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9話 お祝い②

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「さて、それじゃあ……のどかさんの高校生活の新たな門出を祝して……乾杯!」
「かんぱ~い!」

 新たな門出って、それはちょっと仰々しいというか大袈裟なんじゃない? と思う人はまるで分かってない。殺してやりたいと幾度も呪い続けた相手が死んだ。これこそ第二の誕生日として毎年神に感謝する記念すべき吉日であり、新しい人生の始まりに相応しい。その点、平時の三割増しのテンションでニッコニコな先生はさすが、よく理解してくれている。
 もちろん、不運を逃れたクズがまだ一人しぶとく残っているので、完全には安心できない。だが……
 
「相手が一人なら……戦える。うん……大丈夫、絶対勝てる……!」

 半ば願望を自分に言い聞かせているようだが、断じて違う。士気を上げ、己を鼓舞しているのだ。
 実際、気持ちさえしっかりしていればまず負けない。死んだ二人は髪を染めてタバコも吸う根っからの不良で、高圧的かつ暴力的な性格をしていてすごく怖かった。しかし、残った一人は主に陰湿で地味ないじめを担当する陰キャで、性根こそ同じく腐りきっているが細身で力は大したことない。
 私自身も人のことを言えたものではないが……それでも、あいつならなんとかなる。

「そうだね……のどかさんは、ずっと辛いことに耐えることができた強い子だ。きっと負けないって、俺も信じてるよ」
「先生……ありがとう」

 先生にそう言われて、肩の力がすっと抜けると同時に、無意識に気負っていた心も大分軽くなった。
 幸い、他の同級生は煽られたり強制されたりしない限り、積極的にいじめに関わることはない。自分がターゲットにされたくないという恐怖心は分かるから、それ自体を非難するつもりはないが……この先、いじめがなくなっても、私に友達ができることはもうないだろう。
 だけど、それは別にいい。たとえ誰とも話さない孤独な学校生活になったって、今よりはずっといい。私には家族がいるし、先生がいる。それだけで十分だ。

「うわあ……こんなにいっぱいコンビニスイーツが……。なんていうか、こう……すっごい贅沢な気分!」

 ベンチに所狭しと並べられた魅惑的な甘味の数々は高級スイーツバイキングさながらで、まさに圧巻の一言だった。SNSなんてやめたから映えなんてどうでもいいけど、あまりに素晴らしい光景に思わずスマホでパシャパシャと何枚も写真を撮ってしまう。

「あはははは。まあ、なかなか経験することはないよね。食べ過ぎたら太りそうだけど」
「う゛ぅ~、このタイミングでそれ言うかなぁ……。先生、カウンセラーなのに空気読めないね」

 いつの間にか、お互いにちょっとした軽口も利けるようになっていることを密かに嬉しく感じながら、私は迷いに迷って生クリームがたっぷり入った定番のロールケーキに手を伸ばした。

「っていうか、今さらだけど先生、こんな明るい時間に私とおやつなんて食べてていいの? ちゃんと仕事してるの?」

 ふと、今まで疑問だった不躾な質問を率直にぶつけると、先生は抹茶のシフォンケーキを一口頬張って「うん、おいしいな」と呟いてから何気なく答えた。

「俺は非常勤講師だから、割と時間に余裕があるんだよ。まあ、のどかさんのお祝いなら仮に仕事があってもなんとかして休むけどね」
「……ふ~~~~ん、そ、そう……」

 さらりとそんなことを言ってのける先生の神経を疑いながら、気恥ずかしさを誤魔化すために濃厚でなめらかなクリームを豪快に口へ放り込む。

「あーあ、先生がうちの学校のスクールカウンセラーならよかったのになあ……」

 私の高校にはカウンセリング用の相談室なる部屋があるものの、現在はただの埃っぽい物置と化している。昔はカウンセラーがいたのかもしれないが、経済的な理由かあるいは制度上の理由か、今は保健の先生がその役割も担っている。いつも億劫そうに嫌々仕事をしているおばさんで、いまだかつて悩みを相談する生徒を見たことはないが……。

「そしたら、休み時間も放課後も退屈しないのになあ……。いっつもあんな森まで行くのも面倒だし」
「そうだね、それは楽しそうだ……。といっても、さすがに勤務中は今みたいにゆっくりできないだろうけど」
「ええ~~? そんなに忙しいかなぁ。私とおしゃべりするのが唯一の仕事になるって、絶対。あっはははは!」

 自分で言っていて悲しくなるが、うちの学校でカウンセリングなんて大層なものをわざわざ受けそうなのは、いじめられている私くらいなものだ。先生は若いし整った顔立ちをしていて清潔感もあるので、そういう意味で訪れる女生徒はいるかもしれないが……少なくとも、いじめの罪悪感に苛まれて懺悔をするような殊勝な人間は確実にいない。

「はははっ、それが平穏で一番なんだけどね。実際には、生徒から直接話を聞くだけがスクールカウンセラーの仕事じゃないから、意外と大変なんだよ。例えば……――」

 こんな調子で、私と先生は日が暮れるまで食べて、飲んで、話した。
 ……本当は、少しだけ怖かった。私をいじめていた奴が、なぜか相次いで不審な死を遂げていることが。そして何より……人の死を心から喜んでいる自分が。
 私は、あいつらのことを一生許さないし、一生恨み続けるし、一生軽蔑する。その気持ちは間違っていないと思うし、変わらなくていいと思う。だけど、そんなクズのせいで私の心まで歪んでしまったことは悲しくて、悔しくて、怖かった。

 でも……先生と話している間だけは、そんな恐怖と後ろ暗さを忘れることができた。
 多分、私は夢を見つけたのだ。自分はこうありたい。いつかこうなりたい。憧れて、尊敬して、誰よりも私自身が胸を張って堂々と前向きに生きていける、そんな夢を――――。
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