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願いは流星とともに

第19話 鬼の牢番

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 話はさかのぼる。
 それは、ライツがまだ闇に近い場所をさまよっていた頃。


 薄暗い廊下を影が動いていく。
 コツコツ、という音が周囲に響く。彼の長い爪が床を叩く音だ。真っ直ぐに進んでいって、目当ての姿を見つけると彼は立ち止まった。
 子牛ほどの巨躯に黒く艷やかな毛並み。子どもなら丸呑みにしてしまいそうな漆黒の魔犬の口が開く。そこに並んでいるのは、全てを噛み砕くかと思われる鋭い牙。

 そんな恐ろしげな容貌をしているというのに。
「あんた、何してるの?」
 シィドは意外と優しげな声を発した。

「チャノユ。教えてもらったんだ」
 なかなかいいものだぞ、とケールは嬉しそうに声を弾ませた。

 こちらはこちらで、喜びでニヤける口元に犬歯が光る。人間より一回りも二回りも大きな体で、律儀に正座する姿は違和感しか生まれない。
「オレさぁ、そのチャノユっての知らないけど」
 シィドは呆れたような表情でケールを睨めつける。

「あんた、絶対に似合ってないよ」
「うるせぇよ」

 シィドとケールはお互いの顔を見合わせた後、腹の底からの大声で笑い合っていた。


 ここは闇妖精達が住まう領域。

 闇の妖精王の影響下にあるこの場所は、もし人間が訪れたのであれば暗く陰気な空気を感じるだろう。しかし、そもそもが光を求めない彼等にとって、こういった環境こそ最高なのである。

 ケールはそこで、牢獄の門番をしていた。

 闇妖精は彼等を見て分かる通り、姿や思想など一つに固まっているわけではない。見た目通り混沌であり、自由である。
 だから、彼等は秩序を嫌っている。だから、彼等を縛り付ける法律や倫理など、存在しない。

 そんな場所になぜ、牢獄があるのか。それは絶対的な掟があるからだ。

『他者の自由を侵すのであれば、自分の自由を奪われても文句は言えない』

 もちろん、粗暴な性格ゆえに守れぬ者がいる。そういった輩が、より強力な力をもつ存在に取り押さえられ、この牢獄に送られるのだ。
 闇妖精の中にはケールといった、そんな仕事を好んでする者もいる。だから、他の種族が思っているよりも、闇妖精の社会はうまく回っているのだった。

「とはいえ、平和だよな」
「だよなー、昔は騒ぎが結構あったんだけど」

 牢獄、と言われてはいるが、その実態は闇の妖精王が作り出した異界である。ケールが守っているのは、その入り口なのだ。
 外側からであれば容易に開くのだが、内側からはよっぽどの実力者でなければ脱出は難しい。もしかしたら可能かもしれない力を持つ者が投獄される際は、がんじがらめに封印されてから放り込まれる。
 だから実質、中からの脱獄はかなり難しい。むしろ、不可能と言っていい。

 しかし、先述の通り外側から開けるのは簡単だ。ケールがこの仕事を始めた頃、捕らえられた仲間を救おうと門に現れる者達がいた。
 そうした時は自慢の怪力で尽くを吹き飛ばしたものだと、彼は懐かしむ。

(今度はどこまで弾き飛ばしてやろうかなぁ)
 ケールの眼は、こうして体はまったりしている時も常に光っていた。いささかの気の緩みもない。

 しかし、そんな彼も油断していたのだ。門に近づく悪漢を排除していればいい、ただそれだけで門が破られることはない、と。
 すでにそのとき、内側で扉を叩く音がしていたというのに彼は気づかなかった。


「ん……ヌォッ!?」
 その時、世界が揺れた。

 ケールの巨躯は、跳ね上がった地面で軽々と持ち上げられた。シィドはとっさに飛来する瓦礫を避ける。大きな揺れは一瞬で静まったが、周囲の建物はその刹那に崩れてしまっていた。
「つつ、いったい何だ」
 巨大な石が当たった頭を抑えながら、ケールはようやく体勢を立て直す。横でシィドがある一点を見て唸っている。
「なっ」
 息を飲む。その視線の先にケールは信じられないものを見た。

「門が、開いてる」

 牢獄の入り口は、内側から強引に開かれていた。全ての光を飲み込む漆黒が、中に広がっている。
 その暗闇に金色の光が二つ、漂っている。それが目だということに気付くまで、少し時間がかかった。

「こいつ、どうやって」
 堅牢な門が破られる。そんなことはありえないはずだった。
 起こった事実に動揺したが、それは目の前の存在がかなりの力を持っている証でもある。

「だったら」
 ケールが転がっていた棍棒を拾い上げたのを見て、脱獄者の体がゆらりと揺れる。

 その瞬間、金色の瞳は上に跳ね上がった。
(速いっ)
 ケールは目で追うのがやっとだ。姿は見えるが、その驚異的な一歩でかなり距離をとられた。
 見た目の通り鈍重なケールには追いかけるのも難しい。

「あんたは他の奴が出てこないか見張ってろ。あいつはオレに任せとけ!」
 言うが早く、シィドは逃げた目標を追って走り出した。バネのような体が地を駆ける。

「悪ぃ、頼んだ!」

 もうすでに見えなくなった友人に声をかけ、ケールは再び暗闇に視線を戻す。
 闇の妖精王が事態に気付くまで、ここを死守する必要がある。再び鍵をかけられるとしたら、妖精王だけだ。

「さぁ、来るなら来いよ」
 棍棒を握る手に力がこもる。もともと考えるのは得意ではない。
 今は目の前に来るであろう敵をなぎ倒すのみだ。
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