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第25章 虜囚
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SHL総旗艦<ミネルヴァ>の一室で、ノートス=リュカオン大将は美しい捕虜に対峙していた。
捕虜の名前は、ジェシカ=アンドロメダ。GPS特別犯罪課の大尉であり、漆黒の女神と呼ばれるESPであった。
ジェシカは、第十七艦隊司令長官マクラーレン大将に面会し、シャトルでこの<ミネルヴァ>に連行された。約束通り、ESP抑制リングをはめられ、武器はまったく持っていない。
マクラーレン大将は、彼女をリュカオン大将に預けると、第十七艦隊旗艦<アストリア>に戻って行った。
最初、すぐにブライアン提督に面会できると考えていたジェシカは、自分の思惑の甘さに後悔した。マクラーレン大将と違い、リュカオン大将はGPSから来たジェシカをまったく信用しなかったのだ。
彼はジェシカを尋問室に拘束すると、拷問とも言える凄まじい行為を彼女の身に加えさせた。<パルテノン>を破壊し、SHL将官二百万人の生命を奪ったGPSがジェシカを派遣した意味は、ブライアン提督の生命を奪うか、SHL総旗艦を破壊することが目的であると考えたのだろう。
ESPには自白剤は通用しないと言う固定観念から、リュカオン大将は部下に命じて、古来からの方法でジェシカの口を割らせようと試みた。
ジェシカの美しい姿態は天井から吊られ、電磁波、ESPジャマー、音速衝撃波などに曝された。電磁波は三百ボルトの電流を彼女の全身に流し、その漆黒の髪を逆立たせた。ESPジャマーは脳に凄まじい衝撃を与え、ジェシカの意識を何度も奪った。そして、音速衝撃波は、特殊チタン繊維で作られているスペースジャケットを引き裂き、彼女の全身に骨折かそれに準ずる怪我を負わせた。
ザバッ!
意識を失ったジェシカの頭から、冷水がかけられた。古来より採用されているこの方法が、最も簡単に気を失っている捕虜を目覚めさせるのに効果があるのだ。
ジェシカの美しい髪が痣だらけになった顔や肩にまとわりついた。
「ゲホ、ゲホッ……」
激しくせき込みながら、ジェシカが意識を取り戻す。唇の端が切れ、血が流れた。音速衝撃波を受けてスペースジャケットはボロボロに破れ、彼女は半裸に近い状態である。鮮血と汗にまみれた乳房が痛々しかった。
「どうだ、何か吐いたか?」
尋問室に入ってくるなり、リュカオン大将が部下に訊ねた。
「いえ、意外と強情な女でして……」
部下の一人が敬礼しながら答える。
「そうか。では、貴官らは席を外したまえ、私が直接尋問をする」
「ハッ! しかし、危険はございませんか?」
代表格の部下が言った。階級章は少尉である。
「危険? ESP抑制リングをはめている上、体力的にも限界に来ている捕虜が私に危害を加えられると思うのか?」
「申し訳ありませんでした」
リュカオン大将のダーク・グリーンの双眸に射抜かれて、少尉は敬礼すると同時に部下を連れて退出した。
「ご機嫌は如何かな、アンドロメダ大尉?」
部下たちが全員この部屋を出たことを確認して、リュカオン大将が訊ねた。
「まあ、まあ……ね」
ジェシカの黒曜石の瞳が、激しい怒りに燃えてリュカオン大将を見つめた。
「ほう、まだ軽口が叩けるとは……。さすがに漆黒の女神様だ」
リュカオン大将が嗤った。
「これが……SHLの……やり方なの?」
虚勢を張っていたが、ジェシカは全身を襲う激痛に苛まれており、今にも意識を失いそうな自分と闘っていた。体力の限界はとうに過ぎている。
「いや、SHLはもっと紳士的だよ」
「……?」
リュカオン大将の言葉に、ジェシカが怪訝な顔をした。
「お前をこんな眼に合わせた部下は、SHLではない。そして、私も……」
リュカオンの顔に残忍とも言える笑みが浮かんだ。
(……! まさか……?)
ジェシカの脳裏に、戦慄とも言える考えがよぎった。
「そう、お前が今考えたとおり、我々は<テュポーン>だ。そして私は、お前がテア=スクルトと一緒に倒したソルジャー=シリウスの友人で、ソルジャー=プレアデスと呼ばれている。そういう訳で、私はお前に個人的な恨みもあるのだよ」
「……!」
(<テュポーン>のファースト・ファミリー? この男が……?)
愕然とするジェシカを楽しそうに見つめながら、リュカオン大将……ソルジャー=プレアデスが言った。
「ブライアン提督を始め、SHL首脳部の記憶を少し操作して、SHL総旗艦に潜り込んでいたのだ。本来の目的とは違ったが、そこにお前が飛び込んできたというわけさ……」
「私を……どうする気……?」
<テュポーン>のファースト=ファミリーは全てΣナンバーのESPを有すると言われている。それが嘘でないことは、惑星アルピナでソルジャー=シリウスと闘ったジェシカには実感としてわかる。その上、彼女はESP抑制リングをはめられ、武器も持っていない。そして、激しい拷問に曝されたため、たぶん歩くことさえ難しかった。こんな状態では、闘っても万分の一も勝利は望めない。
(私をSHLではなく、<テュポーン>の捕虜にするつもりなの?)
絶望がジェシカを襲った。
(せめて、その前にMICチップを渡さなければ……。でも、どうやって?)
MICチップは右のブーツの踵にあるシークレット・ボックスに隠してある。それを開くためには、ベルトのバックルの裏にある小さなダイヤルを廻さなければならない。
両手を天井から吊された今のジェシカにとっては、不可能な行動であった。
(せめて、ESPが使えれば……)
ジェシカが奥歯を噛み締めた。
「お前は数少ないAクラス・ESPだ。殺しはしない」
ソルジャー=プレアデスがジェシカに近づいてきた。
(何を……)
ジェシカの全身を、恐怖とも言える凄まじい嫌悪が走り抜ける。
「それに、美しい……」
そう言うと、ソルジャー=プレアデスは、スペースジャケットが引き裂かれて露出している彼女の乳房を鷲掴みにした。
「いやッ!」
ジェシカが嫌悪に身をくねらせる。
「愚かな考えを捨てて、私の物になれ。そうすれば、助けてやろう」
そう言いながら、ソルジャー=プレアデスの手は、はっきりとジェシカの乳房をまさぐるような動きを始めた。
「やめてッ! いやああぁ……!」
プライドをかなぐり捨てて、ジェシカが絶叫した。
(シュン、助けてッ!)
漆黒の髪を振り乱しながら、ジェシカの心が叫んだ。肉体的な苦痛を伴う拷問であれば、絶対に絶える自信があった。だが、性的な凌辱を受けることは、死んでもイヤだった。それは、始まったばかりのシュンとの愛に、ひびを入れる事になるからだ。
「シュンッ!」
ジェシカの唇から、愛する男の名前が迸った。気丈な彼女の瞳から、涙が溢れ出てくる。
「シュン? それは、<パルテノン>を破壊したESPの名前か?」
ソルジャー=プレアデスが嘲笑しながら訊ねた。
その時……!
「それ以上の侮辱は、私が許しません!」
ソルジャー=プレアデスの背後から、美しいメゾ・ソプラノが響きわたった。
「……! ソルジャー=スピカ様!」
驚愕以上の凄まじい恐怖が、ソルジャー=プレアデスを襲った。彼の全身が硬直する。
「ソルジャー=プレアデス! 私を敵としますか?」
青い瞳に激烈な怒りの炎を秘めながら、ソルジャー=スピカが立っていた。
「と、とんでもない! ちょっとした冗談ですよ、ソルジャー=スピカ様……」
額から汗を溢れさせながら、ソルジャー=プレアデスが言った。
(ソルジャー=スピカ? <テュポーン>のファースト・ファミリーをここまで動揺させるなんて、何者なの?)
ジェシカは凌辱をまぬがれた安心感とともに、強烈な興味に支配された。ソルジャー=スピカと呼ばれた女性は、対ESPシールドに護られたSHL大艦隊総旗艦にテレポートしてきたのだ。並みのESPでないことは確実であった。
青い髪と青い瞳を持つ絶世の美女。どことなく、テア=スクルトに似ている。しかし、年齢は二十才にもなっていないようだ。もっとも、外見通りの年齢であればだが……。
一部のESPは、代謝機能を自分でコントロールすることによって、外見を変えることが出来る。彼らには、実際の年齢と外見が一致しないケースが多々あった。例えば、実年齢が五十才だとしても、外見は二十代にしか見えないのだ。ジェシカにはその能力はないが、そのようなESPが実在することを話には聞いていた。
「ジェシカ=アンドロメダ大尉。あなたに危害を加えるつもりはありませんでした。部下に替わって、私が謝罪します」
そう言うと、ソルジャー=スピカの体がESP波特有の光彩に包まれた。Σナンバーのみが有する青い光彩である。それも、濃い。
「……!」
同時に、ジェシカの傷が瞬時に治っていく。
(な、何て……ESPなの?)
ジェシカは戦慄した。ソルジャー=プレアデスが、彼女を恐れてたことが実感できた。
ジェシカもESP治療能力を持っている。しかし、彼女が他人を治療する際には、患部に両手を重ね、凄まじい精神集中を行わなければ不可能であった。それをソルジャー=スピカは離れた場所から、それも瞬時にジェシカの傷を完治させたのである。
「私は<テュポーン>の副総統ソルジャー=スピカです。あなたに同行をお願いしたくて参りました」
「……! 副総統……?」
愕然として、ジェシカが呟いた
「我が<テュポーン>の総統ジュピターが、あなたとの面会を求めています。同行して頂けますか?」
丁寧な口調で、ソルジャー=スピカが告げた。
「ジュピターが……?」
ジェシカの脳裏に、惑星アルピナでの戦闘が甦った。
半年前。
ジェシカとテアは、惑星アルピナで<テュポーン>のファースト・ファミリーの一人、ソルジャー=シリウスと闘った。彼は凄まじいESPを駆使し、ジェシカたちを劣勢に追い込んだ。ジェシカとテアは同調して、やっとの思いで彼を倒したのだ。
しかし、重傷を負ったとはいえ、ソルジャー=シリウスはまだ生きていた。彼は最期の力でテアに重傷を負わせ、ジェシカの生命を奪おうとした。
その時、遙か数万光年彼方からソルジャー=シリウスにとどめを刺したのが、<テュポーン>の総統ジュピターであったのだ。
彼の能力は、ジェシカたちの想像を遙かに超越したものだった。
「わかったわ。でも、私はその前にブライアン提督に会わなければならない。その時間をくれるかしら?」
ジェシカが訊いた。
「MICチップですね」
「……!」
(知っていた……?)
ジェシカの黒曜石の瞳が、驚愕に大きく開かれた。彼女の驚愕を読み取ったかのように、ソルジャー=スピカが告げた。
「内容は知りません。しかし、テアが託したものであるならば、この戦争を止める切り札となるものでしょう」
「……」
ジェシカはソルジャー=スピカの美しい瞳をまっすぐに見つめた。彼女の意志一つで、銀河系が戦乱に巻き込まれるかどうかが、決定するような気がしたのである。
「いいでしょう。妨害があった方が、ストーリーがより興味深くなります。あなたたちがこの戦争を止められるか、私たちのプロジェクトが成功するかを、神に託すのも面白いかも知れません」
ソルジャー=スピカが笑って言った。見る者を引き込むような魅力的な笑顔であった。
「ソルジャー=スピカ様!」
ソルジャー=プレアデスが驚いて叫んだ。
「テア一人に止められるプロジェクトならば、所詮それだけのものです。根本から計画を見直しましょう」
「……はい」
ソルジャー=プレアデスが困惑気味に頷いた。
「では、MICチップをこのソルジャー=プレアデスに預けて下さい。彼が必ず、ブライアン提督に渡すでしょう」
「じ、冗談でしょ! 私にこの男を信用しろって言うの!」
拘束を解かれたジェシカは、両腕ではだけた胸を隠しながら叫んだ。ソルジャー=プレアデスは彼女を拷問し、凌辱しようとした男なのだ。ジェシカが信頼できるはずがなかった。
「ソルジャー=プレアデス、私の命令に逆らえますか?」
ソルジャー=スピカが、銀髪の男を見つめて訊ねた。その瞬間、冷酷とも言える光が、彼女の青い瞳に浮かんだことを、ジェシカは見逃さなかった。
「いいえ! 私もまだ命が惜しいですから……」
ソルジャー=プレアデスが蒼白になりながら、即座に否定の言葉を告げた。
「彼を信用できなくても、私のことは信用して頂きたいわ、ジェシカ=アンドロメダ大尉」
「……。わかったわ」
ソルジャー=スピカの青い瞳を見つめていたジェシカが、溜息をつきながら答えた。
(信じるしかない。それ以外に、方法がないのだから……)
逃げることは考えられなかった。ジェシカの能力では、SHL艦隊を覆っている対ESPシールドを破ることは出来ない。まして、目の前にΣナンバーの能力を持つESPが二人もいるのである。
ジェシカは、ベルトのバックルのダイヤルを廻して右のブーツにあるシークレット・ボックスを開けると、MICチップを取り出した。
「面白いところに隠していらっしゃるのね」
ソルジャー=スピカが楽しそうに告げた。それを無視して、ジェシカはMICチップをソルジャー=プレアデスに手渡した。
「では、そろそろ行きましょうか?」
そう言うと、ソルジャー=スピカの全身が再び青い光彩に包まれた。次の瞬間、SHL総旗艦<ミネルヴァ>から、ジェシカとソルジャー=スピカの姿が消えた。
捕虜の名前は、ジェシカ=アンドロメダ。GPS特別犯罪課の大尉であり、漆黒の女神と呼ばれるESPであった。
ジェシカは、第十七艦隊司令長官マクラーレン大将に面会し、シャトルでこの<ミネルヴァ>に連行された。約束通り、ESP抑制リングをはめられ、武器はまったく持っていない。
マクラーレン大将は、彼女をリュカオン大将に預けると、第十七艦隊旗艦<アストリア>に戻って行った。
最初、すぐにブライアン提督に面会できると考えていたジェシカは、自分の思惑の甘さに後悔した。マクラーレン大将と違い、リュカオン大将はGPSから来たジェシカをまったく信用しなかったのだ。
彼はジェシカを尋問室に拘束すると、拷問とも言える凄まじい行為を彼女の身に加えさせた。<パルテノン>を破壊し、SHL将官二百万人の生命を奪ったGPSがジェシカを派遣した意味は、ブライアン提督の生命を奪うか、SHL総旗艦を破壊することが目的であると考えたのだろう。
ESPには自白剤は通用しないと言う固定観念から、リュカオン大将は部下に命じて、古来からの方法でジェシカの口を割らせようと試みた。
ジェシカの美しい姿態は天井から吊られ、電磁波、ESPジャマー、音速衝撃波などに曝された。電磁波は三百ボルトの電流を彼女の全身に流し、その漆黒の髪を逆立たせた。ESPジャマーは脳に凄まじい衝撃を与え、ジェシカの意識を何度も奪った。そして、音速衝撃波は、特殊チタン繊維で作られているスペースジャケットを引き裂き、彼女の全身に骨折かそれに準ずる怪我を負わせた。
ザバッ!
意識を失ったジェシカの頭から、冷水がかけられた。古来より採用されているこの方法が、最も簡単に気を失っている捕虜を目覚めさせるのに効果があるのだ。
ジェシカの美しい髪が痣だらけになった顔や肩にまとわりついた。
「ゲホ、ゲホッ……」
激しくせき込みながら、ジェシカが意識を取り戻す。唇の端が切れ、血が流れた。音速衝撃波を受けてスペースジャケットはボロボロに破れ、彼女は半裸に近い状態である。鮮血と汗にまみれた乳房が痛々しかった。
「どうだ、何か吐いたか?」
尋問室に入ってくるなり、リュカオン大将が部下に訊ねた。
「いえ、意外と強情な女でして……」
部下の一人が敬礼しながら答える。
「そうか。では、貴官らは席を外したまえ、私が直接尋問をする」
「ハッ! しかし、危険はございませんか?」
代表格の部下が言った。階級章は少尉である。
「危険? ESP抑制リングをはめている上、体力的にも限界に来ている捕虜が私に危害を加えられると思うのか?」
「申し訳ありませんでした」
リュカオン大将のダーク・グリーンの双眸に射抜かれて、少尉は敬礼すると同時に部下を連れて退出した。
「ご機嫌は如何かな、アンドロメダ大尉?」
部下たちが全員この部屋を出たことを確認して、リュカオン大将が訊ねた。
「まあ、まあ……ね」
ジェシカの黒曜石の瞳が、激しい怒りに燃えてリュカオン大将を見つめた。
「ほう、まだ軽口が叩けるとは……。さすがに漆黒の女神様だ」
リュカオン大将が嗤った。
「これが……SHLの……やり方なの?」
虚勢を張っていたが、ジェシカは全身を襲う激痛に苛まれており、今にも意識を失いそうな自分と闘っていた。体力の限界はとうに過ぎている。
「いや、SHLはもっと紳士的だよ」
「……?」
リュカオン大将の言葉に、ジェシカが怪訝な顔をした。
「お前をこんな眼に合わせた部下は、SHLではない。そして、私も……」
リュカオンの顔に残忍とも言える笑みが浮かんだ。
(……! まさか……?)
ジェシカの脳裏に、戦慄とも言える考えがよぎった。
「そう、お前が今考えたとおり、我々は<テュポーン>だ。そして私は、お前がテア=スクルトと一緒に倒したソルジャー=シリウスの友人で、ソルジャー=プレアデスと呼ばれている。そういう訳で、私はお前に個人的な恨みもあるのだよ」
「……!」
(<テュポーン>のファースト・ファミリー? この男が……?)
愕然とするジェシカを楽しそうに見つめながら、リュカオン大将……ソルジャー=プレアデスが言った。
「ブライアン提督を始め、SHL首脳部の記憶を少し操作して、SHL総旗艦に潜り込んでいたのだ。本来の目的とは違ったが、そこにお前が飛び込んできたというわけさ……」
「私を……どうする気……?」
<テュポーン>のファースト=ファミリーは全てΣナンバーのESPを有すると言われている。それが嘘でないことは、惑星アルピナでソルジャー=シリウスと闘ったジェシカには実感としてわかる。その上、彼女はESP抑制リングをはめられ、武器も持っていない。そして、激しい拷問に曝されたため、たぶん歩くことさえ難しかった。こんな状態では、闘っても万分の一も勝利は望めない。
(私をSHLではなく、<テュポーン>の捕虜にするつもりなの?)
絶望がジェシカを襲った。
(せめて、その前にMICチップを渡さなければ……。でも、どうやって?)
MICチップは右のブーツの踵にあるシークレット・ボックスに隠してある。それを開くためには、ベルトのバックルの裏にある小さなダイヤルを廻さなければならない。
両手を天井から吊された今のジェシカにとっては、不可能な行動であった。
(せめて、ESPが使えれば……)
ジェシカが奥歯を噛み締めた。
「お前は数少ないAクラス・ESPだ。殺しはしない」
ソルジャー=プレアデスがジェシカに近づいてきた。
(何を……)
ジェシカの全身を、恐怖とも言える凄まじい嫌悪が走り抜ける。
「それに、美しい……」
そう言うと、ソルジャー=プレアデスは、スペースジャケットが引き裂かれて露出している彼女の乳房を鷲掴みにした。
「いやッ!」
ジェシカが嫌悪に身をくねらせる。
「愚かな考えを捨てて、私の物になれ。そうすれば、助けてやろう」
そう言いながら、ソルジャー=プレアデスの手は、はっきりとジェシカの乳房をまさぐるような動きを始めた。
「やめてッ! いやああぁ……!」
プライドをかなぐり捨てて、ジェシカが絶叫した。
(シュン、助けてッ!)
漆黒の髪を振り乱しながら、ジェシカの心が叫んだ。肉体的な苦痛を伴う拷問であれば、絶対に絶える自信があった。だが、性的な凌辱を受けることは、死んでもイヤだった。それは、始まったばかりのシュンとの愛に、ひびを入れる事になるからだ。
「シュンッ!」
ジェシカの唇から、愛する男の名前が迸った。気丈な彼女の瞳から、涙が溢れ出てくる。
「シュン? それは、<パルテノン>を破壊したESPの名前か?」
ソルジャー=プレアデスが嘲笑しながら訊ねた。
その時……!
「それ以上の侮辱は、私が許しません!」
ソルジャー=プレアデスの背後から、美しいメゾ・ソプラノが響きわたった。
「……! ソルジャー=スピカ様!」
驚愕以上の凄まじい恐怖が、ソルジャー=プレアデスを襲った。彼の全身が硬直する。
「ソルジャー=プレアデス! 私を敵としますか?」
青い瞳に激烈な怒りの炎を秘めながら、ソルジャー=スピカが立っていた。
「と、とんでもない! ちょっとした冗談ですよ、ソルジャー=スピカ様……」
額から汗を溢れさせながら、ソルジャー=プレアデスが言った。
(ソルジャー=スピカ? <テュポーン>のファースト・ファミリーをここまで動揺させるなんて、何者なの?)
ジェシカは凌辱をまぬがれた安心感とともに、強烈な興味に支配された。ソルジャー=スピカと呼ばれた女性は、対ESPシールドに護られたSHL大艦隊総旗艦にテレポートしてきたのだ。並みのESPでないことは確実であった。
青い髪と青い瞳を持つ絶世の美女。どことなく、テア=スクルトに似ている。しかし、年齢は二十才にもなっていないようだ。もっとも、外見通りの年齢であればだが……。
一部のESPは、代謝機能を自分でコントロールすることによって、外見を変えることが出来る。彼らには、実際の年齢と外見が一致しないケースが多々あった。例えば、実年齢が五十才だとしても、外見は二十代にしか見えないのだ。ジェシカにはその能力はないが、そのようなESPが実在することを話には聞いていた。
「ジェシカ=アンドロメダ大尉。あなたに危害を加えるつもりはありませんでした。部下に替わって、私が謝罪します」
そう言うと、ソルジャー=スピカの体がESP波特有の光彩に包まれた。Σナンバーのみが有する青い光彩である。それも、濃い。
「……!」
同時に、ジェシカの傷が瞬時に治っていく。
(な、何て……ESPなの?)
ジェシカは戦慄した。ソルジャー=プレアデスが、彼女を恐れてたことが実感できた。
ジェシカもESP治療能力を持っている。しかし、彼女が他人を治療する際には、患部に両手を重ね、凄まじい精神集中を行わなければ不可能であった。それをソルジャー=スピカは離れた場所から、それも瞬時にジェシカの傷を完治させたのである。
「私は<テュポーン>の副総統ソルジャー=スピカです。あなたに同行をお願いしたくて参りました」
「……! 副総統……?」
愕然として、ジェシカが呟いた
「我が<テュポーン>の総統ジュピターが、あなたとの面会を求めています。同行して頂けますか?」
丁寧な口調で、ソルジャー=スピカが告げた。
「ジュピターが……?」
ジェシカの脳裏に、惑星アルピナでの戦闘が甦った。
半年前。
ジェシカとテアは、惑星アルピナで<テュポーン>のファースト・ファミリーの一人、ソルジャー=シリウスと闘った。彼は凄まじいESPを駆使し、ジェシカたちを劣勢に追い込んだ。ジェシカとテアは同調して、やっとの思いで彼を倒したのだ。
しかし、重傷を負ったとはいえ、ソルジャー=シリウスはまだ生きていた。彼は最期の力でテアに重傷を負わせ、ジェシカの生命を奪おうとした。
その時、遙か数万光年彼方からソルジャー=シリウスにとどめを刺したのが、<テュポーン>の総統ジュピターであったのだ。
彼の能力は、ジェシカたちの想像を遙かに超越したものだった。
「わかったわ。でも、私はその前にブライアン提督に会わなければならない。その時間をくれるかしら?」
ジェシカが訊いた。
「MICチップですね」
「……!」
(知っていた……?)
ジェシカの黒曜石の瞳が、驚愕に大きく開かれた。彼女の驚愕を読み取ったかのように、ソルジャー=スピカが告げた。
「内容は知りません。しかし、テアが託したものであるならば、この戦争を止める切り札となるものでしょう」
「……」
ジェシカはソルジャー=スピカの美しい瞳をまっすぐに見つめた。彼女の意志一つで、銀河系が戦乱に巻き込まれるかどうかが、決定するような気がしたのである。
「いいでしょう。妨害があった方が、ストーリーがより興味深くなります。あなたたちがこの戦争を止められるか、私たちのプロジェクトが成功するかを、神に託すのも面白いかも知れません」
ソルジャー=スピカが笑って言った。見る者を引き込むような魅力的な笑顔であった。
「ソルジャー=スピカ様!」
ソルジャー=プレアデスが驚いて叫んだ。
「テア一人に止められるプロジェクトならば、所詮それだけのものです。根本から計画を見直しましょう」
「……はい」
ソルジャー=プレアデスが困惑気味に頷いた。
「では、MICチップをこのソルジャー=プレアデスに預けて下さい。彼が必ず、ブライアン提督に渡すでしょう」
「じ、冗談でしょ! 私にこの男を信用しろって言うの!」
拘束を解かれたジェシカは、両腕ではだけた胸を隠しながら叫んだ。ソルジャー=プレアデスは彼女を拷問し、凌辱しようとした男なのだ。ジェシカが信頼できるはずがなかった。
「ソルジャー=プレアデス、私の命令に逆らえますか?」
ソルジャー=スピカが、銀髪の男を見つめて訊ねた。その瞬間、冷酷とも言える光が、彼女の青い瞳に浮かんだことを、ジェシカは見逃さなかった。
「いいえ! 私もまだ命が惜しいですから……」
ソルジャー=プレアデスが蒼白になりながら、即座に否定の言葉を告げた。
「彼を信用できなくても、私のことは信用して頂きたいわ、ジェシカ=アンドロメダ大尉」
「……。わかったわ」
ソルジャー=スピカの青い瞳を見つめていたジェシカが、溜息をつきながら答えた。
(信じるしかない。それ以外に、方法がないのだから……)
逃げることは考えられなかった。ジェシカの能力では、SHL艦隊を覆っている対ESPシールドを破ることは出来ない。まして、目の前にΣナンバーの能力を持つESPが二人もいるのである。
ジェシカは、ベルトのバックルのダイヤルを廻して右のブーツにあるシークレット・ボックスを開けると、MICチップを取り出した。
「面白いところに隠していらっしゃるのね」
ソルジャー=スピカが楽しそうに告げた。それを無視して、ジェシカはMICチップをソルジャー=プレアデスに手渡した。
「では、そろそろ行きましょうか?」
そう言うと、ソルジャー=スピカの全身が再び青い光彩に包まれた。次の瞬間、SHL総旗艦<ミネルヴァ>から、ジェシカとソルジャー=スピカの姿が消えた。
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青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。
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