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第三章 煉獄の龍
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三人はおよそ三ザンかけて七階層まで降りてきた。
座るのにちょうどいい岩場があったので、そこで昼食の休憩をとることにした。
ダグラスが火をおこし、アルフィが魔法ウォーターで出した水を沸騰させてお湯にした。冒険者必須と言われる屑野菜の固形食をお湯で戻したスープと、携帯干し肉が昼食のメニューだった。
ここに来るまでに遭遇した魔獣は、全てA級だった。ティアは蒼炎の覇気を<イルシオン>に纏わせ、それらを全て両断した。
最初のうちは苦労したが、ここまで来る間にティアは自在に蒼炎の覇気を扱えるようになっていた。
倒した魔獣の種類は、最初のサイクロプス二体の他に、牛頭人身のミノタウロス三体、石像鳥人のガーゴイル五体、そして死神のレイド四体だった。不死性の強いレイドは蒼炎の神刃を受けてもすぐに復活を遂げ、倒すのに三十タル近くかかった。正確に胸部の魔石を破壊しないと、すぐに復活したのだった。その戦いで、ティアは思い通りの場所に蒼炎の神刃を放てるようになった。
「レイドの魔石は回収できなかったけど、その他の魔石だけでもいい収入になるな。A級魔獣の魔石が十個なら、白金貨百枚はいくぞ」
回収した魔石を入れた革袋を叩きながら、ダグラスが嬉しそうに言った。
「全部私に倒させた上に、胸まで見ておいてあのウハウハな態度……何か、むかつく」
ジットリとした目つきでダグラスを見つめながら、ティアが文句を言った。パーティメンバーとは言え、無防備な胸を見られた恥ずかしさは簡単に忘れられるものではなかった。
「だから、悪かったって。そろそろ機嫌直してくれないか?」
情けなさそうな表情でダグラスがティアの顔を見つめた。
「ティア、乙女の胸を見られたんだから、簡単に許しちゃダメよ。そうだ、新しい服でもダグラスに買ってもらったらどう?」
「それいいですね。うんと高いのねだっちゃおうかな?」
アルフィとティアが顔を見合わせて笑った。
「わ、分かった。好きな服を買うから、もう勘弁してくれ」
ダグラスがため息をつくと、両手を上げながら降参した。
「そう言えば、昨日一緒に買い物に行った服飾店に、魔法が付与された革の上着があったわ。漆黒の高級革でデザインも凄くよかったから買おうと思ったんだけど、ちょっと高かったから諦めたのよ。それなんかお勧めよ」
「い、いくらだ……」
アルフィが高いという値段を、ダグラスが顔を引き攣らせながら訊いた。
「これくらいよ」
そう言うと、アルフィは白魚のような細く美しい指を三本立てた。
「金貨三十枚ですか?」
ティアの言葉に、アルフィは首を横に振った。
「白金貨よ」
「白金貨……まさか、白金貨三十枚とか?」
再び首を振ると、アルフィはダグラスに向かって笑いながら告げた。
「白金貨三百枚よ。乙女の胸を盗み見る男には、そのくらいねだっちゃいなさい」
「さ、三百枚……」
「お、おい……ちょっと待て……」
ティアが言葉を失い、ダグラスが冷や汗を浮かべた。
庶民の年収が白金貨二十五枚くらいと言われている。白金貨三百枚と言えば、家が買える値段だった。
「あら、ティアの胸に白金貨三百枚の価値もないって言うつもりじゃないでしょうね?」
「い、いや……その……」
ダグラスの視線がティアの胸に向けられた。慌てて胸元を両手で隠しながら、ティアが言った。
「またいやらしい眼で見てる」
「決まりね、ダグラス。諦めなさい」
ティアの態度を笑いながら見ると、アルフィがダグラスに告げた。
「わ、分かったよ。好きにしてくれ……」
大きく肩を落とすと、ダグラスが諦めたように呟いた。
「やったね、ティア」
「はい! ありがとう、アルフィ」
ティアが笑顔でアルフィに抱きついた。その胸の感触を左腕に感じながら、アルフィはニッコリとダグラスに笑いかけた。
「店員の説明では、天龍の鱗を加工した高級革に、魔法を付与したミスリルの糸で加工したそうよ。ただでさえ硬度のある天龍の鱗を、アダマンタイトの重鎧並みにしたんだって」
「天龍の鱗に、魔法付与のミスリルの糸ですか……」
アルフィの説明に、ティアは唖然として呟いた。それほどの材料を使っているのであれば、白金貨三百枚も頷けた。
「俺の盾よりも硬度がありそうだ……」
ダグラスも呆れたように呟いた。
「実際に試着もさせてもらったんだけど、凄く軽くて着心地もいいの。重量軽減魔法も付与されているんじゃないかな?」
「軽くて衝撃に強いなんて、前衛職にとっては憧れですね」
「デザインも素敵だったから、きっとティアに似合うわよ」
「楽しみです」
アルフィの言葉に、ティアは胸を見られたことなど忘れたように笑顔を見せた。その横で大きなため息をついた男の存在さえも忘れ去られたようだった。
九階層に降り立った瞬間に、三人は今までの階層とは違う気配を感じた。
魔獣の威圧が消え、代わりに濃厚な魔力が漂っていた。
「ここからが本番ね。魔法を使う魔獣が出てくるわよ。ティア、気をつけなさい」
黒曜石の瞳に真剣さを湛えながら、アルフィが告げた。
「はい。でも、魔法ってどうやって防ぐんですか?」
「今までと同じだ。覇気をぶつけて絶ち斬るか、相殺するかだ。ちょうどいい相手だから、蒼炎の覇気ではなく、オーガキングを爆散させた白い覇気の練習をしてみろ」
「白い覇気……」
ダグラスの言葉に、ヘテロクロミアの瞳が緊張と不安とを映した。
「強い魔力が近づいてくるわ! 気をつけて!」
魔道杖を構えながら、アルフィが叫んだ。
その瞬間、大気さえ燃やし尽くすほどの高温を撒き散らしながら、巨大な火球が迫ってきた。
「ハッ!」
三人の前に厚い氷の壁が沸き立ち、その火球を遮った。
『氷麗姫』が得意とする氷壁魔法アイスウォールだった。その二つ名に恥じないほど氷壁は厚く、一メッツェは優に超えていた。
アルフィの張った氷壁の前に、巨大な火球は衝突と同時に蒸発した。火球の影響で溶けた表面でさえ、瞬時に復活した。
「すごい……」
宮廷魔術師の演舞でアイスウォールを見たことがあったが、これほど見事な氷壁を見たのは初めてだった。ティアの唇から思わず賞賛の声が漏れた。
「続けてくるわよ。ティア、今のうちに覇気を纏いなさい」
「は、はい!」
アルフィの声に我に返ると、ティアは丹田に力を込めて精神を集中させた。
前方から魔獣が姿を現した。数は一体だけだった。
「ガルーダよ! 高熱の火炎魔法を使うから、気をつけて!」
全身に高熱の炎を纏った巨大な火鳥が姿を現した。
全高は十メッツェ以上あり、地上から十五メッツェの空中に停止しながら羽ばたいていた。驚くのはその全幅だった。右翼の先端から左翼の先端までの長さは、優に二十メッツェを超えていた。大きな嘴の横にある真紅の眼が、ギロリとティアを見据えた。
「行きます! ダグラス、盾を斜めに地面に刺して!」
「おう!」
ティアの言葉の意味を正確に理解し、ダグラスがアダマンタイトの盾を斜めに突き刺すと、その下に体を入れて固定した。
助走を付けてその盾を踏み台にし、ティアは大きく空中に跳んだ。
アルフィの張った氷壁の上を乗り越え、頭上に掲げた<イルシオン>を気合いとともに振り抜いた。
「ハァアアッ!」
蒼炎の覇気が<イルシオン>の刀身を包み込み、白銀の刃が蒼い炎を纏った。その蒼炎が神刃と化して、ガルーダに襲いかかった。
「ギィガアアア!」
凄まじい咆吼とともに、ガルーダが両翼を力強くはためかせ、巨大な火炎を放った。
大気を鳴動させる轟音が響き渡り、神刃と火球が激突した。
互いの威力が拮抗したため、次の瞬間に対消滅した。
「……!」
高さ五メッツェの宙空から、ティアは一回転すると着地した。膝を深く曲げて衝撃を緩和させ、前方に回転して着地の衝撃を殺した。
「ティア、危ない!」
立ち上がろうとしたティアに、ガルーダの放った火炎が急迫した。
「ハアァア!」
瞬時に纏った覇気を流し込むと、ティアは右手だけで<イルシオン>を横に薙いだ。
蒼炎の神刃が再び火炎に激突し、轟音とともに相殺した。
「ガァアアア!」
ガルーダが両翼をはためかせ、火球の連撃を放った。三つの巨大な火球が、わずかな時間差でティアに迫ってきた。
(だめ、間に合わない!)
最初の二つを蒼炎の神刃で相殺させたが、三つ目の神刃を放つ余裕がティアにはなかった。大気を焦がすほどの熱気を伴って、高熱の火球がティアの目前に迫ってきた。
次の瞬間、火球が消滅した。
アルフィが巨大な氷の刃を形成し、火球にぶつけたのだ。
ティアの目前に、大量の水蒸気が顕れて視界を塞いだ。
「油断しないで、次が来るわ!」
アルフィの言葉に小さく頷くと、ティアは敢えて眼を閉じた。どちらにせよ、水蒸気で視界が塞がれており、ガルーダの姿は見えないのだ。
(蒼炎の覇気では埒があかないわ。もっと覇気を練らないと……)
丹田に力を込め、精神を集中させながら、ティアはオーガキングを倒した時の感覚を思い出した。
オーガキングを爆散させた後、ティアは覇気を使い切って意識を失ったのだ。それは、蒼炎の覇気のように連発できるものではなく、全身全霊を込めた覇気のはずだった。
(全ての力をこの一撃に込める!)
テアの全身から蒼炎が立ち上った。その蒼炎が急速に大きくなり、濃密になった。
「ハァアアッ!」
ティアが大きく<イルシオン>を振りかぶった。
全身から覇気を噴出させ続けた。
その色が徐々に薄くなり、ついに白色に輝き始めた。
「何て覇気だ……」
驚愕のあまり瞳を大きく見開きながら、ダグラスが呟いた。
テアの全身が閃光に包まれた。
その光が<イルシオン>に流れ込み、白銀の刃が凄まじい光を放った。
閃光が水蒸気の中に、ガルーダの影を映し出した。
ガルーダが上空で大きく翼をはためかせ、今までの数倍はある巨大な火球をティアに向けて放出した。
直系十メッツェを優に超える超大な火球が、大気さえ灼き尽くす高温の螺旋を描きながらティアに向かって肉薄してきた。
「ハァアアッ!」
ヘテロクロミアの瞳に強烈な意志を込めると、ティアは全力で<イルシオン>を振り抜いた。
<イルシオン>から白い閃光が迸り、超烈な奔流となって超大な火球を消滅させた。
それだけではなく、更に凄絶な勢いを伴って、ガルーダに激突した。
「ギ……エェ……!」
断末魔の叫びさえ満足に上げられずに、ガルーダの全身が爆散した。
(やった……)
全ての覇気を出し切ったティアは、ふらつきながら膝をつくと、ぐったりと地面に倒れ込んだ。
「ティアァ……!」
アルフィが駆け寄り、ティアの半身を抱き起こした。
蒼白な表情で意識を失ったティアの頬に、淡紫色の髪が纏わり付いた。
「アルフィ、これを飲ませろ!」
ダグラスが透明な小瓶を差し出した。意匠を凝らせた瓶の中には、透き通った青い液体が入っていた。
上級回復ポーションだ。
アルフィは頷くと、ダグラスから小瓶を受け取って栓を抜いた。三分の一ほど口に含むと、そのまま口移しでティアに飲ませた。それを三度繰り返した。
「うっ……あ、アルフィ……」
「よかった、大丈夫?」
アルフィがティアの体を抱きしめながら言った。
「ええ……。ガルーダは?」
「何言ってるの? あんたが爆散させたわよ。白い覇気で!」
アルフィが顔を上げて、微笑みながらティアに告げた。その黒曜石の瞳に涙が浮かんでいることに、ティアは気づいた。
「心配かけて、ごめんなさい。それと、ありがとう」
「お礼なら、ダグラスにも言ってあげて。これをくれたんだから」
アルフィが空になった透明な小瓶をティアに見せた。
「それは?」
「上級回復ポーションよ。一本で白金貨三枚するの」
「これが……? あ、ありがとう、ダグラス」
高さ十セグメッツェもない小瓶の値段に驚いて、ティアがダグラスに頭を下げた。
「気にするな。そんなものより、ティアの方が大事だ。それより、ついにやったな。凄い覇気だったぞ」
ダグラスが満面の笑顔を浮かべながら告げた。その表情から、彼が本心から喜んでくれていることがティアにも伝わった。
「うん。ダグラスとアルフィのおかげよ。二人とも、ありがとう」
アルフィに手を引かれながら立ち上がると、ティアは嬉しそうに笑いながら言った。
「あとは木龍を倒すだけね……」
「いや、まだだ」
アルフィの言葉を、ダグラスが遮った。
「今の白い覇気を、完全に自分のものにするのが先だ。できれば、八割の力で白い覇気を放てるようになるといいな。白い覇気が強力なのは分かるが、毎回意識を失ったら敵が複数いた場合に危険だ」
「それもそうね。ティア、できそう?」
「どうだろう? あれ、全力で覇気を練らないと出来ないような気がするんだけど……」
眉間に皺を寄せて考えながら、ティアが答えた。
「何とかがんばるんだ。上級回復ポーション代も馬鹿にならないし……」
自分に突き刺さる視線を感じて、ダグラスが失言に気づいた。
「あんた、たった今、ポーションなんかよりティアの方が大事だって言ったじゃない? そっちが本音だったのね?」
「やっぱり最低……。アルフィ、行きましょう」
「そうね、あたしも見損なったわ」
そう告げると、二人はダグラスに冷めた視線を残して歩き去った。
再び一人残されたダグラスは、呆然と立ち尽くしていた。
座るのにちょうどいい岩場があったので、そこで昼食の休憩をとることにした。
ダグラスが火をおこし、アルフィが魔法ウォーターで出した水を沸騰させてお湯にした。冒険者必須と言われる屑野菜の固形食をお湯で戻したスープと、携帯干し肉が昼食のメニューだった。
ここに来るまでに遭遇した魔獣は、全てA級だった。ティアは蒼炎の覇気を<イルシオン>に纏わせ、それらを全て両断した。
最初のうちは苦労したが、ここまで来る間にティアは自在に蒼炎の覇気を扱えるようになっていた。
倒した魔獣の種類は、最初のサイクロプス二体の他に、牛頭人身のミノタウロス三体、石像鳥人のガーゴイル五体、そして死神のレイド四体だった。不死性の強いレイドは蒼炎の神刃を受けてもすぐに復活を遂げ、倒すのに三十タル近くかかった。正確に胸部の魔石を破壊しないと、すぐに復活したのだった。その戦いで、ティアは思い通りの場所に蒼炎の神刃を放てるようになった。
「レイドの魔石は回収できなかったけど、その他の魔石だけでもいい収入になるな。A級魔獣の魔石が十個なら、白金貨百枚はいくぞ」
回収した魔石を入れた革袋を叩きながら、ダグラスが嬉しそうに言った。
「全部私に倒させた上に、胸まで見ておいてあのウハウハな態度……何か、むかつく」
ジットリとした目つきでダグラスを見つめながら、ティアが文句を言った。パーティメンバーとは言え、無防備な胸を見られた恥ずかしさは簡単に忘れられるものではなかった。
「だから、悪かったって。そろそろ機嫌直してくれないか?」
情けなさそうな表情でダグラスがティアの顔を見つめた。
「ティア、乙女の胸を見られたんだから、簡単に許しちゃダメよ。そうだ、新しい服でもダグラスに買ってもらったらどう?」
「それいいですね。うんと高いのねだっちゃおうかな?」
アルフィとティアが顔を見合わせて笑った。
「わ、分かった。好きな服を買うから、もう勘弁してくれ」
ダグラスがため息をつくと、両手を上げながら降参した。
「そう言えば、昨日一緒に買い物に行った服飾店に、魔法が付与された革の上着があったわ。漆黒の高級革でデザインも凄くよかったから買おうと思ったんだけど、ちょっと高かったから諦めたのよ。それなんかお勧めよ」
「い、いくらだ……」
アルフィが高いという値段を、ダグラスが顔を引き攣らせながら訊いた。
「これくらいよ」
そう言うと、アルフィは白魚のような細く美しい指を三本立てた。
「金貨三十枚ですか?」
ティアの言葉に、アルフィは首を横に振った。
「白金貨よ」
「白金貨……まさか、白金貨三十枚とか?」
再び首を振ると、アルフィはダグラスに向かって笑いながら告げた。
「白金貨三百枚よ。乙女の胸を盗み見る男には、そのくらいねだっちゃいなさい」
「さ、三百枚……」
「お、おい……ちょっと待て……」
ティアが言葉を失い、ダグラスが冷や汗を浮かべた。
庶民の年収が白金貨二十五枚くらいと言われている。白金貨三百枚と言えば、家が買える値段だった。
「あら、ティアの胸に白金貨三百枚の価値もないって言うつもりじゃないでしょうね?」
「い、いや……その……」
ダグラスの視線がティアの胸に向けられた。慌てて胸元を両手で隠しながら、ティアが言った。
「またいやらしい眼で見てる」
「決まりね、ダグラス。諦めなさい」
ティアの態度を笑いながら見ると、アルフィがダグラスに告げた。
「わ、分かったよ。好きにしてくれ……」
大きく肩を落とすと、ダグラスが諦めたように呟いた。
「やったね、ティア」
「はい! ありがとう、アルフィ」
ティアが笑顔でアルフィに抱きついた。その胸の感触を左腕に感じながら、アルフィはニッコリとダグラスに笑いかけた。
「店員の説明では、天龍の鱗を加工した高級革に、魔法を付与したミスリルの糸で加工したそうよ。ただでさえ硬度のある天龍の鱗を、アダマンタイトの重鎧並みにしたんだって」
「天龍の鱗に、魔法付与のミスリルの糸ですか……」
アルフィの説明に、ティアは唖然として呟いた。それほどの材料を使っているのであれば、白金貨三百枚も頷けた。
「俺の盾よりも硬度がありそうだ……」
ダグラスも呆れたように呟いた。
「実際に試着もさせてもらったんだけど、凄く軽くて着心地もいいの。重量軽減魔法も付与されているんじゃないかな?」
「軽くて衝撃に強いなんて、前衛職にとっては憧れですね」
「デザインも素敵だったから、きっとティアに似合うわよ」
「楽しみです」
アルフィの言葉に、ティアは胸を見られたことなど忘れたように笑顔を見せた。その横で大きなため息をついた男の存在さえも忘れ去られたようだった。
九階層に降り立った瞬間に、三人は今までの階層とは違う気配を感じた。
魔獣の威圧が消え、代わりに濃厚な魔力が漂っていた。
「ここからが本番ね。魔法を使う魔獣が出てくるわよ。ティア、気をつけなさい」
黒曜石の瞳に真剣さを湛えながら、アルフィが告げた。
「はい。でも、魔法ってどうやって防ぐんですか?」
「今までと同じだ。覇気をぶつけて絶ち斬るか、相殺するかだ。ちょうどいい相手だから、蒼炎の覇気ではなく、オーガキングを爆散させた白い覇気の練習をしてみろ」
「白い覇気……」
ダグラスの言葉に、ヘテロクロミアの瞳が緊張と不安とを映した。
「強い魔力が近づいてくるわ! 気をつけて!」
魔道杖を構えながら、アルフィが叫んだ。
その瞬間、大気さえ燃やし尽くすほどの高温を撒き散らしながら、巨大な火球が迫ってきた。
「ハッ!」
三人の前に厚い氷の壁が沸き立ち、その火球を遮った。
『氷麗姫』が得意とする氷壁魔法アイスウォールだった。その二つ名に恥じないほど氷壁は厚く、一メッツェは優に超えていた。
アルフィの張った氷壁の前に、巨大な火球は衝突と同時に蒸発した。火球の影響で溶けた表面でさえ、瞬時に復活した。
「すごい……」
宮廷魔術師の演舞でアイスウォールを見たことがあったが、これほど見事な氷壁を見たのは初めてだった。ティアの唇から思わず賞賛の声が漏れた。
「続けてくるわよ。ティア、今のうちに覇気を纏いなさい」
「は、はい!」
アルフィの声に我に返ると、ティアは丹田に力を込めて精神を集中させた。
前方から魔獣が姿を現した。数は一体だけだった。
「ガルーダよ! 高熱の火炎魔法を使うから、気をつけて!」
全身に高熱の炎を纏った巨大な火鳥が姿を現した。
全高は十メッツェ以上あり、地上から十五メッツェの空中に停止しながら羽ばたいていた。驚くのはその全幅だった。右翼の先端から左翼の先端までの長さは、優に二十メッツェを超えていた。大きな嘴の横にある真紅の眼が、ギロリとティアを見据えた。
「行きます! ダグラス、盾を斜めに地面に刺して!」
「おう!」
ティアの言葉の意味を正確に理解し、ダグラスがアダマンタイトの盾を斜めに突き刺すと、その下に体を入れて固定した。
助走を付けてその盾を踏み台にし、ティアは大きく空中に跳んだ。
アルフィの張った氷壁の上を乗り越え、頭上に掲げた<イルシオン>を気合いとともに振り抜いた。
「ハァアアッ!」
蒼炎の覇気が<イルシオン>の刀身を包み込み、白銀の刃が蒼い炎を纏った。その蒼炎が神刃と化して、ガルーダに襲いかかった。
「ギィガアアア!」
凄まじい咆吼とともに、ガルーダが両翼を力強くはためかせ、巨大な火炎を放った。
大気を鳴動させる轟音が響き渡り、神刃と火球が激突した。
互いの威力が拮抗したため、次の瞬間に対消滅した。
「……!」
高さ五メッツェの宙空から、ティアは一回転すると着地した。膝を深く曲げて衝撃を緩和させ、前方に回転して着地の衝撃を殺した。
「ティア、危ない!」
立ち上がろうとしたティアに、ガルーダの放った火炎が急迫した。
「ハアァア!」
瞬時に纏った覇気を流し込むと、ティアは右手だけで<イルシオン>を横に薙いだ。
蒼炎の神刃が再び火炎に激突し、轟音とともに相殺した。
「ガァアアア!」
ガルーダが両翼をはためかせ、火球の連撃を放った。三つの巨大な火球が、わずかな時間差でティアに迫ってきた。
(だめ、間に合わない!)
最初の二つを蒼炎の神刃で相殺させたが、三つ目の神刃を放つ余裕がティアにはなかった。大気を焦がすほどの熱気を伴って、高熱の火球がティアの目前に迫ってきた。
次の瞬間、火球が消滅した。
アルフィが巨大な氷の刃を形成し、火球にぶつけたのだ。
ティアの目前に、大量の水蒸気が顕れて視界を塞いだ。
「油断しないで、次が来るわ!」
アルフィの言葉に小さく頷くと、ティアは敢えて眼を閉じた。どちらにせよ、水蒸気で視界が塞がれており、ガルーダの姿は見えないのだ。
(蒼炎の覇気では埒があかないわ。もっと覇気を練らないと……)
丹田に力を込め、精神を集中させながら、ティアはオーガキングを倒した時の感覚を思い出した。
オーガキングを爆散させた後、ティアは覇気を使い切って意識を失ったのだ。それは、蒼炎の覇気のように連発できるものではなく、全身全霊を込めた覇気のはずだった。
(全ての力をこの一撃に込める!)
テアの全身から蒼炎が立ち上った。その蒼炎が急速に大きくなり、濃密になった。
「ハァアアッ!」
ティアが大きく<イルシオン>を振りかぶった。
全身から覇気を噴出させ続けた。
その色が徐々に薄くなり、ついに白色に輝き始めた。
「何て覇気だ……」
驚愕のあまり瞳を大きく見開きながら、ダグラスが呟いた。
テアの全身が閃光に包まれた。
その光が<イルシオン>に流れ込み、白銀の刃が凄まじい光を放った。
閃光が水蒸気の中に、ガルーダの影を映し出した。
ガルーダが上空で大きく翼をはためかせ、今までの数倍はある巨大な火球をティアに向けて放出した。
直系十メッツェを優に超える超大な火球が、大気さえ灼き尽くす高温の螺旋を描きながらティアに向かって肉薄してきた。
「ハァアアッ!」
ヘテロクロミアの瞳に強烈な意志を込めると、ティアは全力で<イルシオン>を振り抜いた。
<イルシオン>から白い閃光が迸り、超烈な奔流となって超大な火球を消滅させた。
それだけではなく、更に凄絶な勢いを伴って、ガルーダに激突した。
「ギ……エェ……!」
断末魔の叫びさえ満足に上げられずに、ガルーダの全身が爆散した。
(やった……)
全ての覇気を出し切ったティアは、ふらつきながら膝をつくと、ぐったりと地面に倒れ込んだ。
「ティアァ……!」
アルフィが駆け寄り、ティアの半身を抱き起こした。
蒼白な表情で意識を失ったティアの頬に、淡紫色の髪が纏わり付いた。
「アルフィ、これを飲ませろ!」
ダグラスが透明な小瓶を差し出した。意匠を凝らせた瓶の中には、透き通った青い液体が入っていた。
上級回復ポーションだ。
アルフィは頷くと、ダグラスから小瓶を受け取って栓を抜いた。三分の一ほど口に含むと、そのまま口移しでティアに飲ませた。それを三度繰り返した。
「うっ……あ、アルフィ……」
「よかった、大丈夫?」
アルフィがティアの体を抱きしめながら言った。
「ええ……。ガルーダは?」
「何言ってるの? あんたが爆散させたわよ。白い覇気で!」
アルフィが顔を上げて、微笑みながらティアに告げた。その黒曜石の瞳に涙が浮かんでいることに、ティアは気づいた。
「心配かけて、ごめんなさい。それと、ありがとう」
「お礼なら、ダグラスにも言ってあげて。これをくれたんだから」
アルフィが空になった透明な小瓶をティアに見せた。
「それは?」
「上級回復ポーションよ。一本で白金貨三枚するの」
「これが……? あ、ありがとう、ダグラス」
高さ十セグメッツェもない小瓶の値段に驚いて、ティアがダグラスに頭を下げた。
「気にするな。そんなものより、ティアの方が大事だ。それより、ついにやったな。凄い覇気だったぞ」
ダグラスが満面の笑顔を浮かべながら告げた。その表情から、彼が本心から喜んでくれていることがティアにも伝わった。
「うん。ダグラスとアルフィのおかげよ。二人とも、ありがとう」
アルフィに手を引かれながら立ち上がると、ティアは嬉しそうに笑いながら言った。
「あとは木龍を倒すだけね……」
「いや、まだだ」
アルフィの言葉を、ダグラスが遮った。
「今の白い覇気を、完全に自分のものにするのが先だ。できれば、八割の力で白い覇気を放てるようになるといいな。白い覇気が強力なのは分かるが、毎回意識を失ったら敵が複数いた場合に危険だ」
「それもそうね。ティア、できそう?」
「どうだろう? あれ、全力で覇気を練らないと出来ないような気がするんだけど……」
眉間に皺を寄せて考えながら、ティアが答えた。
「何とかがんばるんだ。上級回復ポーション代も馬鹿にならないし……」
自分に突き刺さる視線を感じて、ダグラスが失言に気づいた。
「あんた、たった今、ポーションなんかよりティアの方が大事だって言ったじゃない? そっちが本音だったのね?」
「やっぱり最低……。アルフィ、行きましょう」
「そうね、あたしも見損なったわ」
そう告げると、二人はダグラスに冷めた視線を残して歩き去った。
再び一人残されたダグラスは、呆然と立ち尽くしていた。
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