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第20章 銀河の帝王
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「私を捨てるのね……」
女が言った。
美しい女だった。ストレートに背中まで伸ばした漆黒の髪と、星々のきらめきを映す黒曜石の瞳が印象的な女である。年齢は十八、九才くらいか。透けるように白い肌を銀色のスペース・スーツで包み込んでいた。
「本気で言っているのか?」
男が訊ねた。
こちらは、百八十センチをはるかに超える長身に見合った筋肉質な体格の男である。と言っても、ボディ・ビルダーの様な作られた筋肉ではない。しなやかさと瞬発力を秘めた戦士の筋肉であった。それをやはり、銀色のスペース・スーツに包んでいる。二人のスーツの左胸には、銀河系監察宇宙局のSHであることを示す青い不死鳥が描かれていた。
「冗談よ……。私は充分に一人立ちできるわ。でも、あの娘は……。たとえ、Σナンバーの能力を持っていても、SHとしては未熟すぎる。誰かが面倒を見てあげないと……」
ここは、惑星インディスヴァーンにあるGPS総本部のスカイラウンジ<アフロディーテ>である。銀河標準時間で午後十一時をまわっているため、彼ら二人以外に客はいなかった。普段であればインディスヴァーンで最も美しい夜景が見られるのだが、夕方から降り始めた雨のためネオンの光が霞んでいた。
「それに、彼女……美人だからね」
女が窓ガラスを流れ落ちる水滴を眼で追いながら言った。
「そうだな……」
男が非情に呟いた。その言葉に、女が男の方を振り向いた。
「どうやら、俺は彼女に惹かれちまったらしい」
「……。ありがと、嘘つかないでくれて」
優しい笑みを浮かべながらそう言うと、女は黒いサングラスをかけて席を立った。
「この間の事件のレポート、私がまとめといてあげるわ……」
「ああ、頼むよ……」
「それじゃ、お先に……。ごちそうさま」
女は足早にその場を離れると、エレベーターに駆け乗った。
『ご利用階数をおっしゃってください』
コンピューター制御されたエレベーター・システムが、疑似音声で訊ねてきた。女はそれを無視して、エレベーターの奥の壁にもたれ掛かった。
彼女が十六才でSHに抜擢されて以来、男とは二年半にわたってチームを組んできた。彼はSHとしての能力はもちろん、プライベートでも素晴らしいパートナーであった。
しかし、それも今日で解散だ。サングラスの中で、黒曜石の瞳から涙が溢れた。
(でもね、ジェイ。嘘をついてくれた方がいい時もあるのよ……)
「どうして……」
女が呟いた。漆黒の髪を持つ美しい女でだった。彼女の黒曜石の瞳から涙が溢れ出た。
「どうして、ジェイを止めなかったのッ?」
「……」
女の問いに、もう一人の女が無言で立ち竦んだ。こちらは、淡青色の髪を持つ絶世の美女であった。広大な銀河系でも、これほど美しい女は稀である。
「何で、あんただけが助かったのよ!」
漆黒の髪の女が、美女に罵声を浴びせた。
「ジェイはあんたのパートナーでしょッ! 彼が死んで、何であんたは生きてるのよッ!」
言ってはいけない言葉であることを、女は充分承知していた。しかし、激烈な感情が、理性のたがを超越したのである。
「……」
美女は、その罵声を全身で受けていた。理不尽とも言える女の言葉を、肩を震わせながら受け止めていた。彼女のプルシアン・ブルーの瞳から涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた。
「あんたは、ジェイを愛してたんでしょ! 何とか言いなさいよッ!」
女が美女の両肩を掴み、激しく揺さぶった。
「……。ごめん……」
プルシアン・ブルーの瞳を伏せながら、美女が呟くように小声で言った。
ピシャッ!
淡青色の髪が舞い、美女がよろめいた。女が、彼女の左頬をひっぱたいたのである。
「誰が謝れって言ったのッ!」
「……」
左頬を抑えながら、美女が顔を上げた。殴られた痛みからではない涙が、彼女の頬を伝わった。
「何が<銀河系最強の魔女>よッ! Σナンバーの力を持っているくせに、何でジェイを見殺しにしたのよッ!」
興奮のあまり、美女の胸ぐらをつかんで叫んだ。そのまま、何度も彼女を烈しく揺さぶる。その理不尽な行為に対しても、美女はなすがままになっていた。
「何とか言いなさいよッ!」
女は、泣きながら彼女を揺さぶり続ける。
「何とか……何とか、言ってよ……」
次第に、彼女を揺らす女の力が緩まっていった。
「ジェイ……」
不意に女は彼女を離すと、そのまま床に崩れて泣き出した。
「ジェシカ……」
美女が、泣き崩れる女を抱き締めた。
「うわあああぁ……」
漆黒の髪を振り乱して、女は彼女の胸に顔を埋め、烈しく泣き出した。
「……!」
意識を取り戻すと、ジェシカは周囲を見廻した。
清潔感が溢れる白い壁が眼に入った。彼女の寝ているベッドの周囲に、最新式の医療コンピューターが設置されている。
(病院?)
ジェシカは記憶を探った。
(私、撃たれたはず……)
レイガンが直撃したはずの左腹部に手を置く。しかし、滑らかな肌には、傷跡ひとつ見つからなかった。
彼女の瞳に、一人の青年が映った。
(シュン? 彼が私を助けてくれた?)
「ここは……?」
ベッドから半身を起こしながら、ジェシカは彼に訊ねた。
「よかった……。やっと気がついたか。ここは、GPS第一艦隊旗艦<フェニックス>だ」
シュンが笑顔を見せた。
ジェシカは三日間、昏睡していたのである。彼女は、SHL機動要塞<パルテノン>でレイガンの直撃を左腹部に受け、生死をさまよう重傷を負ったのだった。
実際、彼女の心臓は一時、停止したのである。シュンのESP治療が一瞬でも遅れれば、ジェシカが還らぬ人となっていたことは疑いなかった。
ジェシカの呼吸が停止した瞬間、シュンは激烈な怒りと悲しみのため、あのジェイ=マキシアンさえも凌駕するESPを発現したのである。
彼の発した超烈なESPエネルギーは、総質量三千五百PMT(一PMT=千兆メガトン)の<パルテノン>を破壊し、一万二千隻のSHL大艦隊をも宇宙の塵と化したのだった。その無限解放されたESPの奔流は、GPS、SHL両軍合わせて二百万人以上の生命を一瞬のうちに消滅させたのである。
シュンはそのESPで、呼吸停止したジェシカを瞬時に低温睡眠させた。人間は心臓が停止してから脳が壊死するまで、若干の秒差がある。シュンはその時間に賭けた。
彼はジェシカの体温を約十℃に下げ、その間に彼女の代謝機能を加速して傷口を塞いだ。しかし、ESPでは細胞分裂を促進して傷を治すことは出来ても、血液を造血することは不可能である。そこで、シュンはジェシカを連れてこの<フェニックス>にテレポートし、GPS最新医療に彼女を委ねたのだった。
「私、助かったのね……」
「一時は本当に危なかったけどもな」
シュンが笑いながら言った。
「ありがとう、シュン」
「この貸しは高いぞ」
ジェシカはまだ知らなかったが、彼は二百万人以上の生命と引き替えに、ジェシカ一人を助けたのだった。
「わかってるわよ」
ジェシカが笑顔で応えた。生死の境をさまよっていたため、顔色はまだ青白い。しかし、シュンにとっては、それを補ってあまりある笑顔だった。
「夢を見ていたわ……」
ジェシカが言った。
「夢? どんな夢だ?」
「ジェイの夢……」
遠くを見るような眼差しで、ジェシカが告げた。
「夢の中で、私、ジェイに振られちゃった……」
「……」
シュンは何と言ってよいか分からずに、ジェシカの顔を見つめた。
「こんないい女を振るから、死んじゃったのよ……」
不意に、ジェシカの黒曜石の瞳から涙が溢れた。超一流のSHとして、銀河中のクリミナル・ESPから畏れられている彼女を知っているシュンは、驚いてジェシカを見つめた。
「ごめん……」
ジェシカが右手で涙を拭う。
「死にかけて、少し気弱になってるのかな?」
彼女は無理して笑顔をつくった。
「……!」
シュンはベッドに腰掛けると、何も言わずに半身を起こしたジェシカを抱き締めた。
(シュン……?)
「泣きたい時は泣けよ。いつでも、俺が胸を貸してやるよ……」
ジェシカの漆黒の髪を愛しそうに撫でながら、シュンが言った。
「ばか……。あんたじゃ、役不足よ……」
そう言いながら、ジェシカはシュン=カイザードの胸に顔を埋めた。
「集まったようだな……」
部屋に入ってくると同時に、男が告げた。
年齢は二十八、九才。黒い髪と程良く日に焼けた精悍な顔をした青年である。青年が現れると、その部屋にいた四人の人間が一斉に立ち上がり、敬礼をした。四人は、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>のファースト・ファミリーたちであった。
<テュポーン>は、GPS、SHL、FPすべてに支部を持つ強大なギルドである。その経済力および軍事力は、GPSをさえ凌駕するものであった。
<テュポーン>の構成員の正確な数は不明であったが、銀河系総人口三千億人のうち、約十億人が何らかの形で<テュポーン>に関与していると推測されていた。
その<テュポーン>の頂点に立つのが、総統ジュピターと血の契約を交わしたファースト・ファミリーである。惑星アルピナにおいて、テア=スクルトに倒されたソルジャー=シリウスを除き、現在この部屋にいる四人がその称号を有する全ての人間であった。
GPS方面監察官、ソルジャー=スコーピオン。紅色の髪を持つ若い女性である。年齢は二十五才くらいか。
SHL方面インスペクター、ソルジャー=プレアデス。銀髪とダーク・グリーンの瞳が印象的な男だ。怜悧な刃のような眼差しは、見る者に言い知れぬ恐怖を感じさせる。
FP方面インスペクター、ソルジャー=オリオン。二メートルを越す長身に見合った筋肉質な巨漢である。歴戦の勇士の象徴とも言える大きな傷が、左目の上から右頬まで斜めに刻まれていた。
そして、彼らを統括する<テュポーン>の副総統ソルジャー=スピカ。青い髪と青い瞳を持つ絶世の美女である。年齢は二十才に届いていないように見える。しかし、その知能と能力は、他の三人を統べるに相応しいものであった。
<テュポーン>は、数多くの未登録ESPを抱えている。その中でも、この四人のESPは、Σナンバー(ESP最強ランク)にも匹敵するものであった。
「機動要塞<パルテノン>が破壊され、SHL艦隊一万二千隻が消滅したことは、既に聞いているだろう」
青年が四人の視線を全身に浴びながら、平然と告げた。
「<クロス・プロジェクト>に若干の修正が必要と思われる。今日はその討議をしたい」
青年の言葉に対し、ソルジャー=スコーピオンが発言を求めた。
「何だね、スコーピオン」
青年がソルジャー・スコーピオンの発言を許可した。
「ジュピター総統、今入った情報によると、テア=スクルトとロザンナが戦闘に突入しました。記憶を取り戻したテア=スクルトは、以前に比べて大幅にESPレベルを上昇させているようです。現在、二人の能力はほぼ伯仲しております。彼女らの戦闘の結果によって、<クロス・プロジェクト>はその修正を余儀なくされます。それを待たずに今の段階でプロジェクトを修正するのはあまり意味がないと考えます」
「そうか、<銀河系最強の魔女>とロザンナ王女が……」
青年……総統ジュピターは思慮深い漆黒の瞳を考え深げに閉じた。
<テュポーン>の総統ジュピター。
全宇宙最強と謳われたジェイ=マキシアンでさえ震撼したESP……。
惑星アルピナにおいて、<銀河系最強の魔女>を激甚な恐怖に陥れ、数十光年彼方からΣナンバーの能力を持つソルジャー=シリウスを殺した非情の殺戮者。
彼こそが、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の頂点に立つ男であった。
「それに、SHL機動要塞<パルテノン>を破壊したESP……。彼はジェシカ=アンドロメダと行動を共にしていました。我々の敵に回る可能性が、非常に高いと思われます。今後の計画を立てるのに、彼を無視することは出来ません、ジョウ=クェーサー様」
ダーク・グリーンの瞳に不思議な光をたたえながら、ソルジャー=プレアデスが言った。彼の瞳にある輝きは、強大な敵が増えたことを歓んでいるかのように見えた。
「ソルジャー=プレアデス! 私をその名前で呼ぶのをやめたまえッ!」
ジュピターが凄まじい殺気を発して、怒鳴った。
「ハッ、申し訳ありません……」
ジュピターの殺気に、ソルジャー=プレアデスが蒼白になった。Σナンバーの能力を持つ彼にさえ、死を覚悟させるほどの殺気であったのだ。
「ジョウ、プレアデスも悪気があった訳じゃないわ。許してあげて……」
ソルジャー=スピカが言った。
彼女の「ジョウ」と言う呼びかけに対しては、ジュピターは何も言わなかった。この銀河系で総統ジュピターの本名、それもファースト・ネームを呼ぶことが許された者は、<テュポーン>副総統ソルジャー=スピカだけなのであった。
「ソルジャー=スコーピオンの意見を入れ、<クロス・プロジェクト>の修正は、テア=スクルトとロザンナ王女の闘いの結果を待ってからとする。スコーピオン……」
「はいッ」
紅い髪をかき上げて、ソルジャー=スコーピオンがジュピターを見つめた。
「二人の戦闘が終わったら、結果を報告したまえ。それまで、休憩とする。一時、解散せよ」
ジュピターの言葉に、ソルジャー=スピカを除く三人のファースト・ファミリーが退出した。
「あの娘が我々の敵となるとは、皮肉なものだな、エマ……」
ジュピターが窓に映った夜景を見つめながら言った。彼はソルジャー=スピカが残ることを信じて疑わなかったのだ。
「出来れば、私たちの側に呼び寄せたいですね……」
ジュピターの背中を見つめながら、ソルジャー=スピカが悲しそうに呟いた。
ジョウ=クェーサー。
そして、エマ=トスカ。
その二人の名前は、銀河系人類にとって、あまりにも有名なものであった。
銀河系人類の三分の一を死滅させたDNA戦争。
ジョウ=クェーサーは、そのDNAアンドロイド軍の統率者であり、エマ=トスカはその妻であった。銀河史は、二人の死亡を告げている。しかし、彼らは生存していた。
それも、<テュポーン>の頂点に立つ者として……。
そして、二人には一人の娘がいた。
その娘の名は……テア=スクルト。
<銀河系最強の魔女>と呼ばれる女性であった。
女が言った。
美しい女だった。ストレートに背中まで伸ばした漆黒の髪と、星々のきらめきを映す黒曜石の瞳が印象的な女である。年齢は十八、九才くらいか。透けるように白い肌を銀色のスペース・スーツで包み込んでいた。
「本気で言っているのか?」
男が訊ねた。
こちらは、百八十センチをはるかに超える長身に見合った筋肉質な体格の男である。と言っても、ボディ・ビルダーの様な作られた筋肉ではない。しなやかさと瞬発力を秘めた戦士の筋肉であった。それをやはり、銀色のスペース・スーツに包んでいる。二人のスーツの左胸には、銀河系監察宇宙局のSHであることを示す青い不死鳥が描かれていた。
「冗談よ……。私は充分に一人立ちできるわ。でも、あの娘は……。たとえ、Σナンバーの能力を持っていても、SHとしては未熟すぎる。誰かが面倒を見てあげないと……」
ここは、惑星インディスヴァーンにあるGPS総本部のスカイラウンジ<アフロディーテ>である。銀河標準時間で午後十一時をまわっているため、彼ら二人以外に客はいなかった。普段であればインディスヴァーンで最も美しい夜景が見られるのだが、夕方から降り始めた雨のためネオンの光が霞んでいた。
「それに、彼女……美人だからね」
女が窓ガラスを流れ落ちる水滴を眼で追いながら言った。
「そうだな……」
男が非情に呟いた。その言葉に、女が男の方を振り向いた。
「どうやら、俺は彼女に惹かれちまったらしい」
「……。ありがと、嘘つかないでくれて」
優しい笑みを浮かべながらそう言うと、女は黒いサングラスをかけて席を立った。
「この間の事件のレポート、私がまとめといてあげるわ……」
「ああ、頼むよ……」
「それじゃ、お先に……。ごちそうさま」
女は足早にその場を離れると、エレベーターに駆け乗った。
『ご利用階数をおっしゃってください』
コンピューター制御されたエレベーター・システムが、疑似音声で訊ねてきた。女はそれを無視して、エレベーターの奥の壁にもたれ掛かった。
彼女が十六才でSHに抜擢されて以来、男とは二年半にわたってチームを組んできた。彼はSHとしての能力はもちろん、プライベートでも素晴らしいパートナーであった。
しかし、それも今日で解散だ。サングラスの中で、黒曜石の瞳から涙が溢れた。
(でもね、ジェイ。嘘をついてくれた方がいい時もあるのよ……)
「どうして……」
女が呟いた。漆黒の髪を持つ美しい女でだった。彼女の黒曜石の瞳から涙が溢れ出た。
「どうして、ジェイを止めなかったのッ?」
「……」
女の問いに、もう一人の女が無言で立ち竦んだ。こちらは、淡青色の髪を持つ絶世の美女であった。広大な銀河系でも、これほど美しい女は稀である。
「何で、あんただけが助かったのよ!」
漆黒の髪の女が、美女に罵声を浴びせた。
「ジェイはあんたのパートナーでしょッ! 彼が死んで、何であんたは生きてるのよッ!」
言ってはいけない言葉であることを、女は充分承知していた。しかし、激烈な感情が、理性のたがを超越したのである。
「……」
美女は、その罵声を全身で受けていた。理不尽とも言える女の言葉を、肩を震わせながら受け止めていた。彼女のプルシアン・ブルーの瞳から涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた。
「あんたは、ジェイを愛してたんでしょ! 何とか言いなさいよッ!」
女が美女の両肩を掴み、激しく揺さぶった。
「……。ごめん……」
プルシアン・ブルーの瞳を伏せながら、美女が呟くように小声で言った。
ピシャッ!
淡青色の髪が舞い、美女がよろめいた。女が、彼女の左頬をひっぱたいたのである。
「誰が謝れって言ったのッ!」
「……」
左頬を抑えながら、美女が顔を上げた。殴られた痛みからではない涙が、彼女の頬を伝わった。
「何が<銀河系最強の魔女>よッ! Σナンバーの力を持っているくせに、何でジェイを見殺しにしたのよッ!」
興奮のあまり、美女の胸ぐらをつかんで叫んだ。そのまま、何度も彼女を烈しく揺さぶる。その理不尽な行為に対しても、美女はなすがままになっていた。
「何とか言いなさいよッ!」
女は、泣きながら彼女を揺さぶり続ける。
「何とか……何とか、言ってよ……」
次第に、彼女を揺らす女の力が緩まっていった。
「ジェイ……」
不意に女は彼女を離すと、そのまま床に崩れて泣き出した。
「ジェシカ……」
美女が、泣き崩れる女を抱き締めた。
「うわあああぁ……」
漆黒の髪を振り乱して、女は彼女の胸に顔を埋め、烈しく泣き出した。
「……!」
意識を取り戻すと、ジェシカは周囲を見廻した。
清潔感が溢れる白い壁が眼に入った。彼女の寝ているベッドの周囲に、最新式の医療コンピューターが設置されている。
(病院?)
ジェシカは記憶を探った。
(私、撃たれたはず……)
レイガンが直撃したはずの左腹部に手を置く。しかし、滑らかな肌には、傷跡ひとつ見つからなかった。
彼女の瞳に、一人の青年が映った。
(シュン? 彼が私を助けてくれた?)
「ここは……?」
ベッドから半身を起こしながら、ジェシカは彼に訊ねた。
「よかった……。やっと気がついたか。ここは、GPS第一艦隊旗艦<フェニックス>だ」
シュンが笑顔を見せた。
ジェシカは三日間、昏睡していたのである。彼女は、SHL機動要塞<パルテノン>でレイガンの直撃を左腹部に受け、生死をさまよう重傷を負ったのだった。
実際、彼女の心臓は一時、停止したのである。シュンのESP治療が一瞬でも遅れれば、ジェシカが還らぬ人となっていたことは疑いなかった。
ジェシカの呼吸が停止した瞬間、シュンは激烈な怒りと悲しみのため、あのジェイ=マキシアンさえも凌駕するESPを発現したのである。
彼の発した超烈なESPエネルギーは、総質量三千五百PMT(一PMT=千兆メガトン)の<パルテノン>を破壊し、一万二千隻のSHL大艦隊をも宇宙の塵と化したのだった。その無限解放されたESPの奔流は、GPS、SHL両軍合わせて二百万人以上の生命を一瞬のうちに消滅させたのである。
シュンはそのESPで、呼吸停止したジェシカを瞬時に低温睡眠させた。人間は心臓が停止してから脳が壊死するまで、若干の秒差がある。シュンはその時間に賭けた。
彼はジェシカの体温を約十℃に下げ、その間に彼女の代謝機能を加速して傷口を塞いだ。しかし、ESPでは細胞分裂を促進して傷を治すことは出来ても、血液を造血することは不可能である。そこで、シュンはジェシカを連れてこの<フェニックス>にテレポートし、GPS最新医療に彼女を委ねたのだった。
「私、助かったのね……」
「一時は本当に危なかったけどもな」
シュンが笑いながら言った。
「ありがとう、シュン」
「この貸しは高いぞ」
ジェシカはまだ知らなかったが、彼は二百万人以上の生命と引き替えに、ジェシカ一人を助けたのだった。
「わかってるわよ」
ジェシカが笑顔で応えた。生死の境をさまよっていたため、顔色はまだ青白い。しかし、シュンにとっては、それを補ってあまりある笑顔だった。
「夢を見ていたわ……」
ジェシカが言った。
「夢? どんな夢だ?」
「ジェイの夢……」
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「夢の中で、私、ジェイに振られちゃった……」
「……」
シュンは何と言ってよいか分からずに、ジェシカの顔を見つめた。
「こんないい女を振るから、死んじゃったのよ……」
不意に、ジェシカの黒曜石の瞳から涙が溢れた。超一流のSHとして、銀河中のクリミナル・ESPから畏れられている彼女を知っているシュンは、驚いてジェシカを見つめた。
「ごめん……」
ジェシカが右手で涙を拭う。
「死にかけて、少し気弱になってるのかな?」
彼女は無理して笑顔をつくった。
「……!」
シュンはベッドに腰掛けると、何も言わずに半身を起こしたジェシカを抱き締めた。
(シュン……?)
「泣きたい時は泣けよ。いつでも、俺が胸を貸してやるよ……」
ジェシカの漆黒の髪を愛しそうに撫でながら、シュンが言った。
「ばか……。あんたじゃ、役不足よ……」
そう言いながら、ジェシカはシュン=カイザードの胸に顔を埋めた。
「集まったようだな……」
部屋に入ってくると同時に、男が告げた。
年齢は二十八、九才。黒い髪と程良く日に焼けた精悍な顔をした青年である。青年が現れると、その部屋にいた四人の人間が一斉に立ち上がり、敬礼をした。四人は、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>のファースト・ファミリーたちであった。
<テュポーン>は、GPS、SHL、FPすべてに支部を持つ強大なギルドである。その経済力および軍事力は、GPSをさえ凌駕するものであった。
<テュポーン>の構成員の正確な数は不明であったが、銀河系総人口三千億人のうち、約十億人が何らかの形で<テュポーン>に関与していると推測されていた。
その<テュポーン>の頂点に立つのが、総統ジュピターと血の契約を交わしたファースト・ファミリーである。惑星アルピナにおいて、テア=スクルトに倒されたソルジャー=シリウスを除き、現在この部屋にいる四人がその称号を有する全ての人間であった。
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SHL方面インスペクター、ソルジャー=プレアデス。銀髪とダーク・グリーンの瞳が印象的な男だ。怜悧な刃のような眼差しは、見る者に言い知れぬ恐怖を感じさせる。
FP方面インスペクター、ソルジャー=オリオン。二メートルを越す長身に見合った筋肉質な巨漢である。歴戦の勇士の象徴とも言える大きな傷が、左目の上から右頬まで斜めに刻まれていた。
そして、彼らを統括する<テュポーン>の副総統ソルジャー=スピカ。青い髪と青い瞳を持つ絶世の美女である。年齢は二十才に届いていないように見える。しかし、その知能と能力は、他の三人を統べるに相応しいものであった。
<テュポーン>は、数多くの未登録ESPを抱えている。その中でも、この四人のESPは、Σナンバー(ESP最強ランク)にも匹敵するものであった。
「機動要塞<パルテノン>が破壊され、SHL艦隊一万二千隻が消滅したことは、既に聞いているだろう」
青年が四人の視線を全身に浴びながら、平然と告げた。
「<クロス・プロジェクト>に若干の修正が必要と思われる。今日はその討議をしたい」
青年の言葉に対し、ソルジャー=スコーピオンが発言を求めた。
「何だね、スコーピオン」
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「ジュピター総統、今入った情報によると、テア=スクルトとロザンナが戦闘に突入しました。記憶を取り戻したテア=スクルトは、以前に比べて大幅にESPレベルを上昇させているようです。現在、二人の能力はほぼ伯仲しております。彼女らの戦闘の結果によって、<クロス・プロジェクト>はその修正を余儀なくされます。それを待たずに今の段階でプロジェクトを修正するのはあまり意味がないと考えます」
「そうか、<銀河系最強の魔女>とロザンナ王女が……」
青年……総統ジュピターは思慮深い漆黒の瞳を考え深げに閉じた。
<テュポーン>の総統ジュピター。
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「それに、SHL機動要塞<パルテノン>を破壊したESP……。彼はジェシカ=アンドロメダと行動を共にしていました。我々の敵に回る可能性が、非常に高いと思われます。今後の計画を立てるのに、彼を無視することは出来ません、ジョウ=クェーサー様」
ダーク・グリーンの瞳に不思議な光をたたえながら、ソルジャー=プレアデスが言った。彼の瞳にある輝きは、強大な敵が増えたことを歓んでいるかのように見えた。
「ソルジャー=プレアデス! 私をその名前で呼ぶのをやめたまえッ!」
ジュピターが凄まじい殺気を発して、怒鳴った。
「ハッ、申し訳ありません……」
ジュピターの殺気に、ソルジャー=プレアデスが蒼白になった。Σナンバーの能力を持つ彼にさえ、死を覚悟させるほどの殺気であったのだ。
「ジョウ、プレアデスも悪気があった訳じゃないわ。許してあげて……」
ソルジャー=スピカが言った。
彼女の「ジョウ」と言う呼びかけに対しては、ジュピターは何も言わなかった。この銀河系で総統ジュピターの本名、それもファースト・ネームを呼ぶことが許された者は、<テュポーン>副総統ソルジャー=スピカだけなのであった。
「ソルジャー=スコーピオンの意見を入れ、<クロス・プロジェクト>の修正は、テア=スクルトとロザンナ王女の闘いの結果を待ってからとする。スコーピオン……」
「はいッ」
紅い髪をかき上げて、ソルジャー=スコーピオンがジュピターを見つめた。
「二人の戦闘が終わったら、結果を報告したまえ。それまで、休憩とする。一時、解散せよ」
ジュピターの言葉に、ソルジャー=スピカを除く三人のファースト・ファミリーが退出した。
「あの娘が我々の敵となるとは、皮肉なものだな、エマ……」
ジュピターが窓に映った夜景を見つめながら言った。彼はソルジャー=スピカが残ることを信じて疑わなかったのだ。
「出来れば、私たちの側に呼び寄せたいですね……」
ジュピターの背中を見つめながら、ソルジャー=スピカが悲しそうに呟いた。
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それも、<テュポーン>の頂点に立つ者として……。
そして、二人には一人の娘がいた。
その娘の名は……テア=スクルト。
<銀河系最強の魔女>と呼ばれる女性であった。
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再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
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