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6.人生五十年って言うけど、エルフは何年?

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 その二日後の夜、ジェイドさんの“尻拭い”が終わったので、私たちはこの街を離れることにした。
 せっかくこの街での最後の夜なので、あらためてジェイドさんの歓迎とミドリウサギから助けてくれたお礼をこめて普段は入らないような、少しお高めのレストランで歓迎会を開いていた。

 しかし、そこにはジェーンさんもいた。彼女はこの街から離れないらしく、自分から離れていってしまうジェイドさんにやたらと絡んでいた。すでに酒が大量に回っているのか、真っ赤な顔をしている。
「なんで私を入れてくれなかったんですかぁ?」
「お前が暴走するからだろ」
 まだジェーンさんは、ジェイドさんあにが私たちと行動させてくれなかったのが不満なようで、口をとがらせながら文句を言ったが、ジェイドさんはさっき、私に言った理由をそのまま彼女に突きつけていた。
「ちぇ」
 兄が言った理由に納得いってないようだったが、これ以上反論しても無駄だと諦めたのか、隣に座っているミミィを愛でることにしたようで、人の姿のときにも残っている彼女の腕の毛を触りながら甘たるい声を出すジェーンさん。
「しかし、ミミィちゃんというのかぁ~~可愛いなぁ」
 彼女の毛並みをなめまわすようになでなでする姿は共感を覚える。彼女の暴走癖がなければ、きっと女四人で仲良くなれただろう。
「ミミィが嫌がっているぞ」
「嫌がってる!? 嘘? 本当か!?」
 そんなジェーンさんをジェイドさんはからかう。
 ミミィが嫌がっていることはなさそうだが、彼女に嫌われたくない一心で、ミミィから離れるジェーンさん。
「大丈夫ですよ」
 やっぱり人に愛情をもって撫でられるのは好きなようで、ほぼ初対面のジェーンさんの執拗な撫でまわしにも嫌がる顔を見せないミミィ。
 可愛い。
「本当か!」
「あまりこいつを甘やかすな」
「は、はい……――」
 兄が嘘をついていたこと、自分がミミィに嫌われてないと知ったジェーンさんはやったぁと喜んで再び、さっき以上の威力を持って撫でまわす。
 その力に苦しそうだけれど、でも嫌ではなさそうなミミィはジェイドさんの忠告にその意味をきちんと理解できたようで、こくこくと頷いていた。


「ミコは引きがいいわね」
 そんな三人のやり取りを眺めていた私は、アイリーンの言葉で現実に引き戻された。
 しかし、『引き』かぁ。
 全然考えたこともなかったなぁ。
「そうですかね?」
「そうよ。だってあなたがあの街に行くって言わなきゃミミィだって引く・・ことはなかったわけだし、『魔法壁』を持っている人を引く・・なんてそうそうできることじゃないわよ」
 ぼんやりとした私の代わりにアイリーンはいろいろ考えていたらしい。

 まあ、そうか。
『魔法壁』は存在だけでも(私の『厄除け』よりは劣るが)稀有なスキル。聞いたことはあっても実際に所持している人を見たことはなかった。
 だから、その所持者が私たちの目の前に現れ、パーティに加わるなんて夢にも思ってなかった。でも、それはあくまでも結果論。
 私が引き当てたという実感は湧かない。

「ちなみに彼のどこが気に入ったの?」

「へ?」
 アイリーンの言葉の意味がわからなかった。
 むしろ私は、彼が入ることにあんまりいい顔をしなかった記憶があるのですが。人の話を聞かない彼女は『ミコがジェイドさんを気に入った』のではないかという推測を挙げる。
「あまり人を覚えないあなたが彼を覚えているからさ」
「あー多分、故郷にいた人になんとなく懐かしかったんですよ」
 ああ、なるほどね。
 たしかにそれは間違ってないような気がする。
 とはいっても、多分否定しても信用されないような気がするから、真実に近い嘘を言っておく。そうすれば信用してくれるはず。
「へぇ、そうなんだ」
 しかし、逆効果だったようだ。まったく信用してない目をしてますね、アイリーンさん。


「でも、よかったわ」
「なにが?」
 お酒も入ってるし、口論が長引くかと思ったけれど、一過性のものだった。しばらく沈黙があった後、お酒の入ったグラスを傾けつつ、彼女はぽつりとつぶやく。
 その呟きの意味がよくわからなかったので尋ねると、少しお酒で赤くなった顔でほほ笑まれる。その表情にはちょっとだけ色気があった。
「『外』に目を向けてくれたことよ」
「? どういう意味?」
 アイリーンの返答にますます意味がわからなくなった。
 私が一発で理解できると思っていなかったのか、アイリーンは怒らずに、辛抱強く丁寧に解説してくれる。

「あなたって自分自身にずっと夢中になっていたから。だから、そんなあなたがほかの人に目を向けたっていうのはいい進歩よ」

 はぁ。
 そうですかねぇ。
 私はギルドに寄ったときにアイリーンに拾われた。でも、そのときから外に目を向けていたはずだけれど。そう思ったが、彼女が言いたいことは違っていたらしい。
「もう五十年も生きて、いろんな人に会ってるけど、あなたほど自分自身に精いっぱいな人はいない」
「それは……――」
 そうかもしれないと思った。
 私には武器を作るというセンスがなかった。だから、ギルドに連れていってもらったのはある意味、食い扶持を減らすために連れていかれたんだと思う。

「あなたはなにもを持たない武器職人の娘っていうことで劣等感を抱いてきて、早く親の元を飛びだして独り立ちしたかった。そうでしょ? だから、あのギルドで一件無茶に見える私の誘いに乗った」

 そうだった。
(自分にしかわからない)“祝福”のスキルを持っているにもかかわらず、そのスキルを認知されず、腕力もないから武器職人の跡取り娘としてはなんにも役に立たなかった私。
 だからアイリーンに声をかけられたとき、私は悩まなかった。だって、チャンスが目の前に落ちているんだったらそれを拾わなくてどうする?
 アイリーンは『審美眼』のスキルの持ち主だったけど、攻撃系スキルはほとんどない。
 それを知っていたから、ギルドの職員さんには『ちょっと無謀なんじゃないの?』という反応をされ、知らないほかの冒険者からは『女二人って(笑)』という反応をされたが、それでも彼女も私もごり押しした。
 それくらい、私もアイリーンも無茶だと言えるものだった。

「そのときから私は後悔していた。あなたの視野を狭めてしまったのではないかってね」

 そうか。
 まだ二人旅だったときの夕暮れにときどきなにか悩んでいる目をしていたのは、そういうことだったのか。
「でも、私の『審美眼』ちょっかんがあなたを拾わないと大変なことになるっていうから、あなたを離さなかったし、絶対に離してはダメって『審美眼』ちょっかんが囁いていたから、離すつもりもない」
「そうだったんですか」

 良かった、捨てられなくて。
 良かった、アイリーンが『審美眼』を持っていて。
 良かった、こんな攻撃力ゼロおにもつの私を必要としてくれて。

 私のすっきりとした表情を見て、寂しそうに笑うアイリーン。
「だから、よかった。私はそう思うわ」
「はい、私もアイリーンに拾われてよかった。そう思う」
 お互いに気遣いすぎていたんだ。
 だから、これからはもっと仲良くなれる、はず。

「それじゃ、じゃんじゃん飲みましょ!」

「ええ」
 せっかく楽しい夕食会なんだ。楽しまなくちゃね!!
 しんみりしてるなんて、もったいなさすぎるんだから!
 そう思って、大声で店員さんを呼ぶ。
 可愛らしいエプロン姿の女性店員さんはまいどぉと言いながら、こちらに来る。

「コノナ酒をピッチャーでよろしく☆」

 アイリーンは酔っているのか、気が大きくなっている……わけではない。彼女の本性だ。
「待ったぁ!! せめてジョッキにしてください!」
 コノナ酒は高級酒。
 日本酒でいうならば大吟醸レベル、もしくはそれ以上のもの。
 それをやすやすとピッチャーで頼むなんて。一瞬、店員さんもあっけにとられたのち、まいどありーと言おうとしたが、私の勢いに押されて、コクコクト頷いて、注文票を書きかええていた。

 短気による物理攻撃とならぶ二つ目の短所。それは大幅な金銭感覚の欠落。
 気を引き締めないと。
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