金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【第一部 運命の出逢い】

椎名 将也

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第五章 剣聖

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 冒険者ギルド皇都本部の三階にあるギルドマスター室に入ると、イーサンは応接セットの上座をラインハルトに勧めた。その向かいに奥からダグラス、アルフィ、ティアの順に腰を下ろし、イーサンは横の一人掛けソファに座った。
 金髪碧眼の秘書がお茶を配り終わって部屋を出て行くと、イーサンが話し始めた。

「老師、明日の昇格試験ですが、私の推薦でこのティアを受験させます」
「ほう。お主の眼もまだ曇ってはいなかったか。ティアと言ったかのう、お嬢さん」
 イーサンの言葉に満足げに頷くと、ラインハルトがティアの顔を見つめた。

「はい……」
「どことなく、あのじゃじゃ馬に似ておるの」
「じゃじゃ馬?」
「そうじゃ。昔、儂が手ほどきしてやったのに、あっという間に師匠の儂を追い越していったじゃじゃ馬じゃよ。今は、元帥閣下だったかのう?」
「スカ……ロイエンタール元帥がラインハルト様に師事されていたんですか?」
「そうじゃ。もう十年も前のことじゃがの。イーサンや」
 そう告げると、ラインハルトは突然イーサンに声をかけた。

「はい」
「何故、ティアを剣士クラスFのままにしておいたんじゃ?」
「ティアは冒険者ギルドに登録して、まだ五日です。私がティアと初めて会ったのも、四日前でした。私の権限で昇格させることもできましたが、ギルドに登録して間もない十七歳の少女をいきなりクラスAにするのは問題がありますので、このアルフィの勧めに従って昇格試験を受けさせることにしました」
 イーサンの説明を聞き、ラインハルトは頷きながら告げた。

「昇格試験は地下の訓練場じゃったな?」
「はい」
「イーサンや。お主、この皇都本部を壊すつもりか?」
「は?」
「だから、お主はいつまでたっても坊主なのじゃ。明日の昇格試験の場所を変えよ。訓練場で昇格試験を行うと、この建物が崩れるぞ」
 ラインハルトは真剣な眼差しでイーサンを見つめた。

「それほど……ですか?」
「うむ。たしか、北の森の近くに開けた場所があったはずじゃ。ティアの昇格試験はそこで行うぞ。フォオ、フォオ……」
 そう告げると、ラインハルトは楽しそうに笑った。

「分かりました。すぐに手配させます。しかし、老師。昇格試験を受ける者があと一人おりますが、そちらはどうされますか?」
「お主の眼から見て、どんな感じだ?」
「はい。ぎりぎりクラスAになれる力はあるかと……」
「ふむ。素行はどうじゃ?」
 ラインハルトの言葉に、イーサンが言い及んだ。

「<暁の雷帝>というランクBパーティのリーダーをしているローランドという若者です。評判はあまり……」
「では、儂が出るまでもなかろう。ティアに試験官をやらせてみい」
「え……?」
 驚きのあまり、ティアがラインハルトに言った。

「試験官はクラスSがされると伺いましたが……」
「正式な試験官でなくてもよかろう。クラスFのティアに勝てたら合格にすると言えばよい。たまには変わった趣向もいいじゃろう?」
 楽しげに笑っているラインハルトに、アルフィが吹き出した。

「老師、相変わらずですね。お人が悪い……」
「フォオ、フォオ……。『氷麗姫』に褒められるとはのう」
(今の、褒めたのかしら?)
 ラインハルトの嬉しそうな表情を見つめながら、ティアが首を捻った。

「ところで、イーサン。ティアの二つ名はどうするんじゃ?」
「候補はいくつか考えています」
「ほう。言うてみい」
「阿修羅、花吹雪、鬼夜叉……などですが」
「はぁあ?」
「ちょっと、イーサン、何それ?」
 ティアとアルフィが思わず呆れた声を上げた。その横で、ダグラスが笑い出した。

「相変わらずだな、イーサン。アルフィの時も確か、伏魔殿とか紅桜とか言ってたよな」
「え? 『氷麗姫』っていうのは?」
 ダグラスの言葉に、ティアが驚いたように訊ねた。

「イーサンが付けようとした二つ名が気に入らなくて、自分で名乗ったのよ」
「ひょっとして、『堅盾』も?」
「ああ、俺の時は、益荒男とか閻魔とか言われたっけ?」
 ティアは唖然としてイーサンの顔を見つめた。『氷麗姫』という二つ名をつけたイーサンをセンスがいいと思い込んでいたのだ。

「フォオ、フォオ……。ティアの二つ名は、儂がつけてやろう。『紫音』なんてどうじゃ? 紫の髪の剣士で、音よりも速く敵を倒す、格好よかろう?」
「『紫音』ですか? いいですね。でも、二つ名をもらえるのはクラスAからでしたよね? 私、まだ昇格試験に合格してませんが……?」
 この場にラインハルトがいてくれたことに、ティアは心の底から安堵した。

「何を言っておる? お主が明日受けるのは、クラスAの昇格試験ではないぞ」
「え……?」
「クラスSじゃ。クラスAなら、今この場で儂が認めてやろう」
「クラスS……?」
「老師、それは……!」
「凄いわ、ティア!」
「FからSなんて、受かったら冒険者ギルド初の記録だな!」
 ラインハルトを除いた全員が驚きのあまり叫びだした。だが、一番驚いたのは、言われた当人のティアだった。

(何か、凄い話になってきてる気がする……。昇格試験受けるのやめようかな?)
 ティアの思惑をよそに、冒険者ギルド初のクラスFからクラスSの昇格試験が行われることが決定した。
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