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第26章 鮮血のワイン
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人間と神との違いは、何であろうか?
人間(=人類)は火を手に入れてから数百万年後、空間さえ己の物としていた。
広大無限な宇宙空間。
それに平行する亜空間。
人類の叡知は銀河系の大半を手中にし、理論的には外宇宙(銀河系外)への進出も可能であった。
しかし、その科学力を持ってしても、超越し得ない問題が残っていた。<時間>と<生命>である。
時間……。いわゆるノルンの三姉妹(過去、現在、未来を司る女神)を全て手に入れることは、空間を支配する人類にとってさえ永遠の夢であった。多くの科学者たちが時間を超越する方法を考え、挫折していった。
そして、生命……。生きとし生けるものは、神の決めたもうた寿命から逃れることは出来ない。それは、永遠とも言える時間を輝く恒星であれ、例外ではない。まして、それと比べ、たかだだ百年を生きる人間にとっては言うまでもない。
しかし、有史以来の夢である「不老不死」を可能にすべく、人類はある方法を見出した。
それは遺伝子情報を書き換えることである。「不老不死」には程遠いが、それによって人類は百五十年以上の平均寿命を有する新人類を創り出した。その新人類は、「DNAアンドロイド」と名付けられる。
その理論を応用して、銀河系の片隅で、人類に残された二つの命題の一つに、新たな研究が加えられていた。
その男は生きていた。
低温睡眠装置に酷似したカプセルの中で、規則正しい呼吸を繰り返していた。眠っているようにも見える。しかし、単なる睡眠状態であると言い切るには、明らかに説明できない矛盾点が幾つかあった。
男の心拍数は、一分間におよそ四百回。普通の成人男性の約五倍である。生命維持のために鼓動を続けるにしては、彼の心臓は明らかにオーバー・ロードである。
外見的にもおかしな点があった。男の黒い髪は異様に長く、生まれてから一度も切った形跡さえ見当たらない。自らの好みで長髪にしている様子ではなかった。そして、手足の爪である。これも、日常生活に支障をきたす長さであった。各々が一五センチ以上はあるだろうか。
「記憶の移植処理には、どの位かかる?」
白衣に身を包んだ青年が訊ねた。医師や科学者には見えない。どちらかと言うと、その鋭い双眸は軍人か傭兵のようだ。年齢はまだ若い。二十八、九才くらいだろうか。だが、彼の精悍な相貌は、人を支配する力に溢れていた。
「現在、約九十五パーセントは終了しております。完全移植まで、あと三日ほどでしょう」
もう一人の白衣の男が答えた。こちらは一見して学者風の男である。頭髪に白髪が混じっており、秀でた額と怜悧な眼は彼の知能の高さを物語っていた。
「潜在能力は予定通りか?」
青年が訊ねた。
「予想以上です。彼が『全宇宙最強のESP』と呼ばれていた時よりも、さらに強力でしょう。もっとも、彼のESPを正確な数値に置き換えることは不可能ですが……」
「Σナンバー・ランクαを超える能力か……。何か新しい呼称を考えなければならないな」
青年……銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の総統ジュピターが、満足そうに笑いながら言った。
「王子ッ! ご無事でしたか?」
アルカディア公マルク=ブラインズが叫んだ。
惑星イリスは銀河系で唯一王制をとっている惑星国家である。聖王オーディン三世のもと、十二選帝候と呼ばれる大貴族が各々の地方を分割統治していた。その中で最大の勢力を有するのが、聖都オディッセアを含むアルカディア地方の統治者、アルカディア公であった。彼はまた、聖王オーディン三世の実弟であり、アランの叔父であった。
「心配をかけました、叔父上」
テアとともにアルカディア要塞の一室にテレポート・アウトすると、アランはその主に面会を求めたのである。
「イシュタール隊が全滅したとの連絡を受けてから今日まで、どんなに王子の行方を探させたか……。それにしても、ご無事で何よりです」
アルカディア公が、アランの右手を握りしめながら言った。
「全滅……?」
アランが驚きの声を上げた。彼は作戦の途中でロザンナに拉致されたため、自分の部下の生死を知らなかったのである。
「そんな……! あの時、確かにエレナ=マクドリア大尉とフレア=レイ准尉は生きていたわ!」
アランの横に立つ女性が告げた。長い淡青色の髪と、プルシアン・ブルーの瞳を持つ絶世の美女である。その怜悧な瞳に驚愕が浮かんだ。
テアはロザンナと闘う際、エレナ達の協力を求めるつもりでいた。エレナとフレアは、銀河系でも数少ないAクラス・ESPだ。その二人がテアに同調してくれれば、圧倒的な優位に立てる。
しかし、その二人が既に殺されているとしたら……。
(私とロザンナ王女のESPは、ほとんど同等だわ。確実に勝てる自信は、ない……)
まして、テアはロザンナ王女を倒すために闘うのではなかった。<テュポーン>のサイコ・コントロールから、彼女を解放することが目的なのだ。
サイコ・コントロールされたESPを解放するためには、そのESPが持つ能力を圧倒的に凌駕しなければならない。何故なら、そのESPを封じ込め、より強力なテレパシーでブロックを外す必要があるからだ。
(例え、ロザンナ王女に勝てたとしても、それは勝利ではないわ。今の私の能力では、彼女のサイコ・ブロックを破ることは出来ないのだから……)
「本当に、エレナ達は殺されたのですか? それが、確認されているのですか?」
衝撃から立ち直ったアランが、アルカディア公に訊ねた。
ここは、アルカディア公の私室である。二百平方メートルを優に超える広い室内には、この三人だけしかいなかった。アルカディア公は、なめし革をふんだんに張ったソファに深く腰掛けながら、説明を始めた。
「二人は、一度は無事に帰還したのです。しかし、王子とスクルトさんが戻らないのを心配して、三日前に我々が止めるのも聞かずに捜索に出かけました」
「……」
アランの碧眼に激しい後悔が浮かんだ。
(俺が無事を連絡していれば、二人を死なせずに済んだんだ……)
「それ以来、何の連絡もありません」
「それでは、二人が殺されたとは断言できないじゃないですか?」
黙り込むアランを横目で見ながら、テアははかない希望を口にした。
「昨日、ハワード伯爵から私宛に多くのワインが贈られてきました」
「……?」
テアはアルカディア公の言葉に怪訝な表情を浮かべた。エレナ達の死とワインが何か関係があるのだろうか?
「数にして、五十本近くあったでしょうか? 宿敵となったハワード伯爵からの贈り物です。私が素直に喜べるはずはありません。私はその中身を分析に廻しました……」
アルカディア公は、そこで言葉を切った。次の言葉を告げるのに、躊躇いが彼の心を支配していたのである。
「分析の結果は?」
アランが先を促した。
「中身は……、人間の血液でした。そして、エレナ=マクドリア大尉とフレア=レイ准尉の血液に、一致しました……」
「なッ……!」
「……!」
テアとアランは愕然とした。
(人の血をワインボトルに入れて贈ってくるなんて……? 狂ってるわ!)
テアはそれを想像し、嘔吐感に襲われた。胸に手をやり、何とか抑制する。
「あれほど大量の血液を抜かれて、二人が生存している可能性は、残念ながらありません」
アルカディア公は苦い表情で告げた。
「ハワードの狂人めッ!」
アランが吐き出すように叫んだ。彼の全身が、激烈な怒りのため震撼した。
「テア、頼む! ロザンナを殺してくれ!」
「……!」
驚きに満ちたプルシアン・ブルーの瞳が、真っ直ぐにアランを見つめた。
愛する者の死を願う。それが、どんな意味を持っているか、テアには充分すぎるほど分かっていた。
「エレナたちはAクラス・ESPだ。それをハワードごときが倒せるはずはない! 彼女たちを殺したのは、ロザンナだ!」
「アラン……」
「例え、それがハワードの命令であったとしても、実際に手を下したのはロザンナに間違いない! 彼女はすでに昔のロザンナじゃない! あの悪魔に魂を売った愚か者だッ!」
激情に任せて、アランが叫んだ。
「落ち着いて、アラン! あなたの言う通り、二人を殺したのはロザンナ王女かも知れない。でも、彼女は自分の意志で殺したんじゃないわ。<テュポーン>のサイコ・コントロールの恐ろしさは、私自身が良く知っている。あのアフロディジカルを射たれ、凌辱の限りを尽くされることは、並みの女性には耐えられないわ!」
「テア……」
アランは聞いていた。ロザンナと対峙した時、テア本人の口から彼女もその凌辱を受けたことを……。
「私でさえ、何度も死のうと思った。でも、何かが私を止めたの。全ての記憶を失っていた私を、誰かが止めたのよ! 今ならば、それが誰だか分かるわ!」
「……」
アランの瞳に、悲しみが映った。愛する女性の口から告げられる名前……。それが、絶対に自分ではないことを知っていたからである。
「ジェイ=マキシアン! 彼を思い出して、私は全ての記憶を取り戻したのよ。この生命を、そして私の全てを賭けて愛した人……。彼がいたからこそ、私はあの凌辱から立ち直れたのよ!」
「テア……」
「でも、ロザンナには誰もいない。彼女があなたを愛しているとしても、それは兄妹としてだわ。それ以上の存在には、決してなれない。そんな彼女が、<テュポーン>のサイコ・コントロールを拒絶することなんて、不可能なのよ!」
テアは無意識に、アランの両肩をつかんで揺さぶっていた。それに気付き、慌てて手を離した。
「ごめんなさい、アラン。興奮していたのは、私の方みたいね」
「いや。それより、冷静になって考えよう。エレナたちが君に同調することは、不可能になってしまった。君一人のESPで、ロザンナを救うことは出来ないのか?」
テーブルの上で冷え切ったコーヒーを一口飲み、気を落ち着かせてからアランが訊ねた。
「残念ながら、ロザンナ王女のESPはΣナンバー・ランクαだわ。あの全宇宙最強のESPと呼ばれたジェイと同等の能力よ。今の私では、闘っても勝てるかどうか自信がない。まして、彼女の能力をブロックし、サイコ・コントロールから解放することは不可能だわ」
「<銀河系最強の魔女>と呼ばれるあなた以上の能力を、ロザンナ王女が持っていると……?」
それまで、テアたちの会話に加わるタイミングを逸していたアルカディア公が訊ねた。
「彼女がその気になれば、この聖都オディッセアどころか、惑星イリス自体が崩壊するわ。闘うにしろ、この星の上では危険すぎる」
「何ですとッ!」
信じられない驚愕に襲われたアルカディア公が叫んだ。彼にとっては、ESPとはせいぜい、透視をしたり、ちょっとした予知をする程度の認識しかなかったのである。
「テアの言うことは本当です、叔父上。この前の闘いで、ロザンナはその強力なESPの一端を我々に見せています。その証拠に、イリス宮殿は巨大なクレーターと化しているじゃありませんか」
「あれは……、ロザンナ王女がやったことなのか?」
アランの言葉に、アルカディア公は愕然とした。
「あの程度は、Bクラス・ESPでも可能よ。ロザンナはかなり力をセーブしていたわ」
事実とは異なるのだが、ロザンナ王女のESPを印象づけるにあたって、多少の誇張を混ぜてテアが告げた。
「信じられん……」
追い打ちをかけるテアの言葉に、アルカディア公が黙り込んだ。
「ある程度の広さがあって、半径数百キロメートル以内が無人となっている場所に心当たりは……?」
「そんなところがあるはず……」
そう言おうとしたアランが、ハッとして黙り込んだ。
「……! どこかにあるのね!」
「あそこなら……。テア、誰にも邪魔されず、ロザンナと闘える場所があるぞ!」
「何処、それは……?」
身を乗り出しながら、テアが訊ねた。
「ガダルカナル軍事衛星だ! 十年前の<惑星イリス内乱>以来、全ての軍事施設が破棄され、誰も使用していないはずだ!」
アランの言葉が、アルカディア公の私室に響きわたった。
人間(=人類)は火を手に入れてから数百万年後、空間さえ己の物としていた。
広大無限な宇宙空間。
それに平行する亜空間。
人類の叡知は銀河系の大半を手中にし、理論的には外宇宙(銀河系外)への進出も可能であった。
しかし、その科学力を持ってしても、超越し得ない問題が残っていた。<時間>と<生命>である。
時間……。いわゆるノルンの三姉妹(過去、現在、未来を司る女神)を全て手に入れることは、空間を支配する人類にとってさえ永遠の夢であった。多くの科学者たちが時間を超越する方法を考え、挫折していった。
そして、生命……。生きとし生けるものは、神の決めたもうた寿命から逃れることは出来ない。それは、永遠とも言える時間を輝く恒星であれ、例外ではない。まして、それと比べ、たかだだ百年を生きる人間にとっては言うまでもない。
しかし、有史以来の夢である「不老不死」を可能にすべく、人類はある方法を見出した。
それは遺伝子情報を書き換えることである。「不老不死」には程遠いが、それによって人類は百五十年以上の平均寿命を有する新人類を創り出した。その新人類は、「DNAアンドロイド」と名付けられる。
その理論を応用して、銀河系の片隅で、人類に残された二つの命題の一つに、新たな研究が加えられていた。
その男は生きていた。
低温睡眠装置に酷似したカプセルの中で、規則正しい呼吸を繰り返していた。眠っているようにも見える。しかし、単なる睡眠状態であると言い切るには、明らかに説明できない矛盾点が幾つかあった。
男の心拍数は、一分間におよそ四百回。普通の成人男性の約五倍である。生命維持のために鼓動を続けるにしては、彼の心臓は明らかにオーバー・ロードである。
外見的にもおかしな点があった。男の黒い髪は異様に長く、生まれてから一度も切った形跡さえ見当たらない。自らの好みで長髪にしている様子ではなかった。そして、手足の爪である。これも、日常生活に支障をきたす長さであった。各々が一五センチ以上はあるだろうか。
「記憶の移植処理には、どの位かかる?」
白衣に身を包んだ青年が訊ねた。医師や科学者には見えない。どちらかと言うと、その鋭い双眸は軍人か傭兵のようだ。年齢はまだ若い。二十八、九才くらいだろうか。だが、彼の精悍な相貌は、人を支配する力に溢れていた。
「現在、約九十五パーセントは終了しております。完全移植まで、あと三日ほどでしょう」
もう一人の白衣の男が答えた。こちらは一見して学者風の男である。頭髪に白髪が混じっており、秀でた額と怜悧な眼は彼の知能の高さを物語っていた。
「潜在能力は予定通りか?」
青年が訊ねた。
「予想以上です。彼が『全宇宙最強のESP』と呼ばれていた時よりも、さらに強力でしょう。もっとも、彼のESPを正確な数値に置き換えることは不可能ですが……」
「Σナンバー・ランクαを超える能力か……。何か新しい呼称を考えなければならないな」
青年……銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の総統ジュピターが、満足そうに笑いながら言った。
「王子ッ! ご無事でしたか?」
アルカディア公マルク=ブラインズが叫んだ。
惑星イリスは銀河系で唯一王制をとっている惑星国家である。聖王オーディン三世のもと、十二選帝候と呼ばれる大貴族が各々の地方を分割統治していた。その中で最大の勢力を有するのが、聖都オディッセアを含むアルカディア地方の統治者、アルカディア公であった。彼はまた、聖王オーディン三世の実弟であり、アランの叔父であった。
「心配をかけました、叔父上」
テアとともにアルカディア要塞の一室にテレポート・アウトすると、アランはその主に面会を求めたのである。
「イシュタール隊が全滅したとの連絡を受けてから今日まで、どんなに王子の行方を探させたか……。それにしても、ご無事で何よりです」
アルカディア公が、アランの右手を握りしめながら言った。
「全滅……?」
アランが驚きの声を上げた。彼は作戦の途中でロザンナに拉致されたため、自分の部下の生死を知らなかったのである。
「そんな……! あの時、確かにエレナ=マクドリア大尉とフレア=レイ准尉は生きていたわ!」
アランの横に立つ女性が告げた。長い淡青色の髪と、プルシアン・ブルーの瞳を持つ絶世の美女である。その怜悧な瞳に驚愕が浮かんだ。
テアはロザンナと闘う際、エレナ達の協力を求めるつもりでいた。エレナとフレアは、銀河系でも数少ないAクラス・ESPだ。その二人がテアに同調してくれれば、圧倒的な優位に立てる。
しかし、その二人が既に殺されているとしたら……。
(私とロザンナ王女のESPは、ほとんど同等だわ。確実に勝てる自信は、ない……)
まして、テアはロザンナ王女を倒すために闘うのではなかった。<テュポーン>のサイコ・コントロールから、彼女を解放することが目的なのだ。
サイコ・コントロールされたESPを解放するためには、そのESPが持つ能力を圧倒的に凌駕しなければならない。何故なら、そのESPを封じ込め、より強力なテレパシーでブロックを外す必要があるからだ。
(例え、ロザンナ王女に勝てたとしても、それは勝利ではないわ。今の私の能力では、彼女のサイコ・ブロックを破ることは出来ないのだから……)
「本当に、エレナ達は殺されたのですか? それが、確認されているのですか?」
衝撃から立ち直ったアランが、アルカディア公に訊ねた。
ここは、アルカディア公の私室である。二百平方メートルを優に超える広い室内には、この三人だけしかいなかった。アルカディア公は、なめし革をふんだんに張ったソファに深く腰掛けながら、説明を始めた。
「二人は、一度は無事に帰還したのです。しかし、王子とスクルトさんが戻らないのを心配して、三日前に我々が止めるのも聞かずに捜索に出かけました」
「……」
アランの碧眼に激しい後悔が浮かんだ。
(俺が無事を連絡していれば、二人を死なせずに済んだんだ……)
「それ以来、何の連絡もありません」
「それでは、二人が殺されたとは断言できないじゃないですか?」
黙り込むアランを横目で見ながら、テアははかない希望を口にした。
「昨日、ハワード伯爵から私宛に多くのワインが贈られてきました」
「……?」
テアはアルカディア公の言葉に怪訝な表情を浮かべた。エレナ達の死とワインが何か関係があるのだろうか?
「数にして、五十本近くあったでしょうか? 宿敵となったハワード伯爵からの贈り物です。私が素直に喜べるはずはありません。私はその中身を分析に廻しました……」
アルカディア公は、そこで言葉を切った。次の言葉を告げるのに、躊躇いが彼の心を支配していたのである。
「分析の結果は?」
アランが先を促した。
「中身は……、人間の血液でした。そして、エレナ=マクドリア大尉とフレア=レイ准尉の血液に、一致しました……」
「なッ……!」
「……!」
テアとアランは愕然とした。
(人の血をワインボトルに入れて贈ってくるなんて……? 狂ってるわ!)
テアはそれを想像し、嘔吐感に襲われた。胸に手をやり、何とか抑制する。
「あれほど大量の血液を抜かれて、二人が生存している可能性は、残念ながらありません」
アルカディア公は苦い表情で告げた。
「ハワードの狂人めッ!」
アランが吐き出すように叫んだ。彼の全身が、激烈な怒りのため震撼した。
「テア、頼む! ロザンナを殺してくれ!」
「……!」
驚きに満ちたプルシアン・ブルーの瞳が、真っ直ぐにアランを見つめた。
愛する者の死を願う。それが、どんな意味を持っているか、テアには充分すぎるほど分かっていた。
「エレナたちはAクラス・ESPだ。それをハワードごときが倒せるはずはない! 彼女たちを殺したのは、ロザンナだ!」
「アラン……」
「例え、それがハワードの命令であったとしても、実際に手を下したのはロザンナに間違いない! 彼女はすでに昔のロザンナじゃない! あの悪魔に魂を売った愚か者だッ!」
激情に任せて、アランが叫んだ。
「落ち着いて、アラン! あなたの言う通り、二人を殺したのはロザンナ王女かも知れない。でも、彼女は自分の意志で殺したんじゃないわ。<テュポーン>のサイコ・コントロールの恐ろしさは、私自身が良く知っている。あのアフロディジカルを射たれ、凌辱の限りを尽くされることは、並みの女性には耐えられないわ!」
「テア……」
アランは聞いていた。ロザンナと対峙した時、テア本人の口から彼女もその凌辱を受けたことを……。
「私でさえ、何度も死のうと思った。でも、何かが私を止めたの。全ての記憶を失っていた私を、誰かが止めたのよ! 今ならば、それが誰だか分かるわ!」
「……」
アランの瞳に、悲しみが映った。愛する女性の口から告げられる名前……。それが、絶対に自分ではないことを知っていたからである。
「ジェイ=マキシアン! 彼を思い出して、私は全ての記憶を取り戻したのよ。この生命を、そして私の全てを賭けて愛した人……。彼がいたからこそ、私はあの凌辱から立ち直れたのよ!」
「テア……」
「でも、ロザンナには誰もいない。彼女があなたを愛しているとしても、それは兄妹としてだわ。それ以上の存在には、決してなれない。そんな彼女が、<テュポーン>のサイコ・コントロールを拒絶することなんて、不可能なのよ!」
テアは無意識に、アランの両肩をつかんで揺さぶっていた。それに気付き、慌てて手を離した。
「ごめんなさい、アラン。興奮していたのは、私の方みたいね」
「いや。それより、冷静になって考えよう。エレナたちが君に同調することは、不可能になってしまった。君一人のESPで、ロザンナを救うことは出来ないのか?」
テーブルの上で冷え切ったコーヒーを一口飲み、気を落ち着かせてからアランが訊ねた。
「残念ながら、ロザンナ王女のESPはΣナンバー・ランクαだわ。あの全宇宙最強のESPと呼ばれたジェイと同等の能力よ。今の私では、闘っても勝てるかどうか自信がない。まして、彼女の能力をブロックし、サイコ・コントロールから解放することは不可能だわ」
「<銀河系最強の魔女>と呼ばれるあなた以上の能力を、ロザンナ王女が持っていると……?」
それまで、テアたちの会話に加わるタイミングを逸していたアルカディア公が訊ねた。
「彼女がその気になれば、この聖都オディッセアどころか、惑星イリス自体が崩壊するわ。闘うにしろ、この星の上では危険すぎる」
「何ですとッ!」
信じられない驚愕に襲われたアルカディア公が叫んだ。彼にとっては、ESPとはせいぜい、透視をしたり、ちょっとした予知をする程度の認識しかなかったのである。
「テアの言うことは本当です、叔父上。この前の闘いで、ロザンナはその強力なESPの一端を我々に見せています。その証拠に、イリス宮殿は巨大なクレーターと化しているじゃありませんか」
「あれは……、ロザンナ王女がやったことなのか?」
アランの言葉に、アルカディア公は愕然とした。
「あの程度は、Bクラス・ESPでも可能よ。ロザンナはかなり力をセーブしていたわ」
事実とは異なるのだが、ロザンナ王女のESPを印象づけるにあたって、多少の誇張を混ぜてテアが告げた。
「信じられん……」
追い打ちをかけるテアの言葉に、アルカディア公が黙り込んだ。
「ある程度の広さがあって、半径数百キロメートル以内が無人となっている場所に心当たりは……?」
「そんなところがあるはず……」
そう言おうとしたアランが、ハッとして黙り込んだ。
「……! どこかにあるのね!」
「あそこなら……。テア、誰にも邪魔されず、ロザンナと闘える場所があるぞ!」
「何処、それは……?」
身を乗り出しながら、テアが訊ねた。
「ガダルカナル軍事衛星だ! 十年前の<惑星イリス内乱>以来、全ての軍事施設が破棄され、誰も使用していないはずだ!」
アランの言葉が、アルカディア公の私室に響きわたった。
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