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7話 釣り②

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「!? わっ、わわわっ!?」

 静かにたゆたっていたウキがポチャリと沈むと同時に、釣竿が強い力でぐいっと引っ張られた。私は折れそうなくらいしなる釣竿のグリップをしっかりと握り直し、勝手に回り始めたリールを慌てて押さえた。
 どうやら魚が餌に食いついたらしい。……ということは辛うじて理解できたが、残念なことに釣り初体験の私には、この後どうするのが最適解なのかさっぱり分からない。
 前もって聞いておけばよかったと後悔しながら、とにかく糸を巻き取ろうと勢いよくリールを回すが、何をトチ狂ったのか逆方向に回してしまったリールから猛スピードで糸が繰り出される。

「えっ?! なん、えっ? ちょ、まっ、ええええぇえっ??」

 完全に混乱状態に陥った私は、竿を上下左右に振り回して相手を疲弊させるという効果が謎な作戦に切り替えようとした。が、そんな愚行を犯す前に背後から伸びた手が私の手と重なる。

「焦らなくて大丈夫。無理に引き寄せずに、しばらくこのまま楽しめばいいから」
「はぁああああ?? い、いやっ、たのし、とか、いっ、ちょっ、早く……っ」

 楽しむとかいいから早くなんとかして! と心の中で叫ぶが、口から出たのは意味をなさない言葉未満の何かだった。
 それから十数秒――体感ではもっと長く感じたが――パニックと魚の両方を相手に懸命に抗っていると、根負けしたのか魚の動きが徐々に鈍り、手に伝わる振動と重みが軽くなっていった。呼応するように心拍数も下がって私もだんだんと落ち着きを取り戻し、ほっと息をつく。
 ゆっくりと糸を巻き取り、水面に映る魚影が近づいてきて、そして……。

「おめでとう、頑張ったね。これは……ヘラブナかな」
「わあ……」

 ようやく姿を現した好敵手は、頭の後ろがぷっくりとした全長三十センチ程度の菱形の魚で、水の外を嫌がるように尾ひれを激しくバタつかせていた。

「おっきいけど……意外とちっさい。すっごい引っ張られ方だったから、もっとこう……こーーんなやつだと思っちゃった」

 両手を目いっぱい広げると、先生は声を上げて笑った。

「あっははは! そんなに大きかったら、俺ものどかさんも湖に引きずり込まれてたなあ。まあ、初めて釣りをしたならそう思うのも無理はないか」
「う゛~……っていうか、先生ってけっこう意地悪だよね。私があんなにテンパってたのに、わざわざ長引かせてさ……」
「いやいや、釣りはあの時間が一番楽しいから、早く終わったらもったいないよ。釣り方としても正しいしね。それ以前に……正直に言うと、ここで釣りをするのは初めてだったから、本当に釣れると思ってなかったんだよね」
「えぇぇ……」

 この人、意外と適当なのかもしれない……と呆れていると、

「さて、それじゃあ……この魚、どうする? お土産に持って帰る? けっこうおいしいよ」
「…………は?」

 という想定外のセリフを投げかけられた。
 も、持って帰る? これを?
 一瞬、言葉の意味が分からなかったが、よくよく考えるとそういう選択肢もあるのか。改めて魚をまじまじと見ると、もはや抵抗を諦めたのか跳ねる暴れるはしなくなり、口をぱくぱくさせながら丸い瞳をこちらに向けて、煮るなり焼くなり好きにしろと私の決断を急かしている……気がする。

「う~~~~ん……」

 一番に考えたのは、両親の反応だ。まあ、驚くだろう。そりゃそうだ。釣りなんて興味ないはずの娘が、ある日突然学校帰りに釣り具もないのに生きた魚を持って帰ってきたら、間違いなく絶句する。
 とはいえ、喜んではくれる、とは思う。いじめられていることに気づかれないよう気を付けてはいるものの、部活にも入らず友達の家に遊びに行くことも、逆に招くこともない私を、二人とも心配している節がある。だから、久しぶりに誰かと遊んだ証があればきっと安心するだろう。……女子高生にしてはチョイスが渋すぎるけど。
 でも…………。

「……うん、別にいいや。逃がしてあげようよ」

 なんの罪もなく、ただいつものように自由に泳いでいただけのヘラブナさんの命を、私が身勝手に奪うのは……なんか嫌だ。
 じゃあ今後は肉や魚を食べないのかとか、そんなややこしくて高尚な話じゃない。単なる自己満足、というか意地だ。たとえ相手が魚だろうと、私は私をいじめている奴みたいな真似は絶対にしたくない。それだけの、馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうようなくだらない理由だ。

「いいの?」

 と確認しつつも、先生には私の答えが予想通りだったようだ。頷く私に微笑みを返すと、魚の口から優しく針を外し、そっと湖に戻した。

「ばいばい、ヘラブナさん。痛い思いさせてごめんね……」

 ……この一言は、さすがに我ながら痛々しくて子供っぽい。つい感傷的になってしまった自分が急に恥ずかしくなって、おそらく赤くなっているであろう顔を絶対に見られないよう先生から顔を背ける。

「……やっぱり優しいな、君は……」

 背後から聞こえてきた小さな呟きには、からかっていたり、面白がっていたり、そんな響きは全くなかった。どこか羨むような、慈しむような、憐れむような、卑下するような、そんな複雑な感情がごちゃ混ぜになっているように、私は感じた。
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