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第21章 ミューズ
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古代ギリシャ神話には、オリンポス十二神をはじめ、様々な神々が登場する。その中に、人間の、そして宇宙の歴史を司る女神がいた。
その女神の名を『ミューズ』と言う。
銀河系監察宇宙局特別犯罪課所属百五十メートル級万能型恒星間宇宙艇。船籍コードは、GSAX-1307SH。GPSの科学の粋を結集して造られた艇に、その女神の名が冠せられていた。
「よく、この<ミューズ>を忘れなかったわね」
SHL機動要塞<パルテノン>の爆発の凄まじさを聞いて、ジェシカが言った。
シュン=カイザードが彼女の生命を助けるために約二百万人を殺した事実は、ジェシカに大きな衝撃を与えていた。
ジェシカには、二百万人の生命よりも自分一人の生命に価値があるとは絶対に思えない。しかし、シュンにとっては、少なくともそうなのであろう。
(シュンは、それほどまでに私を愛してくれた……。どうしたら、彼の愛情に応えることが出来るのだろう? 二百万人の生命を犠牲にするほどの愛に……)
昨夜、ジェシカはシュン初めてに抱かれた。彼は、ジェシカを激しく、そして、優しく愛してくれた。シュンの胸の中で、ジェシカは確かに彼の愛を実感していた。
激しい愛の嵐が去った後、ジェシカは「彼を愛しているのだろうか?」と自問した。その答えはすぐに出た。
(愛している。何ものにも代え難いほど、私はシュンを愛しているわ!)
自分が彼と逆の立場だったら、同じように二百万人を犠牲にしただろう。シュンの正義において、彼のとった行動は間違いではない。しかし、それはあくまで彼一人の正義においてだ。
GPSは、シュン=カイザードに対してA級犯罪者の烙印を押した。当然である。彼はGPS第一艦隊五万二千人と、SHL将兵二百万人の生命を奪ったのだから……。
その上、彼はGPSとSHL両大国の軍事衝突のきっかけとなってしまった。もはや、戦争を回避することは絶対に不可能である。
GPSには、「死刑」が存在しない。最も重い刑罰は、前頭葉摘出手術による植物人間化である。そして、A級犯罪者には、そのロボトミーが適用される。
ジェシカが意識を取り戻したその日に、二人はGPS旗艦<フェニックス>を後にした。紛れもない<脱走>である。
現在、ジェシカはB級指名手配を受け、シュンはA級指名手配犯となっていた。
(この生命は、シュンが与えてくれたものだわ。これからの私の人生は、彼のためだけに生きる!)
ジェシカは昨夜、シュンに抱かれながら誓った。
「二百トンもある<ミューズ>と一緒にテレポートするなんて、ジェイも驚くわよ」
ジェシカが笑いながら言った。
「ずいぶんと重い女神なんだな。少し減量させた方がいいんじゃないか?」
「減量ねぇ……」
ジェシカの言葉に、二人は吹き出した。
「ところで、これからどうするの? 残念だけど、これは無駄になったみたいよ」
テアから託されたMICチップを取り出して、ジェシカが訊ねた。このMICチップの中には、SHL宇宙軍総司令長官オスカー=ブライアン提督宛のメッセージが入っている。そのメッセージの内容は、テアが提督宛にテレパシー・ビデオ化しているため、二人には見ることが出来ない。しかし、想像は容易についた。
テアは、この戦争が銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>によって計画されたものであり、絶対にそれを阻止すべきであると述べているに違いなかった。
しかし、戦争突入を阻止する方法はすでにない。二百万人の将兵と機動要塞<パルテノン>を失ったSHLは、必ずGPSに対して報復的な軍事行動を起こすだろう。
もはや、ブライアン提督一人の意見が通る段階ではなくなっていた。
「テアの依頼は不可能になったが、ジェイとの約束は守りたい」
シュンが笑いを収めて言った。
<銀河系最強の魔女>テア=スクルトは、ジェシカに対してMICチップをブライアン提督に渡すように依頼したのだった。
そして、<テュポーン>と闘って殉職したジェイ=マキシアンは、義弟であるシュンにテアを守るように頼んだのである。
「私は、あなたについて行くわ」
漆黒のロング・ヘアーをかき上げながら、ジェシカが告げた。黒曜石のように輝く瞳が、真っ直ぐにシュン=カイザードを見つめる。
「そんなに俺に惚れたのかい?」
ジェシカの視線に照れたことを隠すように、シュンが茶化した。
「そうよ、あなたは漆黒の女神ジェシカ=アンドロメダの心を射止めたのよ」
ジェシカはそう告げると、<ミューズ>のパイロット・シートを立って、シュンに近づいた。
「ジェシカ……?」
「あなたを、愛しているわ……」
ジェシカが微笑を浮かべた。見る者を魅了する笑顔だった。そして、驚くシュン=カイザードの唇にその魅惑的な唇をゆっくりと重ねた。
「<銀河系最強の魔女>を殺せッ!」
ハワード伯爵が叫んだ。その言葉に、ロザンナの碧眼が燃え上がる。
「やめろ、ロザンナッ!」
アランが制止の声を上げた。だが、ロザンナはそれを無視した。
「ブルー・ウィッチ! お父様とお母様の仇敵ッ!」
ロザンナの口から、テアに対する死の宣告が迸る。同時に、高々と掲げた彼女の両手から、青い閃光が溢れた。
(<ESPソード>? それも、信じられない威力を持っているッ?)
「ロザンナ、聖都オディッセアを消滅させるつもりなのッ!」
テアが驚愕のあまり、プルシアン・ブルーの瞳を大きく見開きながら叫んだ。ロザンナの両手の平から、超烈なESP波が放たれ、巨大な光の奔流が形成された。
<ESPソード>とは、ESPエネルギーによって作られた剣であり、Aクラス以上の能力者でないと不可能な攻撃である。その破壊力は、強力なものでは二千メートル級の山をも消滅させると言われている。
だが、今、ロザンナが作り出している<ESPソード>は、常識をはるかに超越したものであった。それが放たれたら、半径数百キロメートルは巨大なクレーターと化すに違いない。
「アラン、逃げるわよッ!」
テアはアランの左腕をつかんで、テレポートしようとした。
その時、アランの右手がテアの腰にあるホルスターから、XM-997型レイガンを抜き取った。
「何を、アラン……?」
驚愕の視線を向けるテアに向かって、アランがトリガーを絞った。
テアは激烈な戦闘を予想していたため、XM-997の出力を最大に設定していた。至近距離ならば、約九十ミリの特殊チタン装甲さえ貫通する破壊力の閃光が、テアの胸部を襲った。
「ぐはッ……!」
レイガンの閃光が右胸を貫通し、その衝撃でテアは後方へ吹き飛んだ。彼女の胸から噴出した鮮血が、真紅の弧を描いた。
「ゴフッ……ゲホッ……!」
床に叩きつけられたテアが、口から鮮血を吐き出した。レイガンの閃光で肺を焼かれたのだ。
「アラ……ン、何故……?」
テアのプルシアン・ブルーの瞳が驚愕に大きく開かれた。ロザンナも驚きのあまり、動きを止めた。だが、一番衝撃を受けていたのは、テアを撃ったアランであった。
(俺は何をしたんだ……?)
アランは右手の中で黒光りするXM-997を茫然と見つめた。
「ハッハハハ……!」
不意に、ハワード伯爵の嘲笑が響きわたった。
「くッ……!」
プルシアン・ブルーの瞳が、強烈な怒りを放った。だが、全身を襲う激痛のあまり、テアは動ける状態ではなかった。心臓の鼓動に合わせて、右の胸から鮮血が吹き出していた。
「ソルジャー=スコーピオン様も、味なことを考えたものだ。アラン王子、あなたはロザンナ王女の<ESPソード>を見た瞬間に、ブルー・ウィッチを殺すように後催眠をかけられていたのだよ!」
「何だとッ……!」
アランが呆然としてハワード伯爵を見つめた。
「ブルー・ウィッチとの闘いで、ロザンナ王女は必ず<ESPソード>を使うはずだ。その時、殺せずともブルー・ウィッチに怪我を負わせれば、ロザンナ王女の勝利に疑いがなくなる!」
ハワード伯爵が勝ち誇ったように笑った。
(甘かったッ……! 相手はあの<テュポーン>だって言うのに……)
強烈な後悔がテアを襲った。彼女は取り戻したESPが以前にもまして強力になっていることを実感していた。そのため、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の計画を無意識に過小に見ていたのである。
激痛のあまり、精神統一さえままならなかった。今、攻撃されたら、たぶんESPシールドさえも張ることは出来ない。テアのプルシアン・ブルーの瞳から、涙が滲んだ。激しい痛みを超越する激烈な悔しさが、<銀河系最強の魔女>を襲ったのだ。
(ジェイ……。ごめん、あなたの仇敵を討てそうにないわ……)
「ロザンナ王女、テアを殺せッ!」
ハワードが命じた。
ロザンナが再び両手を頭上に掲げると、<ESPソード>を形成した。Σナンバーのみが発する青い光彩が、<光の剣>となって閃光を放った。
「やめろッ!」
アランがロザンナとテアの間に割り込んだ。そして、両手を大きく広げてテアを背後に庇うと、真剣な表情でロザンナを見据えた。
「兄さん、どいてッ!」
テアに向けて<ESPソード>を放とうとしていたロザンナが動きを止め、戸惑ったようにアランを見つめた。
「俺はテアを愛しているッ! 彼女を殺すのなら、俺も一緒に殺せッ!」
「愛しているですって? 本気なの、兄さん……? ブルー・ウィッチはお父様たちの仇敵なのよッ! 邪魔をするなら、兄さんでも許さないわッ!」
ロザンナの碧眼が、激しい怒りの炎をたたえてアランを見据えた。
『アラン、逃げて……ッ!』
「テア……」
『ロザンナ王女は、本気よ。このままでは、あなたも殺されてしまう……』
テアがテレパシーでアランに話しかけた。激痛のあまり、言葉を発することが出来ないのだ。
『彼女の目的は、私だけよ。早く、逃げてッ!』
アランの黒い瞳が怒りを込めてテアを見つめた。
「冗談じゃないッ! 愛した女をこの手で撃った上、臆病者になれと言うのかッ?」
激情に流されながら、アランが怒鳴った。
「せめてお前を庇って死なせてくれッ!」
そう言うと、アランは倒れたまま身動きが出来ないテアの上に覆い被さった。
(アラン……!)
彼の激しい愛情を実感しながら、テアは思った。
(ジェイ……、私に力を貸してッ!)
「ハアアアア……ッ!」
ロザンナが凄まじい咆哮とともに、<ESPソード>を放った。超烈な破壊力を秘めた光の奔流が、テアとアランに向けて飛翔してくる。
「……!」
テアは堅く眼を閉じた。
ESPシールドを張ることも出来ない。
彼女は死を実感した。
(……?)
だが、死神はいつになってもテアを連れ去る気配がない。
(どうしたの……?)
テアは瞳を開けて愕然とした。
彼女の周囲に、ESPシールドが張られていた。そのシールドが、超烈な破壊力を持つ<ESPソード>を防いでいた。シールドの外は、全ての物体が粒子分解を始めていた。
クリスタル塔はおろか、イリス宮殿全体が崩壊と炎上を始めている。砂塵が舞い上がり、紅蓮の炎が周囲を席巻していた。テアとアランを中心として、半径五百メートル以上が巨大なクレーターと化している。
生ある者で無事なのは、ESPシールドに護られたテアとアラン、そしてロザンナとハワード伯爵の四人だけだった。
(いったい、誰が……?)
愕然としながら、テアは周囲を見渡した。彼女自身がESPシールドを張っていないことは疑いない。ESPを使える状態ではないのだ。
その時、テアの脳裏にテレパシーが響きわたった。
『<銀河系最強の魔女>が何てざまだ!』
(……! 誰ッ……?)
『俺を忘れたのか? お前を必ず殺すって誓った相手を……?』
テレパシーが笑いを含んで告げた。
(……! あなたは……!)
テアの脳裏に、惑星ファラオで彼女の生命を狙った男の顔がフラッシュ・バックした。彼女はその男に、MICチップを託したのである。
『こんな時に何カッコつけてんのよ!』
聞き覚えのあるテレパシーが割り込んだ。
(ジェシカッ?)
間違いなく、この波長は漆黒の女神ジェシカ=アンドロメダであった。
「大丈夫、テア?」
長い黒髪を靡かせながら、ジェシカがテアの側にテレポートしてきた。
「派手にやられたわね」
ジェシカはアランを押しのけてテアの様子を確認すると、呆れたように言った。
「シュン、今、テアを治すからシールドを強めていて!」
『了解、俺の女神さま!』
「ばかッ、真面目にやりなさい!」
ジェシカが顔を赤らめながら叫んだ。
次の瞬間、テアたちの周囲に張られているESPシールドが数倍に強化された。
(何てESPなの……?)
ロザンナの<ESPソード>は、テアの使うそれと同等の威力を持っている。だが、シュン=カイザードが張るESPシールドは、その超烈な破壊力を難なくブロックしていた。その上、彼は充分に余力を残しているようだった。
ジェシカが、鮮血を絶え間なく噴出するテアの胸に両手を重ねた。彼女の黒曜石の瞳が閉じられる。同時に、彼女の全身からESP波特有の光彩が迸った。
テアの代謝機能の向上と細胞分裂の促進を行っているのだ。いわゆるESP治療である。驚愕するアランの眼の前で、テアの傷が徐々に塞がっていった。
「ふう、これでいいわ」
ジェシカが額から溢れ出た汗を拭いながら言った。破れた銀色のスペース・ジャケットの胸元から、傷一つないテアの美しい肌が覗いている。
「ありがとう、ジェシカ」
「お礼なら、シュンに言ってね。あたしは彼についてきただけだから……」
ジェシカが照れながら言った。
『終わったか、ジェシカ?』
シュンのテレパシーが訊ねた。
「こっちはいいわよ。後はあの女を倒すだけね。勝てる?」
『任せとけ……』
そう言うと、シュン=カイザードがジェシカの隣にテレポート・アウトしてきた。
「駄目ッ! 彼女は<テュポーン>にコントロールされているのよ! 殺さないでッ!」
テアが叫んだ。
「殺すなって、どうすりゃいいんだ? あの女のESPは間違いなくΣナンバーだぜ! 手を抜いたら、こっちがやられちまう!」
「とにかく、いったん逃げるわ! 方法は後で考えましょう!」
「逃げるって、どうやって……? あいつのESPはハンパじゃないぞ! こうやってブロックするだけでも大変なのに……」
無謀とも言えるティアの意見に、シュンが驚いて告げた。
「ジェシカ、シュン、私に同調して……!」
プルシアン・ブルーの瞳を輝かせながら、有無を言わさない口調でテアが言った。
ESP同士が同調すれば、その能力は相乗効果によって数倍になる。まして、<銀河系最強の魔女>と<漆黒の女神>、そして、ジェイ=マキシアンの後継者の能力が一つになれば、かつてない強大なESPが得られるはずであった。
「分かったわ、テア。シュン、いいわね」
「しょうがねぇな」
ジェシカの言葉に、渋々シュンが同意した。
「二人とも、頼むわね……」
そう告げると、<銀河系最強の魔女>の全身から超烈なESPが発せられた。その凄まじいESP波が、Σナンバー特有の青色に変わる。
「今よ、シュン!」
ジェシカの合図と同時に、二人は全てのESPをテアの波長に同調させた。テアたちの周囲で、正視できない閃光の嵐が舞い上がった。光が全てを包み込み、巨大な柱となって惑星イリスの成層圏まで一気に突き抜けた。
「な、何て……ESPなの?」
ロザンナはテアたちを攻撃することも忘れて、愕然とその様を見つめた。
次の瞬間、テアたちの姿は惑星イリスからテレポート・アウトした。
その女神の名を『ミューズ』と言う。
銀河系監察宇宙局特別犯罪課所属百五十メートル級万能型恒星間宇宙艇。船籍コードは、GSAX-1307SH。GPSの科学の粋を結集して造られた艇に、その女神の名が冠せられていた。
「よく、この<ミューズ>を忘れなかったわね」
SHL機動要塞<パルテノン>の爆発の凄まじさを聞いて、ジェシカが言った。
シュン=カイザードが彼女の生命を助けるために約二百万人を殺した事実は、ジェシカに大きな衝撃を与えていた。
ジェシカには、二百万人の生命よりも自分一人の生命に価値があるとは絶対に思えない。しかし、シュンにとっては、少なくともそうなのであろう。
(シュンは、それほどまでに私を愛してくれた……。どうしたら、彼の愛情に応えることが出来るのだろう? 二百万人の生命を犠牲にするほどの愛に……)
昨夜、ジェシカはシュン初めてに抱かれた。彼は、ジェシカを激しく、そして、優しく愛してくれた。シュンの胸の中で、ジェシカは確かに彼の愛を実感していた。
激しい愛の嵐が去った後、ジェシカは「彼を愛しているのだろうか?」と自問した。その答えはすぐに出た。
(愛している。何ものにも代え難いほど、私はシュンを愛しているわ!)
自分が彼と逆の立場だったら、同じように二百万人を犠牲にしただろう。シュンの正義において、彼のとった行動は間違いではない。しかし、それはあくまで彼一人の正義においてだ。
GPSは、シュン=カイザードに対してA級犯罪者の烙印を押した。当然である。彼はGPS第一艦隊五万二千人と、SHL将兵二百万人の生命を奪ったのだから……。
その上、彼はGPSとSHL両大国の軍事衝突のきっかけとなってしまった。もはや、戦争を回避することは絶対に不可能である。
GPSには、「死刑」が存在しない。最も重い刑罰は、前頭葉摘出手術による植物人間化である。そして、A級犯罪者には、そのロボトミーが適用される。
ジェシカが意識を取り戻したその日に、二人はGPS旗艦<フェニックス>を後にした。紛れもない<脱走>である。
現在、ジェシカはB級指名手配を受け、シュンはA級指名手配犯となっていた。
(この生命は、シュンが与えてくれたものだわ。これからの私の人生は、彼のためだけに生きる!)
ジェシカは昨夜、シュンに抱かれながら誓った。
「二百トンもある<ミューズ>と一緒にテレポートするなんて、ジェイも驚くわよ」
ジェシカが笑いながら言った。
「ずいぶんと重い女神なんだな。少し減量させた方がいいんじゃないか?」
「減量ねぇ……」
ジェシカの言葉に、二人は吹き出した。
「ところで、これからどうするの? 残念だけど、これは無駄になったみたいよ」
テアから託されたMICチップを取り出して、ジェシカが訊ねた。このMICチップの中には、SHL宇宙軍総司令長官オスカー=ブライアン提督宛のメッセージが入っている。そのメッセージの内容は、テアが提督宛にテレパシー・ビデオ化しているため、二人には見ることが出来ない。しかし、想像は容易についた。
テアは、この戦争が銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>によって計画されたものであり、絶対にそれを阻止すべきであると述べているに違いなかった。
しかし、戦争突入を阻止する方法はすでにない。二百万人の将兵と機動要塞<パルテノン>を失ったSHLは、必ずGPSに対して報復的な軍事行動を起こすだろう。
もはや、ブライアン提督一人の意見が通る段階ではなくなっていた。
「テアの依頼は不可能になったが、ジェイとの約束は守りたい」
シュンが笑いを収めて言った。
<銀河系最強の魔女>テア=スクルトは、ジェシカに対してMICチップをブライアン提督に渡すように依頼したのだった。
そして、<テュポーン>と闘って殉職したジェイ=マキシアンは、義弟であるシュンにテアを守るように頼んだのである。
「私は、あなたについて行くわ」
漆黒のロング・ヘアーをかき上げながら、ジェシカが告げた。黒曜石のように輝く瞳が、真っ直ぐにシュン=カイザードを見つめる。
「そんなに俺に惚れたのかい?」
ジェシカの視線に照れたことを隠すように、シュンが茶化した。
「そうよ、あなたは漆黒の女神ジェシカ=アンドロメダの心を射止めたのよ」
ジェシカはそう告げると、<ミューズ>のパイロット・シートを立って、シュンに近づいた。
「ジェシカ……?」
「あなたを、愛しているわ……」
ジェシカが微笑を浮かべた。見る者を魅了する笑顔だった。そして、驚くシュン=カイザードの唇にその魅惑的な唇をゆっくりと重ねた。
「<銀河系最強の魔女>を殺せッ!」
ハワード伯爵が叫んだ。その言葉に、ロザンナの碧眼が燃え上がる。
「やめろ、ロザンナッ!」
アランが制止の声を上げた。だが、ロザンナはそれを無視した。
「ブルー・ウィッチ! お父様とお母様の仇敵ッ!」
ロザンナの口から、テアに対する死の宣告が迸る。同時に、高々と掲げた彼女の両手から、青い閃光が溢れた。
(<ESPソード>? それも、信じられない威力を持っているッ?)
「ロザンナ、聖都オディッセアを消滅させるつもりなのッ!」
テアが驚愕のあまり、プルシアン・ブルーの瞳を大きく見開きながら叫んだ。ロザンナの両手の平から、超烈なESP波が放たれ、巨大な光の奔流が形成された。
<ESPソード>とは、ESPエネルギーによって作られた剣であり、Aクラス以上の能力者でないと不可能な攻撃である。その破壊力は、強力なものでは二千メートル級の山をも消滅させると言われている。
だが、今、ロザンナが作り出している<ESPソード>は、常識をはるかに超越したものであった。それが放たれたら、半径数百キロメートルは巨大なクレーターと化すに違いない。
「アラン、逃げるわよッ!」
テアはアランの左腕をつかんで、テレポートしようとした。
その時、アランの右手がテアの腰にあるホルスターから、XM-997型レイガンを抜き取った。
「何を、アラン……?」
驚愕の視線を向けるテアに向かって、アランがトリガーを絞った。
テアは激烈な戦闘を予想していたため、XM-997の出力を最大に設定していた。至近距離ならば、約九十ミリの特殊チタン装甲さえ貫通する破壊力の閃光が、テアの胸部を襲った。
「ぐはッ……!」
レイガンの閃光が右胸を貫通し、その衝撃でテアは後方へ吹き飛んだ。彼女の胸から噴出した鮮血が、真紅の弧を描いた。
「ゴフッ……ゲホッ……!」
床に叩きつけられたテアが、口から鮮血を吐き出した。レイガンの閃光で肺を焼かれたのだ。
「アラ……ン、何故……?」
テアのプルシアン・ブルーの瞳が驚愕に大きく開かれた。ロザンナも驚きのあまり、動きを止めた。だが、一番衝撃を受けていたのは、テアを撃ったアランであった。
(俺は何をしたんだ……?)
アランは右手の中で黒光りするXM-997を茫然と見つめた。
「ハッハハハ……!」
不意に、ハワード伯爵の嘲笑が響きわたった。
「くッ……!」
プルシアン・ブルーの瞳が、強烈な怒りを放った。だが、全身を襲う激痛のあまり、テアは動ける状態ではなかった。心臓の鼓動に合わせて、右の胸から鮮血が吹き出していた。
「ソルジャー=スコーピオン様も、味なことを考えたものだ。アラン王子、あなたはロザンナ王女の<ESPソード>を見た瞬間に、ブルー・ウィッチを殺すように後催眠をかけられていたのだよ!」
「何だとッ……!」
アランが呆然としてハワード伯爵を見つめた。
「ブルー・ウィッチとの闘いで、ロザンナ王女は必ず<ESPソード>を使うはずだ。その時、殺せずともブルー・ウィッチに怪我を負わせれば、ロザンナ王女の勝利に疑いがなくなる!」
ハワード伯爵が勝ち誇ったように笑った。
(甘かったッ……! 相手はあの<テュポーン>だって言うのに……)
強烈な後悔がテアを襲った。彼女は取り戻したESPが以前にもまして強力になっていることを実感していた。そのため、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の計画を無意識に過小に見ていたのである。
激痛のあまり、精神統一さえままならなかった。今、攻撃されたら、たぶんESPシールドさえも張ることは出来ない。テアのプルシアン・ブルーの瞳から、涙が滲んだ。激しい痛みを超越する激烈な悔しさが、<銀河系最強の魔女>を襲ったのだ。
(ジェイ……。ごめん、あなたの仇敵を討てそうにないわ……)
「ロザンナ王女、テアを殺せッ!」
ハワードが命じた。
ロザンナが再び両手を頭上に掲げると、<ESPソード>を形成した。Σナンバーのみが発する青い光彩が、<光の剣>となって閃光を放った。
「やめろッ!」
アランがロザンナとテアの間に割り込んだ。そして、両手を大きく広げてテアを背後に庇うと、真剣な表情でロザンナを見据えた。
「兄さん、どいてッ!」
テアに向けて<ESPソード>を放とうとしていたロザンナが動きを止め、戸惑ったようにアランを見つめた。
「俺はテアを愛しているッ! 彼女を殺すのなら、俺も一緒に殺せッ!」
「愛しているですって? 本気なの、兄さん……? ブルー・ウィッチはお父様たちの仇敵なのよッ! 邪魔をするなら、兄さんでも許さないわッ!」
ロザンナの碧眼が、激しい怒りの炎をたたえてアランを見据えた。
『アラン、逃げて……ッ!』
「テア……」
『ロザンナ王女は、本気よ。このままでは、あなたも殺されてしまう……』
テアがテレパシーでアランに話しかけた。激痛のあまり、言葉を発することが出来ないのだ。
『彼女の目的は、私だけよ。早く、逃げてッ!』
アランの黒い瞳が怒りを込めてテアを見つめた。
「冗談じゃないッ! 愛した女をこの手で撃った上、臆病者になれと言うのかッ?」
激情に流されながら、アランが怒鳴った。
「せめてお前を庇って死なせてくれッ!」
そう言うと、アランは倒れたまま身動きが出来ないテアの上に覆い被さった。
(アラン……!)
彼の激しい愛情を実感しながら、テアは思った。
(ジェイ……、私に力を貸してッ!)
「ハアアアア……ッ!」
ロザンナが凄まじい咆哮とともに、<ESPソード>を放った。超烈な破壊力を秘めた光の奔流が、テアとアランに向けて飛翔してくる。
「……!」
テアは堅く眼を閉じた。
ESPシールドを張ることも出来ない。
彼女は死を実感した。
(……?)
だが、死神はいつになってもテアを連れ去る気配がない。
(どうしたの……?)
テアは瞳を開けて愕然とした。
彼女の周囲に、ESPシールドが張られていた。そのシールドが、超烈な破壊力を持つ<ESPソード>を防いでいた。シールドの外は、全ての物体が粒子分解を始めていた。
クリスタル塔はおろか、イリス宮殿全体が崩壊と炎上を始めている。砂塵が舞い上がり、紅蓮の炎が周囲を席巻していた。テアとアランを中心として、半径五百メートル以上が巨大なクレーターと化している。
生ある者で無事なのは、ESPシールドに護られたテアとアラン、そしてロザンナとハワード伯爵の四人だけだった。
(いったい、誰が……?)
愕然としながら、テアは周囲を見渡した。彼女自身がESPシールドを張っていないことは疑いない。ESPを使える状態ではないのだ。
その時、テアの脳裏にテレパシーが響きわたった。
『<銀河系最強の魔女>が何てざまだ!』
(……! 誰ッ……?)
『俺を忘れたのか? お前を必ず殺すって誓った相手を……?』
テレパシーが笑いを含んで告げた。
(……! あなたは……!)
テアの脳裏に、惑星ファラオで彼女の生命を狙った男の顔がフラッシュ・バックした。彼女はその男に、MICチップを託したのである。
『こんな時に何カッコつけてんのよ!』
聞き覚えのあるテレパシーが割り込んだ。
(ジェシカッ?)
間違いなく、この波長は漆黒の女神ジェシカ=アンドロメダであった。
「大丈夫、テア?」
長い黒髪を靡かせながら、ジェシカがテアの側にテレポートしてきた。
「派手にやられたわね」
ジェシカはアランを押しのけてテアの様子を確認すると、呆れたように言った。
「シュン、今、テアを治すからシールドを強めていて!」
『了解、俺の女神さま!』
「ばかッ、真面目にやりなさい!」
ジェシカが顔を赤らめながら叫んだ。
次の瞬間、テアたちの周囲に張られているESPシールドが数倍に強化された。
(何てESPなの……?)
ロザンナの<ESPソード>は、テアの使うそれと同等の威力を持っている。だが、シュン=カイザードが張るESPシールドは、その超烈な破壊力を難なくブロックしていた。その上、彼は充分に余力を残しているようだった。
ジェシカが、鮮血を絶え間なく噴出するテアの胸に両手を重ねた。彼女の黒曜石の瞳が閉じられる。同時に、彼女の全身からESP波特有の光彩が迸った。
テアの代謝機能の向上と細胞分裂の促進を行っているのだ。いわゆるESP治療である。驚愕するアランの眼の前で、テアの傷が徐々に塞がっていった。
「ふう、これでいいわ」
ジェシカが額から溢れ出た汗を拭いながら言った。破れた銀色のスペース・ジャケットの胸元から、傷一つないテアの美しい肌が覗いている。
「ありがとう、ジェシカ」
「お礼なら、シュンに言ってね。あたしは彼についてきただけだから……」
ジェシカが照れながら言った。
『終わったか、ジェシカ?』
シュンのテレパシーが訊ねた。
「こっちはいいわよ。後はあの女を倒すだけね。勝てる?」
『任せとけ……』
そう言うと、シュン=カイザードがジェシカの隣にテレポート・アウトしてきた。
「駄目ッ! 彼女は<テュポーン>にコントロールされているのよ! 殺さないでッ!」
テアが叫んだ。
「殺すなって、どうすりゃいいんだ? あの女のESPは間違いなくΣナンバーだぜ! 手を抜いたら、こっちがやられちまう!」
「とにかく、いったん逃げるわ! 方法は後で考えましょう!」
「逃げるって、どうやって……? あいつのESPはハンパじゃないぞ! こうやってブロックするだけでも大変なのに……」
無謀とも言えるティアの意見に、シュンが驚いて告げた。
「ジェシカ、シュン、私に同調して……!」
プルシアン・ブルーの瞳を輝かせながら、有無を言わさない口調でテアが言った。
ESP同士が同調すれば、その能力は相乗効果によって数倍になる。まして、<銀河系最強の魔女>と<漆黒の女神>、そして、ジェイ=マキシアンの後継者の能力が一つになれば、かつてない強大なESPが得られるはずであった。
「分かったわ、テア。シュン、いいわね」
「しょうがねぇな」
ジェシカの言葉に、渋々シュンが同意した。
「二人とも、頼むわね……」
そう告げると、<銀河系最強の魔女>の全身から超烈なESPが発せられた。その凄まじいESP波が、Σナンバー特有の青色に変わる。
「今よ、シュン!」
ジェシカの合図と同時に、二人は全てのESPをテアの波長に同調させた。テアたちの周囲で、正視できない閃光の嵐が舞い上がった。光が全てを包み込み、巨大な柱となって惑星イリスの成層圏まで一気に突き抜けた。
「な、何て……ESPなの?」
ロザンナはテアたちを攻撃することも忘れて、愕然とその様を見つめた。
次の瞬間、テアたちの姿は惑星イリスからテレポート・アウトした。
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