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どう考えても馬鹿ですね。
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宮殿の大広間の脇、普段ならば記録を取る書記官や裏方が控えている目立たない場所に二人は案内された。
そこから見える大広間には皇帝をはじめとした皇族、重臣たちがそろい始めているが、目の前に金髪の青年が二人にげんなりとした顔で頭を下げていた。
「二人とも急に呼び出して済まない。つい今しがた連絡があったもんで。あとから親父からも謝罪がいくと思う」
上に立つものが簡単に頭を下げてはいけない。
平時ならばそれをだれかしらがツッコんだのだろうが、今はツッコめる場合ではない。宮殿内においても上を下への大騒ぎになっている。
「いえ、これ以上の緊急事態はないと思うので構いません」
「同じくですわ。あの頃から愚かだとは思っておりましたが、ここまで愚かだとは」
その騒ぎの元凶にちょうどどう対処しようかと考えていたから渡りに船だったので、大丈夫だと二人は頷きあう。
リヒトはほどほどにしてくれよとレオに言いつつ、アメリアのほうを見て、なにかあるといけないからしばらくはここで待っててくれとほほ笑む。ええ、そうさせていただくわとその提案に頷くアメリア。
レオとアイコンタクトを取ったリヒトは、じゃあ、行ってくるわと悲壮な顔をして大広間の所定の場所に進む。
やがて、アメリアたちがいる場所から九十度左の扉が開き、二つの人影が大広間に入ってくる。一人はレオより少し背が低い茶髪の青年であり、もう一人は艶がある金髪の女性だった。その二人の姿を認めた瞬間、アメリアはびくりと震える。
そんな彼女の肩をやさしく抱くレオ。
彼らはそれぞれバドス王国の王太子ユージンとその妻ユリアと名乗り、緊急の謁見に感謝しているが、冷ややかに皇帝は用件を尋ねる。
「さて、今回前触れも出せないほどの緊急の用事のようだが、いかがした?」
政府要人の前触れのない越境行為。
侵略行為とみなされてもおかしくないものであり、なりふり構わないその行為を言外に非難された二人は一瞬、言葉に詰まるが、顔をくっとあげる。
「我が王国から重罪で追放されたものが、こちらの帝国で重用されてると聞き、どういった理由なのか伺いたい」
どうやら自我――という名前のわがままを通すらしい。アメリアを婚約破棄して、罪を着せた王太子ユージンはその性格は変わっていないようだった。
皇帝も目の前の王太子を支配者の息子として見ないことにしたようで、玩具で遊ぶボス猫のような表情になっていた。
「ほほう。どんな方がいつ追放されたのか、まずはそれを聞きたい。こちらにはそちらの王国の情報はあまり流れてこないからな」
「二年前に追放された元フォルツァンガ侯爵令嬢アメリアというものです」
そのすっとぼけた質問に必死な形相で答えるユージン。
自分が遊ばれていることに気づいておらず、同情はできなかったものの、可哀そうだなと思ってしまったアメリア。
皇帝はしばらくの間は遊び続けることにしたのか、どういった罪状で?と首をかしげる。
「王太子である私の婚約者であることをいいことに次々と高額な買い物をし、税務官を誑かしこんで税金を横領、気に入らない貴族令嬢たちを精神的に病むまで追いつめていった」
「さらに殿下だけでは飽き足らずに、王宮に何人もの男を連れこんでおりました」
贅沢品の大量購入に密通。
極刑になってもおかしくない内容に重臣たちは少しざわつくが、皇帝も皇太子も動揺しない。
それが彼らの嘘だと知っているから。
脇ではそんなことしてたのかと茶目っ気たっぷりにレオがアメリアに振ったが、彼も嘘だと知っていてやっていた。彼女はそれにまさかと言って、レオの足を踏む。かかとの低い靴で踏まれたからそこまで痛くないのに、大げさに怖い怖いと肩をすくめる。
皇帝たちがなにも言わないことをいいことに、ユージンたちは得意げな表情で続ける。
「あの女は追放された後、こちらの国で消息を絶っておりましたが、近ごろこの国の宰相とともに我が王国に侵攻しようとたくらんでいると噂が立っている」
「まったくですわ。こちらとしては良好な関係を続けたいと思っておりましたのに」
名指しされた宰相は否定しようとするが、皇帝に止められる。彼の意をくみ、素直に引き下がる宰相。
それ以上にたかが権力者の妻になっただけのユリアの発言に皇帝はわずかに眉をしかめたのだが、本当のことならば貴国との関係にひびが入る所業だなとあえてそれを否定しなかった。
「その張本人たちに直接問いただしたいのですが、可能でしょうか?」
調子づく一言にユージンは我が意を得たりと皇帝に尋ねるが、皇帝が答える前にこちらから願うところですわと凛とした声が大広間に響いた。
「アメリア」
「お姉さま」
彼らに近づいても、もうアメリアは震えなかった。
むしろ、二年たっても変わらない彼女の気迫にユージンとユリアのほうが恐怖を感じていた。あと数歩で彼らと握手できるところまで進んだ彼女はごきげんよう、二人ともと笑顔で言うが、彼らはまともに返答をすることができなかった。
「ところで、その私がこちらの宰相閣下と王国へ侵攻をたくらんでいるという証拠はどこにあるのですか? そうですわね、できることならば私が直筆で書いたものとそれの筆跡を確かめるもの、そして実際に動かす予定の兵士たちの証言と」
彼らが求めているのはアメリアが帝国と結託し、王国に侵入しようとしていたという本人の証言だけ。逆に言えば確たる証拠さえあればたとえ帝国だろうとも、アメリアを引っ立てることはできるのだ。
それを逆手に取ることにしたアメリアは指折りながら聴衆に向けて説明していくと、なにも返せなかったユージン。
「まさか証拠がないのに私を追い詰めていたのですか? そんなわけありませんよねぇ。もちろん二年前の事件もきちんと証拠を集めて出しておられたのでしょうから、それができない殿下ではございませんよね?」
二年前、アメリアを極刑にできなかった理由。
それはただ確たる証拠、書面などがなく、貴族令嬢や、税務官、商人たちの証言しか取れなかったからだ。
背後では、レオも彼女の演説にクスクスと笑っている。
「それに今の宰相閣下は親バドス王国派であり皇帝陛下の乳兄弟。そんな方がわざわざ脛に傷を持つ私と手を組みますでしょうか?」
皇帝の脇にいる宰相にそう尋ねると、いや、ないなと否定する。
落ち延びてきた少女に一国の宰相がわざわざ手を差し伸べるなんて、まったく利益が見合わない。そう指摘すると、顔色をなくしていくユージン。
「だからあなたがおっしゃっていることは荒唐無稽なこと。証拠もないのにでっち上げないでくださいませんか? 帝国に対しても失礼ですわよ」
「まったく彼女の言う通りです。あなた方よりもアメリア嬢のほうが外交官としてふさわしいのではありませんでしょうか?」
アメリア自身は侮辱されても構わないが、帝国を侮辱するのはそれこそ外交問題になるのではとやんわり指摘すると、それまで黙っていたレオも追撃する――が、微妙にずれている気がすると思ったのは、アメリア本人だけではないだろう。
案の定、ユリアがレオの言葉にかみつく。
「あら、随分と姉のことを良く言われるのね。知らない人間には口を挟んでほしくないのですが」
「これはユリア・フォルツァンガ侯爵令嬢、僕のことを知らないとはずいぶんと偉くなられましたね」
随分な物言いに、レオが冷ややかにユリアを見る。
アメリアはそういえばと場違いにも三年前の事件を思いだしてしまった。
彼はそうだ。私自身が追放される間接的な原因を作らせた張本人だったわね。
「貴様はいったい何者だ。ユリアに向かってそんな風に言うとは、正式に侮辱罪として処分を検討してもらわねばいけないな」
「だそうですが、いかがでしょうか?」
事情を思い出していない王太子とユリアは皇帝と皇太子に助けを求めるが、二人とも首をかすかに横に振る。それを見たレオは冷たい笑みを浮かべて、二人に宣告する。
「どうやらあなた方に援軍はないようですね……ああ、自己紹介をしておきますと、僕はバルゼディッチ公爵レオと申します。以後、お見知りおきを」
それはまるで、死神のような形相だった。
そこから見える大広間には皇帝をはじめとした皇族、重臣たちがそろい始めているが、目の前に金髪の青年が二人にげんなりとした顔で頭を下げていた。
「二人とも急に呼び出して済まない。つい今しがた連絡があったもんで。あとから親父からも謝罪がいくと思う」
上に立つものが簡単に頭を下げてはいけない。
平時ならばそれをだれかしらがツッコんだのだろうが、今はツッコめる場合ではない。宮殿内においても上を下への大騒ぎになっている。
「いえ、これ以上の緊急事態はないと思うので構いません」
「同じくですわ。あの頃から愚かだとは思っておりましたが、ここまで愚かだとは」
その騒ぎの元凶にちょうどどう対処しようかと考えていたから渡りに船だったので、大丈夫だと二人は頷きあう。
リヒトはほどほどにしてくれよとレオに言いつつ、アメリアのほうを見て、なにかあるといけないからしばらくはここで待っててくれとほほ笑む。ええ、そうさせていただくわとその提案に頷くアメリア。
レオとアイコンタクトを取ったリヒトは、じゃあ、行ってくるわと悲壮な顔をして大広間の所定の場所に進む。
やがて、アメリアたちがいる場所から九十度左の扉が開き、二つの人影が大広間に入ってくる。一人はレオより少し背が低い茶髪の青年であり、もう一人は艶がある金髪の女性だった。その二人の姿を認めた瞬間、アメリアはびくりと震える。
そんな彼女の肩をやさしく抱くレオ。
彼らはそれぞれバドス王国の王太子ユージンとその妻ユリアと名乗り、緊急の謁見に感謝しているが、冷ややかに皇帝は用件を尋ねる。
「さて、今回前触れも出せないほどの緊急の用事のようだが、いかがした?」
政府要人の前触れのない越境行為。
侵略行為とみなされてもおかしくないものであり、なりふり構わないその行為を言外に非難された二人は一瞬、言葉に詰まるが、顔をくっとあげる。
「我が王国から重罪で追放されたものが、こちらの帝国で重用されてると聞き、どういった理由なのか伺いたい」
どうやら自我――という名前のわがままを通すらしい。アメリアを婚約破棄して、罪を着せた王太子ユージンはその性格は変わっていないようだった。
皇帝も目の前の王太子を支配者の息子として見ないことにしたようで、玩具で遊ぶボス猫のような表情になっていた。
「ほほう。どんな方がいつ追放されたのか、まずはそれを聞きたい。こちらにはそちらの王国の情報はあまり流れてこないからな」
「二年前に追放された元フォルツァンガ侯爵令嬢アメリアというものです」
そのすっとぼけた質問に必死な形相で答えるユージン。
自分が遊ばれていることに気づいておらず、同情はできなかったものの、可哀そうだなと思ってしまったアメリア。
皇帝はしばらくの間は遊び続けることにしたのか、どういった罪状で?と首をかしげる。
「王太子である私の婚約者であることをいいことに次々と高額な買い物をし、税務官を誑かしこんで税金を横領、気に入らない貴族令嬢たちを精神的に病むまで追いつめていった」
「さらに殿下だけでは飽き足らずに、王宮に何人もの男を連れこんでおりました」
贅沢品の大量購入に密通。
極刑になってもおかしくない内容に重臣たちは少しざわつくが、皇帝も皇太子も動揺しない。
それが彼らの嘘だと知っているから。
脇ではそんなことしてたのかと茶目っ気たっぷりにレオがアメリアに振ったが、彼も嘘だと知っていてやっていた。彼女はそれにまさかと言って、レオの足を踏む。かかとの低い靴で踏まれたからそこまで痛くないのに、大げさに怖い怖いと肩をすくめる。
皇帝たちがなにも言わないことをいいことに、ユージンたちは得意げな表情で続ける。
「あの女は追放された後、こちらの国で消息を絶っておりましたが、近ごろこの国の宰相とともに我が王国に侵攻しようとたくらんでいると噂が立っている」
「まったくですわ。こちらとしては良好な関係を続けたいと思っておりましたのに」
名指しされた宰相は否定しようとするが、皇帝に止められる。彼の意をくみ、素直に引き下がる宰相。
それ以上にたかが権力者の妻になっただけのユリアの発言に皇帝はわずかに眉をしかめたのだが、本当のことならば貴国との関係にひびが入る所業だなとあえてそれを否定しなかった。
「その張本人たちに直接問いただしたいのですが、可能でしょうか?」
調子づく一言にユージンは我が意を得たりと皇帝に尋ねるが、皇帝が答える前にこちらから願うところですわと凛とした声が大広間に響いた。
「アメリア」
「お姉さま」
彼らに近づいても、もうアメリアは震えなかった。
むしろ、二年たっても変わらない彼女の気迫にユージンとユリアのほうが恐怖を感じていた。あと数歩で彼らと握手できるところまで進んだ彼女はごきげんよう、二人ともと笑顔で言うが、彼らはまともに返答をすることができなかった。
「ところで、その私がこちらの宰相閣下と王国へ侵攻をたくらんでいるという証拠はどこにあるのですか? そうですわね、できることならば私が直筆で書いたものとそれの筆跡を確かめるもの、そして実際に動かす予定の兵士たちの証言と」
彼らが求めているのはアメリアが帝国と結託し、王国に侵入しようとしていたという本人の証言だけ。逆に言えば確たる証拠さえあればたとえ帝国だろうとも、アメリアを引っ立てることはできるのだ。
それを逆手に取ることにしたアメリアは指折りながら聴衆に向けて説明していくと、なにも返せなかったユージン。
「まさか証拠がないのに私を追い詰めていたのですか? そんなわけありませんよねぇ。もちろん二年前の事件もきちんと証拠を集めて出しておられたのでしょうから、それができない殿下ではございませんよね?」
二年前、アメリアを極刑にできなかった理由。
それはただ確たる証拠、書面などがなく、貴族令嬢や、税務官、商人たちの証言しか取れなかったからだ。
背後では、レオも彼女の演説にクスクスと笑っている。
「それに今の宰相閣下は親バドス王国派であり皇帝陛下の乳兄弟。そんな方がわざわざ脛に傷を持つ私と手を組みますでしょうか?」
皇帝の脇にいる宰相にそう尋ねると、いや、ないなと否定する。
落ち延びてきた少女に一国の宰相がわざわざ手を差し伸べるなんて、まったく利益が見合わない。そう指摘すると、顔色をなくしていくユージン。
「だからあなたがおっしゃっていることは荒唐無稽なこと。証拠もないのにでっち上げないでくださいませんか? 帝国に対しても失礼ですわよ」
「まったく彼女の言う通りです。あなた方よりもアメリア嬢のほうが外交官としてふさわしいのではありませんでしょうか?」
アメリア自身は侮辱されても構わないが、帝国を侮辱するのはそれこそ外交問題になるのではとやんわり指摘すると、それまで黙っていたレオも追撃する――が、微妙にずれている気がすると思ったのは、アメリア本人だけではないだろう。
案の定、ユリアがレオの言葉にかみつく。
「あら、随分と姉のことを良く言われるのね。知らない人間には口を挟んでほしくないのですが」
「これはユリア・フォルツァンガ侯爵令嬢、僕のことを知らないとはずいぶんと偉くなられましたね」
随分な物言いに、レオが冷ややかにユリアを見る。
アメリアはそういえばと場違いにも三年前の事件を思いだしてしまった。
彼はそうだ。私自身が追放される間接的な原因を作らせた張本人だったわね。
「貴様はいったい何者だ。ユリアに向かってそんな風に言うとは、正式に侮辱罪として処分を検討してもらわねばいけないな」
「だそうですが、いかがでしょうか?」
事情を思い出していない王太子とユリアは皇帝と皇太子に助けを求めるが、二人とも首をかすかに横に振る。それを見たレオは冷たい笑みを浮かべて、二人に宣告する。
「どうやらあなた方に援軍はないようですね……ああ、自己紹介をしておきますと、僕はバルゼディッチ公爵レオと申します。以後、お見知りおきを」
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