金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【第一部 運命の出逢い】

椎名 将也

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第五章 剣聖

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 冒険者ギルド皇都本部の三階にあるギルドマスター室に、昨夜と同じ顔ぶれが集っていた。剣聖ラインハルトから<漆黒の翼>に相談があると言われたためだった。
「それで老師、あたしたちに相談とは何でしょうか?」

 お茶を出してくれた秘書が退出すると、アルフィは出されたお茶に見向きもせずにラインハルトの顔を見つめながら訊ねた。剣聖といわれるほどの実力者で、ムズンガルド大陸にたった三人しかいない剣士クラスSSのラインハルトが、たとえ冒険者ランクSとはいえアルフィたちに相談など通常ではあり得なかった。

「単刀直入に言おう。二年間、ティアを預かりたい」
「私を……?」
 思いもかけなかった言葉に、ヘテロクロミアの瞳を大きく見開きながらティアはラインハルトの顔を見つめた。

「何となく、そうおっしゃる気がしていました。理由を伺ってもよろしいですか?」
「アルフィ……」
 ラインハルトの言葉を予想していたというアルフィに、ティアは驚きを隠せなかった。アルフィがティアの顔を見つめて、微笑みながら頷いた。

「さすがに『氷麗姫』じゃ。儂の考えを読んでおったとは……。ティアを剣士クラスSにしたことは、当然じゃと思っておる。現時点で、イーサンよりも強かろう。だが、ティアにはまだまだ伸び代がある。あのじゃじゃ馬には及ばぬかも知れないが、儂程度には十分なれる可能性がある」

「それって、ティアが剣士クラスSSになれる可能性があるってことですか?」
 黒曜石の瞳に驚きと嬉しさを映しながら、アルフィが身を乗り出した。ティアは二人の会話を呆然として聞いていた。自分のことを言われている実感がまるでなかったのだ。

「そうじゃ。だが、今のままでは無理じゃな。お主たちではティアを指導できまい。一番良いのは、あのじゃじゃ馬姫に扱いてもらうことじゃが、元帥ともなるとなかなかそんな時間も取れまい」
 スカーレットに扱かれると聞いた途端、ティアの顔面から血の気が引いた。それだけは何としても断りたいと思った。

「そこで、この儂がティアを預かろうと思う。二年もあれば、それなりにモノになるじゃろう。どうじゃ?」
 ラインハルトの提案は一長一短だった。たしかに二年間ラインハルトの元で修行に励めば、剣士としての実力は大きく上がるだろうと思われた。だが、その間はアルフィたちと別れなくてはならない。ティアにとって、アルフィとダグラスはすでに家族以上の存在だった。

「<漆黒の翼>のリーダーとして答えるのであれば、お断りします。すでに<漆黒の翼>にとって、ティアはなくてはならない近接職ですから……。ですが、アルフィ=カサンドラ個人としては、ティアを老師の元へ行かせたいと思います」
「アルフィ!」
 アルフィの言葉に、ティアが驚愕の声を上げた。まさか、アルフィが自分を手放すとは思いもよらなかったのだ。ティアはアルフィに裏切られたように感じて愕然とした。

「お主はどうじゃ、『堅盾』?」
「はい。俺もアルフィと同じです。ティアには師が必要だと考えます。老師が言われるとおり、俺たちではティアを指導することはできない」
 ダグラスがティアの表情を見つめながら告げた。
「ダグラスまで……」
 ヘテロクロミアの瞳に涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた。絶対に反対してくれると思っていたダグラスにも賛成され、ティアは言葉を失うほどの衝撃を受けた。

「ティア、あんたが冒険者になった理由は何?」
 突然、アルフィが厳しい口調でティアに訊ねてきた。
「それは……」
 その答えを思い出し、ティアは言葉に詰まった。冒険者になった理由を、ティアはアルフィたちに告げたのだ。最愛の幼なじみであるアルバートの仇を討つためだと……。

「あんたの目的をあたしたちは手伝うと、『氷麗姫』の名に賭けて約束したはずよ。老師のお話しは、あんたがその目的を達成するためには絶対に必要なことよ。あたしたちはあんたを送り出す。だから、二年後には必ず戻ってきなさい」
「アルフィ……」
 かつてない真剣さを浮かべた黒曜石の瞳を見つめながら、ティアは小さく、そして力強く頷いた。アルフィの判断は単なる感傷や感情ではなく、ティアの今後の生き方までを考えてくれた結果だということに気づいた。

「決まったようじゃの。ティア、出発は明日の朝の五つ鐘じゃ。儂は皇都の北門で待っておる。遅れたら儂の話を断ったと見做して置いてゆく。よいな?」
「はい。よろしくお願いします」
「それと、その刀は儂といる間は使ってはならぬ」
「え……? <イルシオン>を……」
 戸惑いの表情を浮かべながら、ティアは左手で<イルシオン>に触れた。

「お主はその刀に頼りすぎておる。明日までに、代わりの刀を買っておけ。イーサン、ティアにあの武器屋を紹介してやるが良い。そしてティアが買った代金は、儂のギルド証に付けておけ」
「はっ。ダグラス、南ロデオ大通りの「黒騎士」を知っているか?」
「あの変わり者が店主をしているという噂の店か?」
「そうだ。そこで俺の名前を出せ。普段は売っていない武器を出してくれるはずだ」
「分かった」
 武器屋で普段売っていない武器って何だろうとティアは興味を示した。

「ただし、神剣や魔剣のたぐいは全てだめじゃぞ。普通の剣にしておけ。剣の力に頼るのは十年早いわい。フォオ、フォオ……」
 ラインハルトが楽しそうに笑った。

「ティア、料理できるの?」
 不意にアルフィが心配そうな顔で訊ねてきた。
「料理?」
 第一皇女として育ったティアは、包丁など生まれて一度も握ったことがなかった。料理というのは、料理人が作って宮女が運んでくるものだった。

「できるわけないわよね……。老師、こんな娘ですが、よろしくお願いします」
 ニッコリと笑いながら、アルフィはラインハルトに頭を下げた。それを見て、ラインハルトがむすっとした顔で言った。

「師匠の食事くらい、弟子が作るのは当然じゃ。まったく、料理もできんとは今時のおなごは……。そんなところまで、あのじゃじゃ馬に似ることもなかろうに……」
 ラインハルトの言葉に、ティアを除く全員が笑った。
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