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勇者と魔界

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 うわあああああああああああああああ!


 マーナの誕生日パーティの翌日、魔王城の中で目が覚めた勇者は朝から大きな声を上げていた。
「大丈夫ですか。勇者様」
 目の前にはにっこりと笑うマーナの姿。ばくばくと勇者の心臓は鳴り響いていた。知らぬ間に眠っていた部屋に異性がいるのだから当然の反応ともいえる。マーナの場合は後ろにいる魔王のことを思い出してしまって
さらに恐ろしくなってしまうのだ。
「だ、大丈夫だよ。マーナちゃん。起こしに来てくれたのか。ありがとう」
「いえ、それよりも朝食の準備できていますよ。早くいらしてください」
「ああ。分かった」
 震えた声で答えた勇者に対してマーナは何処までも笑顔だった。純粋無垢な笑みを向けてくる。心臓を落ち着かせながら勇者は身支度を整えていく。マーナは去るかと思えば去ることなく勇者の身支度が終わるのを待っていたので大急ぎになってしまった。
 行こうかと手を差し出せばとても嬉しそうに頷く。

 朝食は魔王とも一緒だった。他にスイレイも一緒に行って四人で朝食を食べた。魔界での食事はいつぞやのピクニックの時よりもおぞましいものが出てきた。それでも楽し気な子供たちの雰囲気を壊さぬようにと黙々と食べた勇者を魔王が凄いななんて言っていてわざとだったことがよく分かる出来事だった。
 朝食を食べ終えた後は魔王を覗いた三人は魔界観光へと出かけた。



「……これは絶景だな」
 呟く勇者の声には少しだけだが恐怖が混ざっていた。三人が今いるのは魔界一高いと言う山頂で、見下ろす景色は下の地面さえも見えないほどであった。しかも山頂と一応言っているものの本当に山と言っていいのか分からないほどには細長く勇者と子供二人が立っているだけでも少し余裕がある程度大人が五人もいればすぐにぎゅうぎゅう詰めになりそうなほと狭かった。
 足元から吹きすさぶ風が恐ろしくこれは絶対観光にはならないななんて現実逃避の一環に勇者はそんなことを思った。
 ただマーナとスイレイ二人の子供たちはけろっとした顔で立っている。全く怖くなさそうだった。
「ほら勇者様見てください、あそこ。
 あそこから崖になっておりますでしょう。あそこから先は何処にもつながっていなくて魔界はそこで途切れているのです。それがぐるっと一周して円の形になっていますので、こちらの世界は表の世界よりは広くないのですよ。
 ただ狭い世界の中環境の変化が表の世界よりも激しくて人の住む場所としては適していないのではないかと思いますね。環境の変化に対応するためなのか様々な形をした種が多く、それぞれの環境に適した姿をしているのです。
 ほら、スイレイなんかはあちらの山が燃えている地区で生れたんです」
「勇者様も後で是非きてください。ここから出は見えませんが、すこしてまえにちょうどいい大きさの岩があってそこなら熱さを気にする必要はないと思います。
 子供たちがにこにこと笑う。スイレイがきらきらとした瞳で見てくるけれどそれより怖いと思っている勇者にはあまり伝わっていない。何とか分かるのは魔界が思っていたより狭いと言う事と、魔族は目がいいと言う事だ。人間よりは色んな所が鋭いのは分かっていたことだが、子供でもすごかった。勇者には二人が言う景色は何一つ見えていなかった。
 あまり悲しませたくはないけど、ここで嘘を言ってもいいものかと悩んでさすがに勇者は今回は素直に見えないと言っていた。魔族二人が驚いた顔をしていた。
「ごめんな。本当に申し訳ないんだけど、俺には何個か立っている山が見えるだけで、それ以外は何も見えないんだ。
 だから見える場所に連れていてくれないか」
 怖いからとはさすがに言わず懇願した。
 分かりましたとマーナとスイレイは素直に頷いてドラゴンを呼び寄せていた。ここまで来たのもドラゴンだった。近くに来たドラゴンを良い子ねとマーナが撫でる。何でも聞いた話だとそのドラゴンはマーナのペットらしかった。
 ドラゴンもてっきり魔族だと思っていた勇者は驚くと同時に長年の疑問も解けていた。ずっと乗られる魔族と乗る魔族がいることが気になっていたのだ。上下関係などもあるのだろうがそれにしても何かおかしくないかと思っていたが、そもそも片方は魔族でなかったとは。勇者は魔界に住むすべてが魔族だと思っていたが二人の話によるとそうではなく他種族とも意思疎通ができるものだけが魔族と呼ばれそれいがいは魔獣と呼ばれる獣だったらしい。
 知らないことがたくさんあるんだなとその時勇者は少しだけ己の無知を反省した。そしてこれからはできる限り多くのことを学んでいこうと思ったりもしたのだが、
 学ぶって難しいなと勇者は遠い目をしていた。
 崖の上から手ごろな岩にまで映ってきた三人だが今度は凍えるように寒かった。ぎゅっとマーナとスイレイが勇者の足元に抱き着いてきている。
「勇者様ここは氷河地帯です。ここで暮らすものも多くいるのですが、私たちは寒くてあまりここには来ませんわ。ただお父様なんかはよく来ています」
 がたがたがたがた歯をならして勇者はもう別の所にいこうかなんて言ってしまっていた。一つひとつしっかり見て学びたい気持ちはあるが、寒さにたえられないのだった。分かりましたとドラゴンがまた来る。次の場所に行きましょうとドラゴンの背に乗り飛び立っていた。
 

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