死にたがりの悪役令嬢

わたちょ

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今日も悪役令嬢は弱みを握れない

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今日も悪役令嬢は弱みを握れない 
「トレーフルブラン様。セラフィード様が諸外国に外遊に向かわれたというのは本当ですか」
「一か月ほど帰ってこられないとか聞いたのですけど……」
「ええ。そうですの。セラフィード様のお父上である国王陛下がお決めになったのですよ。この国の外の事もより深く学び今後の国の発展に繋げてほしいと。寂しいですがあのお方がより良い王になるために必要なことと思い我慢しなくてはね。
 でもお手紙だけなら送ることができますからもし伝えたいことがあれば何でも言ってきてくださいね」
「はい」
「あの、トレーフルブラン様……、グリーシル様がセラフィード様の外遊に同行することになったと聞いたのですが本当なんですか」
「そうなんですの。彼は立派な騎士。将来は王となるセラフィード様をお傍でお守りする役目を負うことになるでしょう。その為の経験にとこの度はご同行することになったのですよ」
「あのブランリッシュ様がお家のご都合でしばらくお休みなさると聞いたのですが、何かあったのですか?」
「トレーフルブラン様がお困りになるようなことは……」
「トレーフルブラン様がこの学園に来なくなるようなったりは致しませんよね」
「大丈夫です。心配なさらないで。ちょっとしたことですから」
 休み時間の度、途切れることなくやってくる少女たちに笑顔で対応する。放課後になっても少女たちはやって来て三十分近く教室で足止めを食らってしまう。矢継ぎ早にされる質問へ一つ一つ返事をしては少女たち一人一人に笑みを贈り続ける。神経が消耗されていくのに笑顔が引きつりかける中、優雅さだけは失わないように踏ん張った。
 そして何とか教室を抜け出したのはいいのだが、……どうしましょうか。
 行く場所がない。
 色々と考えたいことがあるので一人になりたいのだけど学園内何処に行っても人がいて……、私が行けばトレーフルブラン様、トレーフルブラン様と人がわんさか寄ってきてしまう。何時もは一人になりたいときはテラスに行くのだが……、今はいけない。
 先ほど行ってみた所さやかがいた。本来なら許されないのだがセラフィード辺りが勝手に許可したのだろう。一人でも構わず入っていいと。テラスに入れる生徒ともいえば私かあの五人だけだから学園では居づらいことになっている彼女には居心地のいい場所かもしれない。
 私も入れるのだという事を除けば。
 忘れているというか、考えていないのだろう。私と鉢合わせになる可能性を。何かあればすぐに私のせいにするくせして彼らは普段の生活の中では私の事など欠片も気にかけていないのだ。居もしないものとして扱っている。鉢合わせてやろうかとも思ったが、多くの問題が解決できずにいる今、余計な騒ぎを起こしたくない。残念だがテラスは後にした。
 けどテラスを後にしてしまうと私が一人になれる場所など早々なくて……。
「トレーフルブラン様。お聞きしたいことがあるのですが……」
 ああ、また少女たちがやってくる。
「はい。なんです」
「あのセラフィード様の事なんですが」
 またその事かとうんざりしながらも口は何でも聞いてくださいねと柔らかに動く。ああ、私の馬鹿と思うけれど仕方ないではないか。私はこの国一の淑女であり、いつかは王妃になる存在。今はの話であるもののそれでも民の願いにこたえる役目があるのだ。
「あの「トレーフルブラン嬢」
 少女が話そうとしていた声を遮って低い声が私の名を呼んだ。
 突端に走るおぞけ。びしりと固まってしまうのを一瞬で治して何とかごまかす。あ、と少女が声を上げて私の後ろを見る。見たくもないが最高の令嬢として聞こえなかったふりなどできるはずもない。口元が強張るのを無理にあげて笑う。
「はい。なんでしょう」
 振り返れば見ただけで吐きそうになる不潔な姿。
「頼みたいことがあるのだが、来てはくれないか」
 嫌ですと言ってしまいそうになった所をいいですよと肯定の返事にする。少女にはお話はまた後でごめんなさいねと云って謝った。それに頷いた彼女はではと云ってそそくさと消えていく。見やれば他にもいたはずの生徒たちが皆いなくなっている。全てこの先生が来たからだろう。私も即座に逃げたいが向こうから問題の一つがやってきてくれたのだ。ここで尻尾を巻いて逃げるなど淑女の恥。迎え撃たねば。
 見ていなさい。グリシーヌ先生。今日こそ弱みを握って差し上げましょう。
 ……と、息まいていたというのに……私は今一人黙々と授業に使うプリントを分ける作業に勤しんでいた。
 何でも積み重ねていたら全部倒して混ぜてしまったんだとか。それをプリントごとに分けて、次いで指示された枚数ごとに重ねていくのが頼まれた仕事。そんなの自分の失態なのだから自分でやりなさいよ。生徒に手伝わせるとしてももっと身分の低いものを使うものでしょうがと思ったが口には出せなかった。
 仕方なくやり始めれば、先生は用事があるからとかいって何処かに行くし。
 ああもうこれだから平民では。幾ら教師と云えども生徒を顎で使っていい訳ではないのよ。家柄の違いと云うのは生徒だけでなく教師にも適用されるのですから。それもあの先生と私の間にはどうやったって埋まらない格の差と云うものもあるのですからね。
 云えないのが悔しい。見てなさい。弱点を掴んだら今までの屈辱全て晴らして見せるんですから。
 私に掛かればこれくらいの仕事朝飯前。早く終わらせて帰ってくる前に部屋の中を探ってやります。
 えっと、こっちはここで、これはそっちか。
 ……まあ、単純作業だし考え事にはちょうどいいかもしれない。場所は少々不潔だけどやっと一人きりにもなれたんだし、色々考えながらやることにしよう。
 まずはやっぱりあの五人をどうするかか。時間稼ぎとしてそれぞれの家に手を回して学園から遠ざけたのでさやかへの悪意は五人が戻ってくるまで少しは落ち着くはず。五人ともさやかと連絡を取ることは不可能。そうでありながら私は五人のうち三人と連絡が自由に取り合える。
 ここでそれとなく何度も連絡を取り合っていますわよ。アピールを周りにして、やっぱり特別は私なのだと思わせられればあの五人が帰ってきても多少の間は抑えておける。五人の内一番早く戻ってくる予定の奴でも三週間後だし時間稼ぎとしては充分だ。
 その間に細々としたこと、例えば取り巻きの距離を置くとかをしていけばいいだろう。予定より早くなったがあの五人が帰ってくるとそこまで手が回らなくなるから早めに動いておくことが重要。そう云った細かい事をすませて置いての特にセラフィードが帰ってきてからの決戦に向けて準備をしなければ。
 さやかと五人にはダンジョンの攻略、それに魔王を倒してもらわなければならない。そのために必要なレベル上げは私がすることにした。と云っても直接言った処で聞くはずがない。なので虐めながら鍛えていくことにした。どうやればいいのかなんてまだ考えついてもいないが兎に角それとなく鍛えていく。
 今回学園から離したのだって時間稼ぎだけでなくそれぞれ別の場所で鍛えてこいという意図もあるのだ。帰ってきたころには多少足りなくともだいぶ鍛えられているだろう。その残りの部分を鍛えていく。
 どんな方法がいいだろう。その他にも一族の不正の書類とかも作らないといけないし……そこら辺も考えていかないと。それから他は…………
ふぅ。これで凡その流れは決まった。最近は家に帰ってもブランリッシュや親が何だかんだと煩くて考える暇がなかったから良かった。後は細かい部分を詰めていくだけ。何とかできそうだ。
 プリントを分ける仕事も終わったし早速先生の弱点探しと行こうじゃありませガチャ
「終わっているのか。早いな」
 何てタイミングで帰ってくるんですの。後一歩でしたのに。
「すまなかったな。助かった」
 本当ですわよと云いたい所を我慢。いえこれぐらいわ。また何かありましたらいつでも頼ってくださいねなんて思ってもいないことも口にした。
「ああ。そうだ今日の礼だ。受け取ってくれ」
「はい」
 貴方の贈ったものなんてもう受け取りませんわと思い結構ですというはずだったのに私は気付けば頷いていた。先生が差し出したのが私の好きなケーキ屋の箱で受け取ってしまっていた。
 ああ、屈辱。
 でも食べ物に罪はないの。それにこの甘い匂いには勝てないわ。もしやこれは私の大好きなプリンなのではなくて。なんだか箱が冷たいように思うし絶対そう。生クリームたっぷり砂糖多めのプリンはとても甘い上にとろけるような舌触りで考え事をした後に食べると天国かと思うほど癒されてしまうの。
 くっ。やりますわね。先生。見た目の割に女心を掴んでくるというか。
 あ、でもこれはさっきも云った通り砂糖多めでカロリーを気にしやすい女子に送るには如何かと云う品物でしてよ。今は考え事をしていたから喜んでしまったけど、そうでなかったら私もこれは、これは……。
 ハッと先生を見てしまう。
「どうかしたか」
 低い声に何でもありませんわ。ありがとうございました。ではと不自然ではない程度に早口で返してしまった。部屋の中から出て扉を閉める。廊下を歩きだすのにまた逃げてしまったと思ってしまうけれど、今はそれどころじゃない。
 今一番の重要事項はこのプリン。と云うより今回の事すべてか。
 何も考えなかったけど、よく思えばあまりにタイミングが良すぎてはいないか。私が一人になりたいと思っていた時に先生からの用事が頼まれるなんて。それも一人きりでできるもので深い思考を必要としない単純作業。あの先生の部屋ならば他の生徒は近づいてくることもないでしょうし。
 そして、このプリン。
 もしかして、もしかして……気遣われた?
 私が一人になって考え事をしたいと思っているのがばれていた?そんな馬鹿な……。でもあの先生が生徒にものを頼むことなどあまりありませんし、あれぐらいの事で生徒を使うというのもこの学園では基本的にありえないこと。
 いえ、考えすぎよ。たまたま今日だっただけで、先生は平民でだから分かっていないだけで……、あるわけないじゃないそんなの。私が誰かに気遣われるなんてそんな事……。
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