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魔王の娘と冬 後

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だぼだぼな服を着せて何とか訪れた町の洋服店で勇者は頭を抱えて悩ませていた。
 何でも好きな服を選んでねとマーナにはいったのがそのマーナがどれでもいい。よく分からないので勇者様が選んでくださいとそう言ってきたのだ。
 女性が着る服なんて勇者の方が知る筈がなくてどれを選べばいいのか知っている女性全員に聞いて回りたいぐらいの気持ちだ。
「えっと、マーナちゃん普段ブラウスに黒いスカートでちょっと大人っぽいけどそんな感じがいいのか。
「? そうですか? よく分からないのでなんでもいいです」
 あーーーっと勇者からは声が出ていく。いろんな場所に目が泳ぐがマーナはにこにこと笑うだけなので頼りにはならなさそうであった。マーナの目は点内に飾られたたくさんの服を見ているもののどれも興味深そうというだけでこれを着たいと言うような意思は感じられなかった。
 本当にどれでもいいのと勇者が聞いてもはいと力強く頷くだけで救いに放ってくれなかった
「……とりあえずいつもの感じに近い形にしてみるけど……、俺と会う時以外もその恰好なの。何時も大体同じ格好だよね」
 マーナの服を思い出し、棚に向かいながらしどろもどろと勇者は聞いていた。もし違うならとそう勇者が言う中でいつも同じ格好とマーナは答えている。
「その恰好好きなの?」
「好きと言うか、魔界に子供用の服のデザインがこれしかないので」
「え」
 少しでも好みを聞きだせないかと知っていた勇者が固まった。マーナはたくさんの服を一つ一つ見ている。
「デザインがそれしかないって」
 思わず勇者はマーナの体を見るが、今は勇者の服を着ていてマーナの服が見えることはなかった。でもいつものマーナは白のブラウスに黒のスカートのシンプルなものだ。
「魔界ってこういうものはまだ全然整ってないんですよね。服を着だしたのも最近でデザインとか殆どないというか、全くなくてみんな同じ服を着てますよ」
「え、まじで。衝撃的事実なんだけど。否。確かにみんな同じような服着てるなとかは思ってたけど、あれ騎士服とかだと思ってた」
「騎士服ですか? ただ服があれしかないだけですけど。女性男性男の子女の子それぞれ一種類ずつしかないんです。そもそも服の歴史も浅くて何年か前にお父様が始めたのが始まりですし」
 物色の手を止めて勇者は今まで見てきた魔族の姿を思い出していた。そう言えば長い戦いの中で忘れていたが魔王を見た時部下と同じ格好何だと驚いた記憶がある。
「あーーー、そういや初期の頃ってみんな裸同然の格好してた気がするな。寧ろ裸の奴もいて女の子たちとかが大変だった気が……
「それまで魔族って人や他種族とあまり関わる事しませんでしたし、そもそも見た目が人でない者も多いのであんまり気にされなかったんですけどね。
 でも侵略地とはいえある程度レベルを合わせてやる必要もあるだろうってお父様が」
「ああ、ありがとう? こっちからみたら服着てない方が低レベルな気がするんだけど、なんかこっちが低レベルみたいな気がしてくるから不思議だね。
 あ、ちょっと待って、もしかして靴とかもない感じ。前からマーナちゃん靴はかないみたいだから気になってはいたんだけど……」
 マーナの足元を勇者が見つめる。マーナの足は何にも隠れることなく地面に触れていた。素足である。初めてあった時から実は気になっていたものの直接聞いたことは今までなかった。何せ勇者があって来た魔族の中で靴を履いているものなんて一人もいなかったから。
 魔族は靴を履くのが嫌いなのかなんてそんな風に考えていたのだ。
 今日初めて聞くのにマーナはその目を大きくさせて数回瞬きをしてから己の足を見ていた。
「靴ですか? えっと、それはもしかして勇者様が今履いているもののことですか。変なものを履いているなとは思っていたのですが……」
「なるほど……。これが種族の違いってやつなのか。魔族って他の種族と違って魔界にあったりするからな」
「妖精族も違いますでしょう。」
「ああ。そうだな。そういや妖精族も結構こっちの世界と常識が違って最初は意思の疎通に戸惑ったりしたっけ。そう言う意味じゃマーナちゃんとはわりとできてるから気付かなかったけど、やっぱりこういう所であるんだね」
 ひとしきり感心し終えた勇者はその辺も気にしていかないとねとそうマーナに笑っていた。そうですねと答えながらでもともマーナは言っていた。
「違いはたくさんあると思いますけど、これでも人間やこっちの世界に近くなっているんですよ。お父様が魔王になってからたくさんこちらのものを魔界に導入しましたから。
 だいぶ近くはなっているのです」
「へえーー。魔王が。なんか意外だな。こっちの世界のことなんて気にもしてないと思ってたけど」
 勇者の目が瞬きを繰り返す。意外だと首をひねってしまうのをマーナはじっと見てから、横に首を振って答えていた。
「そんなことありません。お父様はこちらの世界に大変興味を抱いておりますよ」
 ふわりと微笑む顔は魔王とは似ても似つかないものだ。その顔で私が言うのだから間違いありません。お父様はこの世界のことを気に入っていますとそう言っている。勇者の目はさらに信じられないものをみるような目になってマーナを見つめて、それから何かを考えるように上を向いていた。
 顎に手を当てて唸っている。
「ふううん。じゃあ、あいつがこっちの世界を襲うようになったのもそれが原因なのかな」
 首をひねり勇者が落とした。マーナの笑みは曖昧なものになってそれはどうでしょうと口にする。よそを見上げていた勇者がはっとマーナに戻ってその顔色が青ざめていく。
 御免なんてそんな言葉が勇者からは出ていた。
「マーナちゃんにこんな話するべきじゃなかったね」
「いえ。大丈夫ですよ。お父様がやっていたのは確かですから」
 気にしないでくださいと笑う顔は笑顔だ。仕方ないんですと笑顔で口にするので勇者はそれ以上は言えずに次の話題を探した。目が泳いで、マーナの足元を見る。
「そうだ。今日はマーナちゃんの靴も買っていい」
「え、でも、そんなに買ってもらう訳には」
 マーナも己の足元を見た。小さな足は普段から小枝の落ちているような地面を歩き回っているから細かい傷がたくさんついており、その上、この寒さに指先が真っ赤になっていた。
 それでも勇者を見上げてマーナの首は横に振られる。そんなわけにはと口にする彼女に勇者の首の方もまた横に振られていた。
「気にしなくていいからさ。これから雪も降るから履いていた方がいいと思うんだ」
「雪ですか」
 ねえと勇者が笑う。その目を見てマーナの目がきらきらと輝き始めていた。声が少し高くなって明るいものになっている。雪ともう一度呟いてその頬を赤らめている。
 一瞬だけそんなマーナの反応に勇者は首を傾けたもののすぐに笑顔になっていた。
「マーナちゃん知ってるの」
「はい! お父様が昔土産で持ってきてくれたことがあります。白くてふわふわして綺麗だったんですが、一瞬で溶けてしまって……」
 明るい笑顔でマーナが話す。だがしょんぼりと肩を落としていた。むうとその唇が尖って残念そうなそぶり。
「あーー、そうだよね。じゃあ今度雪遊びしようか」
「雪遊び?」
 んとマーナが勇者をみて首を傾ける。その大きな目はどういうことですかと問いかけてきている。知りたいですとそう語る目にうーーんと勇者は頬を掻いていた。あーーとマーナを見る。
「雪投げとか雪だるまとか作るんだけど……分からないよね」
 大きなマーナの目は瞬いている。
「今度教えてあげる」
「はい。楽しみにしてます」
 勇者が言えばマーナは満面の笑みで笑った。
「じゃあ、まずはお洋服選んで靴を買おうね。どうしようか。いつも着ているものにしようかと思ったけど違うものもいいのかな……。
 迷うね」
「そうですね」
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