【ブルー・ウィッチ・シリーズ】 復讐の魔女

椎名 将也

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第22章 痴話喧嘩

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 GPSプレアデス星域には主権惑星アラミスを筆頭とし、八つの惑星国家が存在している。それらの惑星国家のうち、<銀河の至宝>と呼ばれる美しいリゾート惑星があった。
 その名を、惑星イリスという。
 惑星イリスは、二つの衛星をその両腕に抱えている。その一つは、赤道半径二千七百キロメートルの衛星プロメテウスである。この衛星は、大気改造を施されており、約五百万人の人口を抱えていた。

 そして、もう一つは、衛星ガダルカナルである。こちらは、天然の衛星ではない。SD九七八年(イリス世紀四三四年)に、当時の聖王アルバナード三世が命じて建造させた人工的な軍事衛星である。赤道半径千二百キロメートル、総質量二千七百PMT。プロメテウスより約二万五千キロメートル外側の軌道を巡行している。
 その人工衛星ガダルカナルから、約四万キロメートル離れた宙域に<ミューズ>が駐留していた。

 <ミューズ>の艦橋は、パイロット・シートとナビ・シートの他に、予備シートが二つある。惑星イリスからテレポートしてきたテアたち四人は、それぞれのシートに腰を下ろしていた。
「本当に、ありがとう。ジェシカ、シュン……」
 額にかかる淡青色の前髪をかき上げながら、テアが言った。

「この貸しは高いわよ」
 ジェシカがシュン=カイザードの方を見ながら、笑って言った。このセリフは、彼がジェシカの生命を助けた時に言ったものと同じだったのだ。
「お前への貸しほどじゃないけどな」
 シュンが苦笑いしながら呟いた。

「何のことか分からないけれど、ずいぶん仲がいいのね」
 プルシアン・ブルーの瞳に笑いを浮かべてテアが冷やかした。
「そんなんじゃないわ!」
 ジェシカが顔を赤らめながら慌てて否定した。その可憐な様子は、漆黒の女神と呼ばれ銀河中の犯罪者たちに恐れられている女性とはとても思えなかった。

「そんなんて、どんなんだ?」
「うっさいわね!」
 シュンのからかいの言葉を、ジェシカが一蹴した。テアとアランが同時に爆笑する。
「ジェシカ、あなたずいぶんと丸くなったのね」
 テアが笑いながら言った。以前のジェシカと同一人物とは思えないほど明るい。
「えッ? 私、そんなに太った?」
 ジェシカの言葉に、全員が大爆笑した。

「ところで、テア。これからどうするつもりなんだ?」
 四人の中で、一番真面目なアランが訊ねた。
「そうね……」
「ちょっと待った。俺たちは、このお兄さんと初対面なんだぜ。自己紹介が先だろ」
 テアの言葉をシュンが遮った。

「そうね、紹介するわ。彼は、アラン=アルファ=イリス。イリス聖王家の王子で、第一王位継承者よ」
 テアが、隣に座っているアランの方を振り向いて告げた。
「えッ……!」
「王子……?」
 ジェシカとシュンが驚愕に目を見開きながら同時に叫んだ。

「アランだ。助けてくれて感謝している。よろしく頼む」
 威厳に満ちた態度でアランが告げた。
「私は、ジェシカ=アンドロメダ。テアの友人で、元GPSの特殊捜査官スペシャル・ハンターよ」
「元って……?」
 自己紹介として告げたジェシカの言葉に、テアが驚いて訊ねた。

「話せば長いけど、今はGPSを脱走したB級指名手配犯よ」
「どういうことなの……?」
 テアはまだその事実を知らなかったのだ。
「詳細は後で離すけど、彼のせいで犯罪者にされたのよ」
 ジェシカが笑いながらシュンを指した。

「俺は、シュン=カイザード。元GPSアクロバット・チーム<ノヴァ>のパイロットだったが、今はジェシカと同じ犯罪者さ」
「一緒にしないでよ。あんたは、A級犯罪者でしょ!」
 ジェシカが迷惑そうに言った。
「A級……! ちょっと、あなたたちいったい何をしたの?」
 テアが驚愕して叫んだ。

 GPSにおいて、犯罪者はその罪によって五段階に分類される。A級犯罪は、その最も上位のランクであった。だが、A級犯罪の意味はそれだけに留まらない。B級以下の犯罪との相違点は、その法的効力がGPS管轄星域に留まらないことである。つまり、GPS、SHL、FP全てにおいてその法的効力が及ぶのだ。

 もちろん、それほどの犯罪が多発することはない。銀河標準歴SDが採用されて以来、これを宣告された者は二人だけであった。
 その一人は、銀河系を未曾有の混乱に陥れたDNA戦争の反乱軍リーダー、ジョウ=クエーサーであった。そして、もう一人はSHL初代大統領暗殺者とされているテアである。
 それが、今もう一人増えたのだった。


「信じられない……」
 ジェシカの説明を聞き終えて、テアが呆然と呟いた。
(あの男が三千五百PMTの機動要塞を破壊し、二百万人以上の生命を奪った……?)
 テアのプルシアン・ブルーの瞳が、驚愕に大きく開かれた。

「ジェイの言った通りなのよ。彼は、全宇宙最強と呼ばれたジェイ=マキシアン以上のESPを持っているわ」
 そう言うと、ジェシカは手に持ったグラスの中身を一口飲んだ。グレープフルーツ・ジュースである。彼女もテアと同様、アルコールを一切口にしない。判断力の低下を防ぐためだ。

「確かに、ロザンナ王女の<ESPソード>を苦もなくブロックしたわね……」
 テアは驚きを抑制し、冷静に分析を始めた。
(あの<ESPソード>は、私が全てのESPを使って作るものと、ほとんど同じくらいの破壊力を持っていた……)
(それを難なくブロックし、なお余裕があったなんて……。彼は間違いなく、私以上のESPを持っている)

 惑星ファラオで闘ったシュン=カイザードには、それほどの力はなかった。確かに強力なESPだったが、たぶんジェシカにさえ遠く及ばなかっただろう。
 今、テアはジェシカのプライベート・ルームに彼女と二人きりでいた。シュンとアランは艦橋で待機していた。

「それで、あなたはこれからどうするつもりなの?」
 自分の考えに沈んでいるテアに向かって、ジェシカが訊ねた。
「そうね……。二手に分かれたいわ」
「二手?」
「そう、私はロザンナ王女のサイコ・コントロールを何とかする」
「何とかってね、テア……。彼女の能力はΣナンバーでもトップクラスよ。あなた一人じゃ無理だわ!」
 ジェシカが呆れたように言った。

「アランがいるわ。彼自身はESPじゃないけれど、彼の部下にAクラス・ESPが二人いるの。彼女たちに同調シンクロしてもらえれば、充分に勝算はあるわ」
「Aクラス……? イシュタール隊のエレナ=マクドリアと、フレア=レイね」
 ジェシカは記憶を探りながら言った。彼女はSHとして、Bクラス以上のESPを全て把握しているのだった。

「さすがね。だから、私の方は大丈夫。そこであなたとシュンだけれど……」
 テアが、悪戯っぽくウインクした。
「何よ……」
 ジェシカの顔が赤くなる。
「もう、抱かれたの?」
「な、何言ってるのよ! そんなこと……」
 ジェシカは全身から火が出そうなくらい真っ赤になった。

(相変わらず、純情ね……)
 テアの方が、ジェシカより一才年下なのだが、精神年齢ははるかに上のようであった。
「冗談よ。あなたとシュンには、SHLに行って欲しいの」
「SHLって……? シュンは機動要塞<パルテノン>を破壊したのよ! 見つかったら生命がないわ!」
 ジェシカは本題に戻ってホッとすると同時に、テアの言葉に驚愕した。

「そうか、忘れてたわ。それじゃあ、あなた一人で行ってくれない?」
「行くのはいいけれど……」
「シュンと別れるのは辛い?」
 テアがジェシカをからかった。

「テア! いい加減にしないと、本気で怒るわよッ!」
「ごめん、ごめん。実は、あのMICチップにあるブライアン提督宛のメッセージは、たぶんあなたたちが考えていることとは違うの」
 テアが真剣な表情でジェシカを見つめた。

「違うって……。あれは、<テュポーン>のクロス・プロジェクトをブライアン提督に告げてるんじゃないの?」
 ジェシカが不可解な顔をした。
「もちろん、それもあるわ。でも、本題はまったく違うの。そのメッセージの意味が分かれば、この戦争を止められるかも知れないのよ! たぶん、まだ間に合うわ!」

「内容を教えてくれない?」
 ジェシカの黒曜石の瞳が、真剣さをたたえた。
「ごめん、今はまだ言えないわ。でも、私の言葉を信じてくれるなら、まだ、間に合うのよ!」
「分かった……。ブライアン提督に会ってくるわ。だけど、シュンは置いていく。A級指名手配を受けた彼とでは、身動きがとれないから……」

「ありがとう、ジェシカ……。でも、本当に気をつけて。<パルテノン>を失ったSHLは、全面戦争を挑んでくるわよ。GPSの将官だと気付かれたら、確実に殺されるわ」
「私を誰だと思ってるの? 漆黒の女神ジェシカ=アンドロメダよ!」
 ジェシカが長い黒髪をかき上げながら言った。だが、内心ではこの依頼の危険さを充分に認識していた。
(これは、本当に命がけね。シュンは絶対に連れていけない。彼を危険な眼には合わせたくないわ!)


「冗談じゃないッ! そんな危険なこと、ジェシカ一人にさせられるかッ!」
 テアが計画を話し終えた瞬間、シュンが怒鳴った。
「大丈夫よ、シュン。あんたはここに残ってテアを助けてあげて……」
「ふざけるなッ!」
 ジェシカの言葉を激しい口調で遮ると、シュンが言った。

「SHLは総力を挙げてGPSに攻めて来るぞ! どのくらいの艦隊を持っているかは知らないが、少なくてもまだ五万隻以上はあるはずだ。もちろん、強力なESPもいるだろう! ブライアン提督はその艦隊の総司令長官なんだぞ! GPSの将官であるジェシカが近づける相手じゃないッ!」
「元将官よ」
 ジェシカが言った。

「同じ事だ! どうしてもって言うなら、俺も一緒に行く!」
 シュンが断言した。
「出来れば、私もその方がいいと思う。確かに、リスクが大き過ぎるから……」
「テア……!」
 ジェシカがテアを睨み付けた。
(私がどんな思いで、シュンを置いていくって言ったか分からないの?)

「決まりだ!」
 この話は終わりだとでも告げるように、シュンが叫んだ。
「ちょっと、待ってよ! A級指名手配を受けてるあんたが一緒だと、そのリスクが跳ね上がるのよ! あんたが行くくらいなら、テア一人に行ってもらった方がいいわよ!」
「それは名案だな……。テア、そうしてくれないか?」
「バカ言ってんじゃないわよ! それが出来ないから、私が行くんじゃないの!」
(人の気持ちも知らないでッ!)
 ジェシカがシュンを睨み付けた。

「何て強情な女なんだ!」
「強情なのはそっちでしょ!」
 二人は今にも取っ組み合いを始めそうなほど険悪な雰囲気になっていた。
「ち、ちょっと、二人とも……」
 テアが驚いて仲裁に入る。ジェシカは女性とはいえ、SHとして白兵技術を体得している。この狭い艦橋で、それを見物する気はテアにはなかった。

「そんなに感情的になったって、何も解決しないわよ」
「その通りだ。冷静になって、もう一度問題点を……」
 アランの言葉を二人は同時に遮った。
「うるさい!」
「黙れッ!」
 これはもう、痴話喧嘩と変わらなかった。

 テアとアランは、二人の気が済むまで話し合い・・・・をさせざるを得なかった。結局、最後にはジェシカの意見がシュンを押し切った。
 A級指名手配を受けているシュンを連れていくことは、彼にとって危険であるだけでなく、ブライアン提督との会談を実現させることにおいてマイナスであるとの判断であった。
 しかし、この決定が大きな後悔を呼ぶことになることを、シュンはまだ知らなかった。
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