【ブルー・ウィッチ・シリーズ】 復讐の魔女

椎名 将也

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第13章 ブルー・ウィッチ

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 夢を見ていた。
 <テュポーン>の虜囚となり、<キングス・オブ・ドラッグ>と呼ばれる悪魔の薬アフロディジカルの禁断症状と闘いながら……。
 テア=スクルトは夢を見ていた。
 激しい拷問と、死が甘美とも思える凌辱とから逃避するかのように……。
 夢を見ていた。
 それは、永遠とも言える長さと、限りない懐かしさとに溢れた<夢>だった。


「……!」
 淡青色の髪が宙に舞った。同時に、鮮血が飛散し、絶妙のコントラストを描く。
「ぐッ……!」
 凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。瞬時にアスファルトが赤く染まってゆく。
(撃たれた……!)
 その考えを裏付けるかのように、凄まじい勢いで鮮血が噴出する。

 強烈な痛みが彼女を襲った。無意識に左肩を抑える。
(無いッ……!)
 彼女は愕然とした。
 高出力レーザーの直撃を受け、左腕が消滅していた。

「テアーッ!」
 絶叫が響いた。
 男がXM405Rサブマシンガンで弾幕を張りながら疾走して来る。その遥か前方で、その銃弾を受け止めた兵士たちが血飛沫を上げた。
「くッ……!」
 その瞬間、激烈な痛みが襲った。思わず絶句する。激痛に耐える為、体中の筋肉が凄まじい緊張を放っていた。

「大丈夫かッ!」
 男が地面に伏しているテアを抱き起こした。
(揺らさないでッ!)
 テアは大声で叫んだ、つもりだった。だが、言葉にならず、呻き声だけが空しく漏れる。
 プシュッ!
 テアの左肩に、無針注射器が押しつけられた。

「……!」
 急速に、痛みが消えてゆく。
(メディカル・ドラッグ……!)
 GPS技術研究所が開発した超即効性の痛み止めだ。一種の神経麻薬である。
「テア、しっかりしろッ!」
「……ジェイ!」
 眼の前に、愛しい男の顔があった。浅黒く日に焼けた肌と、野性的とも言える鋭い漆黒の瞳が印象的な男だ。

 ジェイ=マキシアン。

 この若干二十五歳の青年こそが、銀河系監察宇宙局GPSの誇る特殊部隊SHスペシャル・ハンターのエース・エージェントであった。

「私に……構わず、逃げて……!」
 辛うじて声が出た。
 ドクン、ドクン……。
 彼女の鼓動にあわせて、左肩からは鮮血が咲き乱れる。プルシアン・ブルーの瞳から、急速に生気が失せていった。
(人間って、血液の三分の一を失うと死ぬんだっけ……。DNAアンドロイドでも同じかしら……)
 テアは薄れてゆく意識の中で思った。

 DNAアンドロイド。
 それは、遺伝子操作によって造り出された新人類である。各々の個体差はあるにしろ、そのほとんどが人間の数倍の運動能力と反射速度を持ち、強力な超能力ESPを有している。
 だが、銀河系人類の三分の一を消滅させた第一次、第二次DNA戦争を経て、DNAアンドロイドは全滅していた。彼女、テア=スクルトは、彼らの唯一の子孫、DNAアンドロイド二世だった。

「ズドーンッ!」
 右前方二十メートルに、巨大な火柱が上がった。強烈な爆風が、衝撃波となってテアたちを直撃した。対白兵戦用携帯型ミサイル弾αランチャーが爆発したのだ。
「くッ……!」
 ジェイが間一髪、ESPシールドを張って衝撃波をブロックした。
 これまでに、テアたちはたった二人で、敵の戦闘員を少なくても五百人以上は殺傷していた。敵は、彼女たちの驚異的な戦闘力に戦慄し、高出力レーザー・デスター301βを棄てて、αランチャーに切り換えたのだ。

「ズドーンッ!」
「ドガーンッ!」
 無数のαランチャーがテアたちに向かって飛来し、次々と爆発炎上する。空気がビリビリと音を発てて震撼した。その衝撃波により、舞い上がった砂塵がESPシールドに激突する。同時に、凄まじい熱風が巻き起こり、大地が一瞬のうちに焦土と化した。

 破壊と殺戮……。
 劫火と灼熱……。

 テアたち二人を殺す為だけに、夥しい数のαランチャーが飛来してきた。だが、テアには何も聞こえなかった。彼女は、目の前にいる一人の男だけを見つめていた。
 傷つき、血に染まった戦士を……。
 彼女の愛する、ジェイ=マキシアンを……。

(バージン・ロード……)
 テアの脳裏に、不意にその単語が浮かんだ。
(……! そうか……! これが二人の結婚式なんだ……!)

(灼熱のキャンドル・サービス……。爆音のワーグナー……)
  周囲を見廻す。戦場の咆哮が総てを席巻していた。
(何もかもが……、悪魔イービル・スピリッツと呼ばれる私たちに……似合いだわ……)

 鼓膜を引き裂く爆風の喝采を受けながら、彼女は鮮血のウェディングドレスに身を包んでゆく。
「<スピリッツ>にテレポートするぞ!」
 ジェイが彼女の右腕を掴んで叫んだ。彼の体が、ESP波特有の光彩を発した。
「……!」
 テアたちは、人工惑星ジオイドの衛星軌道上を航行中の愛機<スピリッツ>に瞬間移動した。


 惑星ジオイド。
 銀河系最大の麻薬ギルドと謳われる<テュポーン>の大要塞である。赤道半径二千二百キロ。質量は地球テラの約三十分の一。銀河系に浮遊する超巨大隕石を改造した人工惑星であり、<テュポーン>の総本部である。

 <テュポーン>は、GPSに所属する殆どの惑星に支部を持つ巨大麻薬ギルドだった。そして、その総構成員は五億人とも十億人とも言われている。
 テアたちSHチーム<スピリッツ>は、その<テュポーン>の総統抹殺指令を受け、人工惑星ジオイドに潜入したのであった。

「大丈夫か、テア!」
 ジェイは、テアを<スピリッツ>のナビゲーターズ・シートに横たえると、彼女の傷口に手を添えた。
「痛ッ!」
 ドクン、ドクン……。
 テアの鮮血を吸収して、ナビゲーターズ・シートが赤く染まっていく。顔面が蒼白になっていくのが、自分で分かる。意識が朦朧として、今にも消え入りそうだ。

(駄目……だ……わ……)
 薄れてゆく意識の中で、テアは<死>を実感した。
 視界から光が失われてゆき、全てがブラック・アウトする。
「テアッ、死ぬなッ!」
 ジェイの悲痛な叫びが、遠くに聞こえた。
 意識が急速に遠のき始めた……。


(何処なの、ここは……!)
 辺りを見廻した。漆黒の闇が周囲を席巻していた。
(そんな……!)
 恐怖とも言える感情が沸き起こった。
(地面が……、無い!)
 彼女の両足は大地の感触を感じていなかった。正確に言うと、宙に浮いていたのだ。

(無意識に空中浮遊能力ESPを使用しているの! バカな……!)
 そんな事が有り得ないのは、自分自身が一番よく知っていた。テアは、Σナンバー(ESPの最強クラス)の能力者だ。自分の能力は完全にコントロールできる。
(では、何故……!)
 動揺を抑制し、冷静さを取り戻そうと懸命に努力する。

 息苦しさはなかった。少なくても、地球テラ型の大気は存在している。
 耳を傾けてみても、周囲は信じがたい程の静寂が押し包んでいた。
 絶対的な静寂……。
「バカな……!」
 テアは、思わず声に出して呟いた。全身を凄まじい不安が襲った。いや、単なる不安にとどまらず、激烈な恐怖が背筋を舐め上げた。

「誰か……!
 全身に鳥肌が立った。恐怖を押し殺そうと、ゴクリと生唾を呑みこむ。
 しかし……。
 数センチ先さえ視認できない原初の闇が、自分の鼓動さえ響きわたる圧倒的な静寂が、テアの自己抑制能力の限界を完全に凌駕した。

「誰かいないのッ! 誰かーッ!」
 大声で叫んだ。だが、彼女の声は闇の中へ虚しく吸収されただけだった。
「お願いッ! 誰か答えてーッ!」
 声の限りに絶叫し続けた。
「……!」
 その時、遥か前方に僅かな光が輝いた。

「誰なのッ! 誰かいるのねッ!」
 テアはその方向へ進もうとした。
 その瞬間……。
 光が急速に増大した。
「……!」
 反射的に両腕で眼を覆った。光は巨大な渦なり、加速度的に拡散して彼女を包み込んだ。

(何、これは……!)
 光が体内に入ってきた。光、いや、生命が満ち溢れてくるのが分かった。
(暖かい……)
 愛する男性に抱かれているような安心感を実感する。生命の脈動がはっきりと感じられ、全ての細胞が活性化してゆく……。


「……!」
 テアは意識を取り戻した。同時に、驚愕の声を発した。
「ジェイ、何て事を……!」
 その瞬間、言い知れぬ感動と、烈しい愛情を実感した。涙が溢れ出てくる。
「どうだ……、少しは……楽に……なったか……!」
 ジェイが小さく唇の端で微笑んだ。ひどく乾き、優しい微笑だった。

「やめてッ! そんな事をしたら、あなたが……!」
 彼は、自分のサイコ・エネルギーをテアに投入していたのだ。自分の生命を削って、他人に与えるようなものである。ジェイの顔が蒼白を通り越して、土気色に変わっていた。額に大粒の脂汗を浮かべ、肩で大きく息をしている。
「……」
 何も言えずに、テアは彼の胸に顔を埋めた。

「ジェイ……。私たちの……負けよ……。<テュポーン>を敵に廻したのは、……間違いだったのよ……!」
 彼の胸の中で呟くように言った。
「テア……!」
 ジェイが優しく彼女の長い淡青色の髪を撫ぜた。

「確かに……<テュポーン>は、強大だ。しかし、……まだ、手は残っているさ!」 
 テアは驚いてジェイを見上げた。
 銀河系最強のSHスペシャル・ハンター(GPS特別犯罪課特殊捜査官)と呼ばれるテアたちを、圧倒的な戦力で凌駕した<テュポーン>……。
 テアは瀕死の重症を負い、ジェイも限界近くまでESPを酷使している。二人とも、もはや闘える状態ではなかった。

「無理よ……。これ以上、どうしろって言う……」
 彼女はジェイの表情を見て、ハッとした。極度に疲労してはいるが、その瞳は強烈な意志を失っていなかった。
「ま……さか……!」
 言葉が凍りつく。凄まじい不安が、テアの全身を疾走した。彼女の予感を裏付けるかのように、ジェイが優しく微笑んだ。

「駄目よッ! あなたがそこまでする必要なんて、無いわッ……!」
 テアは、彼の左腕を掴んで叫んだ。
(私の予感が当たっていれば……、ジェイは確実に死ぬ。そして、その予感はたぶん……)
 瞳から溢れる涙が、言い知れぬ悲しみが、止まらなかった……。

「サイコ・ノヴァを……」
「やめてッ!」
 ジェイの言葉を途中で遮った。最悪の予感が的中した……!
「サイコ・ノヴァは、絶対に使わせないわッ!」
 テアは、ジェイの腕を掴んで絶叫した。

 サイコ・ノヴァ……別名、粒子加速爆弾。その凄まじい破壊力は、超新星の大爆発にも匹敵すると言われている。
 大気中の素粒子を吸収し、それを急激に加速させて瞬時に無限解放する。その比類なき膨大なESPの奔流は、光速を超越した凄まじい衝撃波となって、周囲の宇宙空間に叩きつけられる。その衝撃波のエネルギーは、太陽が生涯かかって放出するエネルギ-の数倍分。その圧倒的なエネルギーの氾濫が、半径一光年以内にある全ての物体を、一瞬のうちに消滅させてしまうのだ。
 そして、勿論、サイコ・ノヴァを使った本人も……瞬時に消滅する。

「テア、すぐに<スピリッツ>で一光年以上離れてくれ……!」
「いやよッ!」
 テアは全身で拒絶した。
「この人工惑星ジオイドは、GPS銀河航路から二・七光年離れている。そして、半径一光年以内に、影響を受ける惑星は……、ない……!」
「イヤァーッ!」
 激痛も忘れて絶叫する。

 その時……!
宙域弾道ミサイルSRBM、多数接近!』
 <スピリッツ>が、緊急警告を発した。
「シールド・オンッ! 回避行動に移れッ!」
 ジェイが即座に<スピリッツ>に命じた。

 <スピリッツ>のメイン・コンピューターは、最新型のバイオ・コンピューターである。簡単に言えば、自分で判断し行動する為、複雑なインプット作業が要らず、音声による命令だけでいい。
 <スピリッツ>の船体が、対衝撃シールドに包まれ、急加速した。

「ズドーンッ!」
 凄まじい衝撃が<スピリッツ>を襲った。数発のSRBMが断続的に着弾し、船体が激しく震動する。
「ぐふッ!」
 テアは、左肩からフロアに叩きつけられた。強烈な激痛が全身を疾駆し、呼吸が止まる。
「このまま惑星ジオイドの重力影響圏を抜けたら、すぐにHDハイパー・ドライブしろッ!」
 ジェイが<スピリッツ>に命令した。

「ジェイッ……!」
 彼女は激痛を押し殺して絶叫した。
 HDとは、光速を超越する為、亜空間を飛行する航法だ。そして、HDに入るという事は、サイコ・ノヴァの使用を認め、ジェイを見殺しにする事を意味する。
「テアッ、大丈夫か……!」
 ジェイが彼女を抱き寄せた。

「ジェイ、……サイコ・ノヴァは、私が……使うわ!」
 奥歯を噛み締め、テアは激痛に耐えながら告げた。
「……!」
「私は、もう……助からない! だったら、<テュポーン>を……、道連れにして……やるわ!」
 今にも失いそうな意識を、必死で繋ぎ止めた。

「テア……!」
 ジェイが、彼女の淡青色の髪を愛しそうに撫ぜながら言った。限りない愛情に溢れた瞳でテアを見つめてきた。
「お前のESPでは、サイコ・ノヴァは使えないんだ。これは、俺の仕事だよ……。それに……」
「……!」
 そこまで言われて、テアは重大な事実を思い出した。

(そうだ! サイコ・ノヴァは……!)
 テアは、GPS特殊訓練システムで教えられたサイコ・ノヴァの項を暗唱した。
「サイコ・ノヴァ……。Σナンバー・ランクβ以上の……ESPを必要とする粒子加速爆弾。その破壊力は……超新星スーパー・ノヴァにも匹敵する。ただし……、半径千キロ以内に、ΣナンバーのESPが……いる場合には、……使用できない……。その科学的根拠は、未だ……解明できず……」

「……。テア……」
 ジェイが、そっと彼女を抱きしめた。
「私は……、Σナンバー・ランクμ……」
 テアが彼の胸に顔を埋める。その言葉が震えた。
「……私がいると……サイコ・ノヴァは使えない……。私がいても、邪魔なだけ……。何の役にも立たない……」

「そうなんでしょう、ジェイ……?」
「テア……!」
「愛する人と一緒に……、死ぬことも……出来ないなんて……!」
 彼女はジェイの精悍な顔を見上げた。プルシアン・ブルーの瞳から大粒の涙が溢れ、頬を濡らした。何も出来ない自分の無力さがこれほど恨めしく思えたのは初めてだった。
(愛する、この世で一番大切な人を、見殺しにしなくてはならないなんて……!)

「ジェイ……私……」
「何も言うな……」
 涙が頬を伝って、止めどなく流れ落ちた。
 ジェイが、テアの体を力強く抱きしめた。彼の黒瞳にも、涙が光っていた。
「ジェイ……」
 ジェイの唇がテアの言葉を塞いだ。熱い口づけだった。

(最後のキス……。お願い……!)
 テアの魂が叫んだ。
(この瞬間を、永遠に止めて!)
「テア、……愛している……」
 かつて目にしたこともないほどの優しい表情を浮かべながら、ジェイが告げた。
「ジェイ……私も、愛してるわッ!」
 テアの脳裏に、ジェイとの出逢いの瞬間がフラッシュ・バックした。


 惑星ヴァーミリオン。灼熱の戦場……。

 ……烈しい女だな……
 ……<戦士>と、言って欲しいわ……
 ……俺のパートナーにならないか……
 ……悪くないわね、でも……
 ……でも、何だ?……
 ……私にとってパートナーとは、生命を賭けて愛せる人だけよ……


「ジェイ……!」
 彼の漆黒の瞳を見つめながら、テアが呟いた。
「あなたは、私にとって……、生涯たった一人の、パートナーよ……」
「テア……!」
 熱烈な想いが、二人の魂を交錯した。

 その時……、<スピリッツ>の人工音声が、冷たく響きわたった。
『HDに入ります……』
「……!」
「……!」
 <別れ>の瞬間が訪れたのだ。ジェイの体が、ESP波特有の光彩を放った。

「ジェイッ! 待ってッ!」
 テアの右手が消えてゆくジェイを留めるように宙を掴んだ。
『テア、生き残れ……! それが俺に対する、たった一つの……愛の証だ!』
 ジェイの最後のテレパシーが、彼女の脳裏に響きわたった。


 混濁する意識を呼び覚ますように、テアのプルシアン・ブルーの瞳が強烈な意志を持って輝いた。
 一糸纏わぬ姿で頭上に両手を掲げ、電子手錠ごと天井から吊られていた。薄明かりの中で、絶世の肢体プロポーションが神秘的とも言える光彩を放っていた。

 だが、彼女の美しい顔には、アフロディジカルの魔力との闘いの名残が、大きな苦悩と暗い翳りを残していた。
(ジェイ……)
 テアが<彷徨える酒場ワンダーズ・バー>でバーテンダーに催眠薬を飲まされ、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の虜囚となって以来、既に一週間が過ぎていた。その間、<キングス・オブ・ドラッグ>と呼ばれる精神改造麻薬アフロディジカルを注射され、ハワード伯爵に精神的、肉体的に凌辱されつくされた。

 アフロディジカルは、二面性を持つ双面の神ヤヌスの薬である。
 その一つの顔は、強力な催淫効果を有する神経活性薬である。それは老若男女を問わず、急激に性欲を増大させ、また、性感を数倍に増加させるものであった。惑星イリスの最高危険区域MDZでは、ほとんどの売春組織ドリーム・セラーで常備している高級麻薬である。

 そして、もう一つの顔は……こちらこそが<キングス・オブ・ドラッグ>と呼ばれ、恐れられる真の顔なのだが……、潜在ESPを引き出す導師グルーと呼ばれる能力者にとっては、サイコ・コントロールの強力な触媒として作用する。簡単に言えば、グルーの持つサイコ・コントロールの能力を数倍に増幅させるのである。その効果によって、グルーは他のESPを完全に奴隷としてその手中に収めることになるのである。

 テアはこの一週間、その二つの悪夢をハワード伯爵によって与え続けられてきた。その美しい姿態は凌辱の限りを尽くされ、また、精神的には発狂寸前まで追い込まれていた。本当に発狂もせず、完全なサイコ・コントロールもされないでいることができたのは、<銀河系最強の魔女>と呼ばれる彼女であればこそであった。普通のESPであれば、二、三日でアフロディジカルの魔力に侵されていたであろう。

 その<銀河系最強の魔女>が、今、目覚めようとしていた!
(ジェイ……、ジェイ=マキシアン……)
 テアはかつて愛した……いや、今も愛している男の名前を呟いた。
(思い出した……!)
(何故、こんなにも長い間……忘れることができたのかしら……?)
 テアの脳裏に、ジェイの精悍な顔が浮かんだ。

 漆黒の宇宙のような黒髪。星々のきらめきを映し出す黒い瞳。精悍さと優しさが混在する浅黒い顔。
『全宇宙最強のESP』と呼ばれ、銀河中の犯罪クリミナル・ESPを震撼させた男。
 ジェイ=マキシアン。
 彼を思い出させたのは、皮肉にもアフロディジカルの魔力であったのだ。

「ジェイッ!」
 テアの全身がESP波特有の光彩に包まれた。
 ブルー・ウィッチ……<銀河系最強の魔女>が、その能力と、全ての記憶を取り戻した!
「ジェーイッ!」
 テアの絶叫と共に、凄まじい衝撃波が周囲を席巻した。

 ESPの嵐、いや、奔流と呼ぶべきか?
 超烈なESPは、かつて惑星イリスの全ての生物を殺戮させたと言われる破壊神ゼオドールの炎斧のように、一瞬のうちに周囲を消滅させた!
 後に残ったのは、<テュポーン>の惑星イリス第二支部を中心とする半径数キロメートルの巨大なクレーターと、青い炎を纏った美しい魔女だけであった。
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