金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【第一部 運命の出逢い】

椎名 将也

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「ユピテル皇国の皇女殿下は、清純な顔をしていながら、ずいぶんと淫乱な躰をお持ちだな」
 逸物を引き抜いて寝台から下りると、男はティアの股間を見下しながら嗤った。
 破瓜の血と愛液に塗れた秘唇から、男の放った白濁がドロリと垂れ落ちていた。

「はっ……は、はっ……は、はぁ……」
 ビクビクと痙攣を続けながら、ティアは肩を震わせてせわしなく息を切らせていた。
 望まない官能の愉悦に翻弄され、ヘテロクロミアの瞳は焦点を失ったようにボウッと蕩けていた。赤く染まった目尻から流れた涙が頬に幾筋もの痕を残し、濡れた唇からはヌメリとした唾液が糸を引きながら垂れ落ちていた。

「処女のくせに四度も絶頂するとは、勇者イシュタールが知ったら何と言うかな?」
 男は、千四百年前にユピテル皇国を建国した英雄であり、ティアの遠い祖先の名を出して嗤った。
(くやしい……アルバートを殺された上に、こんな辱めを受けるなんて……)
 ティアのヘテロクロミアの瞳から屈辱の涙が溢れ出た。
「まあよい。明日も啼かせてやるから、それまでに体力を戻しておけ」
 そう告げると、男はティアに背を向けて床に落とした衣服を拾い、身につけだした。

(……! 縄が、緩んでいる?)
 男の激しい行為のためか、ティアが強く握りしめていたためか、寝台に括りつけられた右手の縄が解けていた。
 ティアは視線だけを動かして、武器になる物を探した。
(あった!)
 寝台のすぐ右横にある小机に、悪魔の顔が彫刻された燭台が見えた。緑青色をしていることから、材質は銅のようだった。

 ティアは冷静に自分の躰を見つめた。
 両足の拘束は解かれ、動かすことは可能だった。右手は痺れているものの、手を開いたり閉じたりすることは出来た。
 全身を襲っていた痙攣も落ち着き、腰に甘い痺れが残っているが何とか動かせそうだった。

(機会は一度だけ。失敗は許されないわ)
 男の様子を視線だけを動かして確認した。男は下着と革のパンツを履き終え、上着を床から拾おうとしていた。
(今だ!)
 素早く右手を動かし、燭台の持ち手を掴んだ。ちょうど、悪魔の顔が彫られている部分だ。燭台の材質は予想通り銅だった。かなりずしりと重く、痺れた腕で振り回すことは出来そうになかった。

 ティアはその重さを利用し、燭台を持った右手を伸ばして男の方に向かって半円を描いた。その遠心力を利用して躰を起こすと、男の後頭部目がけて燭台の尖端を突き出した。
 男がその気配に気づいたのか、ティアの方を振り向いた。
「ぎゃあああっ!」
 ちょうど振り返った男の左眼に、燭台の尖端が突き刺さった。男は絶叫を上げると、左眼を押さえて床をのたうち回った。

 ティアは急いで左手の縄を解くと、寝台から降り立って再び燭台を拾い上げた。
 両手で燭台の持ち手部分を掴み、大きく振りかぶると男の後頭部目がけて振り落とした。
 鈍い音が響き、男が床に崩れ落ちて意識を失った。
 部屋の中の喧噪に気づいたのか、廊下から複数の声が聞こえ、足音が近づいてきた。

(急がないと!)
 疲れた躰に鞭を入れ、ティアは男が脱ぎ捨てた革の外套を羽織ると、窓に駆け寄った。
 大きく窓を外側に開くと、下を見た。高さからすると、二階のようだった。階下には小道が通っており、人影は見当たらなかった。
 ティアは窓を乗り越え、小道へと飛び降りた。着地と同時に膝を曲げ、頭を抱えて前方に回転をして衝撃を逃がした。革の外套が厚手であったことも幸いし、怪我はなかった。

 日の出前の道はまだ暗く、月明かりだけが頼りだった。
 一瞬、どちらに行くか迷ったが、月の出ている東に向かって走り出した。後ろから複数の足音が響き、追っ手が近づいてきていることを感じた。
(とにかく、人のいる方へ!)
「誰かぁ! 助けてぇ!」
 走りながら、ティアは声を張り上げた。

 小道の両側には民家や店らしきものが立ち並んでいた。その中から人が顔を出してくれることに期待した。
 だが、日の出前の時間に女が悲鳴を上げているなど、かなり物騒な状況だ。巻き添えを喰いたくないためか、誰一人として顔を覗かせる者はいなかった。
「誰かぁ! 助けてくださいっ! 追われてますっ!」
 近くに憲兵隊でもいないかと思い、ティアは叫び続けた。

 後ろの足音が、かなり近づいてきた。
「いたぞ! 逃がすな!」
 ティアが振り返ったと同時に、リーダーらしき男が叫んだ。彼を含めて、男は五名だった。月の明かりが男たちの革鎧の金属部分を反射した。腰には長剣を下げていた。
 五名とも完全武装をしていた。
(捕まったら、また犯される)
 ティアは必死で足を動かした。

 だが、激しい凌辱を受けたティアの躰は、持ち主の意志を裏切った。足がもつれ、ティアは小道の上を滑るように転んだ。
「あ、痛っ……」
 五人の男が追いつき、ティアを取り囲むように立ちはだかった。
「世話を焼かせるな」
 男の一人が、剣を抜いてティアの首元に剣先を突きつけながら言った。
(ここまで逃げたのに……)
 唇を噛みしめながら、ティアは男を睨み上げた。
「縛り上げろ。猿ぐつわも忘れるな」
 剣を突きつけている男が命じた。その言葉に、部下の一人がティアに縄をかけようと近づいてきた。

「何をしている」
 その時、リーダーらしき男の背後から、低い声が響き渡った。
 男たちが一斉に声のした方を見た。
(今だ!)
 ティアは後ろを向いたリーダーの足を蹴って地面に倒すと、声の主の背後まで全力で走った。
「助けてください! 襲われてます!」
 男は視線だけを動かしてティアを見ると、小さく頷いた。
 だが、ティアは男の左腰を見て愕然とした。
 男は剣を佩いておらず、丸腰だった。
「正義の味方気取りか? 早死にするぞ」
 リーダーが起き上がりながら男に告げた。ティアに転ばされた屈辱に、怒りで顔を赤らめていた。

「逃げましょう……」
 男の身を心配したティアの言葉に笑みを浮かべると、男は右手を天に掲げて一言呟いた。
「<イルシオン>……」
 男の右手が閃光に包まれた。
 ティアは目の前に手をかざして光を遮った。
 閃光は一瞬で消えた。
 再び男の右手を見上げて、ティアは驚愕した。白銀に輝く刀が、男の右手に握られていた。

 男は無造作に刀を振り下ろした。
「ぎゃあっ!」
「ぐわぁ!」
「がぁあ!」
 五人の男たちが放つ断末魔の絶叫が辺りに響き渡った。
 白銀の刀から衝撃波のような刃が生まれ、男たちの体を革鎧ごと斬り裂いたのだ。
 その切れ味は凄まじく、五人全てが頭頂から股間までを縦に裂かれ、体を左右に分断して倒れていた。

 その凄惨な光景を呆然と見つめていたティアの耳に、男の声が響いた。
「行くぞ。ついて来い」
「は、はい……」
 男はいつの間にか現れた鞘に刀を戻すと、鞘ごと腰に差して走り出した。
(<イルシオン>って……まさか……)
 男の背中を追いながら、ティアのヘテロクロミアの瞳は白銀の刀に釘付けになっていた。
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