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第29章 ガダルカナルの攻防
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惑星イリス第二衛星ガダルカナル。
SD九七八年(イリス世紀四三四年)に、聖王アルバナード三世が命じて建造させた人工的な軍事衛星である。赤道半径千二百キロメートル、総質量二千七百PMT(一PMT=千兆メガトン)。もう一つの衛星プロメテウスより、約二万五千キロメートル外側の軌道を巡行している。
SD一二九五年に、勃発した<惑星イリス内乱>の時、ハミルトン公爵派が占拠し、アラン王子率いるイシュタール隊との激戦を繰り広げた場所でもあった。ガダルカナルには、三つの軍事基地が存在していたが、その内乱の時に全て破壊され、現在は破棄されている。
その中の一つ、メディア軍事基地をテアは決戦の場に選んだ。そこは唯一バイオ・コンピューター・システムが生きている場所であり、ガダルカナルの中で最も大きな基地であったからだ。
テアはそのメディア軍事基地にテレポートすると、アラン王子から借りたESPジャマー・タイプΣを五基セットした。
現在、GPSには三種類のESPジャマーがある。その中で最も新しいタイプがこのESPジャマー・タイプΣであった。この新型は、この新型は、従来のジャマーをさらに強化し、ΣナンバーのESPにも対応出来るようにしたものであった。例え、ΣナンバーのESPでも、この有効レンジ内ではESPを使用することは不可能である。もちろん、テアのESPも封じ込まれることは、言うまでもない。
テアはロザンナと闘うつもりはなかったのだ。彼女と話し合い、出来ればサイコ・ブロックから解放するつもりだったのである。
『ロザンナ王女、聞こえる?』
ESPジャマー・タイプΣを全て設置し終えると、テアは惑星イリスに向けてテレパシーを発した。テアの全身が、Σナンバー特有の青い光彩に包まれる。
『私は、テア=スクルト。私の声が聞こえたならば、今すぐ衛星ガダルカナルのメディア軍事基地に来て! ここには、私一人しかいない。あなたと会って、話したいことがあるの!』
強力なテレパシーを、ロザンナ王女のESPパターンに合わせて発する。彼女以外のESPには、このテレパシーを感知出来ないはずだ。
待つこと、五分間……。
ロザンナ王女が現れる様子はなかった。
『ロザンナ王女、聞こえたら……』
テアが再び、テレパシーを発した瞬間……。
「あなたと話す事なんて、ないわ……」
テアの背後から、美しい声が響きわたった。
「ロザンナ……!」
テアが驚いて振り返る。淡青色のロング・ヘアーが美しく靡いた。
(私が感知できないなんて……)
テアは、ロザンナ王女がテレポート・アウトしてくるのを、全身を研ぎ澄まさせて待っていたのである。しかし、ロザンナは彼女に悟られることなく、テアの背後をとったのだ。これは、彼女の能力がテアのそれを凌駕している証拠であった。
「ここを死に場所に選んだの? 成る程、ここならば誰も犠牲にすることなく、思う存分闘えるわ」
ロザンナが周囲を見渡しながら言った。
「聞いて、ロザンナ。私はあなたと闘うつもりはないわ。あなたは、ハワード伯爵、いえ、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>に操られているのよ」
「それがどうしたの?」
ロザンナの美しいブロンズが、風もないのに舞い上がった。彼女の体から、ESP波特有の光彩が立ち上り始める。
「それがどうしたって……? 私はあなたと闘う理由がないのよ。あなたのご両親、聖王オーディン三世とグレース皇后を殺したのは、私じゃないわ! <テュポーン>のファースト・ファミリーよ!」
テアはESPジャマー・タイプΣの発信スイッチを握り締めた。
「そんな事、分かってるわ!」
「分かってる……?」
驚いてテアが訊ねた。
(ロザンナ王女は、既にサイコ・コントロールから解放されている? もし、そうなら、どうして……?)
「私の体は、あの薬なしでは生きられないのよ!」
不意に、ロザンナの碧眼から涙が溢れた。
(アフロディジカル……!)
テアは全てを悟った。ロザンナは、アフロディジカルの中毒者となっていたのだ。
アフロディジカル。
銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>が誇る強力な精神改造薬である。
銀河系に数多くある麻薬の中でも、最も恐れられている<キングス・オブ・ドラッグ>。あらゆる麻薬を凌駕する薬物依存性の強烈さと、凄まじいまでの禁断症状を引き起こす<悪魔の薬>である。末端販売価格は、一グラムで数百万クレジットと言われる。
アフロディジカルは、二つの作用をもたらす。
その一つは、強力な催淫効果を有する神経活性薬である。それは老若男女を問わず、急激に性欲を増大させ、また、性感を数倍に増加させるものであった。惑星イリスの最高危険区域では、ほとんどの売春組織で常備している高級麻薬である。
そして、もう一つは、潜在ESPを覚醒させ、サイコ・コントロールの強力な触媒として作用する。それを利用して、そのESPを完全にその手中に収めることが出来るのである。
「あの薬を射たれ、男の人に抱かれるときの快感。全てを忘れさせる官能と恍惚……。そして、あれが切れた時に襲ってくる凄まじい恐怖の幻覚……。あなたに想像がつくかしら?」
「ロザンナ……」
テアは言葉を失った。アフロディジカルの完全な中毒者を元に戻す方法は、現在の医学ではない。
テア自身も、ハワード伯爵にアフロディジカルを射たれ、凄まじい凌辱を経験させられた。あの薬がもたらす強烈な官能と、壮絶な幻覚……。彼女がそれに耐えることが出来たのは、彼女自身の比類ない精神力と、ジェイ=マキシアンへの愛があったからだ。もしかしたら、DNAアンドロイド二世であることも影響したのかも知れない。
だが、ロザンナはそれらを一つとして持っていない。そんな彼女が、あの「悪魔の薬」と闘えるはずがなかったのである。
(どうすればいい?)
テアは自問した。このままでは、ロザンナは確実に廃人になってしまう。
(ESPでは、彼女を治療することは出来ない……)
体の怪我であれば、ESP治療は可能だ。しかし、崩壊した精神を治療することは不可能である。
(許せない、ハワード伯爵! そして、テュポーン!)
激烈な怒りが、テアを襲った。まだ二十歳にもならないロザンナに、このような悲劇をもたらした相手を心の底から憎んだ。
「私はハワードを愛してるわ! 彼の片腕を奪ったあなたを、私は許さない!」
ロザンナの碧眼が、憎悪を映し出した。彼女の全身が、ESP波特有の光彩に包まれた。
「待って、ロザンナ! ハワード伯爵を愛してるですって? そんなもの、愛じゃないわ! あの薬が与えた幻覚よ!」
「うるさいッ! お前を殺すわ!」
ロザンナの両腕が、高々と掲げられた。その手から、強烈な閃光が発せられる。
(ESPソード?)
彼女の頭上に、超烈な破壊力を秘めたESPの奔流が形成された。
(ごめんなさい、ロザンナ……)
テアは手に持っていたESPジャマー・タイプΣのスイッチをオンにした。
その瞬間、五つのESPジャマー・タイプΣから、凄まじいエネルギーが迸った。不可視の反ESP粒子が、瞬時に衛星ガダルカナルを覆い尽くした。
「ギャアアアァ……!」
凄まじい絶叫とともに、ロザンナが床に沈み込んだ。彼女が発したESPエネルギーが、マイナスESPに変換され、彼女自身を襲ったのである。
ロザンナは両手で頭を抑え、のたうち廻った。激しい苦痛のあまり、その美しい顔が苦悶に歪む。
「大丈夫、ロザンナ?」
テアが彼女に駆け寄り、抱き起こそうとした瞬間……!
「さわらないで、化け物ッ!」
強い力で、ロザンナがテアの腕を振り払った。
「ロザンナ……?」
「いやああッ! 何かが、私の体を……! やめてぇ……!」
ロザンナが自分の顔や手足を引っ掻き始めた。金髪を振り乱し、錯乱状態に入る。
「ロザンナッ!」
テアが驚いて、彼女を抑えようとした。しかし、理性を完全に失ったロザンナは、信じ難い力でテアを殴りつけた。
「ぐッ!」
左頬を思い切り殴られ、テアが吹っ飛ぶ。
(禁断症状……?)
ESPジャマーが触媒として作用し、アフロディジカルの効力を消失させたのだろうか。
ロザンナは着ている物を引き裂くと、全身に爪を立て始めた。美しい姿態が、あっという間に鮮血を噴出する。
(何ていうことを……)
テアは為す術もなく立ち竦んだ。この禁断症状からロザンナを救う方法は、アフロディジカルを与えることだけであった。
その時……!
「ハワードの愚か者め! アフロディジカルを射ち過ぎたな……」
テアの背後から、若い女性の声が響いた。驚いて振り返る。
「……!」
テアのプルシアン・ブルーの瞳に、五人の男女が映った。
燃えるような紅い髪を、肩の位置で切りそろえた女性が、黒いスペース・ジャケットに身を包んだ男たちを、左右に二人づつ随えて立っていた。
「ソルジャー=スコーピオン!」
テアはその女性を見て叫んだ。
<赤いサソリ>と呼ばれる<テュポーン>のファースト・ファミリーである。そして彼女は、ΣナンバーのESPでさえ無力化する新型ジャマーの影響を受けることなく、テレポートしてきたのだった。
(ESPジャマーが破壊された?)
テアは一瞬、そう考えた。だが、彼女自身がESPを使えないことから、その考えが誤りであることに気づく。
「そんな、バカな……」
五基のESPジャマー・タイプΣに覆われるこのガダルカナルに、テレポートしてくる。
(そんな事は、不可能だわ……)
しかし、現実に彼女の目の前に、ソルジャー=スコーピオンは部下を連れて立っている。
(彼女のESPは、Σナンバー以上ってこと……?)
凄まじい戦慄が、テアの背筋を舐め上げた。
(せめて、ESPを使えないと話にならないわ……)
テアはESPジャマーの作動スイッチをオフにしようとした。
その瞬間、ソルジャー=スコーピオンの瞳が赤光を帯びる。
「……!」
(体が……? 動かない……!)
テアの全身が、金縛りにあったように拘束された。
「せっかく、ESPを封じていたいのなら、そのままにしてあげるわ」
ソルジャー=スコーピオンが笑った。彼女は部下の一人に眼で命じると、身動きできないテアの手から、ESPジャマー発信スイッチを奪い取らせた。
「何でジャマーの影響を受けないの?」
棒立ちの状態で、テアが訊ねる。
「私の能力は、Σナンバー・ランクβ。そして、彼ら四人は何れもAクラス・ランクαのESPよ。この五人が同調すれば、新型ジャマー五基程度では効果はないわ」
勝ち誇ったように、ソルジャー=スコーピオンが笑った。
(<テュポーン>には、Aクラス以上のESPがいったい、何人いるの?)
テアが愕然とした。
Aクラス・ESPは、GPSに登録されている人数で現在七名である。数万人いる登録ESPのうち、七名しかいないのだ。そのうち、エレナたち二名は、既に殺されていたが……。そして、Σナンバーの能力を持つESPは、テア一人だけである。
それに対して<テュポーン>には、総統ジュピターを始め、ファースト・ファミリーの全てがΣナンバーだ。その他に、Aクラス・ランクαのESPがここに四人もいる。
「それと、もう一つ教えてあげるわ。私たち<テュポーン>の大幹部は、全てDNAアンドロイドよ。そして、彼らのような戦闘型ESPは、バイオ・ソルジャー・タイプⅣだわ。これは従来のバイオ・ソルジャーに、AクラスのESP能力を与えた人間よ」
「何ですって……!」
思わず、テアは声を高めた。
(<テュポーン>のファースト・ファミリーが、DNAアンドロイド……?)
DNAアンドロイドとは、人間の持つDNA遺伝子を特殊操作したクローンの総称であり、その反射速度、運動能力、治癒能力は、成人男性の平均値の十倍以上あった。その上、DNAアンドロイドすべてが、個体差はあるにせよBクラス以上のESPを有している。
いわば、従来の人類を凌駕する能力を持った新人類であった。テアはそのDNAアンドロイド二世である。
それに対して、人体強化戦士とは、第二次DNA戦争中にDNAアンドロイドに対抗すべく、銀河連邦(GPSの前身)が開発した人間兵器である。簡単に言えば、脳と中枢神経の一部以外を全て人工組織に置き換えた戦闘マシーンだ。
バイオ・ソルジャーが、従来のサイボーグと決定的に違う点は、人工的に培養された強化細胞を使用し、機械化されていない事だ。それによって、従来のサイボーグにはない圧倒的なスピードとパワー、そして驚異的な治癒能力を有している。
バイオ・ソルジャーの戦闘能力は、訓練された兵士の数百人分に当たると言われている。彼らは、運動能力、反射速度、筋力の何れをとっても、普通人の数十倍に達する戦闘マシーンであった。今、<テュポーン>は、そのバイオ・ソルジャーにAクラスのESP能力を与えたと言う。
(勝てない……)
衝撃とも言える戦慄の真っ直中で、テアは思った。
Aクラス・ESP四人と同調することで、ΣナンバーのESPを数十倍に増幅させている相手に、どうやって勝機を見出せと言うのか。Σナンバーは一人でも、惑星ひとつ丸ごと破壊する能力を持っている。その能力が数十倍に増幅されていれば、太陽系をも消滅させることが可能かも知れない。その上、テアはESPを封じられており、強力なESPで拘束され、身動き一つ出来ないでいる。
「<銀河系最強の魔女>も、為す術がないようね」
ソルジャー=スコーピオンが、テアに近づきながら言った。
「……」
(絶対に無様なさまは見せない! 敵わないにしろ、最期まで諦めない! 私はジェイの意志を継ぐのよ! 私が諦めたら、<テュポーン>を敵とした彼の意志を否定することになる!)
テアのプルシアン・ブルーの瞳が、凄まじい光を秘めて、赤いサソリを睨み付けた。
「……! 生意気な眼ね。いいわ。いつまでそんな眼をしていられるか、思い知るがいい!」
そう言うと、ソルジャー=スコーピオンは両手の平を上に向けた。
「……?」
彼女の手から、小さな竜巻のようなものが幾つも舞い上がる。
(何……?)
「初めて見るようね。これは大気を高速回転させて、真空を創り出しているの。使い方は……」
そう告げると、彼女はその竜巻をテアに向けて投げつけた。
「キャアアァ……!」
無数の真空の刃が、テアの全身を一斉に切り刻んだ。銀色のスペース・スーツが引き裂かれ、鮮血が噴出した。
「あははは……! この通り、ひとつひとつの威力は大したことないけれど、生意気な女を苦しめるには最適なのよ!」
「くッ……」
美しい全身を血で染めながら、テアがソルジャー=スコーピオンを睨んだ。
(遊んでるわ、この女……!)
「さすが、<銀河系最強の魔女>ね。これだけ、痛めつけられても助けを求めないなんて……。でも、あの時の恨みはこんなもんじゃないわよ!」
「……」
「言いなさい! グローバル大統領を何処に隠したのか!」
ソルジャー=スコーピオンの瞳に、怒りの炎が燃え上がった。
「私が言うと思って? 彼はこの戦争を止める切り札よ」
赤いサソリの視線を正面から受け止めながら、テアがニヤリと笑った。
SD九七八年(イリス世紀四三四年)に、聖王アルバナード三世が命じて建造させた人工的な軍事衛星である。赤道半径千二百キロメートル、総質量二千七百PMT(一PMT=千兆メガトン)。もう一つの衛星プロメテウスより、約二万五千キロメートル外側の軌道を巡行している。
SD一二九五年に、勃発した<惑星イリス内乱>の時、ハミルトン公爵派が占拠し、アラン王子率いるイシュタール隊との激戦を繰り広げた場所でもあった。ガダルカナルには、三つの軍事基地が存在していたが、その内乱の時に全て破壊され、現在は破棄されている。
その中の一つ、メディア軍事基地をテアは決戦の場に選んだ。そこは唯一バイオ・コンピューター・システムが生きている場所であり、ガダルカナルの中で最も大きな基地であったからだ。
テアはそのメディア軍事基地にテレポートすると、アラン王子から借りたESPジャマー・タイプΣを五基セットした。
現在、GPSには三種類のESPジャマーがある。その中で最も新しいタイプがこのESPジャマー・タイプΣであった。この新型は、この新型は、従来のジャマーをさらに強化し、ΣナンバーのESPにも対応出来るようにしたものであった。例え、ΣナンバーのESPでも、この有効レンジ内ではESPを使用することは不可能である。もちろん、テアのESPも封じ込まれることは、言うまでもない。
テアはロザンナと闘うつもりはなかったのだ。彼女と話し合い、出来ればサイコ・ブロックから解放するつもりだったのである。
『ロザンナ王女、聞こえる?』
ESPジャマー・タイプΣを全て設置し終えると、テアは惑星イリスに向けてテレパシーを発した。テアの全身が、Σナンバー特有の青い光彩に包まれる。
『私は、テア=スクルト。私の声が聞こえたならば、今すぐ衛星ガダルカナルのメディア軍事基地に来て! ここには、私一人しかいない。あなたと会って、話したいことがあるの!』
強力なテレパシーを、ロザンナ王女のESPパターンに合わせて発する。彼女以外のESPには、このテレパシーを感知出来ないはずだ。
待つこと、五分間……。
ロザンナ王女が現れる様子はなかった。
『ロザンナ王女、聞こえたら……』
テアが再び、テレパシーを発した瞬間……。
「あなたと話す事なんて、ないわ……」
テアの背後から、美しい声が響きわたった。
「ロザンナ……!」
テアが驚いて振り返る。淡青色のロング・ヘアーが美しく靡いた。
(私が感知できないなんて……)
テアは、ロザンナ王女がテレポート・アウトしてくるのを、全身を研ぎ澄まさせて待っていたのである。しかし、ロザンナは彼女に悟られることなく、テアの背後をとったのだ。これは、彼女の能力がテアのそれを凌駕している証拠であった。
「ここを死に場所に選んだの? 成る程、ここならば誰も犠牲にすることなく、思う存分闘えるわ」
ロザンナが周囲を見渡しながら言った。
「聞いて、ロザンナ。私はあなたと闘うつもりはないわ。あなたは、ハワード伯爵、いえ、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>に操られているのよ」
「それがどうしたの?」
ロザンナの美しいブロンズが、風もないのに舞い上がった。彼女の体から、ESP波特有の光彩が立ち上り始める。
「それがどうしたって……? 私はあなたと闘う理由がないのよ。あなたのご両親、聖王オーディン三世とグレース皇后を殺したのは、私じゃないわ! <テュポーン>のファースト・ファミリーよ!」
テアはESPジャマー・タイプΣの発信スイッチを握り締めた。
「そんな事、分かってるわ!」
「分かってる……?」
驚いてテアが訊ねた。
(ロザンナ王女は、既にサイコ・コントロールから解放されている? もし、そうなら、どうして……?)
「私の体は、あの薬なしでは生きられないのよ!」
不意に、ロザンナの碧眼から涙が溢れた。
(アフロディジカル……!)
テアは全てを悟った。ロザンナは、アフロディジカルの中毒者となっていたのだ。
アフロディジカル。
銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>が誇る強力な精神改造薬である。
銀河系に数多くある麻薬の中でも、最も恐れられている<キングス・オブ・ドラッグ>。あらゆる麻薬を凌駕する薬物依存性の強烈さと、凄まじいまでの禁断症状を引き起こす<悪魔の薬>である。末端販売価格は、一グラムで数百万クレジットと言われる。
アフロディジカルは、二つの作用をもたらす。
その一つは、強力な催淫効果を有する神経活性薬である。それは老若男女を問わず、急激に性欲を増大させ、また、性感を数倍に増加させるものであった。惑星イリスの最高危険区域では、ほとんどの売春組織で常備している高級麻薬である。
そして、もう一つは、潜在ESPを覚醒させ、サイコ・コントロールの強力な触媒として作用する。それを利用して、そのESPを完全にその手中に収めることが出来るのである。
「あの薬を射たれ、男の人に抱かれるときの快感。全てを忘れさせる官能と恍惚……。そして、あれが切れた時に襲ってくる凄まじい恐怖の幻覚……。あなたに想像がつくかしら?」
「ロザンナ……」
テアは言葉を失った。アフロディジカルの完全な中毒者を元に戻す方法は、現在の医学ではない。
テア自身も、ハワード伯爵にアフロディジカルを射たれ、凄まじい凌辱を経験させられた。あの薬がもたらす強烈な官能と、壮絶な幻覚……。彼女がそれに耐えることが出来たのは、彼女自身の比類ない精神力と、ジェイ=マキシアンへの愛があったからだ。もしかしたら、DNAアンドロイド二世であることも影響したのかも知れない。
だが、ロザンナはそれらを一つとして持っていない。そんな彼女が、あの「悪魔の薬」と闘えるはずがなかったのである。
(どうすればいい?)
テアは自問した。このままでは、ロザンナは確実に廃人になってしまう。
(ESPでは、彼女を治療することは出来ない……)
体の怪我であれば、ESP治療は可能だ。しかし、崩壊した精神を治療することは不可能である。
(許せない、ハワード伯爵! そして、テュポーン!)
激烈な怒りが、テアを襲った。まだ二十歳にもならないロザンナに、このような悲劇をもたらした相手を心の底から憎んだ。
「私はハワードを愛してるわ! 彼の片腕を奪ったあなたを、私は許さない!」
ロザンナの碧眼が、憎悪を映し出した。彼女の全身が、ESP波特有の光彩に包まれた。
「待って、ロザンナ! ハワード伯爵を愛してるですって? そんなもの、愛じゃないわ! あの薬が与えた幻覚よ!」
「うるさいッ! お前を殺すわ!」
ロザンナの両腕が、高々と掲げられた。その手から、強烈な閃光が発せられる。
(ESPソード?)
彼女の頭上に、超烈な破壊力を秘めたESPの奔流が形成された。
(ごめんなさい、ロザンナ……)
テアは手に持っていたESPジャマー・タイプΣのスイッチをオンにした。
その瞬間、五つのESPジャマー・タイプΣから、凄まじいエネルギーが迸った。不可視の反ESP粒子が、瞬時に衛星ガダルカナルを覆い尽くした。
「ギャアアアァ……!」
凄まじい絶叫とともに、ロザンナが床に沈み込んだ。彼女が発したESPエネルギーが、マイナスESPに変換され、彼女自身を襲ったのである。
ロザンナは両手で頭を抑え、のたうち廻った。激しい苦痛のあまり、その美しい顔が苦悶に歪む。
「大丈夫、ロザンナ?」
テアが彼女に駆け寄り、抱き起こそうとした瞬間……!
「さわらないで、化け物ッ!」
強い力で、ロザンナがテアの腕を振り払った。
「ロザンナ……?」
「いやああッ! 何かが、私の体を……! やめてぇ……!」
ロザンナが自分の顔や手足を引っ掻き始めた。金髪を振り乱し、錯乱状態に入る。
「ロザンナッ!」
テアが驚いて、彼女を抑えようとした。しかし、理性を完全に失ったロザンナは、信じ難い力でテアを殴りつけた。
「ぐッ!」
左頬を思い切り殴られ、テアが吹っ飛ぶ。
(禁断症状……?)
ESPジャマーが触媒として作用し、アフロディジカルの効力を消失させたのだろうか。
ロザンナは着ている物を引き裂くと、全身に爪を立て始めた。美しい姿態が、あっという間に鮮血を噴出する。
(何ていうことを……)
テアは為す術もなく立ち竦んだ。この禁断症状からロザンナを救う方法は、アフロディジカルを与えることだけであった。
その時……!
「ハワードの愚か者め! アフロディジカルを射ち過ぎたな……」
テアの背後から、若い女性の声が響いた。驚いて振り返る。
「……!」
テアのプルシアン・ブルーの瞳に、五人の男女が映った。
燃えるような紅い髪を、肩の位置で切りそろえた女性が、黒いスペース・ジャケットに身を包んだ男たちを、左右に二人づつ随えて立っていた。
「ソルジャー=スコーピオン!」
テアはその女性を見て叫んだ。
<赤いサソリ>と呼ばれる<テュポーン>のファースト・ファミリーである。そして彼女は、ΣナンバーのESPでさえ無力化する新型ジャマーの影響を受けることなく、テレポートしてきたのだった。
(ESPジャマーが破壊された?)
テアは一瞬、そう考えた。だが、彼女自身がESPを使えないことから、その考えが誤りであることに気づく。
「そんな、バカな……」
五基のESPジャマー・タイプΣに覆われるこのガダルカナルに、テレポートしてくる。
(そんな事は、不可能だわ……)
しかし、現実に彼女の目の前に、ソルジャー=スコーピオンは部下を連れて立っている。
(彼女のESPは、Σナンバー以上ってこと……?)
凄まじい戦慄が、テアの背筋を舐め上げた。
(せめて、ESPを使えないと話にならないわ……)
テアはESPジャマーの作動スイッチをオフにしようとした。
その瞬間、ソルジャー=スコーピオンの瞳が赤光を帯びる。
「……!」
(体が……? 動かない……!)
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「せっかく、ESPを封じていたいのなら、そのままにしてあげるわ」
ソルジャー=スコーピオンが笑った。彼女は部下の一人に眼で命じると、身動きできないテアの手から、ESPジャマー発信スイッチを奪い取らせた。
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棒立ちの状態で、テアが訊ねる。
「私の能力は、Σナンバー・ランクβ。そして、彼ら四人は何れもAクラス・ランクαのESPよ。この五人が同調すれば、新型ジャマー五基程度では効果はないわ」
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「何ですって……!」
思わず、テアは声を高めた。
(<テュポーン>のファースト・ファミリーが、DNAアンドロイド……?)
DNAアンドロイドとは、人間の持つDNA遺伝子を特殊操作したクローンの総称であり、その反射速度、運動能力、治癒能力は、成人男性の平均値の十倍以上あった。その上、DNAアンドロイドすべてが、個体差はあるにせよBクラス以上のESPを有している。
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バイオ・ソルジャーの戦闘能力は、訓練された兵士の数百人分に当たると言われている。彼らは、運動能力、反射速度、筋力の何れをとっても、普通人の数十倍に達する戦闘マシーンであった。今、<テュポーン>は、そのバイオ・ソルジャーにAクラスのESP能力を与えたと言う。
(勝てない……)
衝撃とも言える戦慄の真っ直中で、テアは思った。
Aクラス・ESP四人と同調することで、ΣナンバーのESPを数十倍に増幅させている相手に、どうやって勝機を見出せと言うのか。Σナンバーは一人でも、惑星ひとつ丸ごと破壊する能力を持っている。その能力が数十倍に増幅されていれば、太陽系をも消滅させることが可能かも知れない。その上、テアはESPを封じられており、強力なESPで拘束され、身動き一つ出来ないでいる。
「<銀河系最強の魔女>も、為す術がないようね」
ソルジャー=スコーピオンが、テアに近づきながら言った。
「……」
(絶対に無様なさまは見せない! 敵わないにしろ、最期まで諦めない! 私はジェイの意志を継ぐのよ! 私が諦めたら、<テュポーン>を敵とした彼の意志を否定することになる!)
テアのプルシアン・ブルーの瞳が、凄まじい光を秘めて、赤いサソリを睨み付けた。
「……! 生意気な眼ね。いいわ。いつまでそんな眼をしていられるか、思い知るがいい!」
そう言うと、ソルジャー=スコーピオンは両手の平を上に向けた。
「……?」
彼女の手から、小さな竜巻のようなものが幾つも舞い上がる。
(何……?)
「初めて見るようね。これは大気を高速回転させて、真空を創り出しているの。使い方は……」
そう告げると、彼女はその竜巻をテアに向けて投げつけた。
「キャアアァ……!」
無数の真空の刃が、テアの全身を一斉に切り刻んだ。銀色のスペース・スーツが引き裂かれ、鮮血が噴出した。
「あははは……! この通り、ひとつひとつの威力は大したことないけれど、生意気な女を苦しめるには最適なのよ!」
「くッ……」
美しい全身を血で染めながら、テアがソルジャー=スコーピオンを睨んだ。
(遊んでるわ、この女……!)
「さすが、<銀河系最強の魔女>ね。これだけ、痛めつけられても助けを求めないなんて……。でも、あの時の恨みはこんなもんじゃないわよ!」
「……」
「言いなさい! グローバル大統領を何処に隠したのか!」
ソルジャー=スコーピオンの瞳に、怒りの炎が燃え上がった。
「私が言うと思って? 彼はこの戦争を止める切り札よ」
赤いサソリの視線を正面から受け止めながら、テアがニヤリと笑った。
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夢酔藤山
歴史・時代
能登の戦国時代は遅くに訪れた。守護大名・畠山氏が最後まで踏み止まり、戦国大名を生まぬ独特の風土が、遅まきの戦乱に晒された。古くから能登に根を張る長一族にとって、この戦乱は幸でもあり不幸でもあった。
裏切り、また裏切り。
大国である越後上杉謙信が迫る。長続連は織田信長の可能性に早くから着目していた。出家させていた次男・孝恩寺宗顒に、急ぎ信長へ救援を求めるよう諭す。
それが、修羅となる孝恩寺宗顒の第一歩だった。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~
海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。
再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。
EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~
青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。
倭国女王・日御子の波乱万丈の生涯
古代雅之
歴史・時代
A.D.2世紀中頃、古代イト国女王にして、神の御技を持つ超絶的予知能力者がいた。
女王は、崩御・昇天する1ヶ月前に、【天壌無窮の神勅】を発令した。
つまり、『この豊葦原瑞穂国 (日本の古称)全土は本来、女王の子孫が治めるべき土地である。』との空前絶後の大号令である。
この女王〔2世紀の日輪の御子〕の子孫の中から、邦国史上、空前絶後の【女性英雄神】となる【日御子〔日輪の御子〕】が誕生した。
この作品は3世紀の【倭国女王・日御子】の波乱万丈の生涯の物語である。
ちなみに、【卑弥呼】【邪馬台国】は3世紀の【文字】を持つ超大国が、【文字】を持たない辺境の弱小蛮国を蔑んで、勝手に名付けた【蔑称文字】であるので、この作品では【日御子〔卑弥呼〕】【ヤマト〔邪馬台〕国】と記している。
言い換えれば、我ら日本民族の始祖であり、古代の女性英雄神【天照大御神】は、当時の中国から【卑弥呼】と蔑まされていたのである。
卑弥呼【蔑称固有名詞】ではなく、日御子【尊称複数普通名詞】である。
【古代史】は、その遺跡や遺物が未発見であるが故に、多種多様の【説】が百花繚乱の如く、乱舞している。それはそれで良いと思う。
【自説】に固執する余り、【他説】を批判するのは如何なものであろうか!?
この作品でも、多くの【自説】を網羅しているので、【フィクション小説】として、御笑読いただければ幸いである。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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