢ちゃん、知ってるんだねぇ」
感心するローザさんはいい子にはお代わりあげるよぉと言って、新しい飲み物を作ってくれた。一杯目は前世で言うアレキサンダーと呼ばれるよう甘いカクテルだったけれど、二杯目はギムレットのようなさっぱりとしたものだった。
「私、一応ビリウの武器職人の娘なんです」
「ビリウかい。そこならば、冒険者たちが多く集うから、うちのアイアンボートを取り扱っててもおかしくないねぇ」
生まれ育ったビリウをどうやらローザさんも知っていたらしい。
まあ、自分ちで採れたものがどこに行くのかは、大体知っていたのだろう。
「はい、そうなんです。実家も扱っていたと言ってました」
「そうなのかい! そりゃあ、嬉しいねぇ」
ローザさんと私の話についてこれてない後の三人はふぅんと頷いているだけだった。
しかし、嬉しそうだったローザさんの顔は一転し、かなり険しいものになった。
「で、その《レイドック・アイアンボート》、コイツが売れなくなったきっかけは三十年前のことさ」
彼女の話に聞き入る私たち。
「当時、ここの隣の土地を治めていた前タプ侯爵殿が職人を手厚くする政策のために、良質なアイアンボートの取れるうちの鉱山と契約を結ぼうとしていた。で、その大量購入の契約手続きをした後の道中で急死されちまったのさ。それに加え、その前タリンプ侯爵殿の死を解明するために訪れた陛下直属の調査官たちも次々に不審死しちまった」
なるほどねぇ。
たしかにそれは呪われている場所として買い手がつかなくなるねぇ。
商売人、経営者としてはいけない事態。もっとも良質な鉱石が採れていたというだけあって、それが急に採れなくなるというのも困りもんだけれど。
それで思い出したけれど、そういえば実家の工房は大丈夫だろうか。
一応、私が遊び半分で『厄除け』を付与しちゃったことで、冒険者たちさんが怪我したり死ななくなったたりしたのはいいけれど、それ目当てにうちの工房に殺到してないだろうか。
まあ、今はこちらに集中。
気が向いたときに手紙でも出しておくか。
「それで訪れたら呪われると」
「そのとおりさ」
私が実家に想いを馳せていると、ジェイドさんの頭がきちんと回りだしたらしく、ローザさんときちんとまともなやり取りをしていた。
「なるほどな。たしかに呪われていそうな場所に冒険者を進んで向かわせるわけにはいかないな」
そうか。
ギルドで引き受けてもらえないとなると、野良で依頼を出さなければならないだろう。
しかし、それは両者にとってリスクが非常に高く、あまり好まれる方法ではない。
まず冒険者側。
ギルドを通せば最悪、ギルドが依頼料を補填、出してくれるものの、直接の場合、依頼者にバックレられる可能性もある。
そして依頼者側。
質の良い冒険者を引き当てればいい買い物をしたことになり、きちんと依頼を遂行してもらえるが、質の悪い冒険者の場合、依頼を遂行されないばかりか、身まで危うい。またギルドの場合は公営、すなわち国が管理してるので、きちんとしたスキルの行使記録を出してもらえるが、個人の場合にはそうもいかないことの方が多い。
しかし、ローザさんの場合にはそうも言ってられないというのが実情だろう。
なぜならそもそも三十年前の事件によって客足が遠のいたこと、そして二年前から様子のおかしい魔物が出現しているという二重苦。
実家が武器工房なので我が家も常に評判は気にしていた。そこで十五年育ったからこそ、ローザさんの気持ちはよくわかる。
「で、たまたま筋肉ダルマでない、そしてギルドの依頼を受けていなさそうな俺たちに目をつけた、というところか」
だからこそ彼女は藁にも縋る思いで私たちに声をかけたのか。
「その通りさ。ギルドから後をつけさせてもらったよ。ま、あくまでもわっちは騎士さんたちに相談しただけで、強制なんかしたりしてない」
「そうだな」
「聞かなかったことにしてもいいのさ」
なるほど。
今のこの状況で、ローザさんは依頼はしていない。軽く世間話、自分の置かれた状態を通りすがりの冒険者の私たちに聞かせただけだ。
だから、私たちは彼女の相談を聞かなかったことにして、街を出たって問題ないのだ。
「だが、そうするとお前さんはこれからもここで一人で寂しくやっていくんだろ?」
ジェイドさんは心配するようにローザさんに聞くが、彼女はグラスに入ったお酒をあおるように飲んで、ため息をつく。
「はっ……今さらさ。おふくろと親父が生きてるときだっていいことなかったし、死んでからもいいことなんてなかったさ。だから、こうやって酒場を細々とやっていくのだって酔狂かもねぇ」
それは本心なのかそれともただの強気の発言なのか……多分、後者だろうな。
「そんな、いい人なのにぃ」
「ミミィ。私たちにだってできることとできないことがあるんです」
夕焼けを思わせる赤いカクテルを飲みながらミミィが呟くが、アイリーンが難しい顔をして彼女を窘める。
「そうなんですけれどぉ」
そうなんだよねぇ。
正直なところ、ローザさんを助けようと思えばできなくもない。でも、はたして私たちだけですべてを解決できるのかと言われれば、できない。
前世でも貧困にあえぐ人はいっぱいいた。でも、そのすべてにお金を一律に渡せば完全に救済できるのか?と聞かれれば、違う。そうではない。渡したところで一時しのぎにしかならない。
「……――――できなくはないな」
「はい」
でも、私やジェイドさんには持っているものがあって、確実に解決できるかどうかはわからないが、可能性はある。
「どういうことだい?」
「二人ともなに言ってるの?」
ローザさんとアイリーンが目を丸くしてジェイドさんと私の方を見る。
「少なくともミコと俺がいればなんとかなるかもしれん」
ジェイドさんも同じことを考えていたようだ。
「ええ、そうですね」
「はいぃぃ?」
私たちが目を見合わせ、力強く頷くと、ミミィが目を白黒させていた。
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