【ブルー・ウィッチ・シリーズ】 復讐の魔女

椎名 将也

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第23章 白金の認識章

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 宇宙平和連邦スペース・ホープ・リーグは、第二次DNA戦争が終結した二年後のSD一二八八年に発足した。
 当時、銀河系はDNA戦争の影響で混乱を極めていた。銀河連邦政府が崩壊し、各惑星国家は各々自治を始めたが、およそ九割の惑星で内乱と暴動が発生していた。

 DNA戦争の首謀者ジョウ=クェーサーは、その混乱を収拾するため、SD一二八七年に銀河系監察宇宙局ギャラクシー・パトロール・システムを発足させた。彼はその初代総帥に親友のユーリ=フランコを任命し、自らは最終兵器<亜空間砲アルテミス>とともに爆死したと伝えられる。

 ユーリ=フランコを頂いたGPS首脳部は、当初から強硬派と慎重派の確執が絶えなかった。軍事力によって一気に惑星内乱を抑えようとするユーリ=フランコ派と、平和主義を掲げるロバート=グローバル派との対立は、日に日に深刻さを増していった。
 SD一二八八年五月、ロバート=グローバルはレティシア星域の双子惑星カストールに亡命し、約七百の惑星国家の盟主として宇宙平和連邦SHLを発足させた。

 そして、SD一三〇六年十月。
 そのカストールから約五千二百光年彼方のパルテノン宙域に、SHLの大艦隊が集結していた。
 SHL宇宙軍総旗艦<ミネルヴァ>が随える艦数は、実に五万七千隻。首都惑星カストールとポルックスの守備艦隊を除いたほとんど全ての戦力であった。SHL総司令長官オスカー=ブライアン提督は、総旗艦<ミネルヴァ>の司令官室でその報告を受けていた。

「GPS方面機動要塞<パルテノン>とそこに集結していた二十四個艦隊の総死者数は、二百三万七千人に及びます。言うまでもなく、これは銀河史上最悪の数字です」
 悲痛な表情で、副官のケリー=フォード=ブライアン中佐が告げた。プラチナの髪を短く肩で切りそろえた二十五才の女性士官であり、ブライアン提督の妻であった。彼女のエメラルド・グリーンの知的な瞳には、深い哀しみが浮かんでいた。

「爆発の原因は本当にESPなのか?」
 ブライアン提督が確認した。茶褐色の髪とダーク・ブラウンの瞳の精悍な男である。年齢は三十五才。SHLの提督としては、異例の若さであった。
 正式な階級は、SHL軍務元帥である。SHLにおいて、現在唯一の元帥であった。

「はい、唯一回収できた巡洋艦<トロイア>のデータ・チップを解析した限りにおいては、間違いありません。<パルテノン>を破壊したのはアルファⅠクラスのESPです」
 SHLにおいては、ESPのランクをアルファ、ベータ、ガンマ、デルタの四段階に大別している。そして、その各々をさらにⅠからⅣのクラスに細分化していた。アルファⅠはその中でも、GPSのΣナンバーに匹敵する最強のクラスであった。

「アルファⅠ……」
 ブライアン提督の脳裏に、三年前の事件が甦った。
 SD一三〇三年九月。
 ブライアン提督は、副官のケリー=フォードと挙式し、<プリンセス・マゼラン>号で二週間の新婚旅行に出かけた。

 <プリンセス・マゼラン>は、GPSとSHLを周遊する豪華客船であり、その乗客のほとんどは政府関係のVIPが占めていた。SHLにあるリゾート惑星アルデバランを後にし、GPS管轄宙域内に入った時にその悲劇は起こった。
 宇宙海賊<ネプチューン>が、<プリンセス・マゼラン>をハイジャックしたのである。

 彼らは<プリンセス・マゼラン>の乗員乗客併せて七千人を人質とし、GPSおよびSHL政府に対して、拘束されている<テュポーン>のファミリーの全てを解放するように要求を出した。<ネプチューン>は、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の下部組織だったのだ。当時、GPSには十七人、SHLには八人のファミリーが受刑者として拘束されていた。

 事件が発生したのがGPS管轄宙域であり、また、<ネプチューン>の五百人が全てESPであったことから、GPSはSHスペシャル・ハンターの派遣を決定した。この事件を担当したのが、SHとして初めての任務を命じられたテア=スクルトだった。

 テアは圧倒的なESPで<ネプチューン>の海賊たちを次々と倒していった。彼女の能力に恐れをなした<ネプチューン>の幹部は、<テュポーン>に救援を求めた。
 <テュポーン>は、その救援に対して五百隻の戦闘艦を派遣し、<プリンセス・マゼラン>を包囲した。当然、GPS宇宙軍もそれを討つために第二十七艦隊二百五十隻を進軍させた。また、人質の一人がSHL宇宙軍オスカー=ブライアン大将(当時はまだ元帥に昇進していない)であったため、SHLも二個艦隊四百八十隻をその宙域に向けて発進させた。

 事件は単なるハイジャックから、GPS、SHL、そして<テュポーン>の三つ巴の戦闘へと発展した。<プリンセス・マゼラン>を中心として、高出力レーザーと中性子ミサイルの嵐が飛び交った。
 その戦闘を止めさせたのは、テア=スクルトの超烈なESPであった。彼女は約千五百メガトンもある巨大隕石を移動させ、<テュポーン>の艦隊に衝突させたのである。そして、<プリンセス・マゼラン>に巣くう三百五十人の海賊たちを、その強大なESPで全て倒したのだ。
 この戦闘で約二万七千人の死者が出たが、その半数以上はテアが倒した<テュポーン>の将兵たちであった。

(アルファⅠのESPなど、GPSでも何人もいるはずがない……)
 ブライアン提督の瞳に苦悩が浮かんだ。
(<パルテノン>を破壊したのは、テアなのか?)
 彼の脳裏に、淡青色の髪を靡かせた絶世の美女の顔が浮かんだ。

「提督、テア=スクルトのことを思い出しているんですか?」
 彼の有能な副官であり、妻であるケリーが訊ねた。
「私には信じられないが、彼女は我々の大統領を暗殺した犯人だという。<パルテノン>を破壊したのも彼女である可能性が高いんじゃないかな?」
「三年前、テアは私たちを救ってくれました。短い間でしたが、彼女と行動を共にしたことで私はその人柄を知っています」
 三年前を思い出すように、遠くを見つめながらケリーが告げた。

「テアは無意味に二百万人を虐殺する女性ではありません。まして、面識もないグローバル大統領を暗殺することも……」
「私も同意見だ。だが、彼女は<テュポーン>を敵としている。銀河系最大の麻薬ギルドを……」
 ブライアン提督が呟くように言った。

「<テュポーン>は銀河系最大の麻薬ギルドです。もしかしたら、テアは麻薬を……?」
「麻薬とは限らないが、例のアフロディジカルのような薬を射たれたとしたら……。あれは意識を束縛して、サイコ・コントロールを可能にすると言うからな」
「……」
 愛する夫の言葉に、ケリーが黙り込んだ。

「大統領を殺害し、<パルテノン>を破壊したのが本当にテアだとしたら、私は絶対に彼女を許さない」
 口調は穏やかであったが、ケリーには夫が深い怒りを秘めていることに気付いた。彼女の愛する夫は不正を憎み、犯罪を嫌悪する男であった。それがブライアンという男の本質なのだ。

 その時、デスクの上の小型ヴィジフォーンの呼び出し音が鳴った。
「はい、司令長官室……」
 ケリーが通信スイッチを入れて言った。ヴィジフォーンに映ったのは、総旗艦<ミネルヴァ>の艦長ノートス=リュカオン大将であった。

「提督はいらっしゃるか?」
 ケリーの顔を認めると、リュカオン大将は訊ねた。
「おります。少々お待ちを……」
 彼女はブライアンと替わった。

「どうした、艦長?」
「我が艦隊にGPSの艦艇が一隻、近づいております」
「一隻? 戦闘艦か?」
 ブライアンが不審な顔をして訊ねた。戦闘陣形をとった五万七千隻の大艦隊に、たった一隻で接触してくるなど常識では考えられない。

「いえ、百五十メートル級の小型宇宙艇です。距離は、一・九光日……あと、七時間ほどで戦闘エリアに入ります」
 リュカオン大将が告げた。
「銀河標準通信回路を開く準備をしておいてくれ。十分後に行く」
 そう命じると、ブライアン提督は通信スイッチをオフにした。

(小型艦一隻で五万七千隻の艦隊に向かってくるなんて……。もしかして……?)
 ブライアン提督の唇から、複雑な笑みがこぼれた。
(もう一度、あの魔女に会えるのだろうか……?)


 パルテノン星域には、七つの宙域がある。ブライアン提督が率いるSHL宇宙軍大艦隊は、その中のクレアデス宙域に集結していた。機動要塞<パルテノン>があった宙域である。
 ジェシカ=アンドロメダは、直接クレアデス宙域に目指すような無謀をせずに、隣のアレクトリオン宙域へハイパー・ドライブH.D.アウトした。
『約二・一光日先に、SHL所属艦隊五万七千隻が駐留しています』
 <ミューズ>のバイオ・コンピューターが告げた。

 テアとアラン、そしてシュンは、惑星ファラオの衛星エレクトラに隠してあったテアの愛機<スピリッツ>に降ろしてきた。エレクトラは無人衛星のため、発見される可能性は極めて低い。彼女たちはそこで作戦を練り、ロザンナ王女を救出するために惑星イリスに戻る予定である。
 ジェシカはシュンとの会話を思い出していた。

「お前がここまで強情だとは、思わなかったよ」
 昼間の口論のわだかまりも残さず、シュンが笑った。
 <ミューズ>は百五十メートル級小型恒星間宇宙艇である。これだけ小さな艇でHDエンジンを有する宇宙船は、<ミューズ>の他には同型機の<スピリッツ>しかない。当然、居住スペースが犠牲となるのはやむを得なかった。

 <ミューズ>には艦橋を除くと、二つのプライベート・ルームしか存在しない。ジェシカが一匹狼だったため、そのうち一つはダイニング・キッチンとして使われていた。残る一部屋が、ジェシカ専用のプライベート・ルームである。
 その広さ十五平方メートルほどの小さな部屋に、彼女はシュンと二人きりでいた。

「何か飲む? アルコールは置いてないわよ」
 ジェシカが仏頂面で訊ねた。クールBOXを開け、シュンの答えを聞く前にオレンジ・ジュースのチューブ・ドリンクを彼に投げた。
「サンキュー」
 シュンがそれを受け取り、ストローをさした。

「さっきも言ったけど、A級指名手配犯が一緒じゃブライアン提督に近づけないわ」
 彼女はグレープフルーツ・ジュースを取り出した。この甘酸っぱさが好きなのである。
「今回はお前の顔を立てるけど、俺が言ったことも忘れるなよ。本当にやばかったら、途中で戻ってこい、いいな!」
 シュンが真剣な眼差しで真っ直ぐにジェシカを見つめながら告げた。

「わかった……」
 ジェシカはグレープフルーツ・ジュースを一口飲むと、微笑みながら答えた。彼が自分の身を本気で案じていることが分かったのだ。
「それから、これを持っていけ……」
 そう言うとシュンは、自分がしているネックレスを外してジェシカに渡した。

「シュン……?」
 ジェシカが戸惑いながら、ネックレスを見つめる。プラチナで作られた長方形のペンダント・トップには、GPSの象徴である不死鳥フェニックスが描かれていた。
 それはGPSの将兵ならば、誰もが持っている認識章ネックレスであった。一般にはあまり知られていないが、GPSの登録カードを携帯できない任務の際、そのネックレスが唯一の身分証明となるのである。裏には持ち主を証明するシリアル・ナンバーが打たれている。どう好意的に見ても、遠くへ旅立つ恋人に渡すプレゼントとして相応しいとは思えなかった。

「シリアル・ナンバーをよく見ろ」
 シュンが告げた。
「あんたのシリアル・ナンバーがどう……!」
 言われるままに、そのシリアル・ナンバーを見た瞬間、ジェシカは言葉を失った。
(これは……?)
 ジェシカが驚いてシュンを見つめた。忘れようとして、忘れられない数字がそこには刻まれていた。

『GPS-10730-SH』
 それは、紛れもなくジェイ=マキシアンのシリアル・ナンバーであった。
「どうして、これを……?」
 やっとのことで、ジェシカが訊ねた。
「あのビデオ・レターと一緒に俺に送ってきたんだ……」

「これを持っていけ。ジェイが護ってくれるはずだ」
「シュン……」
 ジェシカの黒曜石の瞳から、涙が溢れ出た。
(これは、ジェイの形見のはず……。それを、私に……)

「ジェイに護っていてもらわないと、心配でしょうがないんだ。お前がSHLの若い男と浮気するんじゃないかってな」
 シュンがジェシカの体を優しく抱き締めた。
「ばか……あんたじゃあるまいし……」
 シュンの左肩に顔を押しつけると、ジェシカが小さく呟いた。


 無意識にシュンから貰ったネックレスを握り締めながら、ジェシカはブライアン提督にコンタクトする方法を考えていた。
(こっちが確認したってことは、向こうも私を見つけているはず……)
 パイロット・シートで足を組みながらジェシカは思った。
(まず、どれが総旗艦だか確認しないと……)

「SHL艦隊の陣形から、総旗艦を割り出して!」
 彼女は<ミューズ>のバイオ・コンピューターに命じた。
『了解しました。選別に三十秒ほどかかります』
(総旗艦さえわかれば、それに向けて指向性通信が出来るわ)
『結果を報告いたします』
 バイオ・コンピューターが告げると同時に、メイン・スクリーンが切り替わり、航宙図が映し出された。

『赤い点滅が、総旗艦である可能性が強いと思われます』
「ちょっと、待ってよ! 赤い点滅って、二つあるじゃない?」
 ジェシカがメイン・スクリーンを確認しながら文句を言った。
『同型の八百メートル級戦闘艦が二隻あります。そのうちのどちらが総旗艦であるかを判断するには、データーが不足しています』
 バイオ・コンピューターが無責任に告げた。

(一隻はダミーって訳ね。でも……)
 二隻の距離は、二万宇宙キロも離れている。鶴翼陣形のちょうど右翼と左翼だ。
 その上、あくまで総旗艦である可能性が強いだけである。普通に考えれば、鶴翼陣形の中央、翼を広げた鶴の心臓にあたる位置に総旗艦を配置するはずだ。

「鶴翼陣形の中央にはそれらしい艦はないの?」
 念のため、ジェシカが訊ねた。
『六百メートル級戦闘艦が三隻あります。しかし、六百メートル級の戦闘艦は全部で五百隻以上あり、その全てが同型です。それに対して、八百メートル級戦闘艦はこの二隻だけです』
 ジェシカは悩んだ。確たる証拠もないのに、最も大きな艦が総旗艦であると判断して良いのものだろうか。これが二隻ともダミーであり、本物は六百メートル級戦闘艦のどれかではないだろうか。

 ESPで透視も試みたが、予想通りESPジャマーに阻まれて無駄であった。その時、恒星間ヴィジフォーンの銀河標準通信回路が、受信を受けたことを知らせて鳴り響いた。
『SHL艦隊より入電。通信回路を開きますか?』
 バイオ・コンピューターが訊ねてきた。
「つなげて……」
 一瞬の迷いの後、ジェシカが告げた。

 サブ・スクリーンにSHL将官の顔が映った。若い男だ。年齢は二十才に満たないだろう。まだ、あどけなさを残す少年のような男である。階級章は曹長であった。たぶん、オペレーターの一人だと思われた。
「こちらは、SHL宇宙軍第十七艦隊旗艦<アストリア>。この宙域は、現在SHL宇宙軍が占拠している。貴艦の船籍コードを告げた上、早急に退去せよ。さもなくば、攻撃する」
 曹長はマニュアルを読むように告げた。

「こちらは、GPS所属百五十メートル級万能型宇宙艇<ミューズ>。船籍コードは、GSAX-1307SH。私は、GPS特別犯罪課特殊捜査官ジェシカ=アンドロメダ大尉。SHL宇宙軍総司令長官ブライアン提督に面会を求める。取り次ぎをお願いしたい」
 双眸に黒曜石の輝きを秘めながら、ジェシカが言った。
「ブライアン提督に……? 貴官は、SHLがGPSに宣戦布告したことを知らないのか?」
 呆れた表情で曹長が訊ねた。

「宣戦布告したからこそ、提督に会う必要があるのよ。あなたの上官にこう告げなさい! 私は機動要塞<パルテノン>のブルーノ司令長官の最期を知っている、と……!」
「それは……!」
 曹長の顔に、驚愕が広がった。
「上官の判断を仰ぎなさい。あなたにとって、それが最善の方法よ」
「わ、わかった。通信回路をそのままで待ちたまえ。もう一度、連絡する!」
 そう言うと、曹長は一方的に通信を切った。ジェシカはブラック・アウトしたスクリーンを見つめながら思った。

(正攻法であたってダメならば、命がけになるわね……)
 ジェシカにとって、それは永遠とも感じられる時間であった。
 SHL艦隊が本気で攻撃を敢行すれば、<ミューズ>の対衝撃シールドなど気休めにもならない。ジェシカのESPシールドでさえも、いつまでその猛攻を防げるか、彼女自身にもまったく自信がなかった。この交渉が不成功に終われば、それは彼女の死を意味していると言っても過言ではないのである。

 ジェシカは通信を待つ間、ジェイの形見のネックレスをずっと握り締めていた。手の平に汗が滲み、緊張のあまり鼓動がうるさいほど高まった。
 不意に、恒星間ヴィジフォーンの呼び出し音が響きわたった。
『SHL艦隊より再入電です』
「つなげて……!」
 ひと呼吸おいてから、ジェシカが命じた。

「GPS特別犯罪課ジェシカ=アンドロメダ大尉。初めてお目にかかる。私はSHL宇宙軍第十七艦隊司令長官のデビット=マクラーレン大将だ」
 スクリーンに映った五十代前半の男が告げた。不敵な表情を持つスキン・ヘッドの男である。彼は宇宙海賊のボスと言われても通る迫力で、ジェシカを睨むように見つめた。
(艦隊司令長官? 思ったより大物が出てきたわね)

 だが、SHとして数多くの死線を生き抜いてきたジェシカにとっては、マクラーレン大将の放つ迫力など何のことはない。彼女はまったく萎縮することなく言い放った。
「マクラーレン大将、初めまして。でも、私がお会いしたいのは、残念ながらあなたではありません。総司令長官ブライアン提督との会談を実現させるため、骨を折っていただけませんか?」
「なッ……!」
 ジェシカの慇懃無礼な言葉に、マクラーレンは危うく彼女を怒鳴りつけるところであった。こめかみに青筋が浮き出ているのが見て取れた。

「それとも、あなたに五万隻の艦隊を運行する権限がおありなら、よろこんで会談させて頂きます」
 ニッコリと笑いながら、ジェシカが追い打ちをかけた。
「貴様ッ! SHL相手に喧嘩を売っているのかッ!」
 自制の限界を超えて、マクラーレンが声を荒げた。それにまったく動じる様子もなく、ジェシカが続ける。

「喧嘩を売られたのは、SHLではありませんか? グローバル大統領暗殺の真犯人も知らずに……」
「真犯人……?」
 ジェシカの言葉に、マクラーレンが怒りを一瞬収めた。
「元GPS特別犯罪課テア=スクルト少佐は、無実です。その証拠を私は提示できます。それとともに、この戦争が誰によって仕組まれたのか? また、誰が死の商人として莫大な利益を得るのかをお話しするために、ブライアン提督との面会を望みます」
 たたみかけるように、ジェシカが一気に言った。

「貴官はそれら全ての証拠を持っているのか?」
 マクラーレンが訊ねる。
「はい。それとともにブライアン提督には、いま申し上げた以上の情報を提示する用意もあります」
「わかった……。貴官の言葉を信用しよう」
 しばらく、ジェシカの表情を見つめた後、マクラーレンが告げた。

「ありがとうございます、司令長官」
「誘導ビームを発する。我が<アストリア>に接舷せよ。ただし、一切の武器の携帯は認めない。また、ESP抑制リングをはめてもらう。それでよいか?」
 さすがにSHLの大将になっただけある。的確な判断だとジェシカは感じた。

「わかりました。誘導ビームの発信をお願いします」
 SHL宇宙軍第十七艦隊旗艦<アストリア>から、<ミューズ>に向けて誘導ビームが発せられたのは、それから七分後であった。
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